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3-3 邪悪な意思




 純白の大きな建物が迷路のように入り組んで立っている町並みが広がっている。

 ここは国軍領の町シャルルロッド。

 その町の東端には巨大な建築物がそびえている。四方を石壁に囲まれた正方形に近い形の建物だ。中央には高い塔が一本伸びており、建物全体にいくつもの大型大砲が備え付けられている、入口の上部には角の生えた馬が旗印の緑色の旗が飾り付けられている。

 ここはシャルルロッド国軍基地。

 その基地内の廊下を二人の若い軍人が歩いていた。

 一人は年齢十五、六の少年で白いサラッとした髪に、厚い眼鏡をかけており、どこか優しげ印象を受ける。

 国軍人のスコア・フィードウッドだ。

 その隣を歩くのは、年齢十五、六の長身の少年、少し横にはねた黒髪に、黄色い瞳をしており、全体的に人なつっこそうな印象を受ける。

 スコアの友人、フレア・フォールクロスだ。

 フレアはものすごい速さで口を動かしスコアに向かってしゃべり続けている。


「それでさー、オレは彼女に勇気を振り絞って告白したわけだよ。そしたらなんて言ったと思う? 『おしゃべりな男は嫌い』って一蹴だよ。でもさ、そこって逆を言えばオレの最大の魅力でもあるわけだろ。だからオレは言ってやったんだよ。『常にしゃべり続けてる男と全くしゃべらない男だったらどっちがいい?』って、そしてら普通常にしゃべり続けてる男って言うよな。そしたら彼女なんて言ったと思う。『どっちも嫌い』って……おい! ……聞いてるかスコア?」


「うん」


「でもさー。今だからこそ思うんだけど、やっぱりオレと彼女は合わなかった気がするんだよなー。前にオレが彼女にお気に入りのベーコンを紹介したときだって、脂が少ないとか言ってさ。分かってないんだよ。ベーコンの魅力は脂じゃなくて味だろ?」


「うん」


「でもさー、そうは思ってもやっぱり傷つくモンなんだよ。その傷を癒やすためにも新たな愛を探さないとな。なあスコア、今度一緒に町へ女の子探しに行こうぜ。おまえだってそろそろ彼女がほしいだろ? それが嫌だったらさー、オレにいい子紹介してよ。オレもいい子紹介するからさー。まあ、みんなオレを振った子たちだけど」


「つまり?」


「え? まあつまり……彼女がほしいってわけだ。ってコール! おまえいつの間に!?」


 二人の後ろにいつの間にか一人の少年軍人が立っていた。

 その少年は年齢十四、五、少しねている茶色の髪に、青い瞳、幼い顔立ちをしているが落ち着いた雰囲気を持っている。

 スコアの友人、コール・レイクスローだ。


「やあ二人とも」


 コールは落ち着いた口調で二人にあいさつした。それを見てスコアがほほえむ。


「やあコール。町の見回りはもう終わったんだ」


「うん」


 三人で廊下を歩く。


 コールが二人の方を見る。


「そういえばあのウワサ聞いた? フォロポールで起きた農民の反乱でのウワサ」


「フォロポールで起きた農民の反乱? ああ、あの国軍が鎮圧したやつか」


 フレアが答える。


「うん、鎮圧って言うよりせん滅の方が正しいけどね」


 それを聞いてスコアがうつむく。


「なんだかそういう話を聞くと複雑な気分だね。ボクらは何のために国軍にいるんだろう……なんて考えちゃうよ」


 それを聞いてフレアが口を開く。


「だけど放置したらしたで大変だろ。一年前のロゴ反乱なんか大変だっただろ?」


「そうだけど……」


「うん、それでね、話はウワサに戻るけど、今回反乱が起きたフォロポールって町には大勢の奴隷がいたらしいんだけど……」


 するとフレアが口を開く。


「へぇ~、まだ奴隷がいる町なんて存在してたんだ」


「うん、でウワサによると、今回のせん滅作戦で、その大勢の奴隷が、裏で国軍に虐殺されたらしいよ」


「えっ!?」


 スコアが驚く。


「それってどういうこと?」


「つまりさ、町の人が大勢死ぬと必然的にその人のもとにいた奴隷が路頭に迷っちゃうよね。それを放置するわけにもいかないし、だからといって国軍が保護するにも資金がいる、だからさ……」


「処理……てわけか。うえ~。その作戦の司令官ってもしかしてあのレイズボーン?」


「いや、別の司令官らしいよ」


 それらを聞いてスコアがまたうつむく。


「なんだか本当に嫌な話だね。国軍は国民を守るためにあるはずなのに……」


 それを聞いてコールがゆっくりとうなずいた。


「そうだね、ボクと見回りした人もそう言ってたよ」


「でもそういう事件も一時期よりは減ったみたいだよな。ロストブルー将軍が目を光らせてるって言うし」


「まあね」


 フレアはコールの顔をのぞく。


「そういえばコールさー。町の見回りの任務はどうだった。なんか事件起きた? 泥棒とかさー、強盗とかさー」


「ううん、いつも通り平和だよ」


「今回おまえがいないせいで、戦闘訓練大変だったんだぜ。スコアの相手できるのオレとコールくらいだからさー、きついんだよ、一人だと、スコアの相手は」


 それを聞いてコールが小さくうなずく。


「うん、そうだね。できるだけ三人一緒に訓練したいよね」


「じゃあ今度ラティル大佐に相談してみるね」


 スコアはそう言ってほほえむ。

 三人は廊下を歩き続ける。


「そういえばさ、スコア。疑問だったんだけど、きみ、目悪いでしょ。よく戦闘のとき、あんなに相手の動きが見えるよね」


「コールそれはさー。違うんだよ。スコアの目は」


 コールの質問にフレアが答える。


「スコアは見る方の視力は悪いけど、動くものも見る視力はメチャクチャいいんだよ。それに、なんだっけかな……そうそう、あいつはそれ以外の感覚もメチャクチャいいんだ」


「それ以外の感覚って言うと、聴覚とかきゅう覚とか?」


 コールのその言葉にスコアがうなずく。


「うん、そう。ボクの場合は聴覚やきゅう覚、触覚がものすごく鋭いんだ。集中すれば目をつぶってても、相手の位置がはっきりつかめるぐらい」


「じゃあ、もしかしてスコアって、死角ないの?」


「うん、無いよ」


「サラッとものすごいこと言うね……」


「だけどさー、コール。スコアはそりゃあすごいよ。だけどさ、戦闘の時だけだよなー。スコアってさオンとオフの落差が激しいよなー」


「フレア、軍務中をオフに例えちゃダメだよ」


 コールが素早くつっこんだ。


「うーん、ボクも常にしっかりしようとはしてるんだけど……」


 スコアのその言葉にフレアが素早く答える。


「スコアはさー、いいんだよそれで。普段集中抑えてるから、戦闘の時あれだけ動けるんだって。オレなんかさー任務中しゃべるのやめただけで……」


「うわぁっ!」


 突然スコアがコケた。顔面を床に思いっきりぶつける。


「これはこれで、問題あると思うけど……スコア大丈夫? すごい音したよ」


「だ……だいじょう……ぶ」


「大丈夫だってコール、こいつこう見えてメチャクチャ丈夫だから」


「鼻赤くなってるよスコア」


「うん、でも眼鏡は無事だった。良かったー」


「ほらな」


「大丈夫かね。スコア・フィードウッド」


 突然向かいから別の声がした。三人がその方向を見るとそこには一人の軍人が立っていた。

 その軍人は年齢三十代前半、黄色い髪に、細長い目に黒い瞳、落ち着いた顔立ちをしており、どこか知的な印象を受ける。

 このシャルルロッド基地の司令官ケイス・ラティル大佐だ。

 ラティル大佐はスコアの様子を見ながら話しかける。


「だいぶ勢いよくぶつけたようだね、スコア」


「いえ、大丈夫です。こんなのしょっちゅうなんで」


 スコアは急いで立ち上がる。


「いや、油断は禁物だ。今すぐ医務室に行こう」


「いえ、ホントに大丈夫なんで……」


「君は我が基地のエースだ。体は大切にしないとな。よし、一緒に付いて行ってやろう」


 そう言うとラティル大佐はスコアの腕をつかんでそのまま引っ張っていく。


「君達、スコアを少し借りるよ」


「あの大丈夫……うわ、わわ」


 ラティルはスコアをつれて姿を消した。

 取り残される二人。

 コールが呆然と口を開く。


「ラティル大佐って、時々分からないよね」


「アッハッハッハッ、そこが面白いんだろ」








 青い海が広がっている。きれいに整備された港には多くの巨大船が停まっており、海岸沿いには多くの四角い純白の建物がきれいに立ち並ぶ。

 ここは東部に位置するグラウド最大の港町パシフィルド。

 その整備された道を一台の小型馬車が走る。

 その車体の中には一人の長身の男が乗っている。

 長身の男は、年齢二十代後半、黄色い髪、形の良い目に青い瞳、高い鼻、全体的に気品のある雰囲気を持っている。

 国軍の中将ディアル・ロストブルーだ。


 馬車は間もなく丘の上へと続く一本道を走る。その一本道の周りには草原のみが広がっており、建物の姿は一つもない。

 丘の上まで上がると馬車の前方には巨大な屋敷が広がっていた。純白の美しい屋敷だ。


 屋敷の前で馬車から降りたロストブルーは、丘から町の景色を見渡した。

 町全体を白い純白の建物が覆うように広がっている。純白に染め上げられた町。

 そしてその白い町の景色のすぐ隣には、海の青い景色が広がっている。

 眼下に広がる白と青の景色は、町の景色とは思えないほどに見事に色分けされていた。


「美しい!」


 ロストブルーは感動の声をあげた。


 ロストブルーが屋敷に入ると、年齢六十前後の鼻の長いの執事が出迎えた。


「お待ちしておりました、執事のレッドロッドです」


 レッドロッド執事に招かれて庭園へ行くと、そこに置かれた白いテーブルの前に一人の男が座っていた。

 その男は年齢三十代後半、黄色い髪に高く整った鼻、何物にも興味のないような無機質な目をしている。

 国軍の中将ザベル・ライトシュタインだ。

 ロストブルーに気づくと表情を変えずに立ち上がる。


「よく来てくれたロストブルー」


 ライトシュタインは静かな口調で言った。


「光栄ですよ。ライトシュタイン家の屋敷に招かれるなんて」


 ロストブルーはほほえむ。


 庭園から屋敷へ向かって歩く二人。

 ライトシュタインが前を向きながら口を開く。


「重役殺しが起きている中、護衛一人付けずに来るとはな。君らしいといえば君らしい」


 ロストブルーはほほえむ。


「普段はミッシュを護衛に付けるのですが、今回は話が話なのでね。……しかし、立派なお屋敷ですね。ライトシュタイン家……大貴族と呼ばれるだけはある」


「この屋敷は代々受け継がれているものだが、この大き過ぎる家は私には合わんよ」


 ライトシュタインは前を向きながら話す。


「ご謙遜を、そんなことはありませんよ」


 ロストブルーは愛想よく言った。


「いや、身の丈にだよ。こんな巨大な屋敷、人一人のものとしては大き過ぎる」


「屋敷は権威の象徴でもありますからね」


「権威は形にはできんよ。それよりどうかね? この町は」


 ライトシュタインはロストブルーの目を見る。


「美しいですね。さすがはグラウド最大の港町パシフィルド。そういえば、ここはパシフィルド・ラインがあることでも有名ですよね」


「年に一度来るクジラの隊列か……残念ながら今は季節が違う、見られる可能性はないだろう」


「そうですか。それは残念です。しかしこの町は好きになれそうですよ。帰りにゆっくりと様子を見ていきます」


「そういえば君はグラウドの町中を回っているそうだな」


「ええ、様々な町を歩き、そして様々な人と話す。私にとっては至福の時間です」


「それが上に立つ者として必要なこと……そう君は考える」


「…………よくご存じで、私はそれを何よりも大事と思っています。最も私自身、ずいぶんと楽しみながらやっていますが」


「楽しいことばかりではないだろう」


「ええ……そうですね。しかし、今の議員の様子を見ると、それがいかに大事のことなのかがよく分かりますよ」


「確かに狭い情報だけを得ていてはその事象を真に知ることはできない。しかし注意しなければならないことは、人は自らが足を運ぶ場所を無意識に限定してしまう、君が得ている情報もまた局所的なものに過ぎないということだ」


「……心に留めておきます」


「しかし君はよくやっている。その姿勢には正直敬服するよ。君からは、平民として上へ立つ者の誇りが感じられる」


「お言葉ありがとうございます。私はそのために戦場で命を懸けたようなものですからね。だからこそ、今の自分の無力さにいらだつのかもしれませんね」


「場合によっては、これから力になれるかも知れんぞ」



 二人は屋敷内の広い廊下を抜け、広い一室へと入る。

 美しい家具が置かれたきれいな部屋だ。その部屋の中央には机が置かれ、そこにチェス盤が置かれていた。

 二人はそのチェス盤を挟んで座る。チェス盤の横には美しい装飾が施された茶色の対局時計が置かれている。


「これが先日おっしゃっていた対局時計ですか。確かに良いものですね」


「少し前、シャルルロッドのラティルに紹介されてな。機会があったので購入してみたんだ」


「ああ、ケイス・ラティルですか。部下であると同時に私の友の一人でもありますよ」


「そうなのか、君と彼なら確かに気が合いそうだ。さて、そろそろ始めよう。君は腕には自信はあるのかね?」


「ええ、私も立場上、様々な基地を回るのですが、その時ついでに基地内の最も強い打ち手を探して打つのが趣味の一つなんですよ」


「ほう、成績は?」


「十九戦、十九勝です」


「それは楽しみだ」


「実はあなたとはずっと打ちたいと思っていたんです」


「そうか、久々に骨のある相手で嬉しいよ。では始めよう」


 対局時計が動き出した。







 国軍シャルルロッド基地、その司令室の机にラティル大佐は座っていた。

 突然ドアがノックなしで開かれる。ラティルは少し驚いた。

 部屋へと中年の軍人が入ってくる。大柄で目つきが悪く、太いくちびるの軍人だ。ズンズンと足音を立てラティルの前に立つ。その様子を見てラティルは立ちあがり敬礼をする。


「これはこれはグロップス准将、いったい突然どのような御用で」


 ラティルは落ち着いた口調だ。

 グロップス准将は目つき悪くにらんでくる。


「どのような御用だと……何の用で私がわざわざこの基地に足を運んだのか、そんなこととっくに分かっているだろう」


「いえ、見当もつきませんが」


「先日出された要請書だ! これから始まるクラット基地攻略戦で、このシャルルロッド基地から3000の援軍を出せとの要請だ」


「はっ、そちらについてはただいま準備を進めておりますが」


「そして要請書にはこう書かれていたはずだ。その援軍には必ずスコア・フィードウッドとフレア・フォールクロスを入れろと」


「書かれていましたね」


「だが、貴様はそれに対してスコア・フィードウッドは援軍には出せないと返答した。それはどういうことだ!」


「……? どういうこととおっしゃられても、返送した書類にしっかりと記載されているはずですが」


「そんなことは分かっている! その記載内容が問題なのだ」


「スコア・フィードウッドをロゴ地域に潜伏しているルザンヌ反乱軍討伐に向かわせるため、援軍には出せないという内容ですか?」


「そうだ!」


「しかし准将、現在潜伏していると考えられているルザンヌ軍にはそのリーダーであるレイド・フェムザムがいる可能性が高いとされています。今がルザンヌ軍を完全崩壊させるまたとないチャンスなのですよ」


「それがどうした」


「どうしたとおっしゃられても……准将もご存じのとおり、ルザンヌ軍は各地で多数のテロ行為を行っています。さらに市街戦を得意としており、一般市民に及ぼす被害は甚大です。この組織の危険度と厄介性はご存じでしょう」


「あんな小さな組織に国軍を脅かすような武力はない。だがセウスノール軍は違う。分かるが若僧。そして今、我ら国軍は本腰を入れセウスノール軍を潰そうと動いている。あの『七本柱』さえも本格的に動こうとしているのだ。軍全体が足並みをそろえようとする時に一人だけ逆走しようとするのか。んっ?」


「まさか……そんな気は私には毛頭ありませんよ」


「ならばとっとと書類の内容を書き直せ」


「そうしたいのは山々なのですが、どちらにしろスコア・フィードウッドは現在戦場には出せません」


「出せない!? どういうことだ!」


「スコアは不慮の事故により鼻骨骨折を起こし、現在療養中なのです」


「鼻骨骨折だと!?」


「戦地におもむいても、あれでは役に立てないでしょう。それに仮にそれが原因で戦死でもされたら……分かるでしょう? あの才能を失うことがグラウド国軍にとってどれほどの痛手か」


「むぅ……」


「私の監督が至らないばかりに……非常に申し訳ないのですが」


「貴様、ウソをつくとためにならんぞ……!」


「まさか! 私はいつでも上に忠実だったでしょう。なんせ私は早く出世したいのですからね」


「くっ……もう良い!!」


 そう言ってグロップス准将はズンズンと歩いて部屋を出ていった。

 ラティルはまたゆっくりとイスに腰掛ける。


「ふん……治安維持に目を向けずに何のための国軍だ。あれではまるで戦争狂だ」


 コンコン


 ドアがノックされる。


「入りたまえ」


 兵士が部屋へと入ってくる。長い顔の若い兵士だ。


「書類を届けに参りました」


「ああ、君は確か…………フォッカー軍曹か。ありがとう、ご苦労だった」


「はっ! それではこれで」


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 出ていこうとするフォッカーをラティルが止める。


「なんでしょうか……?」


「君はこれから三週間、基地に来なくていいぞ」


「……!! はい!?」


「ああ、大丈夫。ちゃんと出勤していることにするから、給与もきちんと支給される」


「……あの、ですが」


「話は以上だ。もう出ていいぞ」


 バタン


 部屋を出たフォッカーは一言つぶやいた。


「あの人はときどき分からない……」





 基地の広い食堂、スコアはフレアとコールと一緒に昼食を食べていた。

 スコアの顔には鼻を中心に包帯が巻かれている。

 フレアが口を開く。


「でもなんなんだろうな。おまえのこの包帯」


「うん……あのあとラティル大佐に医務室に連れてかれて、この有様だよ。大佐にしばらくは外すなって言われちゃって」


「あの人って、ホントにときどき分からないよね」


 三人がそんな会話をしていると大きな声が食堂に響く。


「スコア・フィードウッド!! スコア・フィードウッドはいるか!!」


 目つきの悪い軍人が大声をあげてスコアを探している。


「は、はいっ! ここにおりますが」


 スコアは急いで立ち上がって答える。

 グロップス准将はそれに気付き、スコアの前に立つと、悪い目つきでスコアの方をジーと見る。


「あ……あの、どのような御用でしょうか」


 グロップス准将はスコアの包帯を一瞬見たあと舌打ちをした。


「もう良い! 用は済んだ!!」


 グロップス准将はそう言ってスコアに背を向けて立ち去った。

 呆然と立つスコア。


「いったい……なんだったんだ?」








 フルスロックより西に位置する馬車道、そこを走る一台の馬車。

 その車体の中で、クロコはスヤスヤと昼寝をしていた。フルスロックを出て二日が経っていた。


「おいっ!! クロコ。起きろ! おいっ!!」


 ガルディアの騒がしい声にクロコは目を覚ます。


「ふぁあ~、なんだよ……」


 クロコが目をこすりながら体を起こす。

 笑顔のガルディア。


「いいから見てみろよ。窓だ。窓の外」


 クロコが窓から外をのぞいた。その瞬間、クロコは驚いた。

 大地全体に黄色い景色が広がっている。黄色い草原だ。


「な、なんだよコレ……」


「グラウドに名高いイエローカーテンだ。黄草のみの草原だよ」


 雄大な黄色い草原は地平線まで続いている。風の波が何層にもなって草原を走る。まるで天国の道を走っているかのようだった。


「すげぇ……」


 クロコは思わず魅入る。それを見てガルディアはほほえむ。


「いや~、喜んでもらえたみたいでオレは満足だ、ハッハッハッ。わざわざちょっと進路を変更して遠回りしたかいがあったよ」


「今回だけは良い仕事したって感じだな」


「まあデスクワーク以外ならな。しかし、こういうのを見るたびに思うよ。世界ってすげーなぁ、ってな」


「ああ……」


 クロコはしばらくの間イエローカーテンを見つめていた。

 馬車はセウスノールを目指して走る。





 港町パシフィルド。その丘の上に建つライトシュタイン邸。

 その一室で、ロストブルーとライトシュタインはチェス盤を挟んで向かい合っていた。


「チェックメイト」


 しばらくの静寂が辺りを包む。

 ライトシュタインが軽く息を吐いた。


「負けましたよ」


 そう言って肩を落とすロストブルー。


「まさか、ここまで圧倒的な敗北だとは……悔しさを通り越して絶望しそうですよ」


「そう落ち込むことはない。君は私が過去三年相手をした中では最強だった」


「それでこの差ですか。噂通り……いえ、噂以上の腕前ですね」


「君も良い腕だ。弱点らしい弱点はなかったな。ただ全体を比較すると中盤が少し弱いな」


「中盤ですか……あなたに言われるまでは全く自覚はありませんでしたが」


「負けていなかったのだから当然だろうな」


 ライトシュタインはそう言って一息ついたあとに再び口を開く。


「盤上では、君の実直な性格がよく出ていたよ」


「性格ですか」


「打ってみれば大抵は見えてくるものだろう」


「ふむ……しかし、あなたに関してはまるで見えませんでしたよ」


「だろうな」


「ただ、見えないというよりは、見せないようにしているという感じですね。それがあなたの性格なのでしょう」


 そう言ってロストブルーはほほえんだ。


「……君はなかなか油断の出来ない男だな。さて……では、遊びは終えて、そろそろ本題に入ろうか」


 ライトシュタインがそう言うとロストブルーの目がキッと鋭くなる。


「『ダークサークル』ですね」


「そうだ」


「『ダークサークル』……およそ十二年前から続く混沌とした時代の総称。それ以前は『賢帝』と称され、歴代で有数の偉大な皇帝とうたわれたブルテン皇帝によって、平安な時代が続いていた。しかし子宝に恵まれなかったブルテン皇帝の、一人息子ファルゼム皇子の死をきっかけに、ブルテン皇帝の政治は一変。皇帝の暴走を議会は止めることができず、それに伴い軍や貴族権力も暴走。国民にとっての混沌の時代が訪れた……」


「……それが『ダークサークル』の、一般的な認識だ」


「しかし、あれは天災ではなく、人災だと……あなたはそう考えている」


「そうだ。議会の中に存在する意思。そしてここ十数年で不自然に変化した国の状況……この国を自らの意思によって変化させようとする者達がいる」


「国を自らの意思で変化させようとする者達……もしも、それが事実ならば由々しき事態ですね。その者達の目的も気になりますが、この国を今の状態に導いたとするならば、何ともおぞましい存在です」


「そうだな、そしてその者たちの活動は十年以上前から行われていたことになる。今になってその存在が浮上してきたということは、やつらの活動が終局に向かいつつあるということだ」


「活動の終局……一体この国をどこへ導こうとしているのか…………目星は付いているのですか?」


「いや、目星を付ける段階にまで至っていないというのが現状だ。しかし、私個人の調査でその者達の存在はある程度は浮かび上がってはいる。かなりの力を持った者たちだ」


「そうですね。事実、国をここまでの状態にする力……」


「目星を付けていないと言っても、ある程度絞り込むことはできる」


「議会に影響力を持つ存在……」


「そうだ。しかし、奴らの力が及んでいるのは何も議会だけとは限らん。ダークサークルに関連するものを挙げていけば分かると思うが」


「『ダークサークル』に関連するもの……皇帝政治の悪化……貴族の権力肥大……国軍による虐殺行為」


「そうだ。皇族、貴族、国軍、そのどれかにも関わっている可能性がある」


「かなりの権力と影響力を持っている者ですね」


「あるいは集団化することにより、それだけの力を得ているかだ。私が集めた資料に目を通せば、やつらの存在にある程度の真実味を持つことができるだろう。正直、私一人で相手をするのは骨が折れそうだ」


「それで私ですか」


「そうだ、君ならば能力においても権力においても申し分ない」


「その者達を押さえることでこの国の状態が好転するというのなら、喜んで協力しましょう」


 ロストブルーはライトシュタインの目を見ながらほほえんだ。


「ありがとう、感謝するよ」


 ライトシュタインは表情を変えずに礼を言った。


 二人は立ちあがり握手をした。


「とはいえ、今の軍の状況を考えると、この活動は先送りになる可能性が高いな」


「これから始まる戦い、それが終わったあとということですか」


 その時、遠くからレッドロッド執事の声がした。


「ザベル様、お客様です」


「誰だ?」


「軍の方です」


「噂をすれば……か」








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