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0-4 フロウ・ストルーク(後編)




 暗闇での演奏から数日が経っていた。

 フロウはいつも通りの日常を送っていた。

 マウルを屋敷に連れ込んだことと、夜遅く屋敷を無断で外出したことは、幸運にも家族にはばれていなかったようだ。


 しかし、ある日の夜、突然フロウは父の部屋に呼び出された。


 黒い仕事机に座る父。


「なんでしょうか? 父上」


 フロウが来ると父はゆっくりと口を開いた。


「フロウ……お前に一つ聞きたいことがあってな」


 重々しい口調だった。


「なんでしょうか?」


「おまえは私に一つ、隠しごとをしているだろう」


 その言葉を聞いて、フロウはドキッとした。すぐにマウルの顔が頭に浮かんだ。


「なんのことでしょうか? 確かに父上にすべてのことを話しているわけではありません。しかし別に大きな隠しごとなど……」


「ごまかしても無駄だ。私はもう知っている。お前が農民と交流を持っていることなど」


「……!!」


 フロウは自分の顔がこわばるのを感じた。あの日、マウルを連れてきた日、実は父に気付かれていたのではないか、そう思った。


「いつから、気付いていたのですか……?」


 フロウは確認するためにそう聞いた。


「二年前からだ」


「……!」


 それは思いがけない答えだった。父はずっと以前からマウルのことを知っていたのだ。


「お前なら、いつか気付くと思っていた。貴族と農民は決して関わりあうことなどできないと」


「そんなことはありません! 確かに生活や境遇には大きな差はあります。しかし、そんなことは大きな問題じゃない……!」


「……今すぐ縁を切れ」


「……!!」


 フロウは一瞬驚いた。しかしすぐに怒りがわいた。


「なぜですか!? なにか問題でも……」


「それがわからないお前ではないだろう……!」


 父は声をわずかに荒げた。

 フロウは少しだけひるんだ。しかしすぐに父をにらみつける。


「確かに貴族が農民と深い交流を持つなど、世間的に許されることではないのかもしれません。しかしマウルは僕の友達です!」


「おまえは仮にも将来、町長になる身だ……! それがわかっているのか」


「町長になるからこそ、町の住民に差別無く関わるべきではないのですか!?」


「そんなものは理想論に過ぎん……! 前にも言ったがおまえは頭だけで経験がない。だから現実と理想の区別がつかんのだ。現実はそう簡単なものではない……!」


「仮にそうであったとしても、なにもしないよりはマシなはずだ!」


「…………もういい。もし、おまえがその農民と縁を切らないのならば、お前とは親子の縁を切る。屋敷から出ていってもらう。無論町長にもなれん」


「そんな……」


 フロウは一歩退く。父の目は冗談を言っているようには見えなかった。


「だが私も悪魔ではない。最後に一度だけその農民と会い、別れを告げることを許そう。だがそれ以後、その農民と会うことを一切禁止する。もし一度でも会えば……わかっているな」



 父の話はそれで終わった。


 フロウの心はこの日、闇のなかへと放り込まれた。




 次の日の昼ごろ、フロウは普段と違い、堂々と屋敷を出て、堂々と街の最外部へと足を運び、マウルの家を訪ねた。

 そしてその話をした。


「そんなこと…………」


 マウルはぼうぜんとした様子だった。

 フロウは悔しさをかみ殺している、唇がわずかに震える。


「こんなの絶対におかしい。どうして……!!」


「フロウ……」


「マウルと別れるぐらいなら、僕は町長になんてならなくていい……! 屋敷にだって……」


「………………」


 マウルは悲しそうな顔をしていた。

 フロウは体全体が震えるのを感じていた。悔しくて、悲しくて、そして怒りがわいていた。


 マウルはしばらく何かを考える様子を見せると、静かに口を開いた。


「ボクは構わないよ。フロウ」


「……! マウル!! なにを……」


「ボクのせいで、フロウが自分の家族を失うのは、悲しい。ボクはずっと昔に家族を亡くしているから。それに町長になることだってフロウの大切な夢だ」


「でも……!!」


「大丈夫さフロウ。ボクは思うんだ。人生って別れの連続なんだって……だけど一生会えないわけじゃない。会おうと願えば、いつかきっとまた会える」


「だけど……こんな形で」


「フロウが将来町長になって、町を良くしてくれれば、ボク達は堂々とまた会うことができる。だから、それまでの我慢、ほんのちょっとの我慢……」


「マウル……」


「フロウ、ボクは大丈夫。だからきみはきみの夢を捨てないで。ボクはその時を楽しみに待ってるから……」


「…………ごめん……マウル」


 フロウの目から涙がこぼれた。


「フロウは悪くない。謝ることなんてないよ」


 マウルはほほえんだ。



 その後、マウルはフロウを路地の途中まで見送った。

 そして、そこで最後のあいさつをした。


「さようならマウル……そして、また会おう」


「うん、必ずまた会おう。必ず」


 フロウの目からまた涙がこぼれた。

 マウルは笑いながらフロウを見送った。けれど、そのマウルの目にも涙がこぼれていた。

 

 フロウはマウルの前から立ち去った。

 必ず会える。ただそれだけを信じて……





 それからフロウの日々は退屈だった。

 マウルと話せない日々、マウルの演奏が聴けない日々。

 不思議と寂しさはなかった。

 けれど、何かが足りない感覚がした。

 何か、大切な何かが……


 そんな日々が、ただ無機的に過ぎていった。





 マウルと別れてから二週間が経ったある日の午後、フロウはなんとなく屋敷の三階から町の景色を眺めていた。

 その時、フロウはあるものに気付いた。遠くから黒い煙が出ている。

 フロウはハッとした。

 あそこは町の最外部。


 フロウはとんでもなく嫌な胸騒ぎがした。あそこは……マウルの住んでいたあたりだ。

 フロウはすぐに屋敷を飛び出そうとした。しかしその時、父の言葉がよみがえる。


(もし一度でも会えば、分かっているな……)


 けれどフロウはすぐにその言葉を振り切った。

 なにかとんでもないことが起きている。そう直感した。


 迷っている時間なんかない!

 フロウはそのまま屋敷を飛び出そうとする。

 しかし、昼間にもかかわらず鋼鉄の門は固く閉ざされ、警備の者がすぐにフロウを止める。


「いけません、フロウ様。今日の外出はヴァルト様から固く禁じられております」


「禁じている!? 父上が……? どうしてだ!!」


「それは……私どもの口からでは」


 フロウは歯をギリっと鳴らした。

 そしてすぐに屋敷に走って戻った。

 そしてフロウはすぐにまた門に戻ってきた、片手に小剣を持った状態で。


「フ、フロウ様!!」


「どけぇっ!!」


 フロウは大声で怒鳴った。


「や、やむをえん、門を開けよう」


 警備のものはすぐに門を開けた。

 フロウは屋敷から飛び出すと、マウルの住む小屋に向かって一直線に駆けだす。

 向かう途中、煙の昇っている方向から歩いて来る国軍の兵士の集団とすれ違った。百人近くはいただろう。

 そのなかの数人の青い軍服には、目立たないが、赤い染みが付いていた。

 

 心臓が嫌な音を立てて鼓動する。

 フロウの記憶の中から、ある会話が思い出されていた。


(最近、町の最外部に住んでいる農民たちがなにやら奇妙な集会を開いているらしい)


(奇妙な集会? どんなものなんです)


(詳しいことはわからん……だが、警察の話では反乱を起こそうとしているのではないか、という話だ)


(怖いわ……取り締まれないのですか?)


(無論取り締まるさ。今その対策を立てているところだ)




 国軍が立ち去ったあとの最外部の路地。

 ひどい有様だった。

 路地を挟んでいた民家はもとからボロボロだったが、それがきれいに思えたほどだ。

 ほとんどの扉が砕かれ、壁の所々には無数の銃弾の跡があった。いたる所から薄い煙が上がり、ただの燃えカスとなっている家もあった。

 けれど民家だけに関していえば、まだマシだった、それに挟まれている路地に比べれば。

 地獄のような光景だった。

 路地にはたくさんの人が血を流し倒れている。路地の奥まで並ぶ倒れる人の群れ、誰一人として動く気配がない。

 その中には、剣を握ったままの人も多くいた。おそらく強い抵抗をしたのだろう。反乱を企てていたという話は本当だったのだ。

 フロウはそれらを前にして、しばらく立ち尽くしていたが、再び駆けだした。マウルの小屋へ向かうために。


(大丈夫だ。マウルは反乱とは関係ない)


 路地を駆け抜けると次から次へと倒れ込む人が通り過ぎる。

 フロウはひたすら地獄の道を駆け抜けていた。心臓が肺ごと外側から押し潰されているような感覚、それがひたすらに続いた。

 走り抜けるフロウの前を次々と通り過ぎる無数の人、その全てが地面に倒れ伏していた。


 その時だった。

 通り過ぎる人の群れ、その一つに目がいった時、フロウの足は自然と止まった。


 黄色い髪が見えた。

 そして見慣れた服装をしていた。

 若い少年が道の端に倒れていた。通り過ぎていった無数の人と同じように。

 フロウはマウルに駆け寄った。


「マウルッ!!」


 フロウはマウルを抱き起した。

 マウルのうつろな目が、少しだけ動いた。


「フロウ……」


 マウルはフロウの顔を見ると嬉しそうにわずかにほほえんだ。


「マウル、良かった。生き……」


 フロウはそう言いかけた時、気付いた。

 マウルを抱き起している自分の腕が、赤く染まってきている。

 背中から切り裂かれている。

 この血の量は浅くない。


「待っててマウル! すぐ助けを呼ぶから!」


「いいんだフロウ……」


「……! なにを言って……」


「もう助からない……分かるんだ……」


 マウルは遅い手つきで、自分の上着からなにかを取りだした。

 白いフルートだ。


「フルート……フロウがくれた。しっかり守れたんだ……これだけしか……守れなかったけど」


「こ……こんなもの……!」


「ボクにとっては……すごく大切な物だから……」


「マウル……」


「フロウ……そんな悲しそうな顔をしないで……フロウはボクの大好きな友達なんだ……ボクのせいでこんなに悲しがるのは、ボクにとっては、つらい……」


「だけど……マウル……!」


「笑って…………フロウ……」


 フロウは思った、マウルは残酷だ。こんなときに、友達が目の前で死のうとする時に、こんな苦しい時に、笑えるはずがない。

 けれどマウルは、同じように、苦しいだろう時に、笑った、満面の笑みで。


「ありがとう。フロウ」


 マウルの腕から力が抜けた。

 握っていたフルートが手からこぼれ落ちた。


「マウル、マウル、マウル……!」


 マウルはもう何も答えなかった。

 フロウの視界が大きくかすんだ。


「うわあぁぁぁぁぁ」


 フロウは大きな声で叫ぶように泣いた。

 荒れ果てた静かな路地に、フロウの泣き声だけが延々と響いていた。



 暗闇を照らす温かな光は、静かに静かに消えていった。







 屋敷の父の部屋。

 父は窓から外を眺めていた。


「父上……」


「なんだ……」


 返事をする父は振り返らず、背を向けたままだった。


「友達が死にました」


「……そうか」


「国軍が動くには町長である父上の許可がいる。父上は知っていましたね? こうなるかもしれないということを。だからあのタイミングでマウルと離そうとした」


「……責めているのか? 私を」


 父はゆっくりと振り返った。


「はい」


「……農民達は反乱を企てていた。これ以外、町の治安を守る手立てはなかった」


「……! だからといって! 農民を無差別に殺す必要なんてあったんですか!?」


「軍には、極力反乱とは関係ない農民には危害を加えるなと言った」


「今の軍の状態を聞けば、こうなることなんて容易に想像できたはずだ! あなたは農民というだけで、その存在を差別し軽視したんだ!!」


「差別した……? 違うな、農民は反乱を企てていた。その行動は治安を乱す悪だ。それをかばうことこそ差別となるのではないか……!」


「違う!! あなたは貴族や平民の生活を守るために、農民という立場の、地位的下位の者を根こそぎ切り捨てたんだ!!」


 それを聞いて父はにらんだ。


「下らない……! お前はあの農民が死んだことを私の行動のせいにしたいだけだろう。だがなフロウ、私は私の行動が間違っていたとは思わない……!」


「間違っている……! マウルが死んだのはあなたのせいだ。あなたはマウルや罪のない人達を農民というだけでひとくくりにして、虐殺した!! あなたは人殺しです……!」


「知ったようなことを言うな!!」


 父が初めて怒鳴った。


「たったの十八年しか生きていないお前が、いったい何を知ったようなことを言っているんだ……! お前はこの世界のことを何も経験してはいない……何も知らない……!」


「知って、経験した結果、あなたのような考えになるのなら、そんな経験したいとも思わない!!」


「いい加減にしろフロウ、おまえは子供すぎるのだ! だからなにも分からない!!」


「話にならない……!! もういい! もうたくさんだ! 僕はこの家を出る……!」


「つまらんことを言うな……! 出てどうする!?」


「僕は本気です。父上」


「なんだと……!」


「僕がここに来た一番の理由は、あなたと怒鳴り合うためじゃない。これを言うためだったんです」


「…………!!」


「母上には『ごめんなさい』と伝えておいて下さい。さようなら父上」


「……!!」


 フロウは父に背中を向けた。


「フロウ!!」


 叫ぶ父を無視し、フロウは屋敷を出た。


 この日、フロウは自らが持つほぼ全てのものを失った。





 フロウはそのあと、町を転々としながら西へ西へと向かって行った。

 そしてゆっくりと解放軍基地のあるフルスロックを目指していた。

 セサミボーダーから決して近い基地ではないけれど、『黒の魔将』グレイ・ガルディアがいる基地として有名だ。



 セサミボーダーを出て一週間が経とうとしていた。

 フルスロックに近い町の料理屋で昼食をとっている時だった、数人の男の話し声が耳に入った。


「それでな、その反乱で……」


「農民が中心なんだろ」


「ああ、一気に四つの町を占拠してな。かなり大規模らしい」


「どこの町だ」


「ロゴ地域の町だ。レイクル、サードフォード、アルケア、セサミボーダー……」


(セサミボーダー!?)


 フロウは驚いた。

 すぐにその集団に割り込んだ。


「すみません! その話、詳しく聞かせてもらえませんか!?」


「な、なんだ!?」


「セサミボーダーは僕の住んでいた町なんです!」


「えっ! ああ、それで……」


「それは気の毒だな。……話によるとロゴ地域で、大規模な農民の反乱が起きて、セサミボーダーもその反乱に巻き込まれたって話だ。それによってセサミボーダーの町長が農民に処刑されたそうだ」


「……!!」


「知ってるかもしれないが、セサミボーダーの町長は最近農民の反乱分子を軍に依頼してせん滅していてな。その罪を問われてってことらしい。噂によれば、町長だけじゃなくその妻も処刑されたって話だ……残念だが、あの町はもう駄目だろう」


「まったく、恐ろしいねえ……」




 フロウは感じた、すべてが崩れるのを。

 フロウの思考は闇の中をさまよった。


 友達を殺した父、農民の反乱によって殺された父と母。

 なんだこれは。

 なにが起こっている?

 なにを恨めばいい?

 なにを否定すればいい?


 もうなにもわからない。





 フロウはしばらくその町に留まった。

 フルスロックに真っ直ぐ向かっていた足は止まり、そこから動きだすことができずにいた。



 完全に目的を見失った。



 日が経つにつれ手持ちのお金が徐々に少なくなっていった。



 一週間が経った。

 フロウの頭は少しだけ落ち着きを取り戻していた。


 友達を奪われ、両親を奪われた。

 なにを恨めばいいのか。なにを否定すればいいのか。なにを信じればいいのか。結局はわからなかった。けれど……


 フロウは頭の中にはあると疑問が生まれていた。

 ダークサークル……

 マウルを飲み込み、父と母を飲み込んだ、世界を包む闇。

 それがいったいなんなのか、

 僕はその真実を確かめたい。

 そして、その真実を確かめることができる場所は……


(……解放軍)


 解放軍に入ろう、フロウはそう決断した。

 恨みでもなく、否定でもなく、ただ知りたいがために。

 巨大な暗黒がもっとも渦巻く戦場、そこにはそれがあるような気がした。

 その『真実』が……





 フロウはフルスロック基地の入軍試験を受けた。


 入軍試験の面接。

 基地の一室で、若い試験官三人がフロウと向かい合う形で座っている。

 試験官の一人がフロウの提出した資料を読み上げる。


「出身はセサミボーダー。……名前はフロウ・ストルークか」


「ストルーク。どこかで聞いたことあるな」


「……おい!! 先日反乱で殺されたっていうセサミボーダーの町長じゃないか!!」


 三人の試験官は驚きと混乱の表情をした。しかしフロウは動じない。


「そうです。僕はその息子です」


「な……!! は、話にならない! 貴族がセウスノール軍に入るなど! それに加え、反乱で処刑された町長の息子……!!」


「そうであったとしても、僕は今の国が間違っていると思っています! 地位や境遇、それを正すための解放軍なんでしょう!? そんなこと、何も関係ないはずです!!」


 フロウは訴えかけるように言った。


「関係ないはずないだろう! 試験は中止だ。今すぐ基地から出ていけ!!」


「……!!」


(変わらない……差別される対象が変わっただけ、ここも、あそことなにも変わらない……)


 その時、突然ドアが開いた。


「アレ? なにやってんだ」


 黒い髪の大柄の男がヌッと顔を出した。


「ああ、試験中か」


「ガルディア司令官……」


 試験官の一人が言った。

 フロウは驚いた。


(ガルディア!? この男が……)


 フロウはすぐにガルディア司令官に駆け寄った。


「ガルディア司令官……!! お願いします。試験を続行させてください!!」


 それを見て、試験官の一人が声をあげる。


「な、なにを言っている! 司令官に直接言っても……」


 キョトンとするガルディア司令官。


「……? なんの話だ」


「この少年、先日殺されたセサミボーダーの町長の息子です!」


「……!! あの事件の……」


「お願いします!! 僕はどうしても解放軍に入りたいんです……!! そのためだけにここまで来たんです!!」


 ガルディア司令官の目つきが変わる。真剣な目でフロウを見た。


「…………おまえら、席をはずしてくれ」


「し、司令官!?」


「オレが話を聞く」


「は、はい」


 試験官達は部屋の外へと出て行った。

 ガルディア司令官は空いた試験官席の一つに座る。


「さて……それじゃあ聞かしてくれないか」


「はい、この国の状況について、最初に疑問に感じたのは十歳の時です。その時は……」


「あっ! ちょっと待ってくれ」


「え……はい」


 ガルディア司令官は笑顔を浮かべながら口を開いた。


「建前はいいんだ。オレが知りたいのはそんなモンじゃない。オレは、おまえが知りたいんだ。教えてくれないか? オレに、おまえ自身を」


 おまえ自身。

 地位でもなく。境遇でもなく、フロウ自身を見る目。

 その目は真っ直ぐにフロウの目を見つめていた。


(……話そう、なにもかも。この人には、ごまかしは必要ない)


 フロウは話した。

 マウルの話、父の話、そして自身の本当の意思。

 ガルディア司令官はその話を、真っ直ぐな目で、真剣に聞いていた。



 話が終わった。

 ガルディア司令官は一息つくと、天井を見つめながら何かを考えていた。


「なるほどな……」


 ガルディア司令官はそうぼやくと、再びフロウの方を見た。


「それじゃあ、オレの方から一つ質問だ」


「はい」


「おまえは『誇り』を持って戦えるか?」


「『誇り』……?」


「仲間のため、そして自分自身のために、おまえは『誇り』を持って戦えるか? 『誇り』を持って戦場で剣が振るえるか? それを、それだけを聞かせてほしい」



 『誇り』、それは思ってもみない問いかけだった。


 フロウは静かに目を閉じて、しばらく考えた。


 静寂が続く。


 フロウは再び目を開けて、ガルディア司令官を真っ直ぐに見つめた。


「戦えます。僕は『誇り』を持って戦えます。そしてそれを今ここで、誓います」


 ガルディア司令官はそれを見て、ゆっくりとほほえんだ。


「そうか……」


 ガルディア司令官はスッと立ち上がる。


「それじゃあ、これで終了だ」


 ガルディア司令官はそのまま部屋を出ようとした。

 フロウは急いで立ち上がる。


「あ、あの、入軍の件は……」


「なんとも言えないな。最後の実技試験の結果次第だからな」


 それを聞いた途端、フロウの顔から笑みがこぼれた。


「あ、ありがとうございます!!」


「まっ、頑張りな。オレも見物させてもらおうかな」




 フロウはその後、入軍を果たした。





 フロウが入軍を果たしておよそ一週間が経ったある日。

 その日は剣技の集団訓練だった。

 大勢の兵士が実技場で木剣を持って、剣の訓練をしている。

 フロウはその内の一人と、入軍してから初めての模擬戦をしようとしていた。

 木剣を互いに向け、向かい合うフロウと兵士。


「始め!」


 そのかけ声と共にフロウは突進した。

 フロウは兵士の間合いに一瞬で入る。


 ビュビュビュビュンッ!!


「う、うわあっ!!」


 フロウの無数の斬撃、兵士は為す術なくやられる。

 周りの兵士達がどよめく。


「うおおっ、すごいな!」

「あんな小さいのに……」

「よーし、次はオレだ!! 新米にでかい面させねえ」




 フロウはその後、次々と兵士を倒してゆく。

 五人、十人、十五人、ひとりとしてフロウに対抗できる者はいなかった。


 多くの兵士を倒してフロウは思った。


(弱いな……剣術の基礎すらなってない者が多い。……まあ、僕みたいに英才教育を受けていたわけじゃないから、仕方ないと言えばそうなんだろうけど。それにしたって……)


 その時、向かいに背の高い兵士が立つ。次の相手だ。


(大きい、2mぐらいはありそう……)


 背が高いその兵士は、少しはねた赤髪と鋭い目つきが特徴的だった。

 フロウの方を見てニヤッと笑う。


「うれしいぜ。久々に息のいいのが入ってきて……」


 そう言って大型の木剣を構える。


「それはどうも、息が良すぎるかもしれないよ」


「上等だ。来い……!」


 フロウは突進した。

 素早く間合いに入る。


 ビュビュビュビュンッ!


 フロウの無数の斬撃。

 背の高い兵士は素早くそれを避ける。


(なに……っ!)


 背の高い兵士が斬撃を放つ。大型の木剣は空気を切り裂き、すさまじい速さでフロウの方へと向かって来る。


(はやっ……)


 フロウはそれを紙一重でかわす。その時だった。

 兵士の蹴りがフロウの体を直撃する。フロウの体は軽々と飛ぶ。

 地面に着地したフロウは思わず膝をつく。


「くっ……! 蹴りなんて、卑怯な……」


「おいおい、競技会のための訓練じゃねーんだ。生き残ったモン勝ちだよ。戦場はな」


「それなら……戦場じゃあ、僕はまだ生きてる……! 勝負はついてないよ」


「よしっ! 来い」


 フロウは再び突進する。

 今度は、間合いの長い背の高い兵士の方が先に攻撃をしかけてきた。


 ギュンギュンギュンッ!


 大型の木剣を信じられないような速度で振り回す。

 避けるので手一杯なフロウ。

 フロウは斬撃の一つを避けずに受け止めようとした。その瞬間、


 ガァァァンッ!!


 斬撃を受け止めきれず、フロウの剣は宙を舞った。

 さらに容赦なく振り下ろされる斬撃、それがフロウの頭に叩きつけられる直前、

 ピタッと止まった。


「はい、おまえの負け」


 兵士はサラッと言った。

 フロウは兵士の顔を静かに見上げた。


「…………君の名前は?」


「クレイド・アースロア」


「僕はフロウ・ストルーク」


 これがクレイドとの最初の出会いだった。





 数日後、フロウは午後の休憩時間に基地の敷地内を散歩していた。

 その時、クレイドと偶然再開した。


「よう、フロウ」


「やあ、クレイド君」


 クレイドはフロウの隣を歩く。


「……おまえなかなか強いよな。うれしいぜ。いい相手が見つかって」


「そうかい、けど、強いっていっても君よりは弱かったけどね」


「ここで鍛えりゃあすぐ追いつくさ。まあ、追い抜かせはさせねーけど」


「君は入りたての頃はどうだったの?」


「剣も使えなかった」


「……よく入軍できたね」


「まあ、実技試験でな、素手で試験相手ぶっとばしたら入れてくれたよ」


「ムチャクチャな……」


 馬車置場の建物を通る時、クレイドはドカッと建物の出っ張りに腰かける。


「聞いたぜ。おまえ貴族の生まれなんだってな」


「そうだよ」


「なんでここに入ったんだ?」


「………………悪いけど、あまり人にペラペラと話すような内容じゃないんだ」


「ふーん、そうかい。そりゃあ残念だ。俺は個人的におまえに興味があったんだけどな」


「…………それじゃあ、君が軍に入った理由を教えてくれない?」


「言ったら教えてくれるのか?」


「中身によるね」


「ケチな野郎だな……まあ、いいぜ、教えてやる。座れよ」


 フロウはクレイドの隣に座った。

 クレイドが口を開く。


「俺が軍に入った理由は、まあ簡単に言うと『真実』を知りたいからだ」


「『真実』……?」


 フロウは思わず反応した。


「そうだ。この混沌とした世界、歪んでしまった人の心、なぜこうなったのか、俺はその『真実』を知りたい。見極めたい」


 それ言葉を聞いてフロウは驚いた。そして少し黙ったあと、ゆっくりと口を開いた。


「……僕も」


 フロウは静かに言葉をつなげた。


「僕も、『真実』を知りたい……」


「…………おまえも?」


「君になら、話してもいいかもね」


 フロウはクレイドの横に座り、自分の過去の話を始めた。

 クレイドはその話を真剣な表情で聞いていた。



 話が終わったあと、クレイドが口を開く。


「そうか……」


「だから……僕は『真実』を知りたい。ここにいればいつか分かる気がするんだ」


「似てるな」


「え……?」


「俺も、おまえと同じ、地位の違いで大切なものを失った……」


「大切な……もの?」


「俺は平民だが、大貴族の娘に恋をした。俺もリィナも互いに思い合っていた」


「………………」


「……だが、結果的にその恋は叶わなかった。リィナの父親がそれを知り、リィナに知らせず、俺に無実の罪を着せて殺そうとした」


「…………それじゃあ、もしかして、君は国軍領じゃあお尋ね者?」


「いや、罪は晴れたよ」


「……じゃあその子とはどうなったの?」


「リィナは………………自殺した」


「……!!」


「俺が殺されようとしていると知ったリィナは、自分の父親を説得するために、自らの命を捧げて、俺を殺さないように訴えかけた。俺がすべてを知った時、なにもかもが遅かった……」


「……そんな」


「そのあとな、風の噂で聞いたんだが、その父親の家系も没落したらしい。娘を失ったせいなのかもな。その後、その父親も後を追ったそうだ……」


「………………」


「どうしてこんなに歪んじまったんだろうな。世間じゃあ、皇帝の悪政だって言われてるが、俺はとてもじゃねーがそんなんじゃあ納得できない。皇帝だって、国のために動いているんだろう? それがここまでの歪みを生むモンなのか。そして政治が荒れたからといって、人の心がここまで歪むモンなのか」


「…………」


「俺には分からなかった。だから俺も『真実』が知りたい。この歪みの『ダークサークルの真実』を」


「そうか……そうだね、探そう。一緒に、その『真実』を……!」


 フロウはクレイドを真っ直ぐに見つめた。

 それを見てクレイドが笑う。


「不思議なモンだな……俺とおまえの出会いは」


 フロウは立ち上がり手を差し出した。


「今日から僕らは同志だ。共に『真実』を探すための」


 それを聞いてクレイドは笑った。


「ハッハッハッ、こりゃいい、同志か。一生独りで探し続けるモンだと思ってたが……」


 クレイドは立ち上がった。


「おもしれぇ、よろしくなフロウ」


 二人は互いに握手した。

 強く強く握手した。






 フロウは探し続ける、クレイドと共に、彼らの求める『真実』を。







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