1-2 入軍試験
灰色の建物が建ち並ぶ街並みの中で、一つだけやたらと巨大な建物がある。四方を高い壁に囲まれたその横長な灰色の建物には、大型の大砲がいくつも取り付けられている。
ここは解放軍フルスロック基地。
基地を囲う壁の周りを複数の影が動いている。
「すべての班との合流は完了したか」
「はい、完了しました……」
「よし、これより作戦を開始する」
基地の中、白い壁に囲まれた広い廊下を二人の男が話しながら歩いている。
一人の男は年齢二十代後半ぐらい、ずっしりとした大きな体で、少し逆立った黒髪と、力強い眼をしている。どこか活気のある雰囲気だ。
もう一人の男は、年齢二十代半ば、スラッとした長身に、長めの白い髪を後ろで結んでいる。気品のあるきれいな顔立ちをしており、雰囲気は全体的にどこか冷たい。
白い髪の男が落ち着いた口調で言う。
「最近、戦況はあまり良くないようです」
それに黒髪の男が答える。
「らしいな、敗戦の割合も増えてるし。国軍の方は例の『瞬神の騎士の再来』が出てきてから、勢いが増してるしな」
「そうですね、『瞬神の騎士の再来』のようなルーキーはこちらにはここ一、二年出てきてはいませんからね。それに加えて解放軍ができて十年目、志願数の減少によって、兵士一人ひとりの質が徐々に落ちてきています」
「やれやれ、そのせいでオレは訓練官として各地の基地を回る羽目になってるんだが……」
「そうですね、司令官であるグレイさんが不在だと俺も楽ではありませんよ」
「苦労かけるなファイフ。しかし何とか好転しないんだろうか、この状況は」
「こちらにも『瞬神の騎士の再来』のようなルーキーが出てくれば良いのですが……、そのような存在は軍全体を活気づかせます。しかし現実問題として、今の状態ではそのような存在も出にくいのでしょうね」
二人がそんな会話をしながら廊下を歩いていると、なにやら廊下の先が騒がしいことに気づく。
四人の兵士が慌てた様子で話している。
白い髪の男が気になり、兵士の一人に話しかける。
「どうした? 何か問題でも発生したか」
「あっ! アールスロウ副司令! それにガルディア司令官。いえ、それがついさっき、変な女がここを訪ねて来たらしく、それで、女にも関わらず自分に入軍試験を受けさせろ、だのなんだの言ってきて、それでそのいざこざの中で……」
「いざこざの中で?」
「その…………ベイトム隊長を殴り倒して気絶させてしまったそうです」
「気絶させた……!? その女がか?」
「はい、らしいです……それで、その、ベイトム隊長が言いだしたことらしいんですが、自分に認めさせれば入軍試験を受けられるように上と掛け合ってやると……いえ、多分追い払うための適当な理由付けだと思うのですが、それで、それが原因で基地の広間で騒いでるんです」
それを聞いて黒髪の男ガルディア司令官が笑う。
「ハッハッハッハッハッ!! おもしろい女だな」
「どうしましょうか」
白い髪の男アールスロウ副指令がガルディア司令官をチラッと見て聞いた。
「おもしろいじゃないか! 受けさせてみよう、入軍試験」
「いいんですか? グレイさん……」
「ああ、今決めた!」
基地の入り口から入ってすぐの広間、二階まで吹き抜けになっているその広間で、クロコは複数の兵士を前に立っている。すぐ後ろにはブレッドの姿もある。
クロコは大声で怒鳴る。
「だから!! おまえらとじゃ話にならないんだよ! 少なくとも外で気絶しているオッサンより上のやつを出せ!」
クロコの高い声が広間中にこだまする。
「いや、だからそれに関しては今検討中で……」
兵士達もクロコの迫力に押され気味だ。
クロコは軽く息を吐いた。
「ったく、約束したオッサンは外でのびてるし……、話しにならねぇ」
「おまえが気絶させたんだろ。大体なんで顔面を狙うんだよ、当てれば勝ちだったんだから足や腹を狙えば良かっただろ」
ブレッドがつっこむ。それを聞きクロコが顔を指でかく。
「いや……、それはその場の勢いでな。まっ、過ぎちまったモンはしょうねーだろ」
「おまえなぁ……」
二人がそんな会話をしていると遠くから別の兵士が駆け足で近づいてくる。
「おい! そこの二人、許可が出たぞ。すぐに試験を行うからこっちに来なさい」
兵士はそう言って二人に手招きする。
「おい、マジか……」
ブレッドは驚いた。
「まあ、結果オーライだな」
クロコは満足そうに言った。
二時間後、解放軍基地の東端にある実技場、木製の床と白い壁に囲まれた広い正方形の空間、上部には大きな木窓が付けられている。
その実技場にガルディア司令官とアールスロウ副司令が入ってきた。
「そろそろ面接試験が終了する頃あいだな」
「ええ、あとはここでおこなう実技試験が最後です」
二人は実技場の隅に立つ。
「さーて、どんなもんかな、とくと見物するか」
「あなたも物好きですね」
すると兵士が一人実技場へと入ってきた。
「ようっ!」
ガルディア司令官は気さくに兵士に声をかける。
兵士は二人に気付くと駆け足で近づく。
「ガルディア指令官、いらしていたんですか。アールスロウ副司令まで……」
「……で、どうだ、これまでの結果は?」
ガルディア指令官がそう聞くと兵士はいそいそと書類を取り出す。
「はい、素性検査、身体検査、面接試験が終了しました。今のところ特に問題はないようです。ただ……」
「ただ?」
「はい、面接を担当した兵士が言うには、女の態度が多少ふてぶてし過ぎだと……」
「ハッハッハッハッハッ! 元気そうでいいじゃないか!」
「あと、これは素性検査と身体検査の結果です」
「どれどれ、名前はクロコ……んっ? 女にしては変な名前だな。クロコ・ブレイリバー、ブレッド・セインアルド、…………女の方の名前、修正した跡があるな」
「はい、どうも本人、字の、ある一文字をよく間違えるクセがあるらしく、面接で試験官がそれに気づいて修正したそうです」
「そうか、まあ地位は農民って書いてあるし珍しい話じゃないか……ん?」
ガルディア司令官は書類の、ある項目に反応した。
「二人とも出身地がスロンヴィア……」
「……ということは、二人ともスロンヴィア虐殺の生き残りですね」
アールスロウ副司令が少し険しい表情をする。
「国軍の起こした最悪な事件の一つですね。農民を村ごと焼きはらった虐殺事件……」
アールスロウ副指令のその言葉に対しガルディア司令官は黙っている。
「どうしましたか?」
「いや、なんでもない。しかしスロンヴィア出身か」
「入軍理由はおそらくは国軍への復讐でしょうね」
「復讐、か……」
ガルディア司令官は書類を兵士に返す。
そのすぐあと、クロコとブレッドが数人の兵士と共に実技場に入ってきた。
ブレッドは周りを見渡す。
「ここが実技試験の会場か。立派な造りだな」
「ムダに広いな」
クロコはそう言うと兵士を置いてズンズンと実技場の真ん中へと進んでいく。
「なるほど、聞いてた通りふてぶてしい」
ガルディア司令官はクロコを遠くから見ながら笑みを浮かべる。
実技場の中央に立ったクロコは隅に立っているガルディアと目が合う。クロコは遅れて中央に進んできた兵士の一人に話しかける。
「あそこに立ってる男は誰だ?」
「立ってる男って……、あの人はガルディア司令官、ここのトップだ」
「ふーん、あいつが最終試験を見るのか?」
「あいつって……、希望者の入軍試験を行う毎に司令官がわざわざ動くわけがないだろう」
「じゃあ、なんでいるんだよ」
「そんなことオレは知らんよ。君が騒ぎ過ぎていたからだろう」
「おい、実技試験を始めるぞ」
別の兵士がクロコに呼び掛けた。
クロコとブレッドの前で、兵士が説明を始める。
「さっきも言ったが、この実技試験が最後の試験だ。おまえ達はこちらが用意する兵士と戦ってもらう。その結果で我々がおまえ達の実力を判定する」
「分かりやすくていいな。要するにその兵士をぶっ飛ばせばいいわけだ」
クロコは自信ありげな表情で言う。
「では、まずはクロコ・ブレイリバー、中央に立て」
クロコは言われたとおりに実技場の中央に移動する。
するとクロコの相手をすると思われる兵士が正面に立った。
兵士は二十代半ば、短い黄色の髪、長い顔と大きな鼻が特徴的だ。
「試験は訓練用の木剣で行うから剣を預かるぞ」
兵士の一人がクロコに寄ってきて言った。
「なんだ……、大事な剣を見ず知らずのやつに預けるのかよ」
クロコは不満げな顔だ。
「クロ、文句言わずに預けろ。どっちにしろ試験に合格すれば基地にいる全員と命を預け合う関係になるんだ」
ブレッドが遠くから言った。
クロコはそれを聞いてしぶしぶ剣を兵士に預け、木剣を受けとる。
隅に立って見物しているガルディア司令官が口を開く。
「相手の兵士はロブソンか。アイツとベイトム隊長、どっちが強いんだ?」
隣のアールスロウ副司令が答える。
「ベイトム隊長は年齢のせいで動きがだいぶ衰えてきています。今はロブソンの方が上でしょう」
「なるほど、じゃあこれであいつが本物かどうか分かるな」
「ロブソンもベイトム隊長がやられていることは知っているはずです。おそらく油断することはないでしょう。しかし……」
「なんだ?」
「もし合格したとして、女の兵士を採用するというのはどうでしょうか。基本的に男の兵士しかいないことになっているので、色々と細かい問題が……」
「部屋とか着替えとかか?」
「それもありますし、そのほかにも色々とあるでしょう」
「まあ、いいじゃないか。ようはそんなのが問題にならないぐらい強ければいいわけだろ。おまえもさっき言ってただろう? 強いルーキーが必要だって」
「それなら確かに文句はありませんが、彼女が果たしてそれほどのものか」
「まあ、見れば分かるさ。おっ! 始まるぞ」
クロコとロブソンが木剣を構えて、少し離れて向かい合う。
いつの間にか実技場には噂を聞きつけた野次馬の兵士達が見に来ていた。数は二十人以上いるだろう。
その中の兵士数人が話しながらクロコを指さすのを、ブレッドが遠目で見ていた。
(入る前からもう有名人だな……)
ガルディア、アールスロウを含めた二十人以上の見物客が周りを囲む中、実技場の中央で向かい合うクロコとロブソン。
審判の兵士が二人の間に立つ。
「それではこれより実技試験を開始します。二人共準備はよろしいですね?」
「ああ」
クロコはそう返事をしたあと、ロブソンをキッとにらむ。
ロブソンも静かにうなずく。
審判の兵士が腕を挙げた。
「それではよーい……………始――」
その瞬間だった。
ブシュッ!
実技場に突然、大量の血が舞った。
……と同時にロブソンが力無く倒れる。
ザワっと兵士達が騒ぐ。クロコもその状況に混乱する。次の瞬間、
ガシャーンッ!
実技場上部の窓が一斉に砕け、それと同時に窓から無数のナイフが実技場全体に向けて飛んでくる。
実技場の所々で血が飛び、実技場全体が混乱と恐怖の悲鳴に満ちる。
それと共に窓から黒い覆面と黒い衣装に身を包んだ者達が二十人ほど、実技場に一斉に侵入してきた。
「な、なんなんだよ、一体……!!」
クロコはこの事態に混乱の声を上げる。
アールスロウ副司令が険しい顔をする。
「くっ!! アサシン隊……、国軍の奇襲か!」
ガルディア司令官が大声を張り上げる。
「敵の奇襲だ!! とにかく態勢を整えろ!!」
しかし兵士の半数以上は剣を持たない無防備な状態だった。
黒服のアサシン達は恐ろしいほど素早い身のこなしで、次々と無防備な兵士をナイフで切り裂いていく。
さらに剣を構えた兵士達も、アサシン達の素早い動きに全く対応できず、次々と切り裂かれていく。
その中でブレッドは必死で走り、倒れてた兵士からクロコの剣を取る。
「クロ!!」
ブレッドは叫び、クロコに向かって剣を投げる。クロコはそれを受けとると素早く剣を抜き、アサシンの一人に突進する。
クロコは一瞬で間合いを詰め、斬りかかる。
ヒュンッ!
しかしアサシンは素早く反応、後ろに跳んでかわす。
「チッ!」
気づけば実技場の味方はクロコ、ブレッド、ガルディア司令官、アールスロウ副司令を残して全てが倒れていた。
アールスロウの顔が歪む。
「くそ……! こんなことが」
アールスロウは剣を構えた。
「待て!! ファイフ」
ガルディアは素早くアールスロウを止めた。
「なぜです……!? グレイさん」
「確かめるんだ……。あいつらが本物かどうか」
「何を言っているんですか!? 正気とは思えない。それにアサシンは特別な訓練を受けた特殊戦闘員、並みの兵士とは格が違う。敵うはずがない……!」
「そうかどうかはすぐ分かる……! それにいざとなったら……」
ガルディアの額から汗が流れる。
クロコはブレッドと共に中央付近に立った。
「ちょうど左右にばらけてるな……」
クロコはアサシン達の配置を冷静に分析する。
ブレッドは額から冷や汗を流している。
クロコは剣を力強く握ると、ブレッドと背中を合わせた。
「右に十二人、左に八人だ。右はオレがやる」
「わかったよ……、りょーかいだ」
ブレッドの返事と同時に二人は左右に散る。
クロコはアサシンの一人に狙いを定めて突進する。
アサシンはそれを向かいうつように構える。
突然アサシンの前からクロコの姿が消える。次の瞬間クロコはアサシンの横に立っていた。しかしアサシンはそのクロコの動きを目でとらえていた。アサシンは素早く逆へ飛ぶ。
「それで避けたつもりか?」
アサシンの背後から突然クロコの声がした。
ヒュンッ!!
斬撃音とともにアサシンの体が吹っ飛ぶ。
「まずひとり」
クロコはそう言うと、鋭い眼で残りのアサシン達をにらみつけた。
思わぬ事態にアサシン達の動きが一瞬止まるが、すぐに三人のアサシンがクロコに襲いかかる。
「陣形も組まずに突進してきやがって、なめられたモンだな」
三人のアサシン、その一人が三本のナイフ飛ばす。三本のナイフは空気を切り裂き強烈な速さでクロコを襲う。クロコは素早く跳び、それを難なくかわす。しかしクロコの飛んだ方向に別のアサシンが回り込み斬りつける。しかしナイフは空を切る。クロコはアサシンの背後を一瞬でつき素早い斬撃を浴びせた。
地面にたたきつけられるアサシン。
しかし残りのアサシン二人が素早くクロコとの間合いを詰め、同時にクロコを斬りつける。
クロコはアサシン二人の斬撃を素早くかわすと、はるかに速い斬撃を返す。アサシン二人の体が飛んだ。
クロコは勢いそのままにアサシンの集団に突撃する。
そして次々とアサシンを倒していく。
ブレッドはそんなクロコの様子をチラッと見て、冷や汗を流す。
「おいおい、女になってもホントめちゃくちゃだな……」
そんなブレッドの背後から一人のアサシンがナイフを持って襲いかかる。
ヒュンッ!
一瞬の風切り音がした……かと思うとアサシンが力無く倒れた。ブレッドの右手にはしっかりと剣が握られていた。
「さーて、こうなったらやるっきゃねぇな」
ブレッドは剣を振るう。クロコほどの素早く派手な動きはないが、無駄のない洗練された剣技で、次々とアサシン達を仕留めていく。
それら様子をアールスロウ副司令は驚いた様子で見ていた。
「これは、凄いな……。予測の域を超えている」
ガルディア司令官はそれを眺め、ほほえんだ。
「どうやら本物だったな……」
ヒュンッ!
クロコの強烈な斬撃によりアサシンの体が宙を飛ぶ。そして地面に力無く落ちた。
「…………これで全員片づけたな」
クロコは倒れているアサシン達を見回しながら言った。
ブレッドがクロコに近づいてきた。
「まあ、こんなもんだろ」
ブレッドは笑みを浮かべた。
「あれ……? 足りない」
クロコがおもむろに口を開いた。
「何がだ」
ブレッドが聞く。
「オレの方……倒れてるアサシンが十一人しかいない。一人足りない……」
そう言うとクロコはハッとガルディア司令官の方を見た。するとガルディアの上空で、飛び上がったアサシンがナイフを構えている。そしてガルディアにナイフを突き立てようとしていた。
「……上!!」
近くでアールスロウ副司令がとっさに叫ぶ。
「クソ、間に合わない!!」
ブレッドが叫ぶ。
クロコもブレットもアサシンから大分距離があった。しかしクロコは一切迷わずアサシンの方向へ風のように走る。
アサシンは重力に身を任せ、ガルディアの方へナイフを握り落ちてくる。
「うおおおおおっ!!」
クロコは大声をあげ力の限り地面を蹴り、飛び上がった。アサシンのナイフがガルディア司令官に突き刺さるであろうその瞬間、クロコの体がその間へ滑り込んだ、と同時に剣でナイフを受け止めた。
「てめぇーはおとなしくやられてろ!!」
ヒュンッ!!
クロコは斬撃をアサシンに叩きつけた。アサシンは白目をむいて上空に吹き飛ばされる。それと同時にクロコはガルディアとぶつかる。
「わっ!!」
「うおっ!」
軽いクロコだけが倒れ込む。
「うおぉ! こりゃあ本当にすげーな!」
ガルディア司令官は驚きの表情を浮かべた。
ブレッドはその様子を眺めながらホッと肩を下ろす。
「やれやれ、これでホントに終わりか」
国軍の奇襲という事件から数時間、日はゆっくりと落ちかかっていた。
クロコとブレッドはひたすら待たされている。
日が暮れかけてきたため少し暗くなった廊下で、クロコとブレッドは二人、壁にもたれかかっていた。
「おい、ブレッド、もうずいぶん経つぞ。いつまでここで待たされるんだ」
「しょうがねーよ。あんな事が起こった後じゃそうそう入軍試験程度には対応できないって」
「けっきょく入軍できんのか?」
「さあな、試験は中断しちまったからな。こればっかりは分からないな」
「やれやれ、少し疲れた…………」
「おっ! さすがのクロコ様も今日はお疲れか」
「当たり前だろ……今日は色々あり過ぎた……」
「色々か……」
ブレッドはそう言って今日一日のことを思い出す。そして軽く息を吐いた。
「…………確かにな、本当に色々あり過ぎた」
するとクロコがジッとブレッドの方を見た。
「なぁ、ブレッド」
「なんだよ」
「おまえはいつも通りだよな。オレがこんな姿になっても」
「おっ、意外だな。実は気にしてたんだな、この姿のこと」
「当たり前だろ、あれだけ入軍試験受けるのに手こずったら」
「ハハハ、確かにな」
「いくら女の姿だからって変な気おこすなよ」
「起こそうって思ったって起こせるかよ。中身がおまえじゃな」
二人がそんな会話をしていると、遠くからアールスロウ副司令が近づいてきた。
「二人とも待たせたな。ガルディア司令官が呼んでいる、司令室まで来てくれ」
「おっ! やっとお呼び出しか」
二人はアールスロウ副司令の後をついていった。長い廊下を歩き、いくつもの階段を上がった先に司令室はあった。
「よう! おふたりさん。悪いな長々待たせちまって、色々立て込んでてな」
ガルディア司令官は二人が部屋に入った途端呼びかける。
「いえ、仕方がないと思ってますよ。あんな事が起こった後じゃ」
ブレッドが言った。
司令室には立派な机が正面に置いてあり、そこにガルディア司令官が正面を向いて腰かけている。机には書類が山積みに置いてある。また左右にある大きな本棚には大量の資料が押し込まれていた。
アールスロウ副司令は部屋に入るなりガルディア司令官の横に立ち、クロコ達の正面を向く。
「おい、それより入軍試験の結果は……」
クロコがそう言いかけた瞬間だった。
「合格だ」
ガルディア司令官がパッと答えた。
「おいおい、ずいぶんあっさり……」
クロコはあきれた様子だ。
「まー、二人とも素性検査、身体検査、面接試験、どれにおいても大きな問題はないし、実技に至っては文句なしって感じだからな。まあクロコに関しては『特例』って事になるが、まっ! 能力的には問題ないからな」
ガルディア司令官が軽い口調で説明した。横でアールスロウ副司令が口を開く。
「とにかく二人とも入軍おめでとう。今日から君達はこのフルスロック基地の正式な兵士だ」
「よっし! やったな、クロ」
ブレッドがうれしそうにクロコに言った。
「まぁ、当然といえば当然だが」
クロコがふてぶてしくそう言ったその時、突然ブレッドが思い出したように口を開く。
「あっ! ガルディア司令官、実はこいつ……クロコには一つ問題が」
「問題……?」
その後ブレッドはクロコの呪いに関することをガルディア司令官とアールスロウ副司令に一通り話した。
「ハッハッハッハッハッ! おもしろいな、女になる呪いなんて」
ガルディア司令官はおもしろい話を聞いた後のように上機嫌に笑う。
アールスロウ副指令は少しうさんくさいものを見る目でクロコを見た。
クロコは上機嫌に笑うガルディアにあきれた様子だ。
「まったく、笑いごとじゃねーよ」
ブレッドが話を続ける。
「それで、素性検査や身体検査の時は、これ以上の混乱を避けるために女ってことで通すようこいつに言ったんですが、これからのことを考えるとやっぱり、このまま通すには無理があるだろうと思いまして…………こいつの性格も考えて」
「まあ、確かにな。正直に話してくれてありがとう。オレの方でも少しその呪いについて調べてみよう。男に戻ればクロコは今よりも強くなるんだろ? 頼もしいじゃないか」
ガルディア司令官は笑顔だ。横でアールスロウ副司令が二人の方を見る。
「今の話が仮に本当だとすれば、考慮しなければならない点が多々あるようだな」
「まあ、呪いの件はとりあえずオレ達に任せて、おまえらはまずは基地に慣れることからだな。ああ、それと……」
ガルディア司令官は手を組んだ。
「おまえ達に聞きたいことがあるんだ」
それを聞いてブレッドが反応する。
「聞きたいこと……ですか?」
「ああ、本来オレ達は試験の合否を伝える役目じゃないんだが、それがあるから来てもらったんだよ。まあ、オレ個人の興味みたいなもんだが」
ガルディアはそう言ったあと、二人の方を真っ直ぐに見る。
「おまえたちが入軍した理由を聞きたい」
ブレッドが一瞬キョトンとする。
「入軍理由なら面接試験のときに答えましたが」
「ああ、そうか。だが面接試験の詳しい内容はオレの耳には入らないんだ。それに試験用の答えにはあまり興味がなくてな。個人的に聞きたいんだよ、おまえらの入軍理由。もし良ければ教えてもらえないか?」
アールスロウ副司令は横目でガルディアを見ながら、実技試験の前に出身地の話をしたことを思い出していた。そしてその場所で起きた事件のことも……
国軍が起こした事件、スロンヴィア虐殺。
ガルディア司令官は急に真剣な様子になり、真っ直ぐ二人を見る。力強い眼だ。その鋭い眼光はごまかしやはぐらかしなど一切通用しない息をのむような雰囲気を放っていた。
その眼にブレッドが一瞬だけ気圧される。しかしクロコは全くひるむ気配がなく、ガルディアの眼を強く見つめ返した。口が大きく開く。
「そんなの、オレ達にとっては決まってる」
クロコは迷いなく言う。
「光を求めてだ」
ガルディアは一瞬、不意を突かれたような顔をした。
「光……?」
「オレ達の出身はスロンヴィアだ。だが三日前までの六年間アークガルドに住んでいた」
「アークガルド」という単語を聞いてガルディア司令官とアールスロウ副司令はピクッと反応した。
アールスロウ副司令は少し目を細める。
(血と略奪の町アークガルド……)
クロコは話を続ける。
「オレ達は幼いころ、国軍に全てを奪われた。その後、オレ達は町を転々とした。そしてオレ達が生きることのできる場所は、アークガルドしかなかった。だが…………あそこは、生きる以外は何も無かった。あったのは暗闇だけだったんだ。誰にも認められない、存在も、生き方も、誇りも。そして何にもなれない……」
クロコの表情が一瞬くもった。しかしすぐに強い眼を取り戻す。
「オレ達が解放軍に入って、そしてもし解放軍が勝てば、オレ達は認められる。そう思ったんだ。この国で生きていていい存在になれる。認められる存在になれる」
クロコは前のみを見つめていた。
「それがオレ達の光だ」
その答えを聞いたガルディアは微動だにせず、クロコを真っ直ぐ見つめている。
二人の視線は全くそれる様子がない。
「復讐は考えていないのか?」
ガルディアは静かな口調でそう聞いた。
ブレッドはわずかに反応するが、クロコは全く動じる気配がない。
「確かに国軍は憎い。だがその先に何がある、光はあるのか?」
クロコはしっかりとした口調で力強く言う。
「オレ達は光がほしい。オレ達が求めるのは『希望』ただ一つだ!」
一瞬の静寂。
そしてそのクロコの答えを聞いたガルディアは、ゆっくりとクロコから視線を移した。
そして目をつぶって、何かを考えている様子をしばらく見せる。
そしておもむろに口を開く。
「なるほどな。そうか……、『希望』か」
そう言ってガルディアは、また何かを考えるような様子を見せた。
ガルディアはゆっくりと口を開く。
「答えてくれてありがとうな。少しだけおまえらのことがわかった気がするよ」
その後、クロコとブレッドはアールスロウ副指令から一通りの説明を受け、廊下に出された。
廊下を歩きながらブレッドは安堵の表情を浮かべる。
「ふぅ~、一時はどうなるかと思ったが、なんとか当初の予定通り無事入軍できたな」
「始めっから問題なかったんだ。オレは男だし、実力的にもなんの問題もなかったんだからな」
「いや、しかし現実問題けっこう厳しかったと思うぞ」
ブレッドはそう言った後、クロコから少し視線をそらす。
(まあ、なんにしろ、この呪いのせいでこいつのトラブルメ―カ―ぶりに拍車がかかることは間違いなさそうだけどな……)
クロコは少し笑顔を浮かべた。真紅の瞳は、ただ前だけを見つめていた。
「全ては今から始まるんだ」