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2-5 夜の出会い




 クロコ達を乗せた解放軍の馬車集団は無事ケイルズヘルの町に到着した。

 馬車はケイルズヘルの街の石畳を走る。

 ケイルズヘルの大通りを数十台の大型馬車の列が走り抜ける。馬車の窓からは巨大で純白な屋敷が次々と通り過ぎる。


「さすが元貴族の住宅街だな……」


 クロコは少し気に入らないものを見るような目だ。


 馬車の集団はスティアゴア台地へ近づく形で町を走る。

 スティアゴア台地の姿が徐々に大きくになっていく。

 ほかの兵達も窓の外からスティアゴア台地を見始め、ワイワイと騒ぐ。

 小さな山ほどもある巨大な台地、それが徐々に近づくにつれ、茶色のなだらか斜面がはっきりと見えてくる。


 スティアゴア台地が目の前にまで近づく町の端、台地の影に隠れるような形でケイルズヘル基地は建っていた。長方形の箱がいくつも重なったような複雑な形をした基地。大型大砲をいくつも装着した巨大な基地だったが、スティアゴア台地が近くにあるとまるで小さな置物のようだ。

 馬車がケイルズヘル基地の敷地内へ入ろうとするとき、クロコは窓から巨大なスティアゴア台地を見ていた。

 するとクロコはあることに気付いた。スティアゴア台地の端っこからなにか水しぶきのような白いもやが上がっている。


「おい、クレイド。あのもやはなんだ?」


 クロコはもやを指さし、クレイドに聞く。


「ああ、ありゃあ多分アルティマイアの滝だ。グラウドで一番巨大で優雅な滝さ。ここに住んでいた貴族達がこよなく愛してたっつう話だ」


「へぇ……」


 クレイドが目を細めながら窓をのぞく。


「…………、でもここからじゃあ、しぶきしか見えないな」


 馬車は基地の敷地内に入ると間もなく停まった。

 多くの兵士達と共にクロコも馬車から降りた。


 敷地内で隊列を組む。

 少し離れたところでベイトム隊長が出迎えに来たここの司令官らしき男に挨拶をしていた。ボサボサ頭の司令官だ


 その後、クロコ達は基地内へと招かれた。


「前と違ってずいぶんのんびりしてるな……」


 クロコは基地全体の様子を見ながら言った。基地の広間や上のテラスからは通りかかったここの軍人の何人かがこっちを見ている。


「前は戦闘中に行ったからな。今は事前情報で動いてるから、まだ戦闘は始まってねーんだ」


 クレイドが横で言った。


「ふーん」


 その時、クロコは基地を歩く一人に目がいく。若い女がテラスを歩いていた。その女が広間に集まるクロコ達の方に目を向けた。するとクロコと一瞬目が合う。

 しかし女はすぐにクロコと顔をそらし、何事もなかったように再び前を見て歩き出した。


「…………」


 クロコはその様子が少し気になり目で追っていた。


「おい、クロコ」


 不意にクレイドの声が聞こえた。


「な、なんだよ」


「なに見てんだ?」


「いや……なにも」


 兵士達はその後、いくつかの集団に分けられた。そしてここの基地の兵士の案内のもと、別々に基地の中を移動した。

 クロコ達がいる集団は大部屋の一つに案内された。

 クロコ達はどうやら戦闘が始まるまでここの大部屋で待機するらしい。寝床もここのようだ。



「おいクレイド、いつ戦闘が始まるんだ?」


「そんなの敵に聞け、今回もあくまで防衛戦なんだ。敵が攻めてくりゃ、こっちにも勝手に連絡がいく」


「くっそー! 結局、またヒマじゃねーか」


「まあ、そう言うな。おそらくすぐさ。しっかり気を引き締めとけよ」


「チェッ、わかったよ」


 数時間が経過した時だった。おもむろにクロコが立ち上がった。それにクレイドが反応する。


「おい、クロコ。どうした?」


「ちょっと基地を歩いてくる」


「おい、勝手に動くなって言ってただろ」


「問題ない。トイレのついでに基地で迷うだけだ」


「おまえな……」


「このままじゃヒマで死ぬ……」


 そう言うとクロコはサッサッと歩いて大部屋を出ていってしまった。

 一人取り残されるクレイド。


「クッソ、俺もついてきゃ良かった……」



 およそ十分後、


「…………ホントに迷った」


 日が暮れ、暗くなった基地の廊下でクロコは一人ポツンと立っていた。


(大部屋はどこだ? っというかココはどこだ? どの辺だ?)


 クロコは辺りを見回しながら歩いた。周りは暗くてほとんど見えないが、おそらくヒト一人いない。

 すると暗い廊下に弱い光が差し込んでいるのが見えた。

 見ると基地のベランダに通じるドアがあった。ドアは開け広げられ、そこから月明かりが漏れている。


 開け広げられたドアの前に立つと、夜の温かい空気が体に当たる。

 ベランダには何者かが立っていた。石の手すりに寄り掛かり、夜のスティアゴア台地を一人で眺めている。女だった。クロコが基地に入った時に目が合った女だ。


「おい」


 クロコはベランダに上がり、後ろから声をかけた。

 女は無言で振り返る。

 女は年齢十八、九ぐらい、きれいな体つきで、黄色いサラッとした長い髪をしている。顔立ちもきれいで、冷たい目つき、緑色の瞳をしている。目だけではなく全体的に冷たい雰囲気をまとっている。


「……なんだ?」


 冷たい目の女はアールスロウより静かな口調だった。クロコは特ににらまれていないのににらまれているような錯覚を覚えた。しかし構わずクロコは口を開く。


「道に迷っちまってな。大部屋はどこかわかるか?」


「………………」


 冷たい目の女は少し黙まると、スティアゴア台地に背を向けベランダから出ようとする。


「ついてこい」


 女は静かにそう言った。

 クロコはその女に黙ってついてゆく。


(なんだ、この支援員の女。無愛想なやつだな)



 冷たい目つきの女は黙々と基地内の廊下を歩く。言葉は一言も発しない。クロコもなにもしゃべらず黙々と女についてゆく。



 ずいぶん長く歩いた。どうやらクロコは大部屋から大分離れてしまっていたようだ。

 二人はただ黙々と歩く。

 そんな中、クロコは早足で歩き始め、女の横についた。


「アンタ、ここで働いてるんだよな」


「そうだ」


「………………」


「………………」


 女は端的に答えると、またしばらく沈黙が続く。

 すると今度は冷たい目の女の方が口を開く。


「おまえ、クロコ・ブレイリバーだろ」


「……!」


 クロコは自分の名を呼ばれて少し驚く。


「なんで知ってんだよ」


「一度だけ聞いたことがある……『特例』で軍に入った剣士。……二人目の『特例』」


「ふーん、意外と知られてるんだな」


「着いたぞ」


 女はそう言って足を止める。見るとすぐ手前に大部屋の入り口があった。


「大部屋はいくつかある。ここか?」


「ああ、多分ここだ。ありがとな」


「そうか」


 女はそれだけ言ってパッと立ち去ろうとする。

 クロコはそのまま女を見送ろうとするが……


(待てよ。どうせなら聞きたいこと聞いといた方がいいな)


「おい、待てよ!」


 クロコが呼び止めると女はピタッと足を止め、振り向く。


「なんだ」


「えーと、そうだな。…………、戦闘っていつ始まるんだ?」


「……戦闘が近づけば勝手に耳に入る」


(クレイドと同じ答えかよ……あっ! そう言えば)


「おい……、『戦乱の鷹』って知ってるか?」


 女はそれを聞いて少し黙ったあと口を開いた。


「よく知ってる……」


「そいつって、どんなやつなんだ?」


「『戦乱の鷹』なんていうやつは、この基地にはいない」


「はっ……?」


「私の名は、ミリア・アルドレットだ。覚えておけ」


 窓からもれた月光が一瞬、ミリア・アルドレットを照らした。黄色の髪がうすく輝く。

 ミリアは静かに立ち去っていった。

 クロコはそれをぼうぜんと見つめる。


(え……? もしかして、あの女が……)








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