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2-16 最後の攻防




 スティアゴア台地とケイルズヘル基地に挟まれた乾いた大地。

 そこでスコアとガルディアは互いに向かい合っている。

 黒剣を構えゆうぜんと立つガルディア。

 対して息を乱し、体に数か所の浅い傷を負うスコア。


 スコアの眼が鋭くなる。

 直後、スコアは高速で左右に動く。

 複数の残像が見えるほどの速さでガルディアをかく乱する。

 しかしガルディアはそれを正確に目で追っていた。

 スコアがガルディアの間合いに入る。

 スコアはフェイントを入れる。目の動き、足の運び、剣の振り、体のひねり、スコアは四つのフェイントを一瞬で入れたのち、ガルディアに素早い斜めの斬撃を放つ。

 ガルディアはそれを見切りあっさりと止めると、強烈な蹴りを放つ。

 スコアはそれをかわすが、続けざまに黒い斬撃が飛ぶ。スコアはそれを受け止めるが体が押される。

 しかしすぐ体勢を戻し、反撃に出る。ガルディアも応戦する。

 強力でそして恐ろしく速い斬撃が二人の間を飛び交う。


 力はガルディアがはるかに上回っている。しかし速さはスコアが上。それでもガルディアは信じ難い反応を見せ、最短の動きでスコアの斬撃をかわす。そして持ち前の力で主導権を握る。



「はあっ!!」


 ガルディアは勢いよく斬撃を振り下ろした。


 ギィィンッ!!


 スコアがガルディアの剣圧に押され、わずかに体勢を崩した。

 その隙をガルディアは見逃さなかった。今までで最速の斬撃、それをスコアに向けて叩きつける。

 その瞬間スコアの眼がさらに鋭くなる。

 

 ギュオンッ!!!


 ガルディアの斬撃が空を切った。スコアはガルディアの斬撃を完璧な形で避けた。ガルディアは一瞬驚く。素早くスコアの斬撃が飛ぶ。


 ドカッ!!


 ガルディアは素早く体を後ろに倒し、蹴りでスコアの腕を止めて斬撃を防いだ。

 すぐさまガルディアの拳が飛び、スコアを吹き飛ばす。

 吹き飛びながらも、スコアはすぐに体勢を立て直す。


 ガルディアの動きは、洗練された無駄のないものから、突如信じられないほど変則的に変わる。それをとらえるのは困難を極めた。

 それでもスコアは、わずかだがその動きに対応しつつあった。だが、斬撃だけでなく打撃も多く受けたスコアの体には、多くのダメージが蓄積されていた。

 スコアは少し顔を歪める。

 ガルディアはその様子静かに見つめると、剣を構えたままスコアに向けて口を開く。


「どうした、まだやるかい……? 味方もずいぶんやられたみたいだぜ。スコア」


 ガルディアの気迫が薄くなるのを感じて、スコアは周りを見た。

 奇襲部隊はかなりの数が減っていた。

 中間距離で足止めを食った部隊は基地砲撃と大砲部隊の砲撃で甚大な被害を負っていた。

 指揮官もすでに砲撃を受けて地面に伏している。

 スコアは状況を把握すると、悔しそうに顔を歪める。そして大声を出す。


「一時撤退だ! 撤退するぞ!!」


 スコアはそう叫ぶと北の橋ルートに向け一気に駆けだす。

 そのスコアの姿を見て他の国軍の兵もそれに続き駆けだす。


 それをガルディアは剣を肩において見届ける。

 奇襲部隊の姿が遠のくと、ガルディアはゆっくりと口を開いた。


「ふぅ~、おっそろしいやつだったな」



 ガルディアの少し後方、傷を負い地面に膝をつけていたミリアはフッ……と静かにため息を吐いた。


 ガルディアは南の方向へゆっくりと目を向ける。

 国軍の総力部隊はすでに肉眼で確認できる距離にまで近づいていた。

 グラン・マルキノの二つの大きな影がすでに基地のすぐ近くまで迫っていた。


「あとは、あいつらを信じるだけか……」






 クロコとクレイドはなんとか基地側から右を走るグラン・マルキノの前へと回り込んでいた。

 ただ回り込んだだけなのに二人ともだいぶ息が上がっている。二人の体から血が流れ落ちる。

 グラン・マルキノの前方では解放軍と国軍の激しい戦いがなおも行われていた。解放軍の数がだいぶ減っているように思える。

 クロコはグラン・マルキノを見ながらゆっくりと口を開く。


「……で? どうするんだ、クレイド」


「うるせー……、おまえも考えろ」


 その時、クロコ達の前にあるグラン・マルキノの砲身がゆっくりと上を向き始める。

 クロコの顔が青くなる。


「おいおい……! どうすんだ!」


「クッソッ!!」


 さらにその時、黒い複数の影がクロコ達とグラン・マルキノの間に現れる。アサシン達だ。

 七人のアサシンがクロコ達の前に立ちはだかる。

 クレイドは冷や汗を流しながら笑いを浮かべる。


「おいおい……冗談抜きでふざけんなよ……!」


「く……ッ!!」


 焦るクロコ達をラギドがギロッとにらむ。


「殺せ……!」


 その命令と共にアサシン達三人の陣形が二つ、ナイフを構え向かって来る。

 クレイドが叫ぶ。


「クロコ!! とにかくグラン・マルキノに近づくぞ!!」


 二人は斜めを向き、互いの背中を近づけながらアサシン達に突進する。

 向かい撃つアサシン達から放たれる素早い斬撃の嵐。

 クロコとクレイドは背中を合わせて、それを必死に受ける。

 クレイドとクロコは背中を合わせて横走りで斬撃の嵐をかいくぐる。そしてなんとかアサシン達の群れを抜けた。

 そして二人は前を向き、一気に走ってグラン・マルキノに近づく。

 その時、クレイドはあることに気付いた。

 今まで走っていたグラン・マルキノが停まっている。


(まずい……! 照準を合わせてやがる。もう時間がない……!!)


 二人はなんとかグラン・マルキノの前まで来た。七人のアサシン達がグラン・マルキノと挟むように二人の前に立つ。しかし二人の意識はそれどころではなかった。


(だめだ!! 発射される……!!)


 クレイドは砲身から自分の回りに視線を移した。


(なにか、なにか手はないのか……!!)


 その時クレイドはハッとした。

 グラン・マルキノの真下の地面、広範囲に大きな亀裂が走っている。今まで見てきた亀裂よりもずっと深い。

 クレイドは何かをひらめいた。


「クロコー!! ここから離れろ!!」


「……!」


 クレイドが叫ぶとクロコはその様子を察しグラン・マルキノの横に向かって飛んだ。

 クレイドは剣を横に寝かせ刃を立てず振り上げた。

 グラン・マルキノの砲身がうなりをあげて響こうとするその瞬間、


「うおおおおおおおッ!!!」


 クレイドは強烈な雄叫びと共に剣を地面に、力の限り叩きつけた。

 大地が大きな音を立てて揺れた。

 その直後、辺りの地面が一気に陥没し、グラン・マルキノの前方を飲み込んだ。

 前方に大きく傾いたグラン・マルキノ。宙を向いていた砲身が一気に地面に向けられる。


「え……?」


 アサシンの一人が思わず声を出した。自分達に砲口が向いている。


 ドォォォンッ!!


 巨大な砲身が震えたその直後、


 ズオォォォォォォンッ!!!


 巨大な火柱が上がり、アサシン達を一瞬で飲み込む。

 遅れて巨大な爆風があたり一面を吹き飛ばす。

 クレイドは巨大な爆風と砂煙を手で避けながら、最後のグラン・マルキノの方を見た。

 砲身は上を向き、前進を止めている。

 まだ砲弾は放たれていない。

 隣のグラン・マルキノの暴発。それに一瞬気を取られているのだろうか?

 考える時間はなかった。クレイドは一気に最後のグラン・マルキノに向けて駆けだす。その先にクロコが待っていた。


「クロコー!! 飛ぶ!! 剣を貸せー!!!」


 クレイドはそう叫ぶと、それに反応しクロコは剣をがっちりと両手で持ち、寝かせた状態で横に構える。

 クレイドは軽く飛んでその剣に足を乗せる。


「うおおおぉぉぉぉっ」


 クロコは叫びながら、剣ごと巨大なクレイドの体を力の限り上に押し上げた。

 クレイドはそれに応じて剣を蹴る。

 クレイドの巨大な体は高く高く舞い上がった。

 そして最後のグラン・マルキノの車輪を守る金属板の上に飛び乗った。

 さらにクレイドはそこから、グラン・マルキノの壁のわずかの傾斜を利用し、剣を立てながら駆け上がると、さらに飛び上がって砲身の付け根に着地した。

 足場の悪い砲身の上、それでもクレイドは砲口に向かって最後の力を込めて一直線に駆け抜ける。

 砲口の先端までたどり着くと、クレイドは時限式の爆弾を取りだした。アサシンのナイフで少し裂けている。

 クレイドは爆弾の栓を抜くと、砲口のなかにポイッと爆弾を放り投げた。


「俺からのプレゼントだ。大事にしろよ」


 クレイドはそう言いながら砲身から飛び降りる。

 その直後、グラン・マルキノの砲身がうなりをあげて響いた。しかしその瞬間、


 ズオォォォォォンッ!!!


 砲身の真ん中あたりから亀裂が入り、砲口から巨大な爆炎が飛び出した。

 直後、ヒビ割れた砲身は爆炎に包まれ飛び散り、残った砲身は炎に包まれた。


 飛び降りたクレイドは地面に倒れ込むように着地する。


 グラン・マルキノの砲身は粉々に砕け散っていた。



 炎が上がり黒煙が昇り始めるグラン・マルキノ。少し遠くでその様子を見ていたクロコ、思わず笑顔が浮かぶ。その時だった。


「こんなことが……」


 背後から声がした。クロコはすぐに振り返る。

 ラギドが炎を上げるグラン・マルキノを見つめていた。

 ラギドは唯一、あの砲撃に反応して逃れていたのだ。クロコの方をゆっくりと向く。


「許さん、絶対に、許さんぞ……! きさまら!」


 ナイフを構え、血走った目でクロコをにらみつける。


「殺してやる!!」


 ラギドは初めて大きな声で叫んだ。そしてクロコに向かって突進する。

 クロコもそれに応じて剣を構える。

 剣を構えるクロコを見てラギドが叫ぶ。


「いい度強だ!! 未熟者めがッ!!」


 ラギドの素早い斬撃の嵐。

 クロコはそれをあっさりかわす。クロコの動きはレイデルとの戦いを経て大きく変化していた。

 それに驚くラギド。


(なに! 動きが違う……!)


 クロコの斬撃がラギドの動きに合わせて放たれる。

 ラギドの体がわずかに裂ける。ラギドは素早く斬撃を返す。


 キィンッ!


 クロコはラギドの斬撃を見切り、受け流した。ラギドの体がわずかに流れる。


 ヒュンッ!

 

 クロコの斬撃がラギドの体をとらえた。ラギドのわき腹がわずかに裂ける。

 ラギドは素早く後ろに飛び距離を取った。


「おのれ……おのれ……! こんなガキに、我が軍団が! この私が!!」


 ラギドは強くナイフを握る。


「負けるわけがない!!」


 ラギドはクロコに突進する。

 クロコもラギドに突進する。


「うおおおお!!」


 クロコの叫びと共に、二人の体が斬撃と共に交差した。


 二人の動きが止まる。

 互いに背を向けたまま、二人共、わずかのあいだ大地に立っていた。


 しかし、片方の体がゆっくりと傾き始める。

 ラギドは力無く地面に倒れた。


 クロコはそれを静かに見つめ、一人大地にゆうぜんと立っていた。




 パンパンパンッ!

 

 国軍の撤退の合図が大地に響く。


 その合図を聞き、解放軍の兵士達は長い戦いの終わりを悟った。



 基地の高台にいたローズマンはその合図を聞いた直後、急に気が抜けたようにため息を吐いた。


 基地の前に立つガルディアはその合図を聞き、静かに笑みを浮かべた。





 国軍の兵士の姿は消え、静まりかえる戦場。

 置き去りにされた三台のグラン・マルキノ、その二つからは大量の黒煙が昇り、残り一つは前方が地面に陥没している。


 クレイドは一人、地面にひざを着けたままその黒煙を見上げていた。地面に倒れるようにして着地したまま、立ち上がれずにいた。

 傷だらけの体、ボロボロの服を染めていた血はすでに黒く変色していた。


「よう……」


 近くで声がした。見るとそこにクロコがいた。

 傷だらけの体、ボロボロの服、黒く変色した血、クレイドとほとんど同じだった。


「立てるか」


「ああ」


 クレイドはそう言って、歯を食いしばりながら、大きな体をゆっくりと起こす。

 そして立ち上がろうとしたその時、


「おおっ!?」


 クレイドはグラッとバランスを崩し倒れそうになる。クロコがすぐに肩を貸し、クレイドを支えようとする。しかし、


「うわっ!」


 クロコもグラッとバランスを崩し、そのまま二人で地面に倒れ込んだ。


「くっあぁ~っ!!」


 クロコは変な声を出し、そのまま仰向けになって空を見上げた。

 クレイドも仰向けになる。

 クレイドが青い空を見ながら口を開く。


「終わったな……」


「ああ……」


「勝ったな……」


「ああ……」


「おまえ、ボロボロだな……」


「ああ、おまえもな……」


「そうだな。だが……」


「ああ……、生きてる」


 クロコがそう言った直後だった。クレイドがプッと息を吐く。


「フフッ……、ハハハ、ハハハハハ」


 クレイドは大声で笑う。続けてクロコも笑う。


「「ハハハハハハハハ」」


 二人は空を見上げたまま子供にように無邪気に笑っていた。

 互いに多くの傷を負い、立つことすらできない二人。しかし生きている、生き残った。どちらも命を失うことなく、今、ここで、二人は大声で笑っている。

 二人の笑い声は長く長く大地に響いた。





 日が沈み始めていた。戦いを終えた敵の本陣、そこの司令官テント、その中で、報告を聞いたロイスバードはぼうぜんとした様子でイスに座っていた。


「スコアを含む奇襲部隊は返り討ちにあい……第一アサシン部隊は全滅……そしてグラン・マルキノは三台とも失った……」


 向かいに座る大柄の副官が声を荒げる。


「少将!! 態勢を立て直し、再び攻撃を仕掛けましょう!! かなり戦力が削られたとはいえ、数ならばまだこちらが上回っております!!」


「撤退する……」


「し、しかし……」


「このままでは消耗戦になる。ガルディアが現れたという報告もある」


「そ、そんな一人の剣士など……」


「おまえはグレイ・ガルディアのことを知らんからそんなことが言える……!」


 ロイスバードは初めて顔を歪める。そして叫ぶ。


「くそォーッ!!」


 ロイスバードは拳を振り上げドンッ!! と机をたたいた。

 ティーカップが倒れ、なかの紅茶がこぼれて机に広がる。


(なんという失態だ……! ブルテン皇帝やオルズバウロ元帥になんと報告すれば……!!)


 ロイズバードは歯を食いしばる。そして鬼の形相でゆっくりと顔を上げる。


「覚えていろよセウスノール軍……! 私はきさまらの前に再び現れる。そして、その時こそ……!!」




 テントの外、多くの手傷を負ったホコリまみれの兵士達のなか、レイデルは一人きれいな格好で、上機嫌に鼻歌交じりで歩いていた。


 そこから少し離れた場所、兵士達から少し離れ、スコアは一人立っていた。

 スコアは静かにスティアゴア台地越しに、自分がいた戦場の方向を見つめていた。


(また、ボクは守れなかった……)


 スコアは悲しげな瞳で台地を見つめる。




 同じ頃、解放軍基地の広場。そこになんとか戻ったクロコは、終わりの余韻を感じながら静かに、スティアゴア台地越しの敵本陣の方向を見つめていた。




 ケイルズヘルの戦い。その激しい戦いは静かに幕を下ろした。







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