2-14 戦いの中で
ケイルズヘル基地とスティアゴア台地、それらに挟まれた乾いた大地、そこでガルディアとスコアは向かい合っていた。
互いに剣を構えたまま動かない二人。
「どうした、来ないのか?」
ガルディアは不敵にほほえんでいる。
「なら……こっちからいっちまうぜ?」
そう言った直後、剣を構えるガルディアから獣のように荒々しい気迫が放たれる。いや、全てを切り裂くようなその気迫は、すでに獣の域をはるかに超え、まさに異名のとおり、魔の将軍のごとき強烈な気迫だった。
それに応じてスコアからも強烈な気迫が放たれる。ガルディアとは違い、氷のように冷たく、鋭く、そして静かな気迫。
二つの気迫がぶつかり合う。大地全体がきしむような緊迫感が辺りを包む。
ガルディアの眼がさらに鋭くなる。
ガルディアが動いた。一瞬でスコアの間合いに入る。
ギュオンッ!!
巨大な黒い斬撃は恐ろしいほどの速度でスコアに叩きつけられる。スコアはそれを瞬時に反応し受け止めるが、強烈な斬撃で後ろに押される。
「……!! くっ……!」
ガルディアは攻撃の手を緩めず、次々と重い斬撃を放つ。
その斬撃が放たれるたびに、辺りに空間を揺さぶるような巨大な金属音が響く。
「ううっ……!」
ガルディアの斬撃を受け止めるごとにスコアの腕に電気が走る。しかし、スコアに吸い寄せられるように放たれる斬撃は、スコアに避けることを許さない。
スコアは地面を強く踏みしめ、体が吹き飛ぶのを押さえる。
ガルディアが剣を振り上げたわずかな隙、その瞬間スコアの姿が消える。
スコアがガルディアの横をつく。
しかしガルディアの目はそれをとらえていた。スコアの斬撃をあっさり受け止めると、強烈な蹴りを飛ばす。
スコアはそれをかわし、再び姿を消す。ガルディアの左にスコアが現れる。
ガルディアの目はそれをとらえていた。しかしスコアの姿がまた消える。と同時に右に姿を見せる。剣はすでに振られていた。
しかしガルディアの剣はそれにすら反応する。瞬間、スコアの姿が左から現れた。
ヒュンッ!!!
閃光のごとき速さの斬撃。
ガルディアはそれを避けた。ガルディアの反応はその速さをも上回った。
しかし、さすがのガルディアもその斬撃をかわすことで体のバランスを崩す。
素早くスコアが懐に入る。
瞬間、崩れたガルディアの体からバネのようにしなった蹴りが飛ぶ。
ズゥン!!
スコアの体は軽々と吹き飛ばされる。
「ぐ……っ!」
地面に足を着けたスコアが苦しそうに声を漏らした瞬間、ガルディアはすでにスコアの目の前にいた。
ギュオンッ!!
黒い斬撃がスコアの体に触れる瞬間、スコアの体は後ろにそれた。まさに刹那の反応だった。
しかしスコアの体はわずかに切り裂かれ、赤い血が飛ぶ。スコアは素早く後方に跳んでガルディアから離れる。
ガルディアは追わず、肩にドスンと剣を置く。
「うーん、惜しいっ!」
「くっ……」
一方、グラン・マルキノ内部の通路、そこで向かい合う二人。
両肩から血を流すクロコ、床にどっしりと座りこんでいるレイデル。
レイデルは余裕の笑みを浮かべる。
「おい、どうした。来ないのか? 時間がないんだろ……?」
「言われなくても……!」
クロコはレイデルに向かって駆ける。
クロコは左右に素早く動き、かく乱しながら距離を詰める。
しかし、レイデルの間合いに入った瞬間、
ヒュンッ!
レイデルの斬撃がクロコに一瞬で向かう。その剣はクロコとの間の空間を飛び越えてクロコの体へ直接届く。
クロコが後ろに下がっても、剣はすでにクロコの体を切り裂いている。
痛みでクロコの顔が歪む。
傷口から血が滴り落ちる。
「クソ……! 時間がねぇんだ。なのに……こんなやつに……!!」
クロコは怒りに震える声を出した。目の前に立ちふさがる敵に、そして己自身に怒りがわいていた。
そんなクロコを前にしてもレイデルは表情一つ変えない。
「いい線いってるぜ、おまえ。ここで死ぬには惜しい気がする。でも残念だったな、オレに出会っちまって、運が悪かったな」
「クッソォ!」
クロコは再びレイデルに突進する。
しかしクロコが間合いに入ると一瞬で剣が体に触れる。クロコの体は切り裂かれる。
「うおぉぉぉ!!」
クロコは叫びながら、それでもさらに一歩踏み出す。
レイデルはその姿を目にした途端、言った。
「バイバイ」
一か所、二か所、クロコの体の傷が増える。
クロコの斬撃がレイデルに向けて放たれる。
しかし距離がほんのわずか足りない。レイデルはそれを完璧に見切り、その斬撃に対して微動だにしない。
クロコの斬撃は空を切る。
三か所目の傷、それはクロコの体を深く切り裂き始める。
「うわあぁぁ!!」
クロコは叫びながら素早く身をそらす。
傷は途中で浅くなり、致命傷は避ける。
クロコは距離を取ろうとする。しかし剣はさらに追ってくる。クロコの足先をわずかに切り裂く。
クロコはなんとか距離を取った。
「はあっ、はあっ、はあっ」
無数の傷から大量の血が流れ、床に溜まる。
クロコの体がみるみる赤く染まってゆく。
レイデルは口を開く。
「驚いたな。今のを避けるとは思わなかったぜ」
レイデルの表情から余裕は消えない。
クロコは苦しそうに膝をついた。
「クソォ……、こんな、こんな所で……」
クロコから嗚咽のような声が漏れる。
仲間が待っている。それでもどうする事も出来ない自分……
体中から深い痛みと共に大量の血が流れ落ちる。
流れ落ちる血とともに体から力が抜けてゆく。
視界がかすむ。
意識が闇に沈んでゆく。
クロコの視線は下に落ちてゆき、その真紅の瞳から光が消えてゆく……
その時だった。
その瞳に自分の履いているブーツが映った。
黒いブーツは裂け、中から血が流れている。
フルスロックの街でソラに買ってもらったものだ。
その直後、クロコの瞳に光が戻る。
ふぅー…………
クロコはゆっくり深呼吸する。
「…………ん?」
レイデルはクロコのその様子を不思議そうに見る。
クロコは深呼吸を終えるとゆっくりと立ち上がった。
「そうだよな。こんなトコで終わるわけにはいかねー。オレのために、オレを待ってくれるやつのために」
クロコはキッとレイデルの方を見る。その真紅の瞳には強い光が宿っていた。
その様子を見てレイデルがうれしそうに笑う。
「変わったな……、様子が」
クロコは剣先をレイデルに向ける。
「ここからが本番だ……!」
クロコは剣を構える。そしてレイデルに向けて駆けだす。
クロコは左右に動きながらレイデルとの距離を縮める。
クロコの頭の中でアールスロウの声が響く。
(足の運びが雑だ。あれでは動きに無駄ができるし、第一、動きそのものが読まれやすい)
クロコの体がアールスロウに教えてもらった動きを思い出す。クロコの足運びが徐々に繊細なものになり、それに伴いクロコの動きが徐々に滑らかに、そして速くなる。
その様子にレイデルが気づく。
「……むっ?」
次の瞬間、レイデルの予想より早く、クロコの体が間合いに入る。
レイデルはわずかに驚く。
「……チッ!」
アールスロウの声が響く。
(相手の死角も、構えも、細かく意識していない)
クロコはレイデルの剣ではなく、それをつかんでいる腕に意識をやった。
次の瞬間、レイデルから消える斬撃が放たれる。
クロコの真紅の瞳はそれをとらえた。
ヒュンッ!
斬撃をかわした。レイデルの斬撃が空を切る。
「……え?」
レイデルが思わず声を漏らした瞬間、クロコはレイデルの横をついた。
「……!」
レイデルの首が初めて激しく動く。その直後だった、
トンッ……
クロコの体はレイデルを横切り、トントンとそのまま進んでいった。
クロコはレイデルから少し離れた所まで行くと後ろを振り向く。
「…………」
レイデルはその様子を、目を細めながら黙って見ていた。
クロコは口を開く。
「おまえはそこから動かない、それがルールだったよな」
クロコはニヤッと笑った。
「…………、あっ……!」
「じゃあな」
クロコは前を向いてそのまま走り去った。
レイデルはそれを静かに見ていた。
クロコの姿が見えなくなるとレイデルは声を出す。
「クッソ! してやられた!!」
レイデルはそう言ったあとスクッと立ち上がる。
「あーあ、負けちまった……まぁ、そこそこ楽しめたし、オレはとっとと退散するかな」
レイデルはそうつぶやくとクロコと反対側の通路をトコトコと歩いていった。