2-11 乾いた大地の総力戦
ケイルズヘル基地の石畳の広場に35000人の兵士が大きく広がり隊列を組む。
「クロコ」
クレイドがクロコを呼びながら近づいてくる。
「んっ?」
「受け取れ」
クレイドが時限式の爆弾を差し出す。
「グラン・マルキノ用か。全員持つのか?」
クロコは爆弾を受け取る。
「いや、主要な兵士だけだ。俺達もここに認められたってことだな」
「ってことはオレ達の目的はグラン・マルキノの破壊か?」
「いや、そうじゃない。いざって時は、って意味だろ」
「ふーん」
35000の大軍は基地をあとにし、乾いた大地をスティアゴア台地に沿って前進する。
クロコ達が歩く地面は北側のルートを歩いた時よりもさらに乾燥し、所々に大きな亀裂が走っていた。ときどき周りの兵士が足を沈ませ、騒ぐ声が聞こえる。
それらの声を聞いてクロコが口を開く。
「なあ、クレイド。アレにグラン・マルキノがハマるってことはねーのか?」
「さあな、だがハマるんだったらここまで来てねーだろ。あんなでかい車輪がハマるような空洞はさすがにねーんじゃねぇか?」
「ま、言われてみればそうか。今回の戦いの障害はそのグラン・マルキノに……あとアサシン軍団か」
「そっちは多分心配ないだろ」
「どういうことだ……?」
「スティアゴア台地の奇襲部隊は足が利くやつって言っただろ。つまり……」
「なるほどな、アサシン達は奇襲部隊の方か」
「そういうことだ。今回、俺達が相手をする必要はないってことだ」
「ミリアのやつに取られるのは悔しいけどな」
「まあ、そう言うな。競争じゃねーんだ。俺達は俺達の仕事をすりゃーいいんだよ」
軍はさらに進行する。後方にあった基地の影は消え、スティアゴア台地の南端まで進んだ。
その時だった。前方……遠くからうっすらと影が見えてきた。敵軍の影ではない。巨大な建物のような影が三つ、ゆっくりと近づいてくるのが見える。
クレイドの顔がこわばる。
「よう、クロコ……あの影覚えてるか?」
「バカヤロウ、忘れるわけねーだろ……」
影は次第にはっきりとしていき、巨大なグラン・マルキノが三台、姿を現した。
遅れてそれら前に横長に隊列を組む敵軍が見えてくる。
敵軍は足を止めることなくどんどん前進してくる。
それを見て解放軍の指揮官が命令を出す。
「両翼に展開!」
解放軍は横長の陣形へと移る。兵士達は素早くそれぞれの武器を構えた。
国軍と解放軍、二つの軍勢が一定の距離まで近づいた。その時、解放軍の指揮官が叫んだ。
「突撃ー!!」
その号令と共に解放軍兵が一気に駆けだす。それに応じ国軍兵も駆け出す。
乾いた大地の上に大きく広がった数万の軍勢同士が、うねりをあげながら互いにぶつかり合おうする。
「行くそ!! クレイド!」
「おう!!」
クロコとクレイドも剣を構えて駆け出す。
二人は先頭を走る。
二人が地面を蹴ると、乾燥した地面が勢いよく飛び散る。
二人の視線の先、国軍とグラン・マルキノがどんどん近付いてくる。
グラン・マルキノの鋼鉄の胴体がはっきり確認できるまでになると、二人の脳裏に過去の恐怖がわずかによぎった。それでも二人は脚の力を緩めず大地を駆ける。
数えきれないほどの敵兵が視界を覆い始める。
二人はついに国軍の先頭とぶつかる。
クロコは足を止めず一気に突撃する。強烈なスピードで剣を振り、目の前の国軍兵を次々と斬り伏せる。前回の戦いの傷の痛みがわずかに残るが、それでもかまわず剣を振るう。クロコはどんどん前に出る。
「あまり先行し過ぎるなよ! クロコ!」
クレイドはクロコを注意しながら、巨大な剣を軽々ブンブンと振りまわす。防御不能な強烈すぎる斬撃に、敵は手も足も出ず、次々と吹き飛ばされる。
クロコとクレイド、この二人の勢いに解放軍兵たちが続く。
敵の陣形が中央から崩されようとした、その時、
ドゴォーンッ!! ドゴォーンッ!! ドゴォーンッ!!
大地全体を震わすような巨大な爆音が三つ、辺りに響いた。その直後、クロコの頭上を巨大な風切り音が通り過ぎた。次の瞬間、
ズオオオオオオオンッ!!! ズオオオオンッ!! ズオオオオオンッ!!!
思わず振り向いたクロコの視界が一瞬赤い閃光に染まる、そして天に伸びるような巨大な火柱が三つ、視界に飛び込んできた。後方、自陣の真ん中付近を裂けるように広がる火炎は、まるでそのまま自軍全てを飲み込んでしまうかようだった。
何人かの人間の影が浮き上がるのが見えた。そして鼓膜を容赦なく叩く大爆音。
遅れて自軍の所々から悲鳴のような叫び声があがる。
火炎は一瞬にして姿を消したが、そこから遅れて強い爆風が、地面の破片を巻き込みながら吹き上がって来る。
クレイドは顔を歪める。
「クソッ! 全くケチらず撃ってきやがる……!!」
自軍が中心から崩壊する。
それを狙いすましたように敵軍から大量の砲弾の雨が飛ぶ。
砲弾の雨は自軍の前衛わずか後方を吹き飛ばした。
それに呼応して敵軍の剣兵が突撃してくる。
クロコとクレイドだけではどうにもならなかった。
解放軍の前衛は間もなく崩壊した。
「ダメだ……! クロコ!! 下がるぞ!!」
クレイドが叫ぶ。
「くっ、わかってるよ!!」
クロコは悔しそうにクレイドと共に後ろに下がる。
国軍の剣兵が次々と追い打ちをかけてくる。
それを斬り払いながらクロコが叫ぶ。
「クソ!! こんなのどうすればいいんだよ!!」
「俺だって分からねー!!」
クレイドがそう言った瞬間、
ドオオォォォン!!
再び大地が響き、風切り音がした。
ズオオオオオオオオン!!!
再び自陣に巨大な火柱が上がる、目を潰すような赤い閃光も、耳が痛くなるような爆音も、さっきより近い。
それを見てクロコは歯をギリッと鳴らした。
「……!! とにかく! アレをどうにかしなきゃ、どうにもならねぇぞ!!」
「わかってる!」
クレイドはグラン・マルキノの方を見る。
大勢の敵兵の群れが厚く厚くグラン・マルキノの前を立ち塞ぐ。
「……だが、アレを突破するのは無理だ!!」
それを聞いてクロコの剣を握る手が震える。
「クッソ……!!」
敵軍はどんどん前進してくる。それと共にグラン・マルキノもどんどん前進する。
グラン・マルキノの速度の方が兵士の進軍よりも速く、そのため前方を走る兵士達は自然とグラン・マルキノをどんどん避けていく。
クレイドはその様子を見つめる。
「おいおい、このまま俺達にかまわず突破する気だぜ」
自軍の大砲がグラン・マルキノに向かって放たれる。グラン・マルキノの巨大な胴体からいくつもの爆炎が上がった。
しかしその巨大な鋼鉄の胴体はビクともしない。
グラン・マルキノはどんどん近付いてくる。
クロコはそれを見て、冷や汗を流しながらも笑みを浮かべる。
「だがチャンスだ……! あっちから近づいて来てくれる」
グラン・マルキノの前を守る兵士の層が徐々に薄くなる。
そしてグラン・マルキノが目の前にまで近づいてきた。
「行くぞ、クレイド!! 突破する!!」
「ああっ!! こうなりゃ、やるしかねー!!」
クロコとクレイドは走り出す。
二人は前を塞ぐ敵兵を次々と斬り伏せて、強引に前進する。
下がっていく自陣と独立して二人はどんどん前進する。
そして、ついにグラン・マルキノの側面に付いた。
巨大すぎる鉄の塊が二人の横に広がる。
「クレイド!! このまま裏に回り込むぞ!! そこに入り口がある。内部からなら破壊できる」
「おうっ!!」
グラン・マルキノの側面、巨大な車輪付近では敵兵の姿はまばらだった。おそらく車輪に巻き込まれるのを恐れているためだろう。
二人はそこを狙い、一気に前進する。回転する巨大な車輪をすぐ隣において、前を塞ぐわずかな剣兵を斬り伏せながらどんどん前進する。
自陣へと向かうグラン・マルキノと交差する形で、あっという間に二人はグラン・マルキノの裏に回り込んだ。
三台の内の一台、中央に位置するグラン・マルキノの裏、クロコとクレイドはそこにたどり着いた。
目の前には木製の足場とそこに設置された大きな金属の扉があった。
「行くぞ! クレイド」
クロコがそう言ったその時、黒い無数の影が木製の足場近辺に点々と現れる。
黒い衣装、黒い覆面……
クロコとクレイド、二人の顔から冷や汗が流れる。
「おい……? クレイド、こっちにはいないんじゃなかったのか?」
「うるせぇ……おまえだって『なるほどな』って納得してただろ」
クロコとクレイドの前に再びアサシン達が姿を現した。
扉を囲むように守るアサシン達。
二人とアサシン達、お互いににらみ合う。
クレイドはアサシンたち一人ひとりに目をやる。
「ニ、四、六……十一人か……ミリアのやつがずいぶん減らしたからな」
「なんとかなるか……?」
「さあな、なんせあの強さだ」
「なんとかするしかねーか……!」
クロコとクレイドが先に動く。
扉を目指し、剣を構えて一気にアサシン達に駆け寄る。
二人がグラン・マルキノに近づくとアサシン達はそれに応じて動く、五人が陣形を組み向かって来る。
「うおおおおお!!」
二人は同時に叫ぶと剣を振るう。クロコは剣を高速で振りまわし、クレイドも巨大な剣をブンブン振りまわす。
五人のアサシン達はそれを軽やかにかわしつつ、三人が無数の斬撃を放つ。無数の斬撃が空中ではじける。そんな中、残り二人のアサシンが宙を高く飛び、高速のナイフを飛ばしてくる。
クレイドは反応しきれず体がわずかに切り裂かれる。
アサシン達は近距離の斬撃と遠距離のナイフの波状攻撃を仕掛けてくる。
それでもクロコとクレイドはひるまず強烈な斬撃を振い続ける。
互いの攻撃が互いの体の所々を切り裂いた。しかし数に劣る二人の方が多く切り裂かれる。
二人の後方から突如、別のアサシン三人が囲むように現れる。二人はそれに応じて互いに背中を合わせて構える。二人は背中合わせで駆けながら剣を振るう。
六人のアサシンがあとを追い、二人のアサシンが宙を舞いナイフを飛ばす。
無数の斬撃とナイフが、クロコとクレイドを絶え間なく襲い続ける。
「ちっ、きついぜ……」
クレイドがそうぼやいた直後、さらに遠くからニ十本近くのナイフが一斉に飛んできた。
「うおっ!!」
二人は背中を合わせたまま、後方に跳びナイフから逃れる。
二人が後方に下がるとアサシン達は追ってこず、二人から離れ、再び扉付近に固まった。
クレイドはその様子を見て、口を開く。
「なるほどな……、やつらグラン・マルキノの防衛が優先か」
「オレ達は眼中にねーって感じだな。腹の立つやつらだ」
その時だった。
ドオォォォォンッ!
ズオオオオオォォォンッ!!
一瞬、辺りが赤く染まり、再び巨大な爆音が響く。
クレイドの顔が険しくなる。
「……だが、ゆっくりしちゃいられねーな。このままじゃ自軍もやばいが、いずれ基地を射程に入れちまう」
グラン・マルキノは巨大な車輪を回しながら前進し続けている。
クレイドはその様子を静かに見つめながら、戦闘で負った傷口に触れる。指に赤い血が絡みつく。
「チッ、せっかく塞がりかけてたのに……」
クレイドはそうぼやいた後、少しの間、黙って前を見つめていた。
「クレイド……?」
クロコはその様子が気になり、クレイドの顔を見つめる。
クレイドは静かに、何かを覚悟した表情をしていた。
「クロコ……、いい作戦があるんだ」
「……なんだ?」
「まずは二人でやつらを突破する。おまえは素早く扉から中に入れ、俺は扉を守る……」
「……!! おいっ! それじゃあおまえは……」
「やつらの相手は俺がする……!」
クレイドはアサシン達を強い眼でにらむ。
「ふざけんな!! そんな作戦できるか!」
「やらなきゃ……どうなる。このまま二人でアサシンと戦うか……? だがやつらは守りに入ってる。戦えば大きく時間を食う。それじゃあ仮にアサシンに勝てても基地はやられる。俺達は負ける。味方も大勢死ぬ……」
「……!! だけど……」
「俺はゴメンだ。自分の命欲しさに味方を大勢犠牲にするのは……ガマンできねー」
そう言ってクレイドはほほえんだ。
「でも、オレは……」
「フッ……心配すんな。俺は絶対死なねー、なんとしてでも生き残る。おまえが戻ってきた頃にはアサシン達が全員地面に転がってるぜ」
クレイドは静かに笑顔を見せたあと、キッと前を見る。
その眼は真っ直ぐに扉を見ていた。
「いくぞ」
そしてクレイドは剣を構えて駆け出す。
クロコは一瞬歯を食いしばると、あとを追って駆け出した。
二人は並んで扉に向かって駆ける。
それに応じてアサシン達も動き出す。
四人のアサシンが陣形を組んで二人の前に立ち塞がる。
アサシン達とぶつかる直前、空中から無数のナイフが飛んでくる。
二人はナイフを振り払わず、避けながら進む。二人の体がわすかに切り裂かれる。
二人は四人のアサシン達の真ん中に向けて剣を振りまわす。アサシン達がそれに反応し左右に散ると、二人はそこに飛び込む。二人はただ、扉のみを目指す。
四人のアサシンはそれを追い、挟むように攻撃を仕掛ける。二人はすぐに背中を合わせ応戦しながら扉に近づく。
「「おおおおおおっ!!」」
クロコとクレイド、二人は大振りの斬撃を同時に放った。
アサシン達はそれに反応し距離を取る。その瞬間、二人は再び前を向き、扉の方へと全力で駆け出す。
後ろから追うアサシン達も、さらに左右から挟もうとするアサシン達も、二人は一気に振り切った。
扉が目の前にまでせまる。前にアサシンの姿はない。
二人が扉に向かって飛び込もうとしたその瞬間、目の前に黄色い瞳のアサシン、ラギドが立ちふさがる。
「「邪魔だーッ!!!」」
二人は同時に叫び、気迫と共に強烈な斬撃を放った。さすがのラギドも二人の気迫に押され、空中へと飛んで避ける。二人はそこを一気にすり抜ける。そして二人は一足飛びに足場に飛び乗る。ついに二人は扉の前に立った。
息を切らす二人。
クロコは力任せに勢いよく扉を開ける。
「死ぬなよ。クレイド」
「任せとけ。早く戻ってこいよ。三台もあるんだからな」
クロコは扉へ飛び込んだ。
クレイドはそれを見送ると背中で扉を閉める。
アサシン達はクレイドのいる足場を取り囲んでいた。ラギドはギロリとクレイドをにらむと、周りのアサシン達に命じる。
「何をしている……早くアレを処理してあとを追うんだ」
アサシン達がクレイドを囲みながらユラリと近づいてくる。
クレイドはそれらに向かって剣先を向ける。
「よーし、おまえら……」
不敵に笑うクレイド。
「ぶっ潰される覚悟はできてるんだろーな?」




