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2-1 再開




 晴れわたった青い空が広がる昼、建ち並ぶ四角い灰色の建物を温かな光が柔らかく照らす。

 その建物のなかに一つだけ突き出た巨大な建築物がある。その巨大な横長の建築物には、いくつもの大型大砲が取り付けられている。そして入口の真上には大きな軍旗が飾られている。ヘルムのシルエットが旗印の赤色の旗だ。

 ここは解放軍フルスロック基地。

 ウォーズレイ基地防衛戦からすでに一カ月以上が経過していた。

 今日は軍人達の休養の日だ。

 基地の軍人達はそれぞれの時間を過ごしていた。


 そんななか、解放軍基地の東に位置する実技場内では二つの人影が木剣を構え、互いに向かい合っている。

 一人は年齢十五、六ぐらいの少女、肩まで伸びた黒い髪、真紅の瞳は燃えるような光を放ち、どこか威圧的な雰囲気を漂わせている。

 クロコ・ブレイリバーは向かいに立つ人影を鋭い目つきでにらんでいる。

 もう一人は二十代半ばの白い髪の男。長めの髪を後ろで結び、どこか気品のあるきれいな顔立ちをしており、全体的に冷たい雰囲気を持っている。

 ファイフ・アールスロウはクロコと向かい合っていた。


「はあ!!」


 クロコがアールスロウに突進する。アールスロウは身構える。

 クロコはアールスロウの間合いぎりぎりまで距離を詰めると素早く横に飛び、アールスロウの左をつく。アールスロウは左を警戒する。途端、クロコの姿が消え、右に姿を現す。


 ビュンッ!


 クロコの素早い斬撃。それは素早く反応され、かわされた。次の瞬間、アールスロウの長い間合いの斬撃が飛ぶ。


 ビュゥンッ!


 クロコは身をかがめ素早くかわす。身をかがめたままクロコは前に踏み込み間合いを詰めようとする。アールスロウは素早く横に飛び、うまくそれをかわす。クロコは構わず斬撃をアールスロウに向けて叩きつける。素早く防ぐアールスロウ。クロコは間髪入れずに斬撃を連続で放つ。


 ビュンビュンビュンッ!


 空気を切り裂き無数にうねる斬撃。アールスロウも横に回りながら応戦する。

 二人のあいだの空間で無数の斬撃がはじける。

 常に先手を取っているクロコだが、横に回るアールスロウの体をとらえることができない。


「クソッ!!」


 クロコがそう声を漏らした瞬間、アールスロウの斬撃がクロコの体をわずかにカスる。


「……! このッ!」


 クロコはにらみつけた。次の瞬間クロコは力強い斬撃を放つ。


 ビュンッ!


 大振りに放たれた斬撃はアールスロウにたやすく防がれるが、強烈な衝撃が動きをわずかに止める。その瞬間、クロコの姿が消えた。途端、アールスロウの横にクロコが現れる。横に回るアールスロウに対し先回りしたのだ。クロコは剣を振るおうとする。しかし、その動きをアールスロウの眼はしっかりととらえていた。クロコの斬撃より早く、振り上げられた斬撃がクロコの足元から伸びる。


 ビュゥンッ!


 クロコは素早く後ろに飛ぶ。しかしアールスロウの長い木剣はクロコのアゴをとらえた。


 ゴッ!


 鈍い音と共にクロコは後ろによろめき、倒れる。

 後ろに倒れたクロコは痛そうにアゴをさする。


「いって~、おいアールスロウ! なに顔面狙ってんだよ!」


 クロコはアールスロウをにらみながら高い声で怒鳴る。


「実戦を踏まえてと言っただろう。当たる君が悪い。これでも一応は気をつけている」


 アールスロウは落ち着いた口調だ。


「さっきもデコにあてたくせに」


「…………とにかく、君の動きは雑すぎる」


「ああ!?」


 クロコはにらみつけながら起き上がる。


「まず、剣の振りだ。あれはただ振りまわしているだけだ。相手の死角も、構えも、細かく意識していない。動きに関しては、フェイントを入れてくるところはいいが、足の運びが雑だ。あれでは動きに無駄ができるし、第一、動きそのものが読まれやすい」


「なんだと……!」


「なんだと、ではない。前に一通り動きは教えただろう。君はそれを全く模擬戦で生かせていない」


「あの妙に凝った動きか……あれ使えるのか? いまだにおまえに攻撃を当てられねーんだけど」


「技術を十分に戦いに取り入れていないからだろう。それに攻撃がいまだに当てられないのは俺と君の実力差が、君の予想以上に大きいということだ」


「チッ、よく言うぜ……」


 クロコは不機嫌に声をあげる。


(動きは取り入れようとは意識はしてるんだけどな……)


「今日はここまでだ」


 アールスロウは突然そう言うと背中を向ける。


「お、おい! もうかよ」


「溜まっている仕事を片付けなければならない。続きはまたの機会だ」


「クッソー、結局今日も当てられなかった……!」


「…………、先ほどはああ言ったが、学んだ技術はそう簡単に戦いに取り入れられるものではない。それにここ三週間、君にはずいぶんな量の技術を教えた。そう焦るな。今日はもう休むといい、ときには休養も大切だ」


 アールスロウはそう言うと実技場をあとにした。

 実技場に一人取り残されるクロコ。


「チェッ、どうもあいつと話してると腹立つんだよなー」




 数分後、基地のシャワー室で一人、汗を洗い流すクロコ。


(入軍してもう一カ月以上経つ…………なんか大事なこと忘れてる気がするんだよな)


 髪をなでるクロコの右手、そこにはまっている黒い指輪が光った。




「なんか忘れてる気がするんだよなー」


 指令室の大きな机に腰かけている大柄の男がそう言う。

 男は年齢二十代後半、ずっしりとした大きな体で、少し逆立った黒髪と、力強い眼をしている。活気のある雰囲気を持つその男はなにかを考え込んでいる。

 フルスロック基地の司令官グレイ・ガルディアだ。


「はい?」


 その前に立つ副指令アールスロウが返事をする。


「いやな、なんか忘れてるような気がするんだよ。昨日寝る前にそんな気がしてから、今までずっと気になってな」


「それほど気にしなくてもよろしいのでは? 大事な用件ならば俺も知っているはずです」


 アールスロウは落ち着いた様子だ。


「あっ!!」


 ガルディアが突然大声で叫ぶ。その声にさすがのアールスロウも少し驚く。


「ど、どうしました?」


「呪いの件だ、クロコの。情報仕入れて以来あいつになんにも教えてない。三週間も忘れてた……」


「……まだ教えていなかったんですか」


 アールスロウは少しあきれた声を出した。





 基地の狭い廊下、白い壁に囲まれた通路を小さい少年がトコトコと歩いている。少年は年齢十四、五ぐらい、とても小柄で背は150cm満たない、柔らかい灰色の髪ときれいに整った顔をしている。

 基地の兵士フロウ・ストルークだ。


 フロウはなめらかな足取りで廊下を歩く。

 フロウがシャワー室の前を通り過ぎようとした、その時だった。シャワー室の扉がゆっくりと開いた。

 フロウはそれに反応し、扉の方を見る。するとクロコがゆっくりと顔を出した。

 顔全体が濡れており、髪も濡れている。扉から少しだけのぞかせている体はなにもまとっていないように見えた。

 フロウは目をまん丸くした。

 クロコと目が合う。


「あっ、フロウ。ちょうど良かった。タオル忘れちまって……悪いんだが、オレの部屋までちょっと取りに行ってもらえないか?」


 クロコは全く気にしない様子でフロウに頼みごとをする。

 フロウはしばらく固まっていたが、少しだけうなずいた。


「……うん」


 目をまん丸にしたまま返事をした。


「わるい、頼んだ」


 そう言ってクロコはドアをバタンと閉めた。

 フロウは目を丸くしたまま再び廊下を歩きだす。

 フロウは足をカクカクさせながら廊下を歩いていった。





 それから数十分後、シャワー室を出たクロコは一人廊下を歩いていた。

 すると向かいからアールスロウが歩いてきた。


「やっと見つけた」


 アールスロウはクロコを見るなりそう言った。


「ん、なんだ? なんの用だ」


「ガルディア指令が呼んでいる。指令室まで来てくれ」




 指令室、クロコはガルディアに呼ばれ、大きな机に腰かけるガルディアの前に立った。


「……で、なんの用だ」


「悪い! クロコ」


 ガルディアはクロコを見るなり謝った。


「……? なにがだ」


「調べとくって言ってたおまえの呪いの件、情報を入手したのはいいが、おまえに伝えるの三週間も忘れてた」


「……あっ、オレも忘れてた。ってかオレも最近どうもなにか忘れてる気がしてたんだよな……って、あんた三週間も忘れてたのかよ!!」


「悪いなー。色々あってすっかり忘れてた」


「いい加減だな……あんたに任せて本当に大丈夫なのか?」


 クロコはあきれた様子だ。


「まぁ、そう言うなって。情報は色々仕入れてきたんだ。オレの行ったスフォート基地に、呪いについてけっこー詳しいやつがいてな」


「呪いに詳しいって……大丈夫なのか、ソイツ」


「でな、呪いにも色々とあるらしいんだ。人を弱らせたり、病気にさせたり、老いさせたり、動けなくさせたり……すごいのなんか、かけただけで命を奪うのなんかもあるらしいぞ」


「へー、すごい世界もあるもんだな。その気になりゃあ呪いだけで国ひとつ取れそうだ」


 クロコはそう言って腕を組む。


「まあ、そんな単純じゃないらしいんだ。呪いをかけるのもいろいろと大変らしいぞ。例えば、呪いをかける条件が難しかったり、呪いをかける代償が大きかったりと、簡単に扱えるものじゃないんだと」


「簡単に扱えるものじゃない……!? 見ろよオレを! 指輪をはめただけでこのザマだぞ!!」


「いや、そいつが言うにはな。おそらく、その呪いを発動させる条件は、対象者が、呪いがあると知りながら、自らの意思で、自らの手で、指輪をはめることが条件だったんだろうってさ。なっ? 難しいだろ」


「…………」


 クロコは目を細めて黙ってしまった。


「でな、おまえのその呪い。女になる呪い。あれはな、そいつが言うにはかなり珍しい呪いなんだとさ。そいつも初めて聞いたって」


「それじゃあ解けんのかよ。コレ」


「まあ、おそらく強い呪いだから並大抵のことじゃ解けないだろうって」


「クソッ、じゃあダメじゃねーか!」


「まあ、そう焦るなって。解く方法がないわけじゃあないらしいんだ」


「…………あるのかよ?」


「ああ、神具ってのが必要らしい」


「神具?」


「呪いを解くための道具で、その解呪能力は抜群だそうだ。ただ神具には呪いの種類によって色々なものがあるらしいんだが……」


「じゃあ、その神具ってのが手にはいれば……」


「そうだ、そしてこれからが大事な話なんだ。よく聞けよ」


 ガルディアはそう言うと右手の甲をクロコに見せる。


「神具ってのは呪いの力を打ち消す関係で、呪具に似せて作られるらしい。つまりおまえの呪いが指輪からきてるのなら、同じように呪いを解く神具も同じ指輪型をしているってことだ」


「指輪……」


「ああ、神具ってのは、主に教会や美術館なんかによく納品されてあるらしい。だからそこをくまなく探せば……」


「呪いを解く道具が手に入る……」


「そういうことだ。あと呪いを扱うやつなんかも神具をよく持ってるらしいんだが……」


 ガルディアの話が終わらないうちに、クロコは部屋を飛び出そうとする。


「おいっ! ちょっと待てってクロコ」


「待てるか! 呪いが解けるかもしれないんだ。すぐに街中の教会や美術館をまわって……」


「だから焦るなって、フルスロックだけの教会や美術館なんかたかが知れてるだろ。それだけのために街中駆け回る気か?」


「だが今はそれしか……」


「焦るなって言ってるだろ。オレの立場を使えば、多数の街の情報を一気に集められる。大規模な調査も可能だ。そっちの方が効率的だろ?」


 それを聞いてクロコは動きを止める。


「…………なるほど、確かにそっちの方が良さそうだな。これが職権乱用ってやつか」


「耳が痛いな……とにかくこの件は引き続きオレに任せとけ。おまえはしっかり自分の腕を磨けよ。アールスロウから聞いたぞ。今スランプなんだって?」


「…………今日はもう休養だ」


「ん? そうか、じゃあ街を歩いてみたらどうだ? 自分が守る街なんだからしっかり見とけよ」


「……気が向いたらな」




 それから一時間後、基地の二階にある食堂、広い空間は昼食を食べる軍人達で埋め尽くされている。

 その中で一人の男が昼食を食べている。男は年齢十八、九、少しはねた赤い髪と鋭い目をしている。身長はとても高く、座っていても、頭が近くを通る軍人のアゴの高さぐらいある。全体的にどこかのんびりとした雰囲気を持っている。

 基地の兵士クレイド・アースロアだ。魚の白いステーキを食べている。

 向かいにはフロウがチョコンと座っている。


「ん……?」


 クレイドはなにかに気付いた様子で、食堂の厨房の一つに目をやる。

 見ると、クロコが厨房の前で、食堂の調理担当に向けて大声でなにか言っている。


「クロコのやつ、なにをエリヤのばっちゃんに言ってんだ? あんな大声出して……フロウ、おまえなんか知らないか?」


 クレイドはフロウの方を見る。


「さあ? クロコ君がうるさいのはいつものことでしょ。またどうでもいいことで騒いでるんだよ。彼、基本的になにも考えてないから」


 フロウは早口でパッと言うと食事を再開する。


「おいおい、ずいぶん毒のある言い方だな……クロコになんかされたか?」


「いや、何も、一切」


 フロウは豆のスープをパクパクと食べる。



 一方、クロコは厨房の前で騒いでいる。


「だから、なんでジェリーアップルがないんだよ!」


「そんなこと言ったって、ないモンはないんだよ」


「ジェリーアップルは今が旬だぞ! 今ジェリーアップルが一番うまい時期なんだぞ」


「そんなこと言ったって、ないモノはないの! うちは果物屋と契約してないんだから、果物関係は一切なし!」


「なんでしてないんだよ!」


「しょうがないでしょ。契約してくれる店がないんだから。そんなに食べたきゃ、街を歩いて自分で買うことだね。それしかないでしょ!」


「くっそ~」


 クロコは悔しそうにうなる。




 それから数時間後、クロコは街中を一人散歩していた。

 灰色の四角い建物が規則正しく立ち並び、それらの建物はカラフルな布で色鮮やかに飾りつけられている。

 ここはフルスロックの商店街の一角だ。青天の中、商店街は買い物客でにぎわっている。

 クロコはそこを一人歩きながら店を見渡す。


(うーん。適当にそこら辺をブラブラ歩いてただけなんだが、なんかこの道、見覚えあるな)


 クロコは辺りを見回しながら歩く。


(あっ、思い出した。この街に初めて来た時に通った商店街だ)


 クロコがそんな事を思いながら歩いていると、ある店がクロコの目に止まった。

 店の周りは様々な色の布をふんだんに使い、きれいに飾りつけられている。そこから漂う雰囲気はほかの店と比べ、強く心をひきつける。

 クロコは店の看板に目を移す。


「果物屋……!」


 クロコは思わず小さくつぶやいた。

 そして吸い込まれるように店の中へと入った。

 クロコは店内を見渡す。

 多くの種類のフルーツが棚の上に置かれている。普通の果物屋よりもさらに種類が多そうだ。果物独特の甘い香りが店内を漂う。


「いらっしゃーい」


 店員が店に入ったクロコに愛想良く話しかける。

 若い女の店員だ。年齢は十五、六歳ぐらい、白い髪とぱっちりとしたきれいな目。明るい雰囲気を持っている。


「なにかお探しですか?」


 少女の店員は愛想良くニコッと笑うと親しげに話しかけてきた。


「ジェリーアップルだ。どこにある?」


「ジェリーアップル? それならお客さんの目の前にあるけど……」


「ん……?」


 クロコは自分の目の前の棚に目を移す。

 赤色のやわらかそうな果実がクロコの目の中に飛び込んできた。遠くばかり見渡していたので気づかなかったのだ。


「おっ! あった」


 クロコはジェリーアップルを嬉しそうに手に取る。


「すげーな、こんな大きなジェリーアップル、初めて見た」


 少し笑みを浮かべて嬉しそうにしゃべるクロコを少女の店員がジーッと見ている。クロコはその視線に気づく。


「……なんだ?」


「……あなた、どこかで会ったことない?」


「会ったこと? そんなことな……」


 クロコはそう言いかけた口を止め少女の店員をジーッと見る。


(確かに言われてみれば、どっかで……)



 少女の店員もクロコの方をジーッと見て考える。


(なんだろう。どこかで見たことあるような……でも、一度覚えた顔は忘れたことないし、変だなぁ)


 お互い黙って顔を見つめ合う。不意にクロコが口を開く。


「あっ、思い出した。初めてここに来た時、ゴロツキに絡まれてたやつだ。あの時、会って以来――」


 そうしゃべりかけたクロコは口を止めた。


(そうだ、あの時と今とじゃ姿が違う、言ったところでわからないか)


「ゴロツキに絡まれたとき?」


 少女はクロコをさらにジーッと見ながら、ゆっくりと考える。


(あの時、私を助けてくれた少年の剣士がいた。あの子とこの子、雰囲気が似てる。考えてみれば、目の特徴や瞳の色、髪の特徴、しゃべり方やしぐさも……なにより、この子がまとってる独特の雰囲気……似すぎてる。唯一違うのは……)



 クロコは少女の視線を無視して口を開く。


「やっぱり気のせいだな。おい、これいくらだ?」



「クロコ……?」


 少女が小さくそう言った途端、クロコは思わず動きを止めた。


「…………驚いたな。この姿になってもオレのことが分かるやつがいるのか」


 クロコは素直に驚いている。


「あなた! やっぱりクロコなの!? 私を助けてくれた……」


 少女は飛びつくようにクロコを見る。


「ん、あっ、ああ……」


(まさか気付くとはな、とはいえ、一から説明するのがメンドクサイ……)


「まあいいや、とりあえずこれいくらだ」


 クロコはジェリーアップルを少女の前に出す。


「やだ……」


 少女がそう言うと、クロコはキョトンとする。


「……ハッ?」


「今の状況、説明してくれるまで絶対売らない」


 少女はそう言ってニコッと笑う。


「…………」


 クロコはメンドくさそうな顔をした。


 結局、クロコはメンドくさがりながらも、今の状況のいきさつを一から説明した。

 少女はその話を聞いてポカーンとしている。


「別に信じなくてもいいぞ。信じられる話じゃないし」


 少女はクロコのその言葉を聞くと、クロコを真っ直ぐ見つめる。


「ううん。信じる。あなたの特徴、それに雰囲気、あの時あったクロコと全く同じ……そして違うのは性別だけ、だけどそんなの常識じゃありえない。本当に呪いのような常識外な事でも起きない限り、こんな事なんてありえないから」


「特徴に、雰囲気ね。一か月以上前だっていうのにたいそうな記憶力だな。で、信じるって?」


「うん」


「おまえも相当変わってるな」


「あなたに言われたくないよ。あなたにね、クロコ」


 少女はクロコの名を呼ぶとほほえむ。


「じゃあ約束どおり売ってもらうぞ。いくらだ?」


「その前にもう一つ!」


「あっ?」


「私の名前覚えてる?」


 クロコは少し考え込む。そして口を開く。


「なんだっけ?」


「ソラ・フェアリーフ。今度はしっかり覚えてね」


 ソラはニコッと笑う。


「ああ、覚えとくよ。で、ソラ、これいくらだ」


「お金はいいよ。この前助けてもらったお礼」


「一個じゃないぞ。三個買うつもりなんだが」


「うん、いいよ。お代はいらない」


 それを聞いてクロコは少し考える。


「ん……、じゃあ、ありがたくもらっとくよ」


 クロコがそう言うと、ソラはカゴに果物を入れて渡した。


「じゃあな。ソラ」


 クロコはそう言って立ち去ろうとする。


「また来てくれるよね!」


「ん……? ああ、また行くよ」


 クロコはそう言って立ち去った。





 夕方、夕焼け色の光が巨大なフルスロック基地を照らす。

 指令室、大きな机に座るガルディアとその前に立つアールスロウが話している。


「そういえば、先ほど書類が届いたようですが」


「まただ」


「また……ですか」


 特に説明はいらないようだ。


「今度はリサイドの基地だ。ファイフ、またおまえに基地を預ける形になるな」


「リサイド……前線基地の後ろ備えの基地ですね。なぜ国軍の動きが怪しいこんな時期に……」


「こんな時期だから、なのかもな」


「……そうですね。了解しました。グレイさんの留守のあいだ、この基地は必ず守ります」


「翌日の朝には出発する。頼んだぞ! 裏司令官」


「やめて下さい。その言い方」






 翌日の朝、基地のクロコの個室。

 ベッドとイスだけ置かれた狭い部屋。昇り始めた日の光がうっすらと差し込む中、クロコはベッドの上でスヤスヤと眠っていた。


 コンコン


 誰かがクロコの部屋のドアを静かにノックする。しかしクロコは起きない。


 コンコンコンコンコンコン


 ずっとノックをする。

 ノックの音が徐々に大きくなる。

 クロコは目を覚まし、起き上がって眠そうな顔でドアに向かう。黒い髪は寝ぐせで少しはねている。


「なんだー? こんな朝早く……」


 クロコがぼやくような口調で言いながらドアを開ける。


「クロコ!!」


 元気な高い声がクロコを呼ぶ。

 クロコは驚いて思わず目を見開く。

 ソラ・フェアリーフが目の前に立っていた。


「ソラ? なんでここに……」


「もう、教えてよ! ここの食堂、果物屋と契約してなかったって! だからここと契約しちゃった! だからね、私、今日から毎日ここに新鮮な果物届けに行くね」


 ソラは嬉しそうに笑いながら話す。


「ってことだから、今日からよろしくね! クロコ」


 ソラの満面の笑顔。


「ああ、そう……」


 クロコは思わず一歩退いた。







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