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1-3 トラブルメーカー




 フルスロック基地内のとある男子トイレ、一人の兵士が用を足しに中に入ってきた。その兵士は年齢十八、九ぐらい、背がとても高く2m近い、少しはねた赤い髪をしている。

 するとトイレにもう一人の兵士が入ってきた。その兵士は年齢十四、五ぐらい、背はとても低く150cmないだろう。柔らかい灰色の髪をしている。

 赤髪の青年は並んで立つ灰色髪の少年を見て声をかける。


「よう、フロウ」


「……やあ、クレイド」


「なあ、フロウ。どうして男は用を足すとき、必ず一つ空けるんだ?」


「そんなこと、僕が知るわけないだろう」


 するとスッと二人の間に人影が入る。その人影は長めの黒髪をしていた。そしてその姿は間違いなく女だった。


「む……、前に立ったはいいが、どうやってするんだ?」


 クロコは真剣な顔で悩む。左右の二人はクロコのその様子を、目をまんまるくして見ている。

 その視線にクロコが気づく。


「なんだてめーら、なんか文句あんのか」


 クロコは首を動かし左右の二人を鋭くにらむ。


「おおありだっ!!」


 ブレッドが背後から大声を出してクロコを殴った。


「いって~、何しやがんだ! ブレッド!」


 クロコが怒鳴る。


「それはこっちのセリフだ!! とにかく出るぞ」


 ブレッドはそのままクロコの手を引っ張り、トイレから出ようとする。


「あっ、コラ! 離せ!」


「二人ともどうもすいませんね。こいつには強く言っとくんで」


 ブレッドはトイレの二人に謝ると、クロコを引っ張って廊下に出ていった。

 その様子をトイレの二人はぼうぜんと見ていた。


「フロウ……なんだアレ…………」


「僕が……知るわけないだろう……」




 ブレッドはトイレを出て少し離れたところまでクロコを引っ張ると、手を離した。そしてクロコをにらみつける。


「……ったく! おまえなに考えてんだ! この姿で男子トイレに入るかフツー」


「男なんだから男子トイレに入るのは普通だろ」


 クロコは反省している様子はない。


「……おまえ、アールスロウさんが説明したこと覚えてるか?」


「…………なんか言ったけか?」


「いいだろう、もう一度オレが説明してやる……一つ、トイレは女子トイレを使用すること。二つ、着替えは個室か、アールスロウさんが用意してくれた特定スペースのみで行うこと。三つ、更衣室の使用は特定時間のみ、シャワ―も単体。まずこの三つだけは最低頭に入れろ!」


「そういえば言ってたな、そんなこと。メンドくさいからあんま聞いてなかった」


 クロコは興味なさそうな顔でブレッドから目をそらす。しかし少し何かを考えたあと、突然叫ぶ。


「……って、おい!! なんでオレが女子トイレ使うんだよ!!」


「バカヤロウ! 混乱を避けるために決まってんだろうが」


「バカはどっちだ! 男のオレが女子トイレに入っていいと思ってんのか!」


「…………いいんだよ、女子トイレは全部個室だ。この姿で堂々と入って、そして堂々と出てこい」


「そ、そんなことできるわけないだろ!!」


「そんなことにだけ縮こまるな!!」






 基地の司令室、立派な机に腰掛けるガルディア司令官、その正面にアールスロウ副司令が立っている。

 アールスロウ副指令は書類を見ながらガルディア司令官に報告する。


「昨日起こった国軍襲撃事件の被害は死者六名、重傷者十七名とのことです」


「六人も死んだのか……」


 ガルディアは深刻な表情だ。


「あの状況を考えると死者数は少ないと言えます。アサシンにやられた全員が死んでいてもおかしくはなかったでしょう」


「確かにそうかもしれないが……」


「今回のアサシンの襲撃の目的は、グレイさん、あなたの可能性が高い。アサシンの最後の一人の行動を見てもわかることですが」


「敵もずいぶん思い切った手を打ってくるな」


「今回の件ではこちらの基地の情報が敵側に漏れていた可能性が考えられます。まずは情報統制を早急に修正、整理する必要があります」


「そうか、また忙しくなりそうだな。……でそんな時に悪いんだが」


 ガルディアは少し申し訳なさそうな顔をする。


「なんですか」


「本部からスフォード基地に訓練官として行くように、っていう要請がきてな。こんな時に悪いんだが、また基地をおまえに預けることになる」


 ガルディアは要請書をペラペラと見せる。

 それを見てアールスロウは少しだけ肩を落とした。


「分かりました。いつものことなので、もう慣れましたよ」


「悪いな……、それでクロコの件だが、その呪いについてはその基地の連中から色々聞いてみるつもりだ。ただそれ以外は全部おまえに任せちまうことになる」


「これに関しては仕方がないですね。本部からの要請なので」


「あとクロコに関しても頼む」


「そうですね。彼女、いや彼は、見て判断する限りこれから色々と問題を起こすでしょうしね。……これで、解放軍において『特例』は二人になるわけですか」


「そうだな、『戦乱の鷹』以来ってことになるな」


「それと一つ、呪い以外で彼について気になることがあるのですが」


「なんだ?」


「彼が倒したアサシン、全て急所を外していました」


「急所を……」


「ええ、もしかしたら彼はまだ……」


「…………ああ、そうかもな。ただ、今はまず、あいつに対して真っ先にやることがある」


「……? なんでしょうか」


「天狗の鼻を折ること、かな」


「…………?」






 基地の廊下の一角、ブレッドは壁にもたれかかっている。

 突然横のドアが乱暴に開く。


「ブレッド、見ろ、ピッタリだ」


 クロコが黒の軍服に身を包んで現れた。

 それを見たブレッドがほほえむ。


「いちばん小さいサイズだけどな。サイズが合ってよかったよ。なければ特注しなきゃいけないらしいからな」


「ああ、だが少し胸のあたりが苦しいな」


「男用だからな、女用はないし」


「まぁ、仕方ねーか。女用なんてあっても絶対着ねーし。しかし軍服を着るといよいよ軍人になったって気がするな」


「確かにな」


「だけど、軍服なんてしゃれたモンよく作るよな。だってここ反乱軍だろ?」


「ファントムってやつがこの軍をかなりのレベルまで組織化させたそうだからな。軍服もその一つだろ。十年も戦ってるんだ、ある程度の組織じゃないと続かねーだろ」


「ファントムか……どんなやつなんだろうな」


「さあな、ヘルムで顔隠してるらしいし、名前も偽名だし、正体不明の英雄ってやつだな」


「正体不明か……」


 クロコはそう言ったあとハッとした。


「そんなことより呪いを解かねーと! サイズなんか合わせったてしょーがねー!!」


「けど見通しがないからな。今は基地に慣れることじゃないか」


「指輪ごと指切っちまうか」


「おまえ、怖いこと言うな」


「ヘタしたら一生この姿だぞ。それぐらいだったら、いっそ……」


 クロコは自分の剣に目を移す。


「やめとけって、それで元にもどる保障はないんだからよ。得体の知れないものだからな。それにガルディアさんが呪いの件について調べてくれるっていうし、今は様子を見た方がいいだろ」


「信用できんのかよ、あの男」


「呪いのスペシャリストだって解き方がわからない呪いだ。オレ達個人で探したってそうそう見つからないだろ。ガルディアさんなら一応司令官だし人脈がある」


「スペシャリストって……、あの女か、完全に自称だろ」


「とにかく、指を切るよりマシだろ。利き腕だから剣技にだって影響するだろうし」


「確かにそうだが……」


「じゃあオレは着替えてくるからな。時間もあるし着替えたら少し基地を回ろう」






 基地の廊下の端、ほとんど人通りのない薄暗いこの場所で、少年の兵士が一人、青年の兵士三人に囲まれていた。少年は年齢十二、三ぐらい、小柄で、一か所はねた黄色い髪、ぱっちりとした目と透き通るような緑色の瞳をしている。

 対する周りを囲む青年達は十代後半ぐらい、三人とも大柄だ。


「調子に乗ってんじゃねぇよ! ザコのくせに」


 青年の一人が少年の腹を乱暴に蹴り飛ばす。


「うっ……!」


 黄色い髪の少年は苦しそうに倒れこんだ。

 少年を蹴った青年は三人の中でも特に大きかった。

 その青年は筋肉質なうえ190cmほどの巨体だ、黒髪でたれ目、太く上を向いたまゆ毛をしている。蹴られて倒れこむ少年を見てニヤリと笑う。

 そしてその巨体の青年は少年の腹をさらに下から蹴り上げた。


「ぐっ……!!」


 うめくような叫びと共に少年の体は軽く浮き上がった。

 少年は体を丸めて苦しそうに震える。

 その様子を三人の青年は楽しそうに見ている。

 少年は何とか声を絞り出す。


「何で……こんな事……するんだ。ボクに対して、いったい、何の恨みが……あって……」


 黄色い髪の少年は腹を苦しそうに押さえながらも必死でにらむ。


「おい、なんだその態度は……? 目障りなんだよ! てめぇみてーなチビに実技場でチョロチョロされるとよ!」


 巨体の青年は大声で怒鳴る。

 その青年の左右にいる二人はその様子をニヤニヤと笑いながら見ている。

 黄色髪の少年は歯を食いしばる。


「今は弱くたって、一生懸命訓練すれば強くなれるってガルディア司令官が言ってた」


 黄色髪の少年は口を震わせながらも青年達をにらむ。


「ハハハ、おまえバカか? なにクソまじめに司令官の言うこと信じてんだよ。おまえみたいなザコ、一生強くなんかなれねーよ!」


 巨体の青年は再び少年の腹を蹴り飛ばす。


「うっ……!!」


 少年は苦しそうにうずくまる。


「てめぇみてーなザコは支援員でもしてりゃーいいんだよ! ザコ」


 大柄の青年達は少年が苦しむ様子を楽しそうに見ている。

 しかし黄色髪の少年は腹を苦しそうに押さえながらも、顔を上げ懸命に立ち上がり、再び青年達をにらみつける。


「ボクだって……!!」


 黄色髪の少年は腰に付けていた木剣を手に持って構えた。


「おいおい、オレとやるつもりかよ。ザコのくせに頭も悪いんだな」


 巨体の青年はそう言って頭をチョンチョンと叩くしぐさをすると、両脇の二人がケラケラと笑う。

 そして巨体の青年は鞘に納めたままの剣を構える。


 青年の巨体は黄色髪の少年の体の軽く二倍はある。少年はそれでもひるまず、強い目で青年を見る。


「うあぁぁぁー!!」


 黄色髪の少年は突進する。

 巨体の青年は少年よりも明らかに間合いが長い。そのため少年を向かい打つ形で構える。そして大振りの一撃を少年に向けて放った。


 ビュン!


 しかし少年はその斬撃を紙一重でかわすと懐に入った。そして少年は腹に向け全力の一撃を放つ。


 ゴッ!


 少年は一撃を浴びせた。しかしそれにも関わらず青年の巨体は微動だにしない。青年は表情一つ変えずに少年を見る。


 ドッ!!


 すかさず巨体の青年の蹴りが少年に向かって飛び、脇腹を直撃する。

 少年の体は飛ばされ、地面に倒れ込む。


「攻撃が軽過ぎて話にもならねぇな」


「うう……う……」


 黄色髪の少年は苦しそうにうなりながら、くやしそうな表情で歯を食いしばる。

 その様子を見下して青年達は満足そうに笑った。


「ハッ、ザコにもほどがあるぜ。てめぇみてーなザコが戦場で真っ先に死ぬんだよ!」


「確かに、おまえみたいなザコが戦場で真っ先に死ぬんだろうな」


 突然高い声が暗い廊下に響く。

 青年達は少し驚き、声の方向を見た。その方向からクロコがゆっくりと歩いてくる。


「今の勝負、もし真剣だったらてめぇが真っ先に腹切られて死んでたな」


 クロコは巨体の青年の方を見た。


「なんだぁ! おまえは」


 巨体の青年はクロコをにらみつける。仲間の青年が口を開く。


「こいつ、例の新人じゃないか? 女なのに『特例』で兵士になったっていう」


 それを聞いて巨体の青年はニヤリと笑う。


「なるほど、女とはいえ兵士だ。教えてやらないとな、強い者にたてつくとどうなるかってことを」


 巨体の青年は鞘に収まったままの剣をクロコの方へと向けた。


「じゃあオレも教えてやらないとな、オレに剣を向けるとどうなるかってことを」


 クロコは鋭い眼でにらむと、鞘に納まったままの剣を向ける。


「おい、クロ! 入軍してそうそう基地のやつにケンカ売るなよ」


 クロコの少し後ろにいたブレッドが止めに入った。


「うるせー、先に剣を向けたのはあのゴリラだ」


「てめ……! 誰がゴリラだー!!」


 巨体の青年はそう叫びながら突進してきた。しかし青年の前から突然クロコの姿が消える、と同時に青年の懐に突然クロコの姿が現れる。


「え……!?」


 ゴッ!


 クロコは剣の柄でおもいっきり青年のあごを打ち抜いた。巨体は軽々と宙を舞い、頭を天井にぶつけ、さらに天井に跳ね返され、ドスンと大きな音をたてて床に叩きつけられた。


 廊下に倒れ込んだ青年に仲間の二人が駆け寄る。


「お、おい、冗談だよな……?」


 しかし巨体の青年からの返事はない、完全にのびてしまったようだ。


「おまえらもやるか?」


 クロコは仲間二人を鋭くにらむ。


「う……」


 二人はおびえた顔でクロコを見ると、巨体の青年を置いてそそくさと逃げていった。

 ブレッドはあきれた様子で見ている。


「相変わらずムチャクチャだな」


「先に剣を向けたのは相手だろ」


「先にケンカを売ったのはおまえだけどな」


「あの……ありがとうございます」


 倒れていた黄色髪の少年が、体を起こしクロコに礼を言う。


「別に、おまえを助けた訳じゃない。剣を向けてきたのは相手だからな」


 少年はゆっくり視線を落とす。


「……ボク、弱いから、だからあんなやつらに……」


「さっきの勝負はおまえの勝ちだった。まぁ、弱いってのは間違いないな」


 クロコはそう言ったあと、辺りをキョロキョロと見回す。


「それよりも……ここどこだ? ひと気がないし、基地を回ってたら迷っちまって」


「そ、それじゃあ僕が案内しますよ。基地は広いですし!」


 黄色髪の少年はふらふらと立ち上がった。ブレッドが心配そうに声をかける。


「おいおい……、ケガは大丈夫なのか?」


「これくらい、大丈夫です!」


 その言葉を聞いてクロコが口を開く。


「じゃあせっかくだから頼むか。おまえ名前は?」


「サキ・フランティスといいます」


「オレはクロコ・ブレイリバー」


「ブレッド・セインアルドだ」


「よ、よろしくお願いします」


「じゃあサキ、ついでに言っておくがオレは女じゃない、男だ」


「おと…………え?」


 サキはキョトンとした。


 その様子をアールスロウが道の角から遠目で見ていた。


「なるほど、天狗の鼻か」


 アールスロウはポツリと言った。


(どうやら俺が動かなければならないようだな)








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