2-9 敵軍主戦力
石橋から岩石帯へと移った戦闘は、国軍の一時撤退という形で終わりを告げた。それによりこの日の戦闘は終了した。
クロコとクレイドは基地内の治療室で傷の手当てを受けた。所々が切られたため、クロコもクレイドも体中包帯だらけにされた。
夕暮れ、廊下を歩くクロコとクレイド。
クロコが悔しそうに廊下の壁を叩く。
「くっそ!!」
「おいおい、興奮するなよ。傷が開くぞ」
「深い傷はねー……あったとしてもこのまま引き下がれるか! あんなやつにデカイ面されて!」
「引き下がらなきゃ、アレに勝てんのかよ」
「勝てる勝てないの問題じゃねーんだよ! クッソ!!」
クロコは悔しそうに歯を食いしばる。逆にクレイドは冷静だ。
「とりあえず広間に戻るぞ。まだ戦闘は終わってねーんだ。明日もあることだしな」
「ちょっと夜風に当たる……」
「おいおい、基地をウロウロするなって言ってんだろ。また迷うぞ」
「……このまま戻ったらおまえに当たり散らすぞ」
「ったく、勝手にしろ」
クレイドはそう言ってクロコの前から立ち去った。
クロコはその後、基地をウロウロする。
しばらく歩くと基地のベランダを見つけたので、そこへ出た。
外は暗くなっていた。
冷たい夜風を浴びるクロコ。黒い髪が風に揺れる。
昨日の景色とは違う。今度はケイルズヘルの町の景色が広がっていた。
純白だった景色は闇に沈んでいる。明かりはなく、人の気配もない。住民は避難場所に隠れているのだ。この基地にも住民の一部が避難している。
「よっ!」
クロコの後ろで突然声がした。
クロコは振り返る。見ると、ぶしょうヒゲを生やした、ばさばさ頭の男が立っていた。
(どっかで見たことある……確か、この基地の司令官)
「何の用だ?」
クロコは無愛想に言った。
「おいおい、冷たいねー。オレのこと知ってるか? ここの司令官ライム・ローズマンだ」
「ああ、ここに着いたとき見た」
「ハハハ、そうか。おまえはクロコ・ブレイリバー、ミリアに次ぐ『特例』だろ?」
「『特例』にされる覚えはないけどな」
「なーるほどな。ハハハ、おまえの話はガルディアに聞いたぜ、手紙でだけど。あいつとオレは一応戦友だからな」
「へぇー……」
「興味なさそうだなぁ……おまえのためにケイルズヘル中の教会捜索したんだぞ」
「あぁ、そうか、悪いな」
「まっ、オレは命令しただけだけど」
ローズマンは笑った。
「ついでに神具は見つからなかった」
「そうか、そんな気がした」
クロコは無愛想だった。
「なんかいちいちつれねーやつだな。じゃあ、あいつのことなら興味あるだろ、『戦乱の鷹』ミリア・アルドレット」
その名を聞いてクロコは眼を鋭くする。
「おっ! 興味を持ったか! すごいだろ。うちのエースは」
「気に食わないやつだけどな」
「ハハハ、そう言うなよ。口数が少ないからよく勘違いされるけど、悪い奴じゃないさ」
「ホントかよ」
「まあ、あいつがすごいって言うのは認める他ないだろ」
「………………」
クロコは黙る。
ローズマンは町の景色を眺めながら、ゆっくりと口を開く。
「あいつが解放軍に来たのは八歳の時だ。戦争孤児でな、兄妹で、兄貴といっしょにここに来た。兄貴はその当時十六歳。兄貴は入軍試験に合格して、解放軍の兵士になったんだ。ここは下の者には懐が深いからな……ミリアは最初、ただの支援員だった。本当にかわいい支援員だったよ」
「ふーん、それがなんでいま兵士なんだよ」
「兄貴が戦死したからだな。兄貴が死んだ後、あいつは十歳で剣をとった。すごいセンスだったよ。見る見るうちに上達してな。それでも女って理由で入軍はできなかった。だがな、あいつが十二歳の時、ここの軍の当時のエースを倒しちまってな……そりゃ、認めるしかねぇさ」
クロコは石の手すりに寄り掛かって黙ってその話を聞いていた。
ローズマンはクロコを見て話を続ける。
「おまえも女の体で戦うんだったら、ちょっとは参考になるんじゃないか? 女でも最強になれるんだぜ? まあ、あいつの場合、性別が女なだけで種族は化け物だけどな。ハハハ……っと、そろそろ司令室に戻らないと」
ローズマン司令官はそう言うとクロコに背を向けて立ち去ろうとする。そして去り際に一言しゃべる。
「そんな化け物に負けた元エースは、司令官の座に収まるしかねーってな。そんじゃあな」
ローズマン司令官は立ち去った。
クロコはまた独りベランダに立ち尽くす。
「化け物……か」
その翌日の朝、再び国軍は動き出した。しかしクロコとクレイドには傷のこともあり出撃命令は出されなかった。
その後の三日間、クロコとクレイドは基地の大部屋で待機し続けた。
「クッソ!! こんなトコでいつまで待機してりゃあいいんだ!!」
四日目の昼頃、クロコはあからさまに不機嫌な声を出した。
「そう言うなよ。出番がありゃあ嫌でも呼ばれる。初日にあんだけ暴れたんだ」
一方、クロコ達のいるケイルズヘル基地から少し西に離れた地、解放軍リサイド基地。ここはケイルズヘル基地の後ろ備えに位置する基地だ。
その基地の上階の窓の前に一人の男が立っていた。大きな体に、少し逆立った黒髪。グレイ・ガルディアが乾いた大地を眺めている。
「どうしたかね。ガルディア司令官」
リサイド基地の司令官オルモアが話しかける。オルモアは四十代半のかっぷくの良い赤髪の大男だ。丸い目でガルディアを見つめている。
ガルディアはオルモアを見てほほえむ。
「いえね……今頃あっちじゃあ、すごい戦いをしているんだろうなって思いましてね」
「そりゃあ、そうだろうな。数万人規模の大戦争だ。君の基地からも援軍が出てるんじゃあないかね」
「でしょうね」
「もしあそこが落ちたら次は我が基地の兵が戦わなければいけない」
「そのためにオレが呼ばれたんでしょう?」
「だろうな。付け焼刃でもないよりはマシ。上はそう考えて君を訓練官としてよこした」
「……勝てるでしょうかね。この戦い」
「勝てる、と言いたいところだが、あの規模の戦争だ。なにが起こるかわからん」
「なにが起こるかわからない……そうですね。戦いとは正にそういうものだ」
ガルディアはまた窓の方に目をやる。
茶色い地面と岩石が広がる大地、遠くにはスティアゴア台地から流れ出る大河がわずかに見えた。
クロコ達が基地に着いて五日目の朝、指令室ではローズマン司令官とマルトフ副指令、それと隊長数人で作戦会議が開かれていた。
その時、突然指令室のドアが開かれた。クロコとクレイドが指令室の中へと入って来る。
「な、なんだ、おまえらは!!」
隊長の一人が反応して怒鳴った。
「おい、オレ達は呼ばれてきたんだぞ」
クロコは不機嫌な声を出した。
「わりーわりー、言ってなかったな。オレが呼んだんだ」
ローズマンが笑いながら言った。
「し、司令官が……」
「で、なんの用だよ。いきなり呼び出して」
「ああ、せっかくだから作戦会議に参加してもらおうと思ってな」
「ローズマン司令官! なぜ一般兵を……」
「彼らはウォーズレイ防衛戦のときにアレを経験している。もしかしたら有意義な意見がもらえるかもしれないと思ってな。まぁいいじゃないか。いて損はなし! ってな」
クロコとクレイドが加わって作戦会議が行われた。ローズマンは地図を指さしながら話を始める。
「まずここ四日の戦い。結果はこっちが少しだけ押し気味だ。こっちの被害は30000、あっちの被害は推定35000。だが現在の総戦力はこっちが40000向こうは45000……敵は完全に戦力を整えた」
「しかし、勢いはこちらにあります」
マルトフ副司令が言った。ローズマンはマルトフを見る。
「そりゃあ、どうかな。敵はいままで、比較的平凡な手を打ち続けてきた。そのおかげでこっちは楽できたが」
「それはこちらの方が上手だったというだけでは?」
「平凡過ぎんだよ、ワザとらしいぐらいにな……そしてタイミング的に敵はそろそろ動き出す」
ローズマンは指で地図をトントンと叩く、敵の本陣がある辺りだ。
「今までの四日間、敵はほとんど主戦力を使ってない。初日こそ第一アサシン隊を動かしたが、それ以降全く出さねー。そして一番問題なのは……」
ローズマンの顔が険しくなる。
「グラン・マルキノだ」
それを聞いてクロコとクレイドがピクッと反応する。
クロコが口を開く。
「それでオレ達か……」
「まぁ、そういうことだな。グラン・マルキノの投入はウォーズレイ防衛戦が初めて。アレを知ってるやつが少ないんだ。おまえらは経験してるんだろ?」
それを聞いてクロコが眉を寄せる。
「経験もなにも、忘れようたって忘れられねーよ」
「それでな、問題はさらにあるんだ」
「……?」
「今回はな……三台あるんだよ……グラン・マルキノが」
「………………」
クロコは一瞬何を言っているのか分からなかった。そして遅れて声が出る。
「……はぁっ!?」
ローズマンは冷静な態度で話を続ける。
「厄介だろ? しかもまだ一度も投入してきてない。まだ三台ともピカピカだ……だが」
ローズマンは指でもう一度敵陣の辺りをトンと叩く。
「そろそろ……だろ」
クレイドがその状況にあきれている。
「アレとまた向かい合うのかよ。しかも三台……」
ローズマンは手で机を軽く叩いた。
「さて、話を戻そう。で、敵がこのグラン・マルキノをどう投入してくるかが問題だ。で、敵が打ちそうな手は、敵陣を三つに分けて進軍、それぞれにグラン・マルキノを配置。その陣のどれかに主戦力を集中させ……突破を狙う。グラン・マルキノで基地に一発でもぶち込めば決着がつくからな。こちらに的を絞らせない一点突破。グラン・マルキノの特性も十分に発揮できる。手とすればこれが盤石だ」
隣でマルトフが口を開く。
「私はそれで良いと思います。それを見越して作戦を立てれば……」
「さて、どうかな。今までの戦い、こちらが上手だったのか、そう思わされていただけだったのか……」
ケイルズヘル基地からスティアゴア台地を挟んだ形に位置する敵の本陣。
茶色の乾いた大地に三つの巨大な金属の山がそびえている。鎧を着た屋敷のような巨大な胴体に、四輪の巨大車輪が鋼鉄板の下からのぞいている。さらに前方には塔のように巨大な黒い砲身が伸びている。
三台のグラン・マルキノがたたずむ解放軍本陣、その中央付近に大型テント張られている。
そのテント内のテーブルに一人の軍人が座っている。
その軍人は年齢三十代半ば、黄色の髪で、上にとがった特徴的な髪形をしており、細い目と高い鼻をしている。どこか高貴な雰囲気を持っている。着ている軍服が他の国軍人とは違い白い軍服、将軍服だ。
とがった髪形の将軍は机の上に置かれた紅茶をひとくち味わったあと、口を開く。
「準備はほぼ整ったな」
将軍の向かいに座る大柄の副官がそれを聞いてうなずく。
「はい、あとはあの男の到着を待つだけです。ロイスバード少将」
とがった髪形の将軍ロイスバードがゆっくりとうなずく。
「ふむ」
「本当に来るのかよ。その男」
テントの奥から声が聞こえた。暗いテントの奥で一人イスに座る人影が見える。暗いため姿がはっきり見えない。
「口をつつしまんか、将軍の前だぞ!」
大柄の副官が怒鳴った。
「ハッハッハッハッ」
人影はその副官をバカにしたように笑い飛ばした。
突然テントの入り口が開かれ、誰かが入ってくる。
黒服に黒い覆面をした男が入ってきた。眼は鋭く、黄色い瞳が光る。
「なんの用だ……」
黄色い瞳のアサシンは不愛想な口調だ。
それを見てロイスバード少将はニコリと笑う。
「アサシン軍、総督ラギド。あなたを呼んだのは他でもない。今回の作戦で私の指揮下に入っていただきたいのです」
「入る必要はない。我々は、我々の判断で動く」
黄色い瞳のアサシン、ラギドはそう言い放った。
その言葉を聞き大柄の副官が鼻息をたてる。
「きさま! 少将の前で……!」
「我々アサシン軍は皇族直属の部隊だ。国軍とは別の組織……今回もブルテン皇帝からの勅命がなければ協力などしなかった。よってきさまらの指揮下に入る理由はない」
「しかし今回の作戦はあなた方の力があればとても助かるのです。我々の目的は共に勝利をあげること……、どうですか、互いの勝利のために協力してはいただけませんか?」
「断る。我々は我々の判断で動く。話がこれだけなら私は出てゆく」
ラギドはそう言ってテントからサッと出て行ってしまった。
「まったくどいつもこいつも少将の前で無礼な奴ばかり!」
副官は不機嫌に声を上げた。
「まぁ、そう言うな。別に作戦に大きな支障はない」
「だいたいあの男はいつ到着するんだ!」
「到着時間が大幅にずれているわけではないんだ。落ちつきたまえ」
その時、テントの入り口付近から声がする。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
ロイスバードがそれに答える。
「ああ、入りたまえ」
テントの入り口が再び開かれた。
そしてゆっくりとした足どりで一人の軍人が入ってくる。
白い髪の少年だ。
その少年を見た途端、ロイスバード少将はニヤッと笑う。
「来たか」
少年は厚い眼鏡をグイッと上げるとピシッと敬礼をした。
「スコア・フィードウッド。ただいま到着しました」
敬礼するスコアを見てロイスバードはほほえんだ。
「よく来てくれた『瞬神の騎士の再来』スコア・フィードウッド。君には期待しているよ」
「はっ、期待に応えられるよう全力を尽くします!」
「ハッハッハッハッハッ」
奥から突然笑い声がした。
スコアがその方向、テントの奥を見ると、暗い場所で座っていた人影が立ち上がる。影はゆっくりと明るい方へと歩き出す。そして光に照らされ、その男の姿がゆっくりと浮かび上がる。
その男は年齢十七、八、少し乱れた長めの灰色の髪、鋭い目には赤い瞳が光る。落ちついた顔立ちをしているが、どこか危険な雰囲気を漂わせている。
「おまえがスコア・フィードウッドか……なんだか大した事なさそうだな」
灰色の髪の男はスコアの顔を見てニヤッと笑った。
「……あなたは?」
「オレ? オレか、オレはレイデル・グロウス……よろしくな。スコア・フィードウッド」
「よ、よろしく、きみがレイデル・グロウス……」
大柄の副官がスコアの方を見て口を開く。
「知っているだろう。レイデル・グロウス……『消剣の騎士』の異名を持つ男だ」
ロイスバード少将はスコアとレイデルの二人を黙って見つめる。
(そう、レイデル・グロウス、わずか半年で、国軍内で名を上げ『消剣の騎士』の異名を得た男。その才能はスコアにも匹敵すると言われている。スコアとレイデル、この二人がいれば……)
レイデルはスコアに近づくと肩をポンッと叩く。
「まあ、お互いに楽しもうじゃないか……この戦いをな」
レイデルはそう言ってニヤリと笑うとテントの出口から外へ出ていった。
それを見て大柄の副官はまた怒りだす。
「全くどいつもこいつも……! 少将に挨拶もせずに外へ出ていきおって。まともなのは君ぐらいだ」
「ハ、ハハハ、そうでしょうかね。それではボクも失礼いたします」
ロイスバードはスコアの方を見てニッコリ笑う。
「ああ、戦闘はすぐに始まる。しっかりと備えてくれ」
スコアが外へ出ようとしたその時、
「うわあっ!」
スコアは何もない所で勢いよくコケる。足をイスにぶつけ、勢いよくイスを飛ばす。飛んだイスは副官の顔面に直撃した。
「わっわっ、す、すいません!!」
スコアはアワアワしながら謝る。
「くっ……! ぬぬぬぬ……! 本当にロクな奴がおらん!!」
その様子をロイスバードはティーカップを口につけながら眺めていた。
(これで完全に準備は整った。やっと動き出せるな……)
テントから出たスコアはゆっくりと厚い眼鏡をはずし、空を見上げる。
深い青い瞳が浮かぶスコアの眼、その眼が氷のように冷たく鋭く光る。
「今度は守る、守って見せる。必ず」