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2-4 大規模な戦争




 夜の闇に包まれた町、大きな建物が不規則に並び立つ町の景色に、小さな明かりが点々と灯っている。その広い街の端には巨大な建築物がそびえ立っている。夜のシャルルロッド国軍基地。

 基地のある個室、スコアはイスに腰掛け、自分の剣を白い布で磨いていた。

 部屋の中はこぎれいに整理されており、木製の棚の上にはいくつもの勲章が置かれている。


 コンコン


 部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 スコアがドアを開けるとフレアの元気な早口が飛んできた。


「よう、スコア、元気か? ちょっと用事があってさ。用事っていっても大したことじゃないんだけど、まあとにかく部屋に入っていいか? コールも一緒だぜ。なあ、コール」


 フレアは少し後ろの方に立っているコールの方を向く。うなずくコール


「うん」


 スコアがキョトンとした様子で口を開く。


「どうしたんだい? 二人とも……日が暮れてから急に姿が見えなくなって……」


「うん、とにかく中に入らせて。話はそのあと……」


「そうそう、中に入ってから。ここでずっとしゃべってるのもアレだし、とにかく入らせてくれよ、それから話すからさ」


 スコアは二人を部屋の中に招いた。


「二人はどこに行ってたの?」


「買い物だよ。買い物。コールと二人でな。ちょっと西の商店街まで行ってきた。なぁコール」


「うん」


「買い物って、二人だけで? どうせならボクも誘ってくれればいいのに」


「ハハハハ、まぁいいじゃないか。たまにはこういうことがあっても、それにほら、ちゃんとおみやげも買ってきたんだぜ。そんながっかりするなよ。なぁコール。あっ、そうだ。コール、おみやげ」


「うん、はい、スコア。おみやげ」


 コールがスコアに大きな四角い包みを手渡した。


「……? またこんな大きな物、買い物といい、いろいろ突然だね」


 スコアは戸惑った様子で包みを受け取った。

 包みの中からは大きな箱が出てきた。黒い立派な箱だ。


「な、なんか、高そう」


「とにかく開けてみて、スコア」


 コールがほほえみかけながら言った。隣でフレアが落ち着かない様子で見ている。


「う、うん……」


 スコアは箱を開けた。

 その瞬間スコアの視界が白いものに包まれる。


「うわっ!!」


 スコアは驚いて、勢いよく床に転がる。

 箱から白い大きなボールがバネにつながれビヨンビヨンと跳ねている。ビックリ箱だ。

 フレアは転がったスコアを見て大笑いしている。


「アーハッハッハッ、ア……、アッハッハッハッハッハッ、ハハハ、ゴホッゴホッ! ……ハハハ、アハハハ」


「フレア笑い過ぎ……」


 コールは少しあきれている。

 スコアはずれた眼鏡を上げながら立ち上がる。少し怒った様子だ。


「な、なんなんだよ。いきなり……いったい何がしたいのか」


「アハハハハ、ハハハ、悪い、ハハハ、悪い、そんな怒るなよ。スコア」


 フレアがお腹を押さえながら言った。


「まぁ、この企画の言いだしっぺはフレアなんだけどね……」


「……企画?」


「そうそう、最近スコアが元気ないからさー。なにかプレゼントをして喜ばせてやろうって思ったんだけどさ。いざ商店街に行ったら、つい悪乗りして、悪い悪い、怒らせちゃったみたいだな」


「うん、主に悪乗りしてたのはフレアだったけど」


「おいおい、オレのせいだけにするなよ。二人で選んだんだろ? これなら元気でそうっておまえだって言ってたろ。でもあんなに飛びあがるなんてなー。スコアには少しきつすぎたなー」


「ボクを元気づける……ため?」


「うん」


「そうそう、おまえ元気なかっただろ。久々に帰ってきたら、どうも様子がおかしいっていうか、なにか考え込んでるっていうのか。おまえが元気がなくなると、こっちの調子が狂うっていうのかなー。やっぱりスコアがいつもどおりじゃないと、なんか変な感じがするんだよなー。まあ、オレたちは三人合わせて始めて調子が出るっていうか……うまくいくっていうか」


「つまり?」


 コールが隣で言った。


「つまり……元気出せってことだ」


 フレアの言葉を聞いて、スコアは申し訳なさそうに口を開く。


「ごめん、二人に心配かけちゃったみたいだね。商店街までわざわざ足を運ばせちゃって……ボクのために……」


「まあ気にすんなって、オレ達もけっこー楽しんでたしなー。なあコール」


「うん、だけどさ、スコア、もし良かったら僕らに聞かせてほしいな……いったい何に悩んでるのか」


 フレアもゆっくりと口を開く。


「そうさ、オレ達は友達だろ? 遠慮せずに話して見ろよ。オレ達はそのためにいるんだぜ?」


 フレアはそう言ってほほえんだ。

 スコアはその言葉を聞いてわずかに目元が緩んだ。そしてそのあと何かを考える。

 少しだけ時間が過ぎたあと、スコアはゆっくりと口を開く。


「コール、フレア、ありがとう。わかったよ。全部話す」


 スコアはそう言ったあと、チラッと自分の机を見た、母の形見の卵型のペンダントが入った机を。

 スコアは再び二人を見る。


「なにから話せばいいか……そうだな……まずはウォーズレイの戦場に向かう途中の話からだね」


 スコアの表情が懐かしい記憶を思い出すようにわずかにほころぶ。しかしすぐに眼鏡越しの瞳は暗く沈んだ。


「ボクはそこで、クロコという子に出会ったんだ」



 スコアは、フレアとコールに話をした。

 町でクロコと言う少女と偶然に出会ったこと。

 その少女が自分と一緒にペンダントを探してくれたこと。

 ……そして戦場で再開したこと。


 話を終えたあとのスコアの表情は険しかった。


「……もし、もし再び彼女と出会ったら、僕は彼女を斬らなきゃならない」


 スコアは静かな口調で言った。その瞳に悲しみが映る。

 フレアとコールも重い表情をしている。コールの口が開く。


「…………辛くないの?」


「辛いさ……だけどやらなきゃならない。もしボクが戦場で初めてあの子と再会した時、あの子を斬っていれば、おそらく……あの戦いで敗北することはなかった。ボクの迷いが敗北を生み、結果的に守れたものを守れなかった」


 フレアは真っ直ぐスコアを見つめる。


「スコアはさ……彼女のことどう思ってたんだ?」


 それを聞いてスコアがうっすらと悲しそうに笑う。


「不思議な出会いだと思った。そしてできれば、またあの子とどこかで出会いたいと思ってた」


 スコアは少し下を向いた。


「だけど……結局は……」


 スコアの言葉が途切れた。

 その様子を見てフレアは視線を落とす。そして静かに口を開いた。


「どうして出会っちまったんだろうな……」


 まるで自分のことのように辛そうだ。

 スコアはフレアの言葉を聞いたあと、わずかに黙った。

 しかしすぐにほほえみを作る。


「本当にね」


 スコアは悲しげにそう言った。

 しかしそのあと、なにかを心に決めるように強い目をした。


「でもやらなきゃならない。ボクはボクの守るべきもの、守りたいものを守るため、迷うわけにはいかないんだ」




 その後、フレアとコールは部屋をあとにした。

 扉の前で三人は言葉を交わす。


「今日はありがとう。フレア、コール、おかげで少し胸が軽くなったよ」


 それを聞いてコールがほほえむ。


「そう、それなら良かった。また明日ね」


 フレアもいつもの早口でしゃべる。


「また悩み事があったらオレに相談しろよ。好きな子に振られたんならオレの得意分野だからな。その時は盛大に慰めてやるよ。まあそれ以外にも何でも相談に乗るからさ」


「うん、ありがとう……フレア。ごめんね、色々と心配かけさせちゃって」


「ハハハハ、気にすんなって、悪いクセだぜ、いちいちそういうこと気にすんの」


 その言葉を聞いてスコアはニコッと笑う。


「そうだね。ありがとう」








 フルスロック基地の早朝、指令室に一通の要請書が届いた。

 アールスロウはその内容を見て、険しい顔をする。


「いよいよ来たか……!」


 朝、基地敷地内の裏手で、ひとり剣を振るクロコ。汗を流し、息を切らしている。

 そんなクロコに一つの大きな人影が近づく。


「ここにいたか、クロコ」


 クロコは大きな人影の方を見る。


「なんだ、クレイドか。なんの用だ」


「招集がかかった、基地の前まで来い」


「招集……!」




 基地の前へ行くと数千人の兵士が敷地に整列している。

 クロコはそれを見て驚く。


「うおっ! すげーな」


「二番隊と三番隊の兵力をそれぞれ半分ずつ出してるらしい」


「こんなにいたのか……」


「周辺基地からも集めてるからな」


 クレイドはそう言ったあとクロコから離れる。


「じゃあ、俺は整列するから。おまえも並べよ」


 クレイドはそう言って兵士の中へと消えていった。

 クロコも整列する。

 長く広い列の前、その中央にはアールスロウが立っていた。そしてその横に中年の隊長が立つ。

 その隊長は年齢四十前後、がっしりとした体で、黄色のあごヒゲをたくわえ、細く鋭い目をしている。

 その顔にクロコはどこか見覚えがあった。前方に並ぶクロコとその隊長の目がたまたま合った。すると隊長はすぐさま目をそらす。


(あー……基地に初めて来たときに戦ったオッサンだ。名前は確か、ベ……ベ……ベル、なんだっけか?)


 アールスロウは整列した兵士の様子を確認すると前方に立つ小隊長達に向け、声を発する。


「本日の早朝、セウスノール本部基地から我らが基地へ、援軍要請がかかった。援軍に向かう場所は、ケイルズヘル基地だ」


 ケイルズヘル基地、その言葉を聞いた途端、小隊長達とその周辺の兵士達がざわつく。

 前方に立つクロコにもそれが聞こえたが、クロコには意味がよくわからなかった。


「静かにしろ!!」


 アールスロウの隣にいる中年の隊長ベイトムが怒鳴る。

 兵士達は静かになった。

 アールスロウが再び声を発する。


「皆も知ってのとおり、ケイルズヘル基地は我らが解放軍領の前線基地の一つだ。そして情報では、国軍はこの前線基地を落とすため、そこに近いソウデコナ国軍基地へ戦力を集中している。そのため本部は国軍が動き出す前に、ケイルズヘル基地に周辺兵力を招集する決定を下した」


 アールスロウはそう話したあと少しだけ間をおいて再び声を発する。


「皆、覚悟してほしい。この戦いが始めれば、それはここ最近各地で起きているどんな戦いとも違う、非常に大規模な戦争となるだろう……!」



「大規模な……戦争」


 クロコの口から声が漏れた。




 その後、アールスロウの話が終わった。

 それからその話は小隊長を通じて各兵士へと伝えられた。

 話によると、この隊を指揮するのはベイトム隊長とのことだ。また、準備が整い次第すぐにケイルズヘルへと向かえ、とのことだった。


 クロコは個室で準備を整え、基地の前へと戻った。


 基地の前では何十台もの軍用の大型馬車が並んでいた。車体は前後に長く、下には無数の車輪が付いている。4m近い巨大な馬車馬が八頭がかりで引いている。

 そこに大勢の兵士達が次々と乗り込んでいく。

 クロコはその様子を一目見て、前回の戦いとは規模が違うことを実感できた。

 そしてクロコも馬車に乗ろうとする。


「この馬車に……」


「満席だよ」


「じゃあ、この馬車か……」


「満席だよ」


「こっちか」


「満席」


「あぁ?」


「クロコ!」


 少し離れた馬車の窓からクレイドが手招きしている。クロコはクレイドと同じ馬車に乗った。

 車体の中の広い空間には席が横に並ぶ形で配置されていた。一台の馬車におよそ六、七十人の兵士が乗っている。

 クロコはクレイドの隣に座った。


「なんだか前の戦いとずいぶん違うな」


「まあな。というか、この前の戦いがまた極端に少なかったんだ。まあ今回はまた多いけどな」



 しばらくすると馬車は走り出した。

 基地の敷地内を出て、フルスロックの街を走る。


 クロコは窓際の席だったので、チラッと窓に目をやる。その時だった。

 道路から馬車を見つめる一つの人影があった。

 ソラだ。

 二人の目が一瞬合う。


(ソラ……)


 すぐに馬車の窓からソラの姿は消えた。ソラは悲しそうな目をしていたような気がした。


「どうした? クロコ」


 隣でクレイドが不思議そうな顔をしていた。


「なんでもない」


 クロコはそう言って少し黙ったあと、口を開いた。


「そういえば、フロウはいるのか?」


「あいつは留守番だ」


「ふーん」


「さびしいか?」


「……別に」


「そうか」


「……そういえば、今から行くケイルズヘルって場所はどんな所なんだ?」


「ケイルズヘルってトコはな。昔は貴族の住宅街だったらしいぞ。今は解放軍領になって、一人も住んでないらしいけどな」


「いや、基地のこと聞いてんだよ。……っていうか貴族か。オレには縁がないな」


「まあ解放軍はほぼ全員が平民か農民だからな」


「まっ、そうだろうな。この内乱は極端な権力格差が引き金だからな」


「だけどな、実はこの基地に一人、貴族の生まれがいるんだよ」


「ん……!? 誰だ?」


「誰だと思う」


「知るわけないだろ」


「おまえの知ってるやつだ」


「んー……」


「ちょっと考えろよ」


「……………………アールスロウか?」


「残念、フロウだよ」


「へー、あいつ貴族の生まれなのか」


「意外か」


 クロコは少し考えた。


「意外……でもねえのかな。言われてみれば、あいつのときどきする偉そうな態度も貴族っぽい気がする。言われてみれば、なんかプライドが高そうな気もするし。言われてみれば、なんか潔癖っぽいところもある気がするし。変に知識が豊富なのも気持ち悪いし」


「そうだな。それにあいつ変に几帳面なところもあるし、変に細かいところもあるし」


「うん、貴族だな」


「ああ、貴族っぽいな」


 二人は妙に納得した顔をした。




「ハックションッ!」


 基地の食堂でフロウが大きなくしゃみをした。隣の兵士が驚く。


「おいおい、どうしたんだ。珍しく大きなくしゃみして」


「いや、なんだろう。変な気がする……」


「変な気……?」


「うん、なんだか遠くで、全く根拠のないことを延々と言われているような、そしてそれで妙に納得されてしまったような、そんな気が……」


「どんな気だ」




 クロコはクレイドの顔を見る。


「なんでアイツ解放軍に入ったんだ? 貴族の生まれなのに……」


「まぁ、あいつにも色んな事があんだよ」


「なんだよ、おまえは知ってんのか」


「ああ、詳しく知ってんのは多分俺だけだ」


「どんな理由なんだよ」


「本人に直接聞けよ。もしかしたら話してくれるかもな、クロコになら」


「…………なんだよそれ」


「あいつもいろいろ複雑なんだよ」


「ってか、なんでクレイドにだけ話してんだよ」


 クロコがそう言うとクレイドは一瞬ほほえんだ。


「あいつとオレは…………、まぁ、似た者同士だからな」


「似た者同士? 全然似てないだろ。むしろ正反対な気がする」


「まあ、クロコには難しいか」


「どういう意味だ! おまえがわかってオレがわからないことなんかあるか!!」


「それこそどういう意味だ!!」


「……だけど貴族か、貴族なんか、話で聞く限りいけすかねーやつばっかかと思ってた」


「そんなことはねーよ。フロウがいい例だろ」


「フロウ以外知ってんのかよ」


「知ってるさ。過去に一人な。そいつもいいやつだった」


「ふーん」


 

 大型馬車の集団はフルスロックの石門を抜け、草原の馬車道を走る。

 窓を見ると青い空の下、一面に緑色の草原が広がっている。草原の中からはときどきバッタがピョンピョンと飛び跳ねる。遠くには森が見えた。



「……で、基地の方はどんななんだよ。基地の方は」


「ん? ああ、基地か。ケイルズヘル基地は解放軍にある三つのでかい前線基地の一つだな。中央のビルセイルド基地、北のクラット基地、そして今回行くのは南のケイルズヘル基地だ」


「前線基地ねー。前に行ったウォーズレイ基地とは違うんだな。そういえばサキが移ったって基地は……」


「それはクラット基地」


「なんだ、違うのか」


「残念か?」


「別にそんなんじゃねーよ」


「そうか」


「……で、今から行く………………ケイルズヘル基地だっけか? そこは他にどんな特徴があるんだ? ……って、クレイドに聞いてもわかんねーか」


「おいおい、俺はこれでもニ年、解放軍にいるんだぞ」


「フロウは?」


「……一年だ」


「ダメじゃーねーか」


「あいつと比べんなよ!」


「……で、なんだっけか、ほかにどんな特徴があるんだ」


「ああ、ケイルズヘル基地には一人、有名なのがいるな」


「有名なの?」


「ああ、俺も詳しくは知らないんだが『戦乱の鷹』って異名を持つ有名な剣士がいるらしい」


「『戦乱の鷹』……」


「ああ、腕は確からしいぞ。相当強いって噂だ。いま解放軍内では一、二を争うぐらい活躍してるやつらしい」


「へぇ~、どんなやつなんだ?」


「だから詳しく知らねーって」


「ふぅ、フロウがいればな……」


「さっきはボロクソ言ってたくせに」


「おまえだって言ってただろ」


 馬車はケイルズヘルに向け、草原をひたすら進んだ。






 夜になると大きなテントをいくつも張り、そこが兵士達の寝床となった。

 クロコとクレイドは寝る前に互いを相手に稽古をした。



 それからも馬車はひたすら草原を進み続け、三日目の午前には馬車の集団は湖帯に入った。

 窓を見ると、いくつもの青い湖が通り過ぎる。湖同士のあいだの茶色の地面には短い草が薄く生え、たまに草をぼうぼうと生やした小さな林が姿を現す。湖のほとりにはシカの集団や、水とたわむれる水猫がいた。ときどき巨大トンボが目の前を通り過ぎる。


 馬車の集団は午後には湖帯を通り過ぎ、再び草原の道を駆ける。深い霧がたちこみ始め、周辺の草原以外何も見えない。その中でも馬車は構わず走り続ける。二時間もすれば霧はきれいに晴れ再び晴天となった。


 その日の夜はライズバールという大きな町に入った。赤屋根の建物が広がる町だ。そしてそこにある解放軍基地を寝床にした。ほとんどの兵士が敷地内でテントを張る中、クロコとクレイドは運よく基地内で寝ることができた。



 四日目の午後、隣のクレイドがチラチラと窓の方を気にしていた。


「どうしたんだ? クレイド」


「んっ? いやな、たぶんここら辺は知ってる場所の近くだと思うんだよな」


「どこだよ。そこ」


「アルタっつう町でな。俺の故郷だ」


「ふーん、どんな町なんだ」


「まあ悪い町じゃないな」


「へぇ、そうか」


「あと、カエル料理があったな」


「カエルか、食ったことないな。その類ならオレはカメまでだな」


「カメか……逆にないな」


「さっきの湖にも探せばいたんじゃねーか?」


「おまえなら湖でも生きてけそうだな」


「おまえは池だな」



 五日目の午前、深い草原は徐々に薄くなり、茶色い土が顔を出す荒れた大地が広がっていた。クロコはそれを窓からチラッと見たあと、席に深く座りこんだ。

 クロコは眉を寄せてムスッとしていた。

 しばらくするとクレイドがそれに気づく。


「どうした? クロコ」


「限界だ」


「あっ?」


「どんだけ座ってりゃーいいんだよ! なげーんだよ!」


「まあ今回は遠いからな。中部を抜けて南部まで行くからな」


「クソッ! イライラする」


「まぁのんびり待とーぜ。おっ! 見ろクロコ、山脈だ」


「山脈?」


 クロコが窓を見ると、はるか遠くに巨大な山脈が見える。


「おおっ」


 クロコが思わず声をあげた。

 横に広がる大山脈が天に向かって鋭く伸びている。斜面は森林でおおわれているが、上部は灰色の地面が露出している。かなり奥まで山脈が延々と続いているのがうっすら見える。

 クロコの上からクレイドも窓をのぞいている。


「このタイミングだと、あれはオーク山脈だな」


「オーク山脈?」


「まあ、そういう名前の山脈だ。ケイルズヘルまでもうひと我慢だ」




 六日目の午後。

 クロコはムスッとした顔で席に深く座っていた。急にあたりが乾燥しだし、それに加えて暑い空気が馬車の内部にまんえんし出した。その不快感も加わり、クロコのストレスはピーク近くまで達していた。意味もなく前の席をにらむ。隣でクレイドが小さくいびきをかいて寝ていた。


 クロコは木窓を開け、外の景色を見た。薄く茂った草原はほとんどが消え去り、辺りは乾いた茶色い大地が広がっている。所々に亀裂の入った大地だ。遠くには岩石が点在するのが見える。


 もうひと我慢……クレイドのそんな言葉を思い出し、クロコは何気なく窓から顔を出して馬車の前方を見た。

 すると、クロコの瞳に巨大な影が映った。

 馬車の群れのはるか前方、クロコは一瞬それを山かと思ったが、山にしては形が少し変だ。台形をしている。茶色の巨大な岩のようなものがゆうぜんと乾いた大地に一つたたずんでいる。


「おい、クレイド! アレはなんだ?」


「んー?」


 クレイドはその声を聞き、目を開けた。大きな体をゆっくり起こし、クロコの上からヌーッと窓から顔を出す。


「おっ、ありゃあ多分スティアゴア台地だ。ってことは、ケイルズヘル基地はもうすぐだ」


「なにっ、本当か。クレイド」


 クロコはうれしそうに笑みを浮かべる。


「ああ、ケイルズヘルはスティアゴア台地に寄り添ってる町だからな」


「ふーっ、やっとこの座りっぱなしの生活が終わる」


 間もなく馬車の前にケイルズヘルの町並みが広がった。







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