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3-2 議会




 その日は少し霧が出ていた。

 巨大な純白の建物が連なる街並み、霧の中にさまざまな建築物の影が立ち並んでいる。天にも延びるような高い塔。巨大な図書館、軒を連ねる巨大な屋敷。

 ここはグラウドの東に位置する首都ゴウドルークス。

 そのきれいに舗装された純白の道を一台の馬車が走っている。

 馬車の中には一人の男が腰を下ろしていた。

 その男は四十代前半、茶色の髪に、柔らかい茶色の口ひげをはやしている。鋭い目つきをしているが、どこか全体的に落ち着いた印象を受ける。

 馬車はある巨大な横長の建物の敷地内へと入ろうとしていた。

 この建物の名はブリアンド国会議事堂。議会が開かれるグラウド政治の拠点の一つだ。

 馬車は正門の前で一時停車し、通過に必要な確認を取る。

 運転手が門番に許可証を見せる。


「ルイ・マスティン軍務大臣の馬車だ」


「確認しました。どうぞお通り下さい」


 馬車はゆっくりと敷地の中へと入っていく。

 馬車の中の茶色ヒゲの男マスティン軍務大臣は、少し疲れた様子で小さくため息をついた。そして軽く目を押さえる。

 馬車が止まるとマスティン軍務大臣は馬車から出て空を見上げる。

 霧によって陽の光は薄くなり、昼間だというのに辺り全体が薄暗い。


(やれやれ、天気も私の体と同じ状態か……)


 マスティン軍務大臣はゆっくりとした足取りで建物の中へと入る。長く広い廊下を歩き、議会の開かれる大部屋へと向かう。




 マスティン軍務大臣は議会部屋へと入った。

 広い部屋の中心には巨大机が置かれている。二十角形の円形に近い机だ。ここで議会が開かれる。

 マスティンは議会が始まる時間よりもずいぶんと早くに来たつもりだったが、自分よりも早く、すでに三人の議員が机の前に腰掛けていた。

 マスティンの席と離れた席に座っている男がマスティンに気づく。

 その男は年齢四十代前半、黒い髪にあごをおおう黒いひげ、太い眉に鋭い目をしている。威厳に満ちた顔立ちをしているが、表情はずいぶんと人なつっこそうだ。

 総務大臣のジオ・グランロイヤーだ。

 マスティンに気づくと軽く手を上げ、笑いかける。

 マスティンも軽く手を上げながらほほえみ、それに答える。


(そういえば、彼とは最近付き合っていないな……若い頃はよく付き合ったものだが)


 マスティンがそう思っていると、さらに一人の男がマスティンに気づいた。

 その男は年齢三十代後半、黄色い髪に高く整った鼻、何物にも興味がないような無機質な目をしている。

 ザベル・ライトシュタイン中将だ。

 マスティンの方を一瞬見て、その存在だけ確認すると何事もなかったように手持ちの資料に目を戻す。


(彼だけは何を考えているのかさっぱり分からないな)


 マスティンはそう思いながら席に座る。すると最後の一人がマスティンの方を見る。

 ディアル・ロストブルー中将だ。

 目が合うと静かにほほえみかけてきた。


(いつ見ても若いな、若すぎる議員だ。議員の中でたったの二人の平民の内の一人、そして史上最年少の議員……か)





 マスティンが席に座ってしばらくすると、次々と他の議員達が部屋へと入ってくる。

 議会が始まる三十分前には二十席あるほぼ全ての席が埋まった。

 しかし、一席の空席だけが埋まらない。



 しばらくしてマスティンは手持ち時計を見た。議会が始まる五分前、それでも最後の空席は埋まらない。

 議会が始まる二分前、最後の議員が部屋へと入ってきた。

 五十代前半のその男は、整えられた白い髪と白いひげで顔全体が覆われている。丸っこい顔には少したれ気味の目がチョコンと浮いている、しかしその目からは鋭い光が放たれている。

 グラウド国軍のトップ、サーマス・オルズバウロ元帥だ。

 議会が始まる二分前だというのに全く焦る様子もなく、ゆっくりとした足取りで席へと向かう。

 オルズバウロ元帥が席に着いて間もなく、議会が開始された。

 司会者が様々な議題を読み上げ、そこから議論が行われ、投票により可否が決定される。


 そしてある議題に対する議論が行われた時、マスティンは席を立ち、大きな声で議員達に呼びかけた。


「現在のこの内乱は、俗に言われる『ダークサークル』の代表とも言えるものでしょう。すでに我々には有余はありません。国家転覆の危機にひんしているこの状況に対し、我々は早急に対策を立てねばなりません」


 声を上げるマスティンに議員全員が注目する。


「私は今の国民制度の改善を提言します。資料に示されたとおり、改善内容は大きく分けて三つ。まず一つ目、大きくなり過ぎた貴族権力の縮小。二つ目、国民の重税の減額。三つ目、領地主の農民に対する待遇の改善。以上の三つを私は提言します」


 一人の議員が口を開く。


「えーと、一つ目の貴族権力の縮小に関してだがね。どれほどの縮小を予定しているのかね」


「特権の50%を停止する方向で考えています」


「ご、50%!?」


 議員達はザワザワと騒ぐ。


「別に騒ぐほどのものではありません。予定している特権内容は十二年前のものと大差ありません。逆に現在の貴族権力が肥大し過ぎていると私は考えています」


 議員たちが口々に声を上げる。


「こんなことが実行できるわけがなかろう」

「貴族全員と戦うつもりかね」


 マスティンは議員達を少しだけにらむ。


「先ほど述べたように特権内容は十二年前のものと大差ありません。縮小しても権力としては十二分にあると私は考えます。それよりも今の国の状態を放置すれば権力どころが命までも失いかねない状況にあるということを、議員の皆様には理解していただきたい」


「それは我々が解放軍に負けるということなのかね?」


 オルズバウロ元帥の太い声が静かに響いた。マスティンをジッと見ている。


「今のまま国の状態を放置すれば、内乱の規模は膨らむ一方です。じき国軍でも抑えられなくなるでしょう」


 そのマスティンの言葉に対して別の議員が口を開く。


「杞憂だよ。農民の寄せ集めに世界最強のグラウド軍が負けるはずがない」


 その言葉にマスティンは反論する。


「しかし現状、すでに領地の半分が解放軍に奪われています」


 別の議員が口を開く。


「半分といっても東の首都から離れた西の半分……つまり地方だろ。そこで打ち止め、これ以上の進行などできんよ」


「しかし現状を放置すれば、国は荒廃する一方でしょう」


 そのマスティンの言葉に対して数人の議員が口を開く


「このタイミングでここまでの制度の改革……まるでセウスノール軍に許しを請うているようではないか。むしずが走るな」

「そうだな……制度の改革はあくまでも解放軍を抑えたあと、国の威厳を保つためにはそれが望ましい」


 するとその時、ロストブルー中将が口を開いた。


「制度の改革は解放軍を抑える前でも良いでしょう。制度改革によって縮小した解放軍を叩けば良いのです。それで国の威厳も保たれます」


 その言葉に一人の議員が口を開く。


「やれやれ、『瞬神の騎士』ともあろうお方がずいぶんな弱腰ですな。まさか解放軍に勝つ自信がないのではないでしょうな」


 軽い挑発を含んだ議員の発言。ロストブルーは動じない。


「内乱に限らずテロも増えています。こんな戦いは早く終わりにした方が良いでしょう」


 それらの意見を聞いてグランロイヤー総務大臣が口を開く。


「制度の改善には賛成だが、いささか急過ぎるな。この内容では貴族の反発は避けられないだろう。もう少しゆるくすべきだな」


 それを聞いてマスティンが少し荒げた口調で言う。


「今の状況でいちいち反発を気にしていてはまともな改革はできません」


 グランロイヤー総務大臣もマスティンを見つめる。落ち着かせるようにゆるい口調で話しかける。


「ルイ、君の意見も分かるが、貴族の反発が強まれば議会そのものの存在が危うくなる。それでは改革どころではなくなるだろう。今は我慢の時だ」


「その我慢がいつ解けるのかが疑問だな」


 ライトシュタイン中将が静かに口を開いた。無機質な目で議員全体を見つめた。


「そう言い続けて……皇帝政治が常に主導となっていったのだろう? これでは議会が存在しようとしまいと同じだな」


 グランロイヤーはそれを聞いて眉を寄せる。


「耳が痛い話だな。しかし我々も皇帝政治に遅れをとっているものの、それなりの仕事はしてきた」


「今の国の状況を見て、何を持ってそれなりの仕事なのか疑問だ」


 ライトシュタインは静かな口調で言った。

 グランロイヤー総務大臣は少しだけ黙ったあと、再び口を開いた。


「だが我々が消えれば、また完全な皇帝政治に逆戻りだ。とにかく話を戻そう、ルイ・マスティンの提言を踏まえて、私の提案を言おう」


 グランロイヤーは議員全員を見渡す。


「貴族の権力縮小と領地主の農民待遇改善は、今の状況下では難しい。今回は減税を行い、少し様子を見てみよう。現状の改善傾向が見られれば貴族たちの反応も変わってくるだろう」


 それを聞いて他の議員達が少しうなる。


「確かにその程度なら反発は少ないが……」

「貴族権力の改革の方向で考えるは内心シャクだが、現状を考えれば致し方ないか」




「時間です…………では先に挙げられたルイ・マスティン軍務大臣の提言、議論の中で挙がったジオ・グランロイヤー総務大臣の提案にそれぞれ投票を行おうと思います。よろしいでしょうか?」



 そして議員達の投票が行われた。

 間もなく結果が発表された。

 まずはマスティンの提言からだった。


「賛成4票、反対15票、否決されました」


 続いてグランロイヤーの提案の結果。


「賛成13票、反対6票、可決されました」


 その後、いくつかの議題を終えたあと議会は閉会した。



 廊下を歩くルイ・マスティン軍務大臣、険しい表情だ。

 それに一人の男が早足で追いつこうとする。


「ルイ!」


 ジオ・グランロイヤー総務大臣がマスティンに呼びかける。


「ジオ……」


 グランロイヤーはマスティンの隣を歩く。


「ふぅ、せわしないなルイ。せっかく久しぶりに顔を合わせたっていうのに」


「……ああ、悪いね」


 マスティンは細い目でグランロイヤーを見つめる。


「おいおい、そんなににらむなよ。君の提言を潰してしまったことを怒っているのか?」


「別ににらんではいないさ。少し疲れているだけだよ。それに君が私の提言を潰したとは思っていない」


 その言葉を聞いてグランロイヤーはほほえむ。


「そう言ってくれると少し胸が軽くなるよ。実際私があの提案を出さなければ、九割方、君の提言は一つも通らなかっただろうからな」


「本音を言うと一割でもすべてを通る可能性を残したかったがね」


「やっぱり少し怒ってるな」


「ああ、ほんの少しな」


 マスティンはほほえんだ。


「しかし、今の国の状態は全く良くなる気配がない」


 マスティンは少し深刻な表情をしながら言った。


「まあな、議論の途中でザベルのやつに皮肉たっぷりに言われたしな」


「私は多少無理をしなければこの国が良くなることはあり得ないと思うがね…………まあ、それは今は置いておこう」


「別に置く必要はないさ。議会以外でもどんどん話せばいい、少なくとも私の前では遠慮はいらないよ」


「そうかい。正直、今のこの国の状況に対して、議会の無力ぶりに憤りを感じるよ」


 マスティンはそう言って軽くため息をつく。


「そうは言っても我々もたった二十人の集まりだ。なかなか思うようにはいかんだろう」


 グランロイヤーが励ますように言った。


「そうかもしれんが」


「君はまじめ過ぎるな、それでは身が持たないぞ。どうだ? 今から食事でも行かないか。いい店を見つけたんだ」


「すまないが、これから少し用事があってな。すぐに馬車に戻らないと」


 マスティンは申し訳なさそうに言った。


「そうか……それは残念だ。最近、起きている重役殺しには気をつけろよ」


「ああ、君もな」


「私は大丈夫だ、腕のいい護衛がいるからな。ではまたな」


「ああ、食事の件はすまなかったな」


 二人は離れていった。




 そこから少し離れた廊下をディアル・ロストブルー中将が歩いていた。


「やあ……ロストブルー中将」


 横から静かな声がしてロストブルーはその方向を向いた。見るとライトシュタイン中将がいた。無機質な目でロストブルーを見ている。


「おや、ライトシュタイン中将。あなたが声をかけてくるなんて珍しい」


 ロストブルー中将はほほえみながら言った。


 二人は並んで廊下を歩く。


 ライトシュタインが表情を変えずに口を開く。


「どうだったかね。今日の議会は」


「あまり良くありませんね。議員全体の傾向が、自らの保守を最優先にしている。まるでオウムのように同じ言葉の繰り返しだ」


「君らしくないものの言い方だな。少しいらだっているようだな」


「でしょうね、自分でもはっきりと分かりますよ。私だけではなく、マスティン大臣にも正直同情します。彼の正当な主張が全く相手にされていない」


 ロストブルーは少しだけ強い口調だった。


「マスティンか……君は議員にいらだっていると言ったな。君の目にはあの議会全体はどう映った?」


「まるで液体のようですよ。どんなに強く押しても避けられて、違う切り口でモノを言っても避けられて。いらだっているのではっきりと言いますが、議員全体の考えが浅く、判断力が鈍い」


「なるほど、しかしもう一度聞こう。君の目にはあの議会全体がどう映った?」


 ライトシュタインは無機質な目でジッとロストブルーを見た。

 ロストブルーは一瞬戸惑う。


「本当に先ほど言った印象だけか?」


「…………」


 ロストブルーは少しだけ考えた。


「いえ……どうも、何と言うか。ほんの少しですが、気味の悪い感じを受けました」


「どう気味が悪いんだね?」


「どうも何か…………自らの保身以外で、なにか奇妙な団結感のようなものを感じました。まるで議会が別の意思を持った生き物のように……」


「ふむ」


 ライトシュタインは前を向いてあごを一回さすった。そして再びロストブルーを見る。


「君はやはり優秀だな、私も同意見だ。議会そのものに不自然な印象をはっきりと受けた。マスティン大臣の弁論……まるで銅像に向かって呼びかけているかのようだった」


「一体どういうことなのでしょうか?」


「議会内に何かの意思が働いているな……議員の一部に何かを企んでいる者たちがいる」


「何かを……?」


 ライトシュタインはロストブルーを鋭く見つめた。


「『ダークサークル』」


「……!」


「どうやら…………この円の中心に立っている人間がいそうだ」


「今の『ダークサークル』は何者かによって引き起こされたものだと……?」


 ロストブルーは少し驚いた表情をした。


「今日はここまでだ」


「…………!」


「ロストブルー中将、今度の休日にチェスなどどうかな? 最近新しい対局時計を買ったんだ」


 それを聞いてロストブルーはほほえんだ。


「ええ、喜んで」






 四角い灰色の建物が並ぶ街並みに巨大な横長の建物がそびえ立つ。

 ここは解放軍フルスロック基地。

 その司令室の机で、ガルディアは一通の手紙を読んでいた。


 コンコン


 ドアがノックされる。


「おーう、いいぞ」


 ガルディアの返事と共にドアが開かれアールスロウが入ってきた。


「グレイさん、この資料ですが…………手紙ですか」


「んっ? ああ、さっき手紙鳥で届いた」


「基地関連ですか?」


「まあ、無関係じゃないな」


「ではどこから?」


「セウスノール本部からの招集だ」


「招集を手紙で済ますとは……」


「まあ、理由は分かる。まあパッと行ってパッと帰ってくるよ」


「では護衛を用意しますね」


「ん、いや、いい。もういっしょに行くやつ決めてるから」


「……?」





 クロコは基地の廊下を歩いていた。その時、向かいからガルディアが歩いてきた。

 ガルディアはクロコを見るなり手をあげて笑いかける。


「よーう、クロコ。見つけた」


「あぁ?」


 ガルディアは素早くクロコの横について肩に手を回す。そして耳もとでボソっとしゃべる。


「なぁ、クロコ……」


 そしてガルディアは一言つぶやいた。


「『ファントム』に会いたくないか?」


 クロコは一瞬驚く。

 そして少し間をおいて答える。


「……会えるんだったらな」


「よしっ!! 決まりだ。クロコ、今からセウスノールへ行くぞ!!」


「………………」


 クロコは一瞬何を言っているのか分からなかった。

 そして遅れて声が出る。


「はあっ!?」



 間もなくクロコとガルディアは馬車に乗って基地の外へと飛び出した。







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