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2-2 ミリセルト大商店街




 純白の四角い大きな建物が建ち並んでいる。その建物の並びは不規則で、それらに挟まれた道は迷路のように入り組んでいる。

 ここはフルスロックより東に位置する、グラウド中部の国軍領の街シャルルロッド。

 その街の東、そこには建物の中から突き出た純白の巨大な建築物がそびえ立っている。形全体は正方形に近く、中央には高い塔が一本伸びている。所々に大型大砲が備えつけられ、入口の上には国旗が飾られている。角の生えた馬の顔が旗印の緑色の旗だ。

 ここはシャルルロッド国軍基地。

 その基地内の廊下を一人の少年軍人が歩いている。

 青い軍服をキッチリと着こなしたその少年は年齢十五、六、サラッとした白い髪をしており、分厚い眼鏡をかけている。おっとりとした表情をしていて、どこか優しげな雰囲気を持っている。

 グラウド国軍人のスコア・フィードウッドだ。


 スコアは基地の一室の前に立つと、そのドアをノックする。


 コンコン


「入りたまえ」


 中から声がする。


「うわっ!!」


 スコアは中に入ろうとした途端、何もない所で転ぶ。

 ドスンと音をたてて地面に鼻をぶつけた。


「相変わらずだね」


 広い部屋に置かれた大きな机に腰かける男が、正面からスコアの姿を見て笑いかける。男は年齢三十代半ば、黄色の髪と黒い瞳をしている。細長い目と落ちついた顔立ちで、どこか知的な印象を受ける。

 スコアは倒れたまま、その男の顔を見る。


「し、失礼しました! ラティル大佐」


 スコアは謝りながら地面に転がった分厚い眼鏡を拾い、素早く立ち上がる。そして敬礼した。


「どのような御用でしょうか」


 ラティル大佐はスコアの方を見てニコリと笑う。


「まあ、そう構えるな。実は特に用はないんだ」


 それを聞いてスコアはキョトンとする。


「はい……? ではなぜお呼びに……」


「なに、少し君と話がしたくてね。いいかい?」


「はっ!」


「そう構えなくてもいい。ただのおしゃべりだ。楽にしてくれ」


「は、はい」


 スコアは少しだけ肩に力を抜く。横をチラッと見ると、部屋の隅の棚の上に手持ち時計が置かれている。二十個はありそうだ。


「気になるかい?」


「は、はい、少し……なぜあれだけあるのかが……」


「ああ、数か」


「時間を見るだけなら一つだけでいいと思ったので」


「時計は良いものだ。いくつあっても良い」


「は、はあ」


「時間を見るだけでは味気ないと思わないかい。装飾に魅力を感じるんだよ」


「は、はあ」


「君にはまだ分からないかな」


「は、はい、失礼ですが……まだ……」


「そうかい、残念だ。これをわかってくれる同志が少なくてね……話は変わるが、最近基地の者に聞いたんだが、どうも君に元気がないらしいな。ウォーズレイ侵攻作戦以後から」


「そ、そんなことは」


「敗戦したことがショックだったのかね?」


「それは……その」


 スコアは返答に困る。

 ラティル大佐はそんなスコアの表情を慎重に読み取る。


「……どうやらそれだけではなさそうだな」


「いったいなぜそんなことを? 生活はここ一カ月普段どおり、全く問題ないはずです」


「ここ最近、我が軍の動きが慌ただしい。近い内に大きな作戦が動き出すだろう。君にも出動命令が出される可能性が高い」


「それで、ですか……?」


「ハハハ、それは建前だ。正直、個人的に君に興味があると言うだけの話さ。君は色々と派手だからな。良い意味でも、悪い意味でも」


「は、はあ……」


「それに君を軍に勧誘したのは私だからな。気になるのさ。そういえば、予定では今日、フレアとコールが任務から帰還するらしい」


「そうですか。フレアとコールが」


 スコアの表情が少しやわらぐ。


「君に少し、元気が出ると良いがね」


 ラティル大佐はほほえみかける。

 その顔を見て、スコアは口を開く。


「あの、お気遣いありがとうございます。申し訳ありませんでした。失礼な態度を取ってしまって……」


「気にすることはないよ。言っただろう? ただのおしゃべりさ」




 数十分後、スコアは基地広間の出口付近の壁に寄り掛かかりながら、ある者達を待っていた。


「おー! スコアじゃん」


 元気な声がスコアを呼ぶ。

 スコアは声の方を見る。

 すると二人の少年がスコアの方に近づいてくる。

 元気な声を上げた一人は年齢十五、六、横にはねた黒髪と黄色の瞳をしている。長身でスコアよりも頭半分高い。ニコニコと人なつっこそうに笑っている。

 そのすぐ後ろを歩くもう一人の少年は年齢十四、五、髪は茶色で少しねており、青い瞳をしている。背は普通でスコアと同じぐらいだ。顔立ちは幼いが落ち着いた雰囲気を持っている。スコアの顔を見るとわずかにほほえむ。

 スコアも二人の表情を見て、嬉しそうにニコリと笑う。


「フレア! それにコール、お帰り」


 黒髪の少年フレアは元気な声をあげてスコアに早口で話しかける。


「よう! スコア! 待っててくれたのか。ありがとな。久しぶりだなあ。ってか、すごく久しぶりな気がするなぁ。いつぶりだっけ? 一カ月ぶり? いやいや、一ヵ月半ぶりだっけな。調子はどうだ。ケガはないな。うん」


 フレアはしゃべりながらスコアの肩をバンバンと叩く。叩かれるたびにスコアの体がガクガクとゆれる。


「フ、フレアも、元気、そう、だね」


 スコアは揺れながら言った。


「久しぶりだね。スコア」


 もう一人の少年コールが静かな口調で話しかける。


「コールも、本当に、久し、ぶり」


 スコアはまだ叩かれている。


「フレア、もうやめてあげて」


 コールかピシャリと注意した。


「あっ、アハハハハ、悪いな。ついうれしくってな。テンションがあがって、そのせいで勢いがついたって言うか。とにかくうれしくってさ」


 フレアはピタッと叩くのをやめた。

 スコアはずれた眼鏡を直すと二人の方を見てニコリと笑う。


「長い任務だったね。お疲れさま」



 三人は並んで歩き始める。

 フレアがペラペラとしゃべる。


「ホントすごく大変だったよ、ルザンヌ軍の相手は。反乱軍って名乗っちゃいるけど、やってることは完全にテロリストだし。セウスノール軍と違って市街戦ばっかり展開してくるんだよ、住民メチャクチャ盾にして。いくら武力がないからってもありゃないよな。あのネチネチッぷりは最悪だったなー。おかげですごい時間食うし」


 隣でコールが口を開く。


「でも住民ごとせん滅しろって言う司令官じゃなくて良かったよ。時間はかかったけど。それよりはずいぶんマシだった。ねぇ、スコアの方はどうだった?」


「ボクは……」


 スコアの言葉が詰まる。


「……どうしたの?」


 コールがスコアの表情をゆっくり見つめながら心配そうな顔をする。隣でフレアが口を開く。


「コール、おまえさー、聞いただろ。スコアの方は負けたんだぜ? そりゃーショックだろ。オレだって負けたらへこむし、でもさ、スコア、おまえがいくら頑張ったってそういうこともあるんじゃないかな。そういうモンだろ戦いって。うん」


「……それだけじゃなさそうだけど」


 コールの言葉に対しスコアが笑みを作りながら口を開く。


「そ、そんなたいしたことじゃないんだ。気にしなくていいよ……」


「わかった! 彼女に振られたんだろ! そうだよな。そりゃーショックだよなー。オレ付き合ったことないけど、ショックだと思うぜ。うん。……ってスコアに彼女なんかいたっけ?」


「フレア、スコアに彼女はいないよ」


「あっ! それじゃあ告白して振られたんだ。うんうん、あるよな、そういうこと、それならオレも結構経験あるぜ。そういうことならガンガン相談に乗るぜ。任せとけよスコア」


「ねぇ、フレア。彼女の話から離れなよ」


 それを聞いてスコアがわずかに笑う。


「ハハハ、彼女……か」


「……スコア?」


 コールは不思議そうな顔をした。







 一方、遠く離れたフルスロック基地。

 今日は軍人達の休養の日だ。ゴォーンゴォーンゴォーンと朝の仕事始めの鐘が鳴る中、軍人達は皆、それぞれの時間を過ごしていた。

 クロコは個室で自分の剣を磨いていた。身の丈に合わない大型剣、その刃を白い布で丁寧に磨いている。


 コンコン


 部屋のドアがノックされる。

 クロコは自分の剣をベッドに立てかけるとドアを開く。


「おはようー! クロコ」


 元気な声でソラが挨拶をする。


「なんだ、おまえか」


「なんだってことはないんじゃない? クロコ、今ヒマ?」


 ソラはぱっちりとした目でクロコを見つめた。


「ヒマじゃない」


 クロコは目を細めながら言った。


「ウソだー。ヒマでしょ。ウソついてもすぐにわかるよ。クロコの場合」


「チッ、なんの用だよ」


「いっしょに街歩かない? この前のお礼もしたいし」


「お礼なら前もらったぞ」


「あんなのほんの一部だよ。ちゃんとしたいの。あの時は本当に危なかったんだから……ねっ、いいでしょ?」


「……わかったよ。ちょっと待ってろ。今支度する」


「やったー! クロコならそう言ってくれると思った」




 数分後、基地の廊下を歩くクロコとソラ。

 基地の広間に出ると、十数人の集団が机に置かれた一つのチェス盤を囲み、チェス大会をしている。


「ガハハハハハ、五連勝!」


 集団の中からそんな声が聞こえてくる。ソラがその様子を見ながら口を開く。


「チェスかー。最近やってないなー」


「チェスなんかやったことすらねーよ」


 二人がその集団を通り過ぎようとすると、向かい側からフロウとクレイドが歩いて来る。ソラが二人に気付く。


「あっ! フロウくん、クレイド、おはよう」


「あっ、ソラちゃん、どうしたの? クロコ君と一緒になって」


「二人で街をまわるの」


 ソラが嬉しそうに笑う。

 それを聞いてフロウが目を丸くする。横でクレイドが口を開く。


「クロコなんかとまわって楽しいか?」


「おい! なんかとはなんだ。なんかとは!」


 クロコがにらむ。


「それじゃあ私達は行くね」


 ソラがニコッと笑ってクロコと一緒に二人の横を通り過ぎる。


「ソラちゃん! 楽しんできてね」


 フロウが後ろからニコッと笑って声をかけた。


「ありがとう。フロウくん」


 クロコとソラは基地の外へと出ていった。



 基地の広間、残されたフロウとクレイドに大きな鼻の兵士が近づいてくる。


「おっ! フロウじゃないか。ちょうどいい、チェス大会に参加しないか? 今ガディウスのやつが調子に乗ってるんだ。おまえの腕で黙らしてくれないか」


「あっ、ロブソンさん。すみません、今日は用事があるんです」


 フロウは申し訳なさそうに断る。


「ん? 今日はヒマじゃなかったのか?」


「いえ、たった今できたんです。行くよ! クレイド」


「あっ? いったいどこに行くんだよ?」




 フルスロックのとある馬車乗り場、そこに一台の大きな駅馬車が停車した。そこから十人近い乗客と共にソラとクロコが降りる。

 クロコの視界に商店街の景色が広がった。ソラの店がある商店街とも、呪われた商店街とも違う商店街。目に入るのは無数の店、近くから遠くまで店だらけだ。比較的大きめの店が所狭しと建ち並ぶ、少し離れた丘の上まで店が立ち並んでいる。


「すげぇ店の数だ、フルスロックにこんな所があったんだな」


 クロコは感心した様子で辺りを見渡す。

 その様子を見てソラがクロコの顔をのぞき込む。


「ねぇクロコ、あなたフルスロックがどんな街か知ってる?」


「知らねぇ」


「もう、自分の住んでる町でしょ。フルスロックはね。グラウドで一番商店の多い街なんだよ」


「へぇ」


「そしてココ、ミリセルト大商店街はフルスロックで一番大きな商店街なんだよ。色々なお店がいっぱいあるんだ」


 ソラはニッコリ笑った。


「ここならクロコのほしいものも見つかると思うよ」



 青空のもと、ガヤガヤとにぎわう街中を二人は並んで歩く。背の高さは大体同じだが、ソラの方がクロコより少しだけ高い。


「私もいつかここにお店を出したいなー」


 立ち並ぶ店を見渡しながらソラは言った。


「へぇ……そういえばあの店、おまえの店なのか?」


「まさか! 別の人のお店だよ」


「じゃあ、なんでおまえしか店員いないんだよ」


「一年前まではあそこでおばあさんが働いていたんだけど、体調崩しちゃって、それからは私に預けっぱなし。ついでに私は三年前からあそこで手伝いしてる」


「ふーん」


「お金貯めて、いつかここに自分のお店を持ちたいなぁ」


 二人はそんな会話をしながらひたすら道を歩く。大きな店が立ち並ぶ街並みがゆっくりと通り過ぎる。


「ほらっ! クロコ、こっちこっち」


 ソラは楽しそうに笑いながら道を指さし、クロコを案内するように道を歩く。

 そんな二人の少し後ろで怪しい影が二つ動いている。


「よーし! やっと見つけた!」


 店の影に隠れているフロウが嬉しそうにコソコソ声を出す。

 その横でクレイドも店の影に身をかがめて隠れている。


「やれやれ、こんな遠くまで……俺たち相当ヒマ人だな」


「別に暇人じゃないよ。デートだよ、デート! クロコ君とソラちゃんの!!」


 フロウはコソコソ声で興奮した様子でしゃべった。


「デートっていうのか? この場合……はたから見ると女友達同士でお買い物って感じだが。まあ、クロコは服装が変だけどな」


「クレイド! 置いてくよ!」


 フロウはいつの間にか先をコソコソ歩いていた。




 ソラとクロコはひたすら街を歩く。それを後ろから隠れながらフロウとクレイドが追う。


「あの二人、いつまで歩いてんだ?」


 クレイドがぼやく。


「あっ! 止まった!」


 フロウがコソコソ声で声を上げる。


「服屋か」


「いや、クレイド……あれはただの服屋じゃないよ……」


「んっ? おいおい、女物の服屋じゃないか」


「あっ! クロコくん嫌がってる」


「そりゃ、そうだろ」


「あっ、逃げる気だ! ……おっ! それをソラちゃんが捕まえた!」


「おいおい、すごいな」


「あっ! でもクロコ君も必死だ。でもソラちゃんも離さない!」


「ソラのやつも思ったより強引だな……」


「いけ! ソラちゃん! がんばれソラちゃん!」


「フロウ……おまえはなにを望んでるんだ? オレにはわからない」


「あっ!! クロコ君が振り切った! くっそー! 惜しい!」


「やれやれ、……で、結局なにが見たかったんだ? おまえ……」


「ん? まあなんというか。最近クロコ君に一つ恨み事ができてね。その仕返しの布石として、何か弱みを握りたかったんだけど……」


「結局あいつになんかされてたのか。ってか、おまえもけっこう腹黒いな」


「よし、クレイド! あとを追うよ!」


 フロウがシュビッと動く。クレイドもノソノソとあとを追う。



 その後、クロコとソラは様々な店を回る。


 男物の服屋では、サイズの合う服が見つからなかった。ソラが子供用の服を持ってきたら、クロコはプンプンと怒った。


 家具屋には、石の机に木のタンス、本棚や水びんなど色々なものがあったが、クロコは基地の個室には入らないと言った。


 ベル屋では二人で色々なベルを鳴らして回った。クロコが青い大きなベルを危うく壊しかけたので、二人はそそくさと店を出た。


 そしてレストランで昼食を食べる。

 開かれた大きな窓から、街の景色を楽しみながら食事ができるレストラン。

 そこのテーブルに座り、クロコとソラが注文をする。


「サーモンのリバーパスタをお願いします」


「じゃあ、オレは馬肉のパークステーキと鶏肉のリーフシチューと白身魚のクリームパスタ。あと、ジェリーアップルのパイ」


「そんなに食べたら太るよ。クロコ……」


「いいんだよ。その分動くから」


「すみません、私もジェリーアップルのパイお願いします」


 店の大きな窓から見える二人の様子を、外からフロウとクレイドがサンドイッチを食べながら観察していた。チーズがたっぷり挟まった大きなサンドイッチをクレイドは三つも持っている。

 フロウが二人の様子を見ながら口を開く。


「ソラちゃんはホントに楽しそうだね。それに比べるとクロコ君は……」


「まあ、あいつは楽しくても表情に出すタイプじゃないからな」


「じゃあホントは楽しんでるってこと?」


「さあな、そこは俺には分からねー」



 食事を待っている間、クロコがソラの顔を見る。


「けど、おまえの注文した料理、リバーパスタか……川魚が中心のパスタだよな。マニアックなもの注文するな」


「うん、本当は私シーフードパスタが好物なんだけど、ここにはないから。私、港町の生まれなんだよね。そういえばクロコは出身地ってどこ」


「オレはスロンヴィアだ」


「……! スロンヴィア虐殺の……!」


「ああ、……って言ってもオレはあの時のことはほとんど覚えてないんだよな。だからスロンヴィアに関する思い出はほとんどが良いモンだ」


「…………」


「けど、それを奪ったのが国軍だっていうのはよく分かってる」


「国軍は嫌い?」


「当然だろ。けど、復讐のために戦う気はねーよ。そんな理由で戦っても何も得られないからな」


「そうなんだ」


「ああ」


(けど……)


 クロコの脳裏に一瞬スコアの顔が横切った。


「クロコ……?」


「いや、なんでもない」


「…………」


「それよりさっきから視線を感じるんだよな」


「えっ!」


「いや、気のせいかもしれない……」


 クロコが辺りを見渡すと、フロウとクレイドは素早く物陰に隠れた。



 クロコは一皿目にきた大きなステーキをあっという間に食べ終えたあとソラの顔を見る。


「そういえばおまえの店……」


「うん、なに?」


「なんで軍と契約してなかったんだ? あんな近くなのに」


「……おばあさんはボーとした人だから、そういうのにいちいち反応しないんだよね」


「一年前からおまえに任されてるんだろ?」


「……うん、私もあんまりしたくなかったし」


 ソラは少しだけ顔をくもらせた。


「……? なんでだよ」


「わたし軍が嫌いだから」


「軍が?」


「って言うより、戦争が嫌い」


「ふーん」


「とても正気のこととは思えないから、それに……」


「それに?」


「ううん、なんでもない」


 ソラは再び笑顔を浮かべた。


「ふーん、じゃあおまえが言うにはオレも正気じゃないやつか……でもなんで今になって契約してんだ」


「えっ!? そ、それは……知り合いもできたし……お金も貯まるからいいかなーって……」


「なんかそこだけ変な感じだな」


「えっ? そうかな。お金が貯まればここにお店も出せるかもしれないし……あっ、それと私、クロコが正気じゃないなんて思ってないからね」


「そうか」


「そういえばさっきの視線ってなんだったの?」


「んっ? ああ、アレは気のせいだ……たぶん」



 二人は昼食が終えたあと、丘へ上がった。少し景色を眺めると灰色の街並みとそこを通るいくつもの川が見えた。

 二人は丘の上の店をまわる。


 本屋では、ソラが色々な本を紹介したが、クロコはそれらを手に取ったあと三秒ぐらいで元の場所に戻した。


 通りかかったケーキ屋では、クロコは窓から見えたフルーツケーキを買ってもらおうと思ったが、ソラはどうせなら残るものをプレゼントしたいと言ったのでやめた。


 金属屋ではクロコがある金属に興味を示したが、高すぎたので結局出た。


 そしてダメもとで剣屋にも入った。


「どうクロコ、良い剣ありそう?」


 ズラッと並ぶ大中小の剣を見ているクロコにソラが聞いた。


「ダメだな、だいたいオレの剣はナイトメタル製のゴルドアって言う上物なんだ。そうそう代わりなんてねぇ」


「ふーん、私そういうの全然わからないからなぁ」


「あったとしても金額は数十万~数百万だな」

 

「それは無理だ……」


「じゃあ出るか」


 その後いくつか店をまわるが、クロコは商品は見ても何かほしがる気配は一向にない。


「ねえ、クロコ。クロコはいったい何がほしいの? こんなにお店まわってるのに」


 ソラが少し怒った顔をしてクロコに話しかけた。


「ん? ああ、特にないなぁ」


「もうっ! じゃあ、どこにあるの? なにがほしいの?」


「んー……」


 クロコは考え込む。

 そんな二人の様子をフロウとクレイドが遠くから眺めている。


「ふあぁ~、おいフロウ。そろそろ帰らないか? 疲れてきた」


「んー、なんかすっかり落ちついちゃったなー。最初はすごく勢いあったけど……」


「んじゃあ、帰るか」


「ふぅ、そうだね、帰ろう」


 フロウとクレイドは静かに立ち去った。


 商店街の道をゆっくりと歩くクロコとソラ。

 二人が人通りの少ない道を歩いている時だった。突然横から声がした。


「おいおい! なんだか楽しそうだなー。女ども!」


 二人はその声の方向を向く。

 見ると大柄の筋肉質の男が建物に寄り掛かってこっちを見ている。いくつものベルトを巻いた奇抜な格好をしている。片手に酒のビンが握られていた。どうやら酔っているようだ。

 ベルトの男はズンズンと近づくと、二人を歪んだ眼差しで見つめる。


「楽しくお買い物ってとこか? オレも混ぜてくれよぉ」


 男はニヤーッと笑う。

 クロコは黙って、ソラに手を添え自分の後ろに下がらす。


「ク、クロコ……」


 ソラは不安げな声を出す。今、クロコは剣を持っていない。


「大丈夫だ、ソラ」


 クロコはそう言ってベルトの男を静かににらむ。


「ああっ!? なんだ、その眼はぁ」


 男はクロコの態度に声を荒げる。


「生意気な女だなぁ、ちょっと痛い目にあわせてやるかぁ!?」


「血気づくのは勝手だが、もしなにかしようとしたら――」


 クロコがそう言い終わらないうちに男の手が大きく振りかぶられる。その瞬間、クロコの鋭い蹴りが男の腹に叩きつけられた。

 男の大きな図体は軽々と吹き飛び、さらに地面に引きずられる。

 

 男は地面に仰向けに倒れ、ピクピクとけいれんしていた。


 それをクロコは涼しい顔で見ている。

 クロコの後ろでソラがぼうぜんとした様子で見る。


「つ、強いね。相変わらず……」


「当然だろ」


 二人はその後、再び店をまわり始める。辺りは再び人であふれる。


「そういえばクロコってアークガルドに住んでたんだよね」


「んっ? おまえにはまだ言ってなかったと思ったけどな」


「灰色髪のフのつく人に教えてもらった」


「あのおしゃべりめ……」


「そこにはあんな人がいっぱいいたの?」


「あれはまだかわいい方だな」


「そ、そう、でも良いところもあったでしょ」


「ねぇ」


「一つぐらいは……」


「…………そういえば西の方に腕のいいパイ職人がいたな」


「ほら、良いところもあるでしょ」


「でも、あそこには二度と戻りたくねー」


「そ、そう…………それじゃあさ! 今度私も連れてってよ」


「おまえ人の話聞いてたか?」


「アハハハ、じょうだんじょうだん」


 二人がそんな会話をしていると大きな店が目に飛び込んだ。


「あっ! 靴屋だ。クロコ! ここ入ろう」


「んっ? ああ」


 二人は靴屋へと入っていった。

 広い店内、クロコはたくさん並んでいる男性用の靴を見回す。さまざまな色、さまざまな種類、さまざまな形。多くの靴があるが、どれもこれも今のクロコにはサイズが大きすぎるように見える。


「クロコ! どう? コレ」


 ソラがブーツを両手に持ってクロコの前に現れた。

 黒い革のブーツだ。店内に入るわずかな光を鋭く反射している。

 クロコはそれをまじまじと見る。


「……悪くないな」


 クロコがそう言うと、ソラはニコッと笑う。


「じゃあサイズが合うか履いてみようよ。すいませーん、試し履きしていいですかー!」



 クロコが試しに履いてみると、黒いブーツはクロコの足にピッタリとはまる。


「うん……、ピッタリだ」


「じゃあ決まりだね!」


「ああ、そうだな」


 クロコのその返事を聞くと、ソラが嬉しそうに笑う。

 ソラはブーツを持って店員のもとへ向かう。


「これは……2200バルになります」


「はーい、あっ、ちょっと待って下さい。……はい、どうぞ」


「ちょうどですね。ありとうございました」


 ソラはクロコの前に立つと、嬉しそうに靴を差し出す。


「はい、クロコ、この前のお礼」


 クロコは口をへの字に曲げてそれを受け取る。


「ああ、アリガトな」


 クロコがそう言うとソラは満足そうに笑った。

 その後、クロコとソラは店を出た。


「よし、用も済んだし帰るか……」


 クロコは少し疲れたようだ。


「ちょっと待って、クロコ。あと一か所だけ寄りたい場所があるんだ」


「ん……? どこだよ」


「秘密。着いてからのお楽しみ」








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