2-8 岩石帯の死闘
大砲の爆音が遠くで響く。
無数の丸い岩石に囲まれた大地で、クロコとクレイドは二十人はいるだろうアサシン達に囲まれていた。
クロコとクレイド、二人は背中を合わせ、剣を構える。
その様子をアサシン達は静かに見ている。
その中の一人に、他のアサシンとはどこかまとう雰囲気が違う者がいた。その者の鋭い目と黄色い瞳からは、暗く、危険な気迫が放たれている。
そのアサシンが静かに口を開く。
「何を見ている……構うな、とっとと二人を処理しろ」
その言葉の直後、二人を囲んでいたアサシン達が動き出す。
アサシン達は四人の陣形を二つ作った。
その二つの陣形がクロコとクレイドを挟み込みように突進してくる。
クロコの正面、クレイドの正面にそれぞれ四人ずつだ。
クロコ側のアサシンの一人がナイフを飛ばす、クロコはそれを素早い斬撃ではじきとばすが、その隙に残りの三人が間合いに入る。
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
アサシン達の無数の斬撃、クロコの体が数か所切り裂かれる。しかしクロコはアサシンの一人に狙いをつけた。
ヒュンッ!
クロコの斬撃がアサシンの一人をとらえる。
アサシンの体はわずかに切り裂かれ、それに驚き距離を取る。
襲ってくる斬撃が少なくなった隙に、さらにもう一人に狙いをつけ高速の斬撃を無数に放つ。
斬撃の一つはアサシンの足をわずかに切り裂いた。
一方クレイドの方にもアサシン達が襲いかかる。四人のアサシン達が一気に突っ込んでくる。
クレイドの眼はアサシン達の陣形が一本に並ぶ直線を見極めた。そしてそれをなぞるように、勢いよく剣を振るう。
ギュンッ!
その斬撃をアサシン達は避けるが、あまりの速さに驚き陣形を崩す。クレイドは特に動きを崩したアサシンに狙いをつけた。放たれていた斬撃の軌道が一瞬で切り替わる。
ギュンッ!
クレイドの一瞬の切り返し。アサシンの一人が血しぶきを上げて宙を舞う。
しかし他のアサシン達はひるまなかった、クレイドに向けナイフを飛ばす。
「ちっ……!」
クレイドは剣でナイフをはじくが、一本が脇腹をわずかに切り裂く。
「おいクロコ、動くぞ!! 敵は飛び道具を使う! 止まってると危険だ!!」
クレイドの掛け声と共に二人は背中を合わせたまま駆け出す。
その二人をアサシン達が追う。
クロコとクレイドはうまく呼吸を合わせ走り、追ってくるアサシン達に囲まれるのを避ける。
それでもアサシン達は囲むことはできないまでも、陣形を組み二人に追い打ちをかける。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン……ッ!
無数の斬撃がクロコとクレイドを襲う。その斬撃の嵐の中、クロコの真紅の瞳はしっかりとアサシンの一人を見ていた。
クロコの斬撃がアサシンの一人に向け放たれる。それは素早く避けられる。
今度はアサシンの斬撃、クロコはそれを見切り、紙一重でかわすとすぐさま斬撃を返す。
ヒュンッ!
クロコの高速の斬撃。しかしアサシンはそれをギリギリでかわした。その直後、クロコの蹴りがアサシンをとらえた。アサシンの動きが止まった次の瞬間、
ヒュンッ!
クロコの斬撃がアサシンを切り裂いた。アサシンは力無く後ろに倒れ込む。
ギュンッ!
クレイドの斬撃も別のアサシンをとらえていた。アサシンの体が宙を舞う。
二人のアサシンがほぼ同時にやられた。
そのことに驚き、アサシン達は少し距離をとる。
それを見てクロコとクレイドは足を止めた。
互いに距離を置きつつにらみ合う。
「はあ……はあ……」
クロコは少し呼吸を乱していた。体からは血が流れ落ちる
「大丈夫か」
「当たり前だ!」
クロコはそう言って歯を食いしばる。
(傷を負いすぎた……そのくせ動きまくったせいで血が……足元がフラフラしてきやがった)
アサシン達の集団、その少し後ろに立っている黄色い瞳のアサシンが周りのアサシン達に手で指示を出す。
指示が終わるとアサシン達は距離をとりつつ、動き出す。
足を止めた二人を再びゆっくりと取り囲んだ。
その直後、再び攻めてきた。
クレイドの方に向け三人が陣形を組んで突進してくる。そしてクロコの方には、たった一人が単独で突撃してくる。
クロコはその光景に一瞬驚くが、すぐに冷静に剣を構える。
単独で突撃してくるアサシン、その目からは黄色い瞳が光る。
黄色い瞳のアサシンは高速の斬撃を放つ。クロコは素早く避けて斬撃を返すが、それは難なくかわされる。
その動きにクロコは驚く。
(こいつ……! このアサシンの中でもさらに動きが違う!)
二人の間を斬撃が無数に飛び交う。
クロコとアサシンの高速の攻防が繰り広げられる。
アサシンの斬撃の数撃がクロコをとらえ、クロコの体が切り裂かれる。
「ぐッ……!」
足元がわずかふらついたが、すぐに踏んばり直す。
「この!!」
クロコは大振りの斬撃を放った。
ヒュンッ!
その直後、それを合図にしたかのようにアサシンが距離を取る。次の瞬間、他のアサシン達の無数のナイフがクロコに向け放たれた。大振りの斬撃を放ったせいでクロコの反応がわずかに遅れる。飛んでくるナイフがクロコの体の所々を切り裂く。それでもクロコは紙一重で急所を守る。
その時だった。クロコの目の前を一本のナイフが横切る。そのナイフはそのままクレイドの背中へと向かおうとしていた。
「クッソッ!!」
クロコはとっさに剣を振りナイフを叩き落とす。その瞬間、黄色い瞳のアサシンがクロコの懐へ飛び込んだ。
ヒュンッ!
クロコは間一髪で避けるが体勢を大きく崩した。そのクロコに向けそのアサシンの蹴りが飛ぶ。クロコの体は飛ばされ、クレイドと距離が一気に離れた。
他のアサシンの相手をしていたクレイド、少し遅れてその状況に気付く。
「クロコッ!!」
クレイドの叫びの直後、狙いすましたように無数のナイフが二人を切り離すように間へ飛んで来る。
クロコとクレイドは分断された。
さらに狙いすましたように体勢を崩したクロコを囲む形で、三人のアサシンが飛びかかる。クロコは崩した体勢を何とか立て直そうとする。
しかし間に合わない。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
その瞬間、クロコの目の前を無数の斬撃が飛び交った。
クロコに向けてではなく、アサシン達に向けて。
直後、三つの血しぶきが飛び、三人のアサシンの体が宙を舞った。
力無く地面に落ちる三人のアサシン。
崩れたクロコの目の前には……
ミリア・アルドレットの姿があった。
大地に立つミリア、その黄色い長い髪が風に流れる。冷たい瞳は静かに、しかし射抜くようにアサシンの群れを見つめている。
黄色い瞳のアサシンがミリアをにらむ。
「ミリア・アルドレット……『戦乱の鷹』か」
危機を逃れたクロコはミリアの背中をぼうぜんと見る。
「ミリア……」
ミリアは何も言わず、ただアサシン達を見つめる。
黄色い瞳のアサシンが静かに声を発する。
「構うな……三人まとめて処理しろ」
その言葉と共にミリアの近くにいたアサシン四人が、陣形を組んでミリアに向かって襲いかかる。ミリアは動かず、アサシン達を冷たい瞳で見ている。その直後、クロコの視界からミリアの姿が消えた。
一瞬だった、ミリアの体が四人のアサシン達を横切った。四つの血しぶきが宙に舞い散り、四人のアサシン達の体勢がゆっくりと崩れていく、そして力無く倒れた。
残りのアサシン達はあまりの驚きで固まった。
遠くで見ていたクレイドもその光景を信じられない、という様子で見る。
「おいおいおいおい、なんだありゃあ……!」
クロコも驚く、声も出ない。
アサシン達の視線はミリア一人にくぎ付けになっている。
再びミリアの姿が消える。
次の瞬間、ミリアの近くにいたアサシンの一人の体が切り裂かれ、ミリアが姿を現す。
地面に伏すアサシン。
黄色い瞳のアサシンは覆面の裏からギリっと歯が鳴らした。そして丸い球を宙に放った。
パンッ!
弾は強い光を放って宙ではじけると、それを合図に全てのアサシン達が四方八方にクモの子を散らすようにその場から離れる。
ミリアはそれを黙って見ていた。
クロコはただ、ぼうぜんとしていた。
間もなくアサシンの姿は辺りから消えた。
風が静かに大地の土を巻きあげる。
クレイドがゆっくりとクロコに近づく。
「大丈夫か……?」
その言葉を放ったクレイドの体は傷だらけだった。クロコもまたクレイド以上に傷だらけになっていた。
ミリアもゆっくりとクロコに近づく。
その時だった。
パンパンパンッ!
遠くで、空に向け放たれる銃声がした。撤退の合図だ。
ミリアはその方向を見て静かに口を開く。
「あの信号銃の音は、国軍のものだ……こちらの増援も着いた。あっちのケリもついたようだな」
ミリアはそう言ったあと、クロコの方を見た。そして一言言い放つ。
「足止めご苦労……」
ミリアは無表情でそれだけ言うとスタスタとクロコの前から立ち去った。
ぼうぜんとしていたクロコの胸の中から遅れて悔しさがわき上がる。
(クッソォー……!!!)