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3-5 変則チェス




 シャルルロッド基地、その司令室にスコアは呼ばれていた。

 机の後ろに腰掛けるラティル大佐。


「何の御用でしょうか。ラティル大佐」


「遠征命令だよスコア」


「……また単独で、ですか」


「ああ、また一人、馬で駆けてもらうことになる。今回はロゴ地域のサードフォード基地へと向かってくれ。そこでその基地の者たちと反乱軍ルザンヌ討伐に当たってほしい」


「了解しました」


「それと諸事情により、この任務に当たる際は、アルト・フォッカー軍曹と名乗っておいてくれ」


「え……フォッカー?」


「私のことが嫌いなら、素直にスコア・フィードウッドと名乗ればいい。そうすれば私の首が飛ぶからな」


 ラティル大佐はそう言ってほほえむ。


「は……はっ! 十分注意します!」


「さて、今回、君が相手をするだろう反乱軍には、そのリーダーのレイド・フェムザムがいる可能性が高い。あのテロ組織の息の根を止めるチャンスだ。国民の安全な生活を守るため、君の力を貸してくれ」


 それを聞いてスコアの眼鏡の奥の目がキッと鋭くなる。


「分かりました。ボクはそのためにここにいるんです」







 フルスロック基地、その廊下をクロコは歩いていた。セウスノールから無事に帰って二日が経っていた。今日は基地の休日だ。

 向かいからフロウが歩いてきた。


「やあ、クロコ君」


「よう、フロウ。クレイドは?」


「セットみたいに言わないでよ」


「だいたい一緒にいるだろ。チェス教えてたんじゃなかったのか?」


「うーん、なんか嫌になったみたいでやめちゃった」


「やっぱりな。あいつはチェスって感じじゃないからな」


「えー、クレイドって、ああ見えて頭いいんだよ」


「頭いいって言うよりはオオカミのリーダーって感じだな。チェス向きには見えないな、あいつは」


「……まぁ、そうかもね。そういえばクロコ君はどこか行くの?」


「ああ、ソラのトコに行く」


「へぇー、またかー」


 フロウは笑みを浮かべた。


「来い来いってうるさいからな」


「たまには行く行くって言ったら?」


「なんでだよ」


 フロウが笑う。


「とにかく楽しんできなよ」


「ふん」


 フロウに見送られて廊下を抜け、基地の広間まで行くと、今度はアールスロウに会った。

 アールスロウは書類の束を抱えていた。


「出かけるのか、クロコ」


「ああ、あんたは……仕事か? 休日なのに」


「なかなか片付かなくてな。午前中はグレイさんに任せているんだが、あまり減っていなかった」


「ああ、ほぼ戦力外っぽいもんな」


「それより君はどこへ行くんだ?」


「ああ、ソラのトコにな」


「ソラ・フェアリーフか……」


 アールスロウの顔が少しだけ曇った。


「そういうことだ、じゃあな」


 クロコはアールスロウを横切って出口へと向かう。


「クロコ」


 アールスロウが呼び止めた。


「ん……?」


 クロコは振り返る。


「彼女には……気をつけた方がいいぞ」


「……? なにがだよ」


 アールスロウは真剣な表情でクロコを見る。


「君も気づいているだろう。彼女は……ただの十六の街の娘にしては、少し不自然だ」


「…………」


 クロコは少し黙ったあと、口を開いた。


「あんたがソラのどこを見て、不自然に感じてるかわからねーけど、大丈夫だよ、あいつは」


 クロコははっきりとした口調だった。


「……忠告はしたぞ」


 アールスロウはそう言って背を向けて歩き始めた。

 クロコはそのまま外へと出た。





 クロコはソラの住まいへと向かった。

 フルスロックの商店街の果物屋、その奥の狭い部屋がソラの住まいだ。


 果物屋に着いたクロコは建物の裏へと回って、裏口から中へ入ろうとする。クロコがドアの取っ手をつかんだその時だった。


「きゃあああああっ!!」


 突然、中から悲鳴が聞こえた。驚いたクロコはドアを力任せに開け、中へと飛び込む。するとソラが青い顔でクロコへ飛び込んできた。


「おいっ! どうしたソラ!」


 ソラはおびえた表情で素早くクロコの背中に隠れる。


「へや……部屋の中に……」


 クロコは玄関を上がり狭い部屋へと入る。しかし部屋には誰もおらず、いつもと変わらない。


「……? どうしたんだ」


 クロコは背中にくっつくソラに聞いた。するとソラは震える手で部屋のある部分を指さした。クロコがそこを見ると……

 壁に大きなクモがくっついていた。


「………………」


 クロコは目を細めて立ち尽くす。


「おい…………ソラ、あれがどうした……?」


「み……見ればわかるでしょ……クモだよ、クモ! あんなに大きな……お願い! なんとかして……」


「それがどうした。アレぐらい自分で何とかしろよ」


 クロコはあきれた。


「なんとか……? ムリムリムリッ!! だって素早く動くうえに足が八本あるんだよ!!」


「意味分かんねーんだけど」


 クロコはそう言うとゆっくりと歩き出し、静かにクモに近づく、そしてサッとクモの後ろ脚をつかんでぶら下げた。さらに木窓を開け、最後にポイッと外に放り投げた。

 その様子を見てあぜんとするソラ。


「お……男の子だね……」


「当然だろ」


 その後、二人はテーブルに向かい合って座る。


「おまえなー、果物屋だろ? 食い物扱う店員がクモ怖がってどうすんだよ」


「いや、だって、クモは、あれはダメだよ。あれだけはダメ!」


「やれやれ、じゃあ鍛えるしかないな」


「鍛える……? 鍛えれるものなの?」


「オレが街中のクモを捕まえて箱に詰めてやる。おまえはそれに手を突っ込むんだ」


「ムリムリムリムリムリッ!! そんなことしたら私死んじゃうッ!! ほんとムリッ! それだけはやめてッ!!」


「まったく……」


「そ、そうだ……そんなことよりクロコ、お昼食べた?」


「いや……」


「じゃあ私が作るよ。私もまだ食べてないから」


「そうか、じゃあ手伝う」


「ありがとう、でもいいや、ここの台所は二人じゃ狭いから」


 ソラは立って、部屋にある台所へ向かった。


「なに食べたい?」


「うーん、じゃあサンドイッチ」


「具は何がいい?」


「なんでもいいけど肉多め」


「オッケぇ」


 そう言ってソラは料理を作り始める。クロコは料理棚の上を見る。


「なあソラ、あのスパイスってなんだ? 見たことねーんだけど」


「ああ、あれは私が調合したやつ」


「おまえスパイス調合できるのか」


「うん……けっこー凝り性だから」


「へぇ、オレは市販のやつで済ませるけどな」


「みんなだいたいそうだよね」


 ソラはテキパキと調理を進める。クロコはそんなソラの様子を黙って見ていた。

 間もなくソラが具のたっぷり詰まった大きなサンドイッチを出してきた。


「野菜多くねーか?」


「肉ばっかりじゃ気持ち悪くならない?」


「別にならねぇ」


 クロコはそう言ってガブッと食らいつく。そんな様子を見てソラが一言。


「見た目にそぐわずホントに豪快……」


 そう言うソラを尻目にモグモグと食べるクロコ。


「うん……うまい」


「ホント!?」


「ああ、ウソは言わねぇよ」


「やったー」


 喜ぶソラ、クロコはまたかぶりつく。

 どんどんと減って行くサンドイッチ。勢いよく食べるクロコを見ながらソラは口を開く。


「ねぇ、クロコ」


「ん?」


 クロコはサンドイッチを飲み込んだ。


「クロコ、前にセウスノールへ行ったんだよね?」


「ああ」


「何しに行ったの?」


「ファントムと話してきた」


「えっ!?」


 ソラは驚く。


「すごい……クロコ、ファントムと話したんだ」


 ソラは興味深そうにクロコを見る。


「正体って……」


「誰にも言わない約束をした」


「じゃあヒントだけでも……」


「しつこいぞ」


「ゴメン……でどんな話したの?」


「難しい話」


 それを聞いてソラは笑った。


「慣れない話だったみたいだね」


「なあ、ソラ」


「なに?」


「おまえはさ、この戦争。解放軍と国軍、どっちが正しいと思ってるんだ」


 真剣な表情で聞くクロコ。それに合わせてソラも真剣な表情をする。


「どっちって言われてもね。私はそもそも戦争そのものに反対だから」


「理由は?」


「簡単に言うと、人がたくさん死ぬからかな」


「でも戦争をやらなくても飢えや虐げによる死人はたくさん出るだろ?」


「でも戦争ほどの憎しみは生まれない」


「戦争以外に救う手がないかも知れない」


「そう言うこともあるかもね。でも、だいたいの戦争はそれ以外の道を探る前に起きてる。きっとこの戦争も」


 その言葉を聞いてクロコはイスに深く寄り掛かった。


「…………そっか」


「何かつかめた?」


「余計分からなくなった……」


「…………今は分からなくてもいいのかもね。そんなすぐにパって答えが出たら、そっちの方が気持ち悪いし。それにこれは私の一意見だし、答えは人それぞれ。正しいことと納得できることは必ずしも一致しないから、そこに価値観の差が生まれ、それによって無数の答えが生まれるものだと思うから」


 それを聞いてクロコは少しのあいだ黙った。


「……おまえは賢いよな。おまえぐらい賢ければ、オレみたいに悩むこともないのかな」


 その言葉を聞いてソラは一瞬黙る。


「そんなことないよ」


 ソラはふと棚の上に置かれた小さな絵画に目を移す。クロコも釣られてそれを見る。夜空の星が舞い飛ぶように描かれた絵だ。


「きれいな絵だな」


「私、絵画を見るのが好きだから。これはマーク・ジェリノっていう有名な画家の作品」


「高いんじゃないか?」


「……そうでもないよ」


 ソラはそう言ったあと、前に向き直る。


「ちょっと話し込んじゃったね。さーて、早く食べよう」






 数日後の昼ごろ、クロコは基地の広い食堂で一人、昼食を食べていた。


「向かい空いてる?」


 フロウが現れて聞く。


「ああ」


 向かいに座るフロウ。

 それを見てクロコが口を開く。


「クレイドは?」


「だからセットみたいに言わないでよ。そのうち来ると思うよ」


「ふーん」


 クロコはステーキをバクッと食べる。


「もっと上品に食べなよ」


「別に汚くはないだろ」


 クロコは変わらずムシャムシャと食べている。

 フロウはそんなクロコをしばらく見たあと口を開いた。


「ねぇ、クロコ君、クレイドがいないから話すんだけど」


「なんだ?」


「なんかさぁ……最近思ったんだけど、クレイドがソラちゃんを見る目って……ちょっとあやしい」


「……!!」


 クロコは食事の手を止めた。


「おい、あやしいって何がだよ」


「何がって言われてもね」


「あいつもしかして……ソラの事……」


「確証はないんだけど……でも気になるよね」


「ま、まぁ……気になるかならないかって言われたら、なるかもな……」


「よし、それじゃあ本人に直接聞くしかないね」


「直接聞くって言っても、素直に言うのかよ……」


「クロコ君こういうのはね、シチュエーションが大事なんだよ。任せといて! 僕がその場を用意するから」


 フロウは楽しそうだ。



 それから数日後、フルスロック基地の休日、広間ではチェス大会が行われていた。机に置かれたチェス盤を十数人の兵士が囲む。


「チェックメイト」


 フロウはそう言って駒を動かした。


「ああ! 負けた」


 向かいの兵士が声を上げる。

 フロウの隣で見ていたクレイドが口を開く。


「あいかわらずつえーな。六連勝か」


「クレイドも打つ?」


「いや、俺はいーよ」


「あっ、フロウくんにクレイド」


 近くで二人の名を呼ぶ声がした。

 見ると近くにソラが立っていた。


「やあ、こんにちはソラちゃん」


 フロウは愛想良く挨拶するが、他のチェス組の兵士は一斉に後ずさりする。

 

「おはよう、ねぇ、クロコ知らない?」


「さっきまで見てたよ。そのうち戻ってくると思うけど」


「あっ、そうなんだ。じゃあここで待ってよ」


 フロウがソラを見つめる。


「ねぇソラちゃん」


 そう言って、フロウはチェスのキングを指先で回して見せる。


「僕と打たない?」


「えっ? 私はいいよ」


「そんな遠慮しないでよ。ホントは好きなんでしょ?」


「……そう言ってくれるなら、一回だけ」


 そう言ってソラはフロウの向かいに座った。


「おい、フロウ、おまえ勝てんのか?」


 隣でクレイドが言った。


「僕がソラちゃんに勝てるわけないだろ」


「あっ?」


 するとクロコが戻ってきた。それを見てフロウが笑みを浮かべる。


「どうやら役者が揃ったみたいだね。ねぇソラちゃん、僕はまともにやっても君に勝てる自信はない、だからさ、変則ルールで打たないかい?」


「変則ルール?」


 ソラが聞き返す。


「そっ! 僕とクレイドのペアと君とクロコ君のペアで交互に打つんだ」


「えっ! でもクロコはチェス打てないよ」


 するとクロコが口を開く。


「ルールは知ってるぞ。打ったことないだけで」


「それはつまり打てないんじゃ……」


 するとフロウがほほえむ。


「大丈夫、クレイドもルール覚えたてだし、割と面白い勝負になると思うよ。それに、もし僕らが負けたら何でも一つ言うことを聞くよ」


「おい、フロウ、勝手に変なルールつけんなよ」


 クレイドが文句を言う。


「まーま、緊張感があっていいでしょ? それにこの二人だったらそんなに変なこと言わないよ。ちょっと付き合ってよクレイド」


「ったく……好きにしろよ」


 そのやりとりを見ていたクロコは軽くため息をつく。


(……で、オレ達をワザと勝たせて、それをダシにしてクレイドからソラのことを聞き出すってわけか……やれやれ、シチュエーションとは良く言ったもんだな)


「面白ソーじゃねーか。ソラやろうぜ」


「えっ? う、うん、クロコが良いなら……」


(なんか今のクロコの口調、棒読みだったような……)


 ソラの返事を聞いてフロウはニコッと笑う。


「よし、じゃあ始めよう」


 チェス盤を囲むギャラリーも何か面白そうなことが始まったぞ、といった感じでガヤガヤと騒ぎ始めた。

 するとその騒ぎを聞きつけて通りがかりのガルディアが近寄ってきた。


「おっ!! なんか面白そーじゃないか。何やってんだ」


 顔を出すガルディアにフロウが答える。


「変則チェスです。僕、クレイドペアとクロコ、ソラペアで交互に打つんです」


「おっ! そりゃ、面白そうだ」


「それと僕らが負けたら一つ言うことを聞かないといけないんです」


「へぇー……ってそりゃ変だな。クロコ達もリスクを負わないと」


「あっ、言われてみれば……」


((そこを考え忘れてた……))


 フロウとクロコが同時に思った。


「じゃあオレが罰ゲーム考えてやるよ。クロコはそうだな―……今日一日女物の服を着ること」


「なにーッ!!」


 クロコが大声で叫ぶ。


「あっ、おもしろそう」


 それに喜ぶソラ。


「女の子の服って言ってもいろいろありますよね?」


 そう言ってソラはガルディアを見た。


「あー、そうだな……じゃあ、真っ赤なドレスにするか。クロコの瞳と合わせてのコーディネートだ、良いセンスだろ。ハッハッハッ」


 それを聞いてフロウが冷や汗を流す。


「確かにいいセンスだ……違う意味で」


「あのヤローいつか斬るっ!!」


 クロコは殺気立つ。


「だいたいテメーは司令室開けていいのかよ! 仕事は!? アールスロウは!?」


「あー、あいつはオレがいなくても大丈夫さ。やる男だよ、あいつは」


「こいつ最悪だ」


「で……ソラの方は、そうだな、今週の果物二割引にしてもらおうかな」


「分かりました。仕方ないですね。絶対勝ちますよ!」


 するとクロコがわめく。


「おい!! ガルディア! ソラのはオレのと種類が違うぞ! 不公平だ!!」


「細かいことは気にするなよ。カッコ悪いぞ」


「このヤロウ……!」



 多くのギャラリーが見守る中、変則チェスが始まった。



 ゲーム前半……


「あーっ!! なんでそんなとこに動かすの、クロコ!」


 ソラが声を上げる。


「うるせーな、騒ぐなよ」


「じゃあこうだな」


 クレイドがパッと駒を動かす。


「あーっ!!」


 ソラがまた声を上げる。


「だからうるせーって」


 文句を言うクロコ。


「ねぇクレイドって普通に強くない? ルール覚えたてじゃなかったの?」


「ああ、覚えたてだけどな。前の前の休日に覚えて、で、その日のうちにフロウの解説付きで一日中打ったからな。それで一日で嫌になった」


「フロウ君、スパルタ……」


「強くなるには楽しいだけじゃ駄目なのさ。さて、勝負は分からなくなってきたね」


「うう、絶対に負けないからね」


 ソラはそう言ったあと駒を動かす。それを見てフロウの顔が引きつる。


「う……一瞬で押し返された……」


 勝負は中盤へと進む。



「こうだっ!」


 フロウが駒を動かす。


「やっぱりこうきたか……」


 ソラは険しい顔をする。

 それに対してフロウはうっすらと笑みを浮かべる。


(いい展開に回ってきた。あと一歩だ……しかも次はクロコ君……この勝負、もらった!)


 そんなフロウの様子を見てクロコが一瞬にらむ。


(あのヤロー、完全に本気になってやがる。絶対にワザと負ける気なんかなさそうだ。こうなったらなんとかして自力で勝たないとな……真っ赤なドレスなんか死んでも着るか!)


 フロウはチェス盤に集中しておりクロコの視線に気づかない。


 クロコは頭を悩ませる。


「クロコ、慎重に慎重に」


「ソラちゃん、助言はダメだよ」


「む、分かってるよ」


 クロコはチェス盤をにらむ。


「こうだ……」


 クロコが駒を動かす。その瞬間フロウの目の色が変わる。


「う……」


 険しい表情のフロウ。


「すごい! クロコいいトコ動かしたね」


「忘れてた……クロコ君はときどき直感がすごいんだ……」


 その様子をガルディアが楽しそうに見ている。


「さーて、これで一気にクロコ、ソラペースだ」




 そして終盤。

 最後の駒が動かされた。


「チェックメイト」


 静かになるギャラリー。


「僕らの勝ちだ」


 フロウはほほえんだ。同時に大きなため息をつくクロコとソラ。


「あー、負けちゃった……もう、後半崩れすぎだよクロコ」


「うるせー、オレの方が被害が出けーんだぞ」


 クロコはそう言ったあと大きくため息を吐いた。


「最悪すぎる……」


 するとガルディアが声を上げる。


「よーし! さっそくドレスを買ってくるか! あっ金はオレが出してやるよ、心配するな、ハッハッハッ」


 ガルディアはそのままピューッと基地を飛び出した。


「速い……」


 フロウが静かに言った。


「さーて、こうなったら私も楽しんじゃおう!」


 ソラはほほえむ。


 最後にクロコがガクッと肩を落としながらつぶやいた。


「結局オレの一人負けか……」




 数十分後、基地の広間にはドレスを着た一人の少女の姿があった。


 瞳は真っ赤、ドレスも真っ赤、そして顔も真っ赤だ。


「クロコかわいいー!」


 ソラが声を上げる。


「ハッハッハッ、似合ってるそクロコ!」


 ガルディアは上機嫌だ。

 基地の兵士達も声を上げる。


「いいぞ、クロコー! アッハッハッハ」

「似合ってる似合ってる」

「普通にかわいいぞ!」


 クロコはつぶやく。


「人生で最悪の汚点だ……」


 その様子を見ていたクレイドが思わず吹き出した。


「てめー!! クレイドー! 何笑ってんだ!!」


 クロコはクレイドを元凶と決めつけ、全ての怒りを込めて突進する。

 それを見て笑いながら逃げるクレイド。

 二人の姿が廊下に消えると、今度はフロウがタカが外れたように大笑いし出した。



 基地の廊下ではクロコが倒れたクレイドに馬乗りになっていた。


「悪かったってクロコ、そんなに怒るなよ。クックッハハハハ」


「まだ笑ってんじゃねーか!!」


 その時クロコはハっとした。


(あ……二人きりだ)


 クロコは一気に落ち着いて、小さな声を出す。


「なぁクレイド」


「んっ……なんだ?」


 クレイドは突然の態度の変化に少し不思議がる。


「フロウが言ってたんだけど……おまえ……ソラを気にしてるって」


「んっ? ああ、バレてたか……」


「おまえ……ソラのこと……」


「そんなんじゃねーよ」


「じゃ、じゃあ、なんなんだよ」


「オレの良く知ってるやつに似てるってだけさ」


「知ってるやつ……?」


「そいつも白い髪で、明るく笑うやつだった。年もそうだなソラと同じぐらいだったな。まあ見た目はソラよりもずいぶんと大人っぽかったが」


「……それだけなのか」


「ああ、それだけだ。少し懐かしいなって思って見てただけさ。その気はまったくねーよ」


「そ、そうなのか……」


 クロコは少し拍子抜けしたような顔をした。



 基地の広間。

 ソラが廊下の方を見つめる。


「二人とも遅いね……」


「そうだね、ちょっと様子を見てくるよ」


 フロウはそう言って、廊下へ向かう。


(ちょうど二人きり……うまくやってるかな?)



 ポツンと一人立つソラ、すると隣にガルディアが立つ。


「いやー、楽しかった」


 ガルディアが上機嫌な声を上げる。


「アハハ、そうですね。ガルディアさんの提案、最高です」


「だろー? デスクワーク以外なら任せてくれよ」


 ガルディアは笑顔を見せる。するとそのあと、黙ってソラをじっと見つめる。


「……?」


 その様子に不思議そうな顔をするソラ。


「なあ、ソラ。きみはクロコのことどう思う?」


「えっ!? ど、どうって……」


「いや、別にぶしつけな質問をしてるわけじゃないんだ。あいつがいま歩んでる道は、君にはどう見える?」


 ガルディアは穏やかな口調だった。


「道……ですか?」


「クロコは希望を求めて歩んでる。その道は、きみの目にはどう映る。正しい道に見えるか?」


 その質問を聞いて、ソラの顔が真剣になる。


「私は……戦争が嫌いだから、いいとは思えません。けど……」


「けど……?」


「今のクロコにとっては、必要なことなのかもしれません。賢明な選択をし続けることが正しいこととは限らないから……」


「正しいこととは限らない、か……」


 ガルディアは少し天井の方を見上げる。


「……だが、それが取り返しのつかないことだってある」


「そうなのかもしれません。今のクロコが見てる世界はあまりにも狭い……。けれど、それはクロコのせいではなくて、クロコの歩んできた人生の不幸のせい……そう私には思えました」


「なにも持たない人間には、世界を見渡す余裕なんてないからな」


「はい……だからこそ、今を見つめるためにも、今のクロコには進むことが必要、そうとも思えるんです」


「だから、きみはクロコを導いているんだろう?」


 ソラは小さく首を振る。


「いえ、導くなんてそんな……私はただ、道を少し照らしているだけにすぎません。最後に選択するのはクロコです」


「そうか……」


 ソラも真っ直ぐな目でガルディアを見る。


「クロコが道を歩んだあと、自らの通った道を見て絶望しないように……ただ、その力になりたいだけなんです」


「たとえそれがきみの嫌いな戦争という道でもか……」


「はい……」


 ソラは小さく返事をした。そして、もう一度口を開く。


「聞いても良いですか?」


「なんだ?」


 ガルディアは穏やかな口調で返事をした。


「私は戦争を決して好きにはなれません。ガルディアさんは戦争をどう思っているんですか……?」


「戦争か……」


 ガルディアは優しくほほえんでいる。しかし瞳にわずかだが悲しみの色が光る。


「失うものは大きく、得るものは少ない……けれどそれを知る者はあまりにも少ない。大きな犠牲を払えば、それ相応のものが手に入るとみんなが思ってる……そういうものだと思うよ」


 それを聞いてソラは驚いた。


「そう思っているのに……なぜあなたはここにいるんですか?」


「きみは知りたがり屋だな」


 ガルディアはほほえんだ。


「きみは良く人を見てる。だけど、そういう子に限って、案外自分が見えてないもんだ。遠くを照らせる灯台が自分を照らせないのと同じようにな」


「…………」


「きみにも、きっと何かあるんだろう」


 その言葉を聞いてソラは一瞬視線を落とした。


「分かりました。深くは聞きません」


「ありがとう。それと、クロコのやつをよろしく頼むよ。あいつにはきみが必要だ」


「はい、私にできることなら」


 ガルディアはその言葉を聞いて満足そうにほほえむと廊下の方に視線を移した。

 ソラも再び廊下を見る。

 するとクロコ達が広間に戻ってきた。


 それを見てソラとガルディアは静かに笑顔を浮かべた。







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