1-17 裂破の獅子
クロコとフロウは狭い岩壁のルートを抜けた。
二人はグラン・マルキノのほぼ真後ろにあたる場所に出ていた。
二人は岩陰に隠れて敵陣の様子を見る。
グラン・マルキノを囲むようにして七、八人の剣兵が立っているのが見えた。
「クロコ君見て」
フロウがグラン・マルキノの、ある部分を指さす。グラン・マルキノの裏の中央に大きな金属の扉があった。周りには木製の足場と、そこへと上がる短いはしごがある。
「あそこがグラン・マルキノの入り口だ」
「ああ、だがまずは外の剣兵をぶっ飛ばさないとな」
「いや、君はその必要はないよ。奇襲はスピードが命だ。僕が道を作る。君はその隙に扉に飛び込め」
「……! おい、だけどその傷で」
クロコは心配そうにフロウの傷口を見る。傷口は包帯で厚く巻かれている。
フロウは黙った。少しだけ目をそらし、地面を見つめた。しかし、すぐに向き直り、クロコをジッと見つめる。
「クロコ君、聞いてくれ。戦争っていうのは人間同士の殺し合いだ。そしてそこには狂気が渦巻いている。君も、今までの戦いでその一端に触れているはすだ。…………だけど、僕は、そんな中にも確かに人の意地……『誇り』が存在していると信じてる」
フロウは真っ直ぐにクロコの瞳を見つめていた。
「そして僕も『誇り』を持って戦っている。だから……僕を信じてほしい」
フロウの青い瞳には確かな決意がこもっていた。
クロコはその瞳を見て、少しのあいだだけ何かを考える。しかし、すぐに静かにうなずいた。
そして真紅の瞳でフロウの瞳を見つめ返す。
「分かった、オレはおまえを信じる。だから絶対に生きて帰るぞ」
クロコのその言葉を聞いてフロウはニコッと笑う。
「もちろん! そのつもりさ」
その笑顔を見てクロコもニッと笑う。
二人は前を見つめる。フロウが静かに口を開いた。
「……行くよ」
クロコとフロウはグラン・マルキノに向けて駆けだす。
二人が岩陰から飛び出すと、警備をしていた剣兵の一人が反応する。
「敵だー! 敵の奇襲だぞー!」
その叫び声とともに他の剣兵達がクロコ達に向けて集まってくる。クロコとフロウはそれに全く動じることなく扉に向かって一直線に走る。
数人の剣兵が二人の前に立ちはだかる。
フロウが先行し小剣で剣兵の一人に斬りかかる。
ヒュンッ!
剣兵は素早く反応し、後ろに飛んでかわした。
「……!!」
フロウはその反応に一瞬驚くが、すぐに前へ飛んで剣兵に追い打ちをかける。剣兵は素早く反応しフロウの動きに合わせて斬撃を放つ。フロウはそれに構わず捨て身で剣兵に突っ込む。
ヒュン! ヒュン!
フロウの剣が剣兵をわずかに早く切り裂いた。
それによりわずかに道が開く。
「いけー! クロコー!!」
フロウの叫びと共にクロコは一気に突き進み、剣兵の壁を抜ける。
残りの剣兵達がクロコを追おうとする。次の瞬間、
ヒュヒュヒュヒュンッ!
フロウが放った無数の斬撃が剣兵達を阻む。剣兵達は後ろに跳びフロウとの距離をとる。
扉を背にし、剣兵の前に立ちふさがるフロウ。
フロウはチラッと後ろを見る。クロコはグラン・マルキノの扉を開けて中へと入っていった。フロウはそれを確認すると、再び前を見て剣兵達をにらむ。
「ここを通りたければ、まず僕を倒していくんだね」
フロウは次々と集まってくる剣兵達に小剣を向けた。
その額からはわずかに汗がにじむ。
(グラン・マルキノを警備している剣兵……他の剣兵達とは動きが違う。敵は、こちらの作戦を読んでいる……!)
フロウの包帯からわずかに血がにじむ。
一方内部に突入したクロコはグラン・マルキノの中を駆け抜けていた。
中は広い建物の廊下のように通路が延々と続いている。通路を囲む木製の壁からはゴウンゴウンと物の動くような独特の鈍い音が響いている。
突如、三人の剣兵がクロコの前に立ちはだかる。しかしクロコは動じず一瞬で間合いを詰める。
ヒュンヒュンヒュンッ!
クロコは三人の剣兵を一気に切り伏せた。狭い廊下の中では数の利はほとんどなく、縮んだ体も有利に働いた。
その後、六、七人の兵士が襲ってきたがクロコはそれを難なく斬り伏せる。
(ここの兵士、動きはいいが外で警備している兵士ほどじゃない。いける! このままいけば……)
クロコは足の力をゆるめることなく、ひたすら走り続ける。
廊下はまるで迷路のようだった。時に道が分かれ、時に部屋があり、しかし砲弾が置かれている部屋はなかなか見つからない。
ずいぶんと進んだ。クロコは廊下をひたすら走る。
(まだか、もうそろそろ……)
クロコがそう思った時だった。狭い道が突然開けて広い空間へと飛び出した。
「ここは……」
クロコが出た場所は大部屋だった。部屋は木製の壁でおおわれている。
「ようこそ、セウスノールの剣士」
突然クロコの近くで声がした。
クロコが声の方向を見ると中年の軍人が部屋の向かいにある扉の前に立っていた。
整えられた黒い髪、黒い口ひげとあごひげ、鋭い目、静かながらも重々しい雰囲気……
ファウンド大佐がクロコの前に立っていた。
「この扉の先が砲弾の装置及び発射室だ。つまり君が目指している場所ということになる」
それを聞いたクロコはファウンドを鋭い眼でにらみつけた。
しかしファウンドはほほえむ。
「家にな……フランセールのワインを寝かせてあるんだ」
「……なに?」
「早く仕事を終えて、帰って飲みたいものだ」
「………………何者だ、アンタは?」
「私か? 私はベイズ・ファウンド、ただの中年の軍人さ」
ファウンドはニヤッと笑った。
「ベイズ・ファウンド……なるほど、アンタがここの司令官か。……アンタには少し興味があったんだ」
「ほぉ……」
「大勢の人間のど真ん中にグラン・マルキノを、こんなものを撃ち込む作戦を考えるようなやつのツラがどんななのか、一度見ておきたくってな」
そう言ってクロコは少し怒りのこもった眼でファウンドをにらんだ。
しかしファウンドは笑う。
「フッ……おかしなことを言う。私は国軍人だよ? 解放軍兵がいくら死のうと私には関係ない」
「アンタ……狂ってるな」
「私は司令官だ。だからこそ、いかに多くの味方を守り、そして勝つか、それだけを考える。そしてそのためならば、どんなことでもしよう。そのためならばあえて狂おう。悪魔にもなろう」
それを聞いたクロコの歯がギリッと鳴る。クロコはファウンドに剣を向けた。
「そこをどけ、オッサン」
「ならば力づくでどかせばいい。私からどく気はいっさいないよ。お嬢さん」
「誰がお嬢さんだ! 人を見た目で判断するやつは……」
「判断する気はないよ。君だろ? セウスノール軍の強力な四人の援軍、その中の一人に女の剣士がいると聞いた」
「…………」
「見た目はお互い様、ここは互いに遠慮なく……といこうじゃないか」
ファウンドは剣を抜いた。
「じゃあ、そうさせてもらう」
そう言った直後、クロコは一瞬でファウンドの懐に入る。そして一気に剣を振る。
ギィンッ!
クロコの斬撃はファウンドに素早く止められた。しかしクロコはすかさず横につく。
ギィンッ!
クロコの放った斬撃は再びファウンドに防がれる。ファウンドはさらに自らの剣を回転させる。
キィン
クロコの剣は横に流される。クロコはバランスを崩す。
「……!!」
バランスを崩したクロコにファウンドは容赦なく剣を振るう。クロコは崩れた体を無理やり動かして後ろへ飛ぶ。
ヒュンッ!
クロコとファウンドとの距離が開いた。
ファウンドは追い打ちをかけることなく、いまだ扉の前に立っている。
ポタポタ……
クロコの肩から血が流れる。先ほどの攻撃を避けきれずクロコは肩を切り裂かれていた。
「…………クソ」
クロコはグラン・マルキノに向かう途中に聞いたフロウのある言葉を思い出していた。
「スコア・フィードウッド、『瞬神の騎士の再来』。彼が最も警戒すべき相手だけど、もう一人警戒すべき相手がいる」
「もう一人?」
「ベイズ・ファウンド。敵の司令官さ。かつて『裂破の獅子』の異名で恐れられた歴戦の剣士」
「かつてって……司令官やってるぐらいだろ。もういいオッサンなんじゃないか?」
「まぁそうだけど、でももし、いまだにその腕が衰えてなかったとしたら」
「なかったとしたら?」
「おそらく僕たちの作戦の、最大の障害になる」
肩を切り裂かれたクロコはファウンドを見つめる。
「なるほど、フロウの言ったとおりってわけか」
扉の前に立つファウンドは不敵にほほえむ。
「戦線から離れて八年になるか……しかし私はその間も剣技を磨き続けてきた。力も、動きも、あの頃より衰えた。しかし剣の技術だけは、あの頃をはるかに凌駕している」
「クソッたれめ」
クロコは再び剣を構える、と同時に駆け出す。
クロコは左右に素早く動きながらかく乱しつつ近づく。その素早い動きに対しファウンドはほとんど反応しない。
「うおおおぉぉぉッ!!」
クロコはファウンドの斜め後ろにつくと剣を素早く振り下ろす。
キィン
その攻撃はあっさりファウンドに流される。再びクロコの体が崩れる。
ヒュンッ!
ファウンドの斬撃がクロコの左足をとらえた。
「うっ……」
クロコはたまらず右足で地面を蹴り、後ろへ飛んで距離をとった。
「さて、これでチョコマカ動けなくなったな」
ファウンドはいまだに扉の前に立っている。
「ぐっ……」
「さて、そろそろ守りも飽きてきたな。ではこちらからいくか!」
ファウンドはクロコに向かって突進してきた。素早い動きでクロコとの間合いを一気に縮める。
「くっ……」
クロコも必死で迎え撃つ。
ヒュンヒュンヒュン……
ファウンドの無数の斬撃がクロコを襲う。斬撃は速いがクロコほどではない。しかしクロコの死角を的確についてくる。
「クソッ……!」
クロコはその攻撃を必死に防ぐ。左足から血が噴きだす、数発の斬撃がクロコの体をわずかにとらえる。
「うう……」
クロコの体のあちこちから血が飛ぶ。その間もファウンドは攻撃の手を緩めない。それでもクロコはファウンドをにらむ。
「うあーっ!!」
クロコはファウンドの動きに合わせて斬撃を放つ。
キィン
それでもクロコの斬撃はファウンドによって流された。クロコの体が再びバランスを失う。先ほどのように体に力が入らない。バランスを崩したままのクロコの体に容赦なくファウンドの斬撃が襲いかかる。
ヒュンッ!
クロコの腹が切り裂かれる。大量の血しぶきがクロコの腹から飛ぶ。しかしクロコはファウンドをにらみつけて剣を大きく振る。
「うわああぁぁっ!!」
ヒュンッ!
ファウンドは後ろに跳んでヒラリとかわし、そしてそのまま距離をとる。
ファウンドは再び扉の前に立つとクロコの様子を静かにうかがう。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
荒く息をしながら立つクロコ。体は無数に切り裂かれ、腹からは大量の血が流れていた。
「君の腕は認めよう。私にここまで対抗できたのだからな。しかし……」
「…………はあっ、はあっ、はあっ」
ファウンドの言葉に対しクロコは何の反応もしない。血が地面に滴り落ち、目の焦点が合っていない。
「どうやら……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
先ほどまでの荒い息切れが徐々に弱っていく。それでもクロコは前をにらみながら数歩進んだ。
しかし体が前に崩れ、膝をついた。
「はぁ……………はぁ…………」
体から流れる血は止まることなく地面に流れ落ちる。
「どうやらこれで終わりのようだな」
ファウンドは静かにそう言い放った。