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2-3 夕陽の橋




「ちょっと待って、クロコ。あと一か所だけ寄りたい場所があるんだ」


 買い物を終えたあと、ソラはクロコにそう言った。


「ん……? どこだよ」


「秘密。着いてからのお楽しみ」


 ソラのその言葉を聞いて、クロコは少し考えたあと口を開く。


「……けど、急がないと帰りには暗くなってるぞ」


「大丈夫、馬車乗り場と同じ方向だから、ほんのちょっと寄るだけ……時間はかからないよ」


 ソラとクロコは再び並んで歩きだした。ゆっくりと馬車乗り場の方向へ向かう。

 二人がしばらく歩いた時だった。


「ん?」


 ソラはあるものに気付いた。

 クロコもソラと同じ方向を見る。

 見ると屋台店が道ばたで営業している。


「あんな店、さっきあったか?」


「ううん、なかった。きっとこの時間だけ店を出してるんだよ」


 ソラが吸い寄せられるように店に近づく。

 クロコはそれを見て、一瞬メンドくさそうな顔をしたが、黙ってソラを追った。

 ソラが屋台店をのぞくと、そこには色とりどりのアクセサリーが並んでいた。

 指輪や腕輪、ペンダントなど様々な種類のアクセサリーがあり、一つひとつが非常に細かく作り上げられていた。それらは少しやわらいだ日の光を、様々な方向に反射し鋭く光っている。


「きれい……」


 ソラは魅入られたように一つひとつのアクセサリーを見つめる。


「このアクセサリー、おじいさんが作ったんですか?」


 ソラが店を営業している老人に話しかけた。

 深いひげの老人は、もごもごと口を開く。


「んあ、そうだよ……もう年だからなぁ、多くは作れないが」


 老人はゆっくりとした口調だ。

 ソラは再びアクセサリーに目を通す。

 クロコは少し後ろで、そのソラの様子を眺めていた。

 ソラはアクセサリーの一つひとつに目をとおす。そしてその中で、あるアクセサリーの一つに目を止めた。

 髪飾りだ。

 それは控えめのデザインで作られているが、並べられているアクセサリーのなかでも特に細かく作り上がられていた。

 中心にはめられた青い宝石がさまざまな方向に光を跳ね返し、強い独自の輝きを放っている。宝石のまわりの控えめな修飾たちも、その光に共鳴するかのように繊細に光り輝く。


「すごい、こんなの初めて見る……」


 ソラはその髪飾りに魅入る。


「お目が高い。これはわしの作品のなかでも自慢の一品さ」


「おじいさん、これいくらなんですか?」


「2800バルさ」


「高っ!」


 クロコが後ろで声を上げた。


「高くなんかないよ! 信じられないぐらい安い。こんなに質の高いもの……」


「材料費は安いんだけどなぁ」


「素晴らしい技術をお持ちなんですね」


「なに、無名の職人さ。こんなほめてくれたのはお嬢さんが始めただよ」


 ソラは髪飾りをジーっと見つめる。


「おい、買うのか? 買わないのか?」


 後ろでクロコが声を出した。


「…………」


「買わないんなら行くぞ。帰る前に日が暮れちまう」


 クロコはそのまま歩き出そうとする。

 しかし、ソラは動こうとしない。


「…………おい!」


「クロコ……」


 ソラは少し顔を落としジーッとクロコの方を見る。


「……なんだよ」


「……お金が……もう足りない……」


 それを聞いてクロコは一瞬目を細める。


「…………」


 クロコはフッとため息を吐いた。


「……やれやれ」


 クロコはそう言うとズンズンと歩いて店の前に立った。


「おい、じいさん! コレくれ」


「2800バルだよ」


「持ってけドロボー!」


「お嬢さん、それは店側の言葉だよ」


「誰がお嬢さんだ!!」


 クロコはその髪飾りを買うと、ソラの前に立ちそれを差し出した。


「ほらよ」


「…………」


 ソラはボーっと黙ってクロコの方を見た。


「おい、どうしたんだよ。いらねーのか?」


「……あっ、ううん、ありがとうクロコ、ありがとう!」


 ソラは嬉しそうに髪飾りを受け取ると、満面の笑みで大事そうに両手に包んだ。


「よーし、さっそくつけよ」


 ソラは笑みをこぼしながら髪飾りをつける。


「どう? クロコ」


 ソラのつけた髪飾りがキラリと青く輝く。


「ああ、……きれいな髪飾りだ」


「ありがとう、クロコ」


 ソラは嬉しそうにほほえむ。


「髪飾りがな……」


「うん、ありがとう」


 ソラはニコッと笑った。それを見てクロコはほおをかく。


「用がすんだら行くぞ。寄りたいトコがあるんだろ?」


「んっ……?」


「んっ、じゃねーよ」


「そ、そうだっけ、じゃあ行こう。おじいさん、さようなら」


「ああ、また来てくれよ」


 二人は再び馬車乗り場の方向へ歩き出す。

 ソラはときどき嬉しそう髪飾りをなでる。

 そんなソラの様子を、クロコは見ながら、ふと思った。


(んっ? オレは一体なにしにここに来たんだっけかな……?)



 街を歩く二人。建物を照らす日の光が少しずつ傾いていく。

 もうすぐ馬車乗り場へ着くだろうという時に、ソラがトコトコと走り出し、建物の間の細い横道へと入った。


「クロコ! こっちこっち」


 ソラが手招きする。

 クロコはゆっくりと歩きながら追う。

 暗く細い路地裏を二人はしばらく歩いた。


 すると急に道が開けた。

 石畳の長い道沿いに、整備された大きな川が流れていた。

 石板の堤防できれいに整備された川には、一本の大きな石橋がかかっている。

 人通りの多い街中とはうって変わり、人の姿は一人も見えない。

 静まりかえった景色が広がっている。

 街の中でこの場所だけが、まるで別世界に隔離されているようだった。


「不思議な雰囲気のするところだな」


 クロコは思わず口にする。

 その言葉を聞いてソラがクスッと笑う。


「クロコでもわかるんだ」


「おいっ! どういう意味だ」


 この場所独特の、柔らかい匂いがする。

 そして柔らかい空気が体を包む。

 少し傾いた太陽が石橋を照らすと、その石橋の所々に影ができ、石橋は川全体の景色の中で独特の存在感を放つ。

 おそらく橋を設計した人物は、このことを計算に入れてはいなかっただろう。

 人工の造形物にも関わらず、自然に生まれた景色。しかし、それは心を強く惹きつける。


「私、この時間のこの場所が一番好き……」


「ふーん」


「……わかる気がする、って?」


「別に言ってないだろ。そんなこと」


 クロコはジーッと目の前に広がる景色を見る。

 体の感覚を研ぎ澄ませば、この場所そのものを感じることができる。

 不意にソラが口を開く。


「ねえクロコ、私達、今日、たくさんいろんな話をしたよね」


「ん? ああ、そうだな。おまえが質問してばっかだったけど」


「それはクロコから話さないからでしょ!」


「そうか? おまえがおしゃべりなだけじゃないのか」


「………………」


 ソラは急に黙る。

 クロコの方を静かに見つめている。

 今までと表情を変え、真剣な顔立ちになる。


「……ソラ?」


 クロコはソラの態度の変化に気付く。


「ねぇ、クロコ……」


 ソラはクロコを静かに見つめながらゆっくりと口を開く。


「どうしてなにも言わないの?」


「…………、どういう意味だ」


「私達、今日たくさん話したよね。だけど、クロコはなにか隠してる。きっと大事なことを隠してる」


 クロコは少し黙る。そして口を開く。


「別にそんなことねぇよ……」


 ソラはそんなクロコの返答を聞いても表情を変えない。


「ブレッドのこと、基地の人から聞いた。あなたの過去のこと、今日あなたから聞いた。だけどクロコ、あなたはもう一つ、大事なことを隠してる」


 ソラの黒い瞳は静かにクロコを見つめる。


「…………」


 クロコは口を開かなかった。

 ソラはさらに言う。


「教えてクロコ……きっと、ウォーズレイ防衛戦、その時だと思う。ブレッドさんのこと以外で、もう一つ、あなたにとって大きななにかがあった。だけど、あなたはそれを話そうとしない。多分、誰にも話してない」


 ソラが何を感じているのか、クロコには分かっていた。

 クロコは確かに、誰にも話せないでいることがあった。クロコはある人物のことを思い出していた。スコア・フィードウッドのことを……


 ソラが言葉を続ける。


「もしも軍の人に話せないような事だったら……私なら大丈夫だよ。私は軍と契約してるけど、本職は果物屋だもん。軍とは関係ない」


 ソラはそう言ったあと、表情をやわらげる。


「私になら話しても大丈夫。だからね、私に話して……」


 黙っていたクロコはその言葉を聞いて、ゆっくりと口を開く。


「……それを知って、おまえはどうするんだ?」


「どうもしない。だけど、あなたに話してほしい」


 ソラは真剣な目でクロコを見つめる。

 その言葉を聞いて、クロコはしばらく考え込む。

 ゆっくりと空を見上げ、考え込む。

 静かな時間が過ぎる。

 誰もいない、そして、なんの音も聞こえないこの場所で、静かな時間が過ぎる。

 柔らかい空気だけが二人を包む。

 そのなかでクロコが静かに口を開いた。


「スコア・フィードウッドを……知ってるな?」


 その名を聞いて、ソラはわずかに反応する。

 そして返事をする。


「うん、知ってる」


(ブレッドさんを……殺した人……)



「オレはあいつを……戦場で出会う前から知っている」


「知っている……? どこかで話したってこと?」


「ああ……ウォーズレイに向かう旅路の途中、たまたま立ち寄ることになった国軍領の町、そこで偶然、本当に偶然に出会ったんだ」


 ソラは黙ってその話を聞いていた。

 その話をしているクロコの瞳に映る真紅の光が、徐々に薄らいでゆく。

 辛い表情をしている。


「あいつは……その時はすごくトロいやつで、オドオドしてて、だけど悪い奴じゃなくて、それで、あいつは……守りたいって言ってた」


「……守り……たい?」


「あいつは、大切な人を守れる存在になりたいって言っていた。いい加減な気持ちじゃない、真っ直ぐな眼で……」


「クロコ……」


 クロコは悲しげな表情だった。

 そんなクロコの様子をソラは心配そうに見つめる。

 すると急にクロコの表情が険しくなる。


「だけど……だけど! あいつはブレッドを殺した!!」


 クロコの歯がギリっとなった。


「戦場だ! 殺し合いだ! どちらも剣を向けてた! わかってる……! そんなことは……! わかってるんだ!!」


 クロコは拳を強く握る。腕全体が震えていた。


「だけど! どうすればいいんだ! この怒りを!! この憎しみを!!」


 クロコは天を仰いだ。


「どうすればいいんだよ!!!」


 クロコは叫んだ、怒るように祈るように泣くように。クロコの声が、静かな空間に響き渡る。


 そして、辺りは静寂に包まれた。


 クロコはわずかに息を切らし、地面を見つめていた。

 ソラはその様子を静かに見つめている。その黒い瞳は悲しげに光る。


「クロコ」


 ソラは静かに名を呼んだ。


「………………」


 クロコは何も答えられなかった。乱れた息だけがクロコの感情の震えを痛いほどに表していた。

 ソラはクロコを強い瞳で見つめる。

 そしてゆっくりと、優しい口調で語りかける。


「ねえ……クロコ、聞いて。あなたは今、苦しんでる。どうしてそんなに苦しいのか、あなたにはわかる?」


「………………」


 クロコは少し黙る。クロコの息が少しずつ整ってくる。


「わからない……」


 クロコは震えた声でそれだけを答えた。

 ソラは静かにクロコを見つめていた。


「そう……」


 ソラは少しの間クロコを見つめる。

 そして小さく口を開く。


「クロコ、あなたは……スコアを憎んでいるんだよね?」


 ソラの問いかけに対しクロコはゆっくりと口を開く。


「……ああ」


「じゃあクロコ、あなたがスコアに抱いている感情は、憎しみだけ?」


 クロコは少し考えた。


「…………わからない」


「本当に……?」


 ソラのその問いにクロコは黙った。ソラは静かに口を開いた。


「あなたにはわかってる。スコアに抱いてる感情は憎しみだけじゃない。だからあなたは苦しんでる。だけど……」


 ソラはクロコを見つめ続けていた。クロコは地面を見つめていた。

 ソラは再び口を開く。


「あなたとスコアが戦場で出会うとき、あなたはスコアと戦わなけらばならない……その時あなたは憎しみを剣に乗せず、スコアと戦うことができると思う?」


「…………」


 クロコは険しい表情になった。そして口を開いた。


「……きっとできない」


「そう、あなたにはわかっている……そんなことはできないって。あなたがスコアに対して持っている感情は憎しみだけじゃない。けれど、もし今のまま戦場で出会えば、あなたは憎しみだけを剣に乗せてスコアを斬ろうとする。けど……」


 ソラはクロコを力強く見つめる。


「それは間違ってる。」


 ソラのその言葉に、クロコがピクッと反応する。

 ソラは言葉を続ける。


「スコアを、憎しみを持って斬ることが、間違ってるって言ってるんじゃない。あなたが今の状態で戦場に立ち、スコアと戦うことが間違ってる。だからこそ……あなたは今ぶつかっている問題に対して、答えを出さないといけない」


 それを聞いてクロコがゆっくりとソラの方を向く。その目には真紅の瞳が悲しげに光る。


「答え……を?」


「そう、答えにはいくつかの選択肢がある。憎しみの下でスコアと戦うという選択肢もある。それを持たずに軍人としてスコアと戦うという選択肢もある。スコアと戦わないという選択肢もある。それ以外の選択肢もあるかもしれない」


「…………」


「けれど一つだけ確かなこと……それはこのことに対する正しい答えなんかないってこと。それでもあなたは選択しないといけない。あなたの答えを、クロコの答えを……」


「オレの……答え」


 クロコはそう言ったあと、黙った。ソラも何も言わなかった。


 しばらくの静寂が続いた。

 夕日の光だけが静かに二人を包み込む。


 その中でソラが突然ほほえんだ。そしてまた小さく口を開く。


「ねえクロコ……私はあなたがとても強いと思う。なぜならあなたは、今ぶつかっている問題から逃げようとしなかったから……」


 ソラはクロコを見つめていた。


「あなたにはスコアの憎しみ以外の感情を切り捨ててしまう選択肢もできた。そして、きっとその方が楽だった。けれど、あなたはそれをしなかった。それに向き合えば、苦しむとわかっていても、それでもあなたは向き合った。それはきっと、誰にでもできることじゃない」


 ソラは優しくほほえんだ。そしてそのあと、クロコを強い目で見つめた。


「クロコ、聞いて。今ぶつかっている問題だけじゃない。あなたが進もうとしているこの道は、きっと様々な問題に満ちている。そしてその問題にぶつかるごとにあなたは苦しむ。けれどお願い、クロコ、あなたは決してそれに目を背けないで。もしあなたが本当の『希望』を求めているのなら」


「本当の『希望』……?」


「そう……もし、なにも考えず、なにも感じずに、ただ道を突き進めば、その先にはあなたの望むものはきっとない。あなたの求めてる『希望』は、事実と向き合い、問題とぶつかりながら歩んだ先にきっとあるはずだから」


 そう話すソラの目を、クロコは真紅の瞳で真っ直ぐと見つめていた。

 ソラは言葉を続ける。


「その道はきっと苦しい道になる。辛い道になる。だけど、これだけは忘れないで、あなたは……」


 その時ソラはもう一度ほほえんだ。


「一人じゃない」


 ソラは言葉を続ける。


「あなたが倒れそうななったときは、あなたを支えてくれる人がいる。フロウ君、クレイド、アールスロウさん、ガルディアさん、それに、私もいる」


 ソラが浮かべたほほえみはまるでクロコを包み込むようだった。


「あなたは、一人なんかじゃないから……」


 ソラは優しくクロコを見つめていた。クロコもまた、静かにソラを見つめていた。

 再び静寂が辺りを包んだ。



 そしてクロコは川の方へとゆっくりと目を移した。

 水が静かに流れていた。

 クロコの表情は先ほどよりも穏やかだった。

 ソラも静かに川の方へと目を移した。二人は静かに同じ景色を見つめていた。


「ありがとう」


 夕焼けに照らされたこの場所で、その言葉が静かに響いた。




 夕焼けの光がフルスロック基地を照らす。

 基地の広間ではいまだにチェス大会が開かれていた。

 チェス盤を挟んで向かい合うフロウとアールスロウ。

 十数人の兵士が息をのんでその戦いの結末を見守っていた。

 静寂に包まれた雰囲気の中、駒が一つ動かされる。


「チェックメイト」


 その言葉が響いたあと、フロウは静かにフゥーと息を吐く。


「……参りました」


 フロウはガクッと肩を落とした。

 ギャラリーもため息をつく。


「おいおいおい、これで十三連敗だよ!」

「オレたちチェス組の威厳が……」

「てかフロウでさえ負けたら、もう勝てそうな奴なんていねーよ」

「おい、ガディウス! おまえいけよ。午前はあんな調子良かったろ」

「じょ、冗談じゃねーよ! もう一度やったら完全に自信失うわ!」


 ガヤガヤと騒ぐ外野を尻目にアールスロウが淡々と話す。


「なかなかの腕前だったな。フロウ」


「いえ、完敗です……」


「全体を通して非常に冷静に局面を見ていた。だが中盤の攻めで少し焦り過ぎたな。意表を突こうとする姿勢は悪くはないが」


「中盤の攻め、そこが勝負の分かれ目でしたね……攻めを急いでしまうあたり、まだまだ若いということでしょうか」


「若いことは悪いことではない。重要なのは判断力だ。あの局面は、攻めるタイミングが非常に難しかった」


「だとしたらその前の局面で……」


 二人がそんな会話をしている少し離れたところで、帰ってきたクロコとソラがチェス大会に気付く。


「なんだ。まだやってたのか」


 クロコはチェス大会の方を見て言った。


 ギャラリーが囲むなか、アールスロウは立ち上がる。


「さて、俺はそろそろ退散させてもろおうか。仕事は全部片付けたが、ここを任された以上、指令室をあまり空けたくはない」


 それを見てほかの兵士達が騒ぐ。


「待って下さい、アールスロウ副司令!」

「オレ達にもプライドってものが……」

「あと一回! あと一回だけ!」


「……では誰が相手をするんだ?」


 アールスロウがそう言った途端、シーンと全員が黙る。


「あの、私が相手をさせてもらってもいいですか?」


 静寂をソラが切り裂く。


「君は…………、ソラ・フェアリーフか。うちと契約している果物屋の娘だな」


 アールスロウは表情を変えずにソラの方を見た。


「はい、あの、よろしいでしょうか?」


「いいだろう。これで本当に最後だ」


「やった。チェスなんて久しぶり!」


 ソラはそう言って席に座った。

 その様子を見て外野が騒ぎだす。


「いいぞー、ソラちゃん!」

「がぜん応援しちゃうぜ!」

「きみの魅力でアールスロウさんを倒せー!」

「ソラちゃーん」

「うおー!!」


 外野が興奮して声を上げる。

 二人の対局が始まった。

 向かい合うソラとアールスロウ。


「アールスロウさん、話すのは初めてですね」


 ソラが駒を動かしながら口を開いた。


「ああ、そうだな」


「クロコからあなたの話を聞きました」


「そうか」


 アールスロウが駒を動かす。


「とても冷静で、まじめで、そして優しい方だと言っていました」


「……君は嘘をついている。彼がそんなことを言うはずがない」


 ソラが駒を動かす。その後、わずかに笑顔を見せる。


「ええ、確かにそうは言ってません。けど、クロコはあなたのことをそう思ってます。クロコの言葉を聞いて、そう感じられました」


「…………、フッ……、もしそれが本当ならば、素直に驚くな」


 アールスロウが駒を動かす。

 チェスをする二人をギャラリーが囲む。

 それを少し離れたところでクロコが見ている。

 そこにフロウが近づいて隣に立った。


「どうだった、ソラちゃんとのお買い物は?」


「ん? ああ、まあまあかな」


「なんかすごく疲れた顔してるけど」


「ん? ああ、そういえば疲れてたな。そう思うと、なんだかすごく疲れてきた」


 クロコは急にグッタリとした顔になった。


「ハハハ、お疲れさま」




 数十分後。


「チェックメイト」


 アールスロウは静かにチェス盤を見つめる。

 そしてしばらくしてゆっくりと口を開く。


「俺の……負けだな……」


 そうアールスロウが言った途端、ソラが声を上げる。


「やった! すごく久しぶりだったからあんまり自信なかったけど。ちゃんと打てた!」


 ソラは嬉しそうに笑った。

 二人を囲むギャラリーは、逆に完全に静まりかえっていた。

 数人がボソボソとしゃべる。


「お、おい、普通に勝っちまったぞ……」

「てか、これ圧勝じゃねーか?」


 アールスロウがゆっくりと立ち上がる。


「……さて、俺はこれでやっと司令室に戻れるな」


 アールスロウは背を向けゆっくり歩き出す。

 小さなため息が聞こえたような気がした。


 フロウはその様子を見て冷や汗を流す。


「クロコー、わたし勝てたよ!」


 ソラは嬉しそうに遠くのクロコに向かって手を振った。

 それをクロコは黙って見つめている。

 不意にクロコが口を開いた。


「なあ、フロウ」


「なんだい?」


「女って怖いな」








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