2-17 帰る場所
灰色の天井。
クロコはベッドの上にいた。
ケイルズヘル防衛戦から一夜明け、クロコはケイルズヘル基地の治療室のベッドの上で、灰色の天井を見つめている。
包帯ぐるぐるの姿、防衛戦初日後よりさらにひどい。
隣のベッドではクレイドも寝ころんでいる。同じように包帯ぐるぐるの姿だ。
クロコはつまらなそうな顔をする。
「クソ……またこれか」
その声に隣のクレイドが反応する。
「というか、前よりひどいだろ。そういえば知ってるか? ミリアもケガしたらしいぞ」
「へぇー、ならあいつもどっかで寝てんのか?」
「いや、元気に歩いてたな。パッと見て、どこケガしたのかよく分からなかった」
「なんだそれ。クソッ、おもしろくねー」
一方、基地の廊下ではガルディアとローズマンが話していた。
「しかしホント久しぶりだな。ガルディア」
「本当だな。何年ぶりだ?」
「たしか二年ぶりだな」
ローズマンは笑顔で答える。ガルディアも笑顔だ。
ローズマンが口を開く。
「おまえが来てくれて助かったぜ。しかし相変わらずの化け物ぶりだなぁ。久しぶりに見るとホントとんでもねぇぜ」
「まぁ、二年ぶりの戦場だったが、思ったよりは動けたよ」
「思ったよりどころかほとんど衰えてねぇよ。もうウチのミリアの方が上だと思ってたが……やっぱりおまえは正真正銘の化け物だなー」
「ハッハッハッ、素直に喜んでいいのか分からん例えだな」
基地の治療室、ベッドのクロコは包帯だらけの体を必死で起こす。
「い……いてててて」
「おい、クロコ、大丈夫なのか? もう動いて」
隣のクレイドが首だけ起こす。
「ヒマなんだよ。ずっとこんな所で寝てられるか」
クロコはそう言って体を起こすと、そのまま痛がりながら廊下へ出て行った。
そんなクロコを見届けるクレイド。
「やれやれ、せわしないな」
廊下をバランス悪く歩くクロコ、すると向かい側から大柄の男が歩いてくる。
「あっ! ガルディア!」
「ようクロコ」
「なんでいんだよ!」
「ああ、たまたま近くの基地に居たんでな。ついでに寄ってみた」
「散歩気分かよ」
「ハッハッハッ、まあ、そんなもんか? それより派手にやられたなー。大丈夫か?」
「大丈夫じゃねーよ!」
「ハッハッハッ、元気そうでなにより」
「まったく、こっちは死にかけてたのに……気楽に来やがって」
「まあ、そう言うなって、あとオレは先にフルスロックに帰らせてもらうからな。おまえの顔見たらなんだか元気が出てきたよ」
「ふん……」
「じゃあな」
ガルディアは軽く手を上げ、そのままクロコを横切って立ち去った。
基地の敷地、ガルディアは置いておいた自分の馬へ向かって歩いていた。
基地の壁の一角、そこにミリアが寄りかかっていた。ガルディアの方をじっと見ている。
ガルディアが気さくに声をかける。
「よう、ミリアちゃん」
「その呼び方はよせ、ガルディア」
「なんでだ? 昔からだろ」
「もう子供じゃない」
「そうか? オレからはまだ子供に見えちゃうんだけどなー。まあ、でも大人っぽくなったな」
「…………」
ミリアはなにも言わず、ガルディアの方を見る。
そしてゆっくり口を開く。
「なぜ来た……」
「…………」
ガルディアは一瞬黙る。
そして口を開く。
「なに、ついでに寄っただけさ」
「リサイド基地から馬で二時間駆けて、戦場に飛び込むことがか……? そんなはずないだろう」
ミリアは冷たい目でガルディアをジッと見る。
ガルディアは頭をかく。
「やれやれ……まいったね。本当に大した理由なんてないんだが」
「クロコ・ブレイリバー」
ミリアはボソッと言う。
「結果的に助けたのは私だったが、あなたが本当に助けたかったのはそっちじゃないのか……?」
「へぇー、自然にそう感じたんなら、ミリアちゃんはクロコのことが気になってるみたいだな」
「私も、だろ。ガルディア」
「…………」
「あいつはあなたのなんだ。いったいなんの関係がある?」
ミリアがそう問いかけると、ガルディアはゆっくりと歩き出し、ミリアを横切る。
そして背中を向けたまま答えた。
「大事な仲間だよ。ミリアちゃんだってそうさ……」
ガルディアはそのまま立ち去った。
一人残されるミリア。
「クロコ・ブレイリバー……か」
夜、クロコは痛がりながら廊下を歩いて治療室に戻ろうとしていた。
「いててててて、なんかムダに疲れたな……」
治療室の自分のベッドに戻ると、隣のベッドが空になっていた。
「あれ? クレイドのやつどこ行ったんだ。……トイレか?」
基地の正面に立つスティアゴア台地。
その北側、巨大なアルティマイアの滝が大きな音を立てて水しぶきを飛ばす。巨大な水の塊が宙を浮くようにゆっくりと流れて落ち続ける。月明かりに照らされたその滝は、その巨大で優雅な姿を一層きわだたせていた。
そのアルティマイアの滝がほぼ正面に見える場所、乾いた大地の上をクレイドは独り立っていた。
クレイドはその滝を正面から眺めていた。
「やっと来れたぜ。リィナ」
クレイドは巨大な滝を真っ直ぐ見つめる。
「おまえの言ったとおり、本当にすげぇ滝だ。本当に優雅だ……」
月明かりに照らされるアルティマイアの滝の前。クレイドはただそれをじっと見つめていた。
次の日の朝、フルスロック基地に戻る第一便の馬車が出た。ほぼ無傷の兵士達ばかりが乗る馬車のなかで、包帯ぐるぐる巻きのクロコとクレイドは、せっかちにもそこに乗り込んでいた。
クロコは窓から外を眺める。
「ふぅー、これでここともさよならだ」
クロコの目に巨大なスティアゴア台地が映る。
「なんだ、さびしいのか?」
隣に座るクレイドが言った。
「別に、おまえはどうなんだ?」
「俺もだ。もうここには未練は無い」
「そうか、まあこれでやっとフルスロック基地に帰れるな」
「フッ……帰る、か……」
「なんだよ、おかしいか?」
「いや、おかしくねぇよ」
クレイドは少しだけほほえんだ。
ケイルズヘル防衛戦から約一週間後、フルスロック基地の敷地には多くの人が、帰りの第一便の馬車の到着を待っていた。
その中にはソラの姿もあった。
ソラの耳に兵士の話声が聞こえてくる。
「おい、聞いたか? スコア・フィードウッドが出たそうだぞ」
「ああ、それにレイデル・グロウスも出たって」
「かなり激しい戦いだったみたいだな……」
「こちらもかなりの戦死者を出したって話だぜ」
そんな不吉な話が耳に入るごとに、ソラの唇がわずかに震える。
(クロコ……)
ソラは祈るように心の中でその名を呼んだ。
「大丈夫だよ」
フロウが声をかける。
「クロコ君も、それにクレイドも、そう簡単には死なない。彼らには強い意志があるんだから」
フロウは震えるソラを優しい目で見る。
「フロウくん……」
「だから大丈夫、心配ないよ」
フロウはそう言ってほほえむ。
その直後、基地の敷地内に大型の馬車が三台入ってきた。
馬車が停まると、なかから大勢の兵士が降りてくる。
ソラはサッと駆け出して馬車に近づいた。
兵士達の中からクロコを探す。
他の者達も馬車を囲むなか、兵士たち一人ひとりに目を向けるソラ。
ほとんど無傷の兵士たちが次々と降りてくる。その中で一人、包帯ぐるぐるの少女が降りてくる。
「クロコ!!」
ソラは叫んだ。
その声でクロコはソラの方を見る。
ソラは駆け寄って、そしてクロコを抱きしめる。
「良かった~、ちゃんと帰ってきた……」
抱きしめられたクロコは少し恥ずかしそうな顔をする。
「なに言ってんだ。当然だろ」
クロコはそう言ってソラの顔をのぞいた。すると目に少しだけ涙がこぼれていた。
「良かった。本当に良かったよ……クロコ……」
クロコはそれを見て少し驚くが、すぐにソラの頭をポンポンと叩く。
「大丈夫だ、ソラ、オレは必ず戻ってくる。だからもう、そんなに心配すんな」
「本当に……? 約束だよ、クロコ」
ソラの声が少しうわずっている。
「ああ、約束だ」
クロコの頭の中で、過去にブレッドに言われた言葉がよみがえる。
(もしおまえが再び戦場に立つというのなら、その時は、これからできる仲間のために、これから関わり合う人のために、そして自分自身のために戦え。絶対に、死なないように……!)