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1-14 二人だけの部隊




 撤退したセウスノール解放軍は岩石帯の通路を抜けた。

 辺りには小さな岩石が点在するだけの荒野が広がっている。

 そして目の前には灰色の石壁、第五防衛ラインが広がっていた。ウォーズレイの基地と町を背に、町の石門を囲うように設置されたひと続きの長い防壁だ。

 クロコたち解放軍はとうとうこの最後の防衛ラインまで下がってしまった。


 日はすでに暮れかけていた。

 第五防衛ラインの裏で多くの兵士達が医療班の手当てを受ける。フロウとブレッドの姿もそこにあった。


「状態はどうだ? ブレッド」


 クロコが手当てを受けているブレッドに話しかけた。


「オレは大丈夫さ、傷も浅いしな。オレよりフロウの方が傷は深い……」


「僕も大丈夫さ、次の戦闘は問題ないよ」


 フロウは笑顔を見せる。そんなフロウの横からクレイドが口を挟む。


「さて、どうだろうな。見た感じ浅くはないぜ」


「……仮に浅くなくても下がるわけにはいかないさ。あんなのが出たんなら……」


「………………」


 フロウがその言葉を発した途端四人全員が黙る。


 しばらくの沈黙のあと、フロウが再び口を開く。


「……おそらくあれが『瞬神の騎士の再来』スコア・フィードウッドだ」


「『瞬神の騎士の再来』……あれが前、話に出た国軍の剣士か」


 ブレッドが静かな口調で言った。

 フロウは視線を落とす。


「確かに強いってことは知ってた……」


 フロウは悔しそうな表情を浮かべる。


「名も通っていたしね、天才だって……」


 その言葉を聞いてクレイドが軽く息を吐く。


「あれは天才なんかじゃねぇよ」


 クレイドは眉をひそめる。


「化け物だ」


「化け物か、正直……あれほどだとはね」


「………………」


 またしばらくの沈黙が流れる。


 ブレッドがクロコの方を見る。


「そういえばクロ、おまえ、そいつとなにか関わりがあるのか? どうもやつの様子がおまえを見てからおかしかった気がするんだが」


 ブレッドがそう言うと他の二人もクロコを見る。

 クロコは少し考えたあと、口を開く。


「分からない、正直……記憶にない、それにあんな威圧感を持ったやつなら忘れるはずねぇし」


「そうか……」


 ブレッドは静かにうなずく。


「確かにオレもクロとほとんど行動をいっしょにしているが、あんなやつの記憶はない」


「ああ」


 クロコはそう答えたあと少し下を向く。


(あんな威圧感を持ったやつなら忘れるはずがない、だけどなんだ……あいつが最後に見せた表情、頭のどこかで引っかかる……)


「なら結局それはなんだったんだろうね」


 フロウは不思議そうな様子だ。


「分からねぇこと考えても仕方ないだろ、ようはこれからどうするかってことだ」


 そう言ってクレイドが三人を見る。


「もう最後の防衛ラインまで押し出されちまった。さらに敵には『瞬神の騎士の再来』が加わって前のような攻めは通用しない」


 フロウは空を見上げる。すでに日はほとんど落ち、うっすらと暗くなっていた。


「おそらく今日はこれ以上の戦闘はないね。となると決着は明日、状況を考えるとおそらく明日の最初の戦闘が決着戦になる可能性が高い……」


 ブレッドは首をさする。


「問題は『瞬神の騎士の再来』、それと当初通りグラン・マルキノか」


「だが今までのように俺達が相手の陣をこじ開ける作戦は使えない、『瞬神の騎士の再来』がいる限りな」


「正面対決で彼を仕留めるには僕たち四人が陣形を組んで戦うしかない。けど、それでも相手の方に分がある……」


「すでに手傷も負っちまったからな」


「おぉっ、ここにいたのか」


 突然別のゆっくりとした声が聞こえた。

 四人がその声の方向を見ると中年の軍人が立っていた。

 その軍人は年齢四十代後半、中肉中背、白い髪、ふわっとした白いひげで顔が覆われている。ウォーズレイ基地の司令官アストリアだ。


 それを見てフロウが少し驚く。


「アストリア司令官、どうしてここに」


「なーに、簡単なことさ。この最終防衛ラインを敵に超えられればグラン・マルキノによって一瞬で基地が破壊されてしまう。なら基地での防衛戦など意味はない。司令部をブロズド副指令に任せ、私が自ら指揮をとる」


「ということは、つまり……」


「うむ、つまりここで決着がつく。相手もグラン・マルキノを一気に前進させてくるだろう。我々もここで全ての戦力を投入する予定だ。ここに来たのはきみらにも作戦会議に出席してもらいたいからなんだ。この戦いの勝利にはきみらの力が必要だからな」



 アストリア司令官はそう言うと、その後四人を第五防衛ラインの隅に建てられている小屋に連れて行った。


 大きな木製テーブルをアストリア司令官、隊長二人、そしてクロコ達の七人で囲んだ。

 アストリア司令官が地図を広げる。

 そしてゆっくりとした口調で話し始める。


「まずは状況を整理しよう。まず我々のいる第五防衛ラインとウォーズレイ基地までの距離はおよそ600m、グラン・マルキノの射程とほぼ同じだ」


 アストリア司令官は第五防衛ライン付近を指さす。

 フロウが静かに口を開く。


「つまりここを突破されればグラン・マルキノによって基地は破壊される」


「うむ、しかし現在戦況は敵が有利だ。我々は最終防衛ラインまで押し出され、さらに数においてはほぼ同じものの、主戦力においては敵が優っている。つまりきみたちと『瞬神の騎士の再来』との差になるな」


「…………」


「もしこのまま、まともにぶつかれば間違いなく我々が不利だ」


「だからといってこのまま逃げるわけにはいかねーだろ」


 クロコはアストリア司令官をにらむ。それに動じることなくアストリア司令官が口を開く。


「その通りだ。敵が有利なのは間違いない。しかし敵側は我々に勝つために二つの条件をクリアしなければならない」


「二つの条件……?」


「ああ、一つは第五防衛ラインの突破、そしてもう一つはグラン・マルキノを第五防衛ライン付近まで進ませること」


「そのまんまだな」


「ああ、そうだ。だが逆にいえば、この二つ、どちらかを阻止することができれば、敵が我々から勝利を奪うことは難しくなる。岩石の通路の押し合いにより、互いにだいぶ兵力をすり減らした。現在の敵戦力では基地攻略はほぼ不可能に近い。つまり敵は現在グラン・マルキノ以外の決め手を持っていないことになる」


 アストリアは再び第五防衛ライン付近を指さす。


「話をまとめよう。まず一つ目を阻止するにはさっき言ったとおりの正面対決。しかし我々としては、そこは避けたい。となれば二つ目の条件の阻止、つまりは……」


「グラン・マルキノの破壊、ですね」


 フロウが静かに言った。


「その通りだ」


 クロコが地図を見つめる。


「おい、だけどアレを破壊するには敵軍を突破しなきゃいけないんじゃないのか?」


「そう、そこが今回の作戦のポイントだ。我々はこの第五防衛ラインに兵士を集め防衛ラインを守る、ここまでは今までと変わらない。だがそれともう一つ少数部隊を編成し、別ルートでグラン・マルキノを奇襲し破壊する」


「奇襲によるグラン・マルキノの破壊……」


「そうだ。グラン・マルキノを破壊すれば敵は決め手を失う。そうなれば少数規模の戦闘において基地を所有する我々が圧倒的に有利になる。敵は撤退せざるおえない」


「しかし、奇襲など簡単にできるのですか?」


「この岩石地帯の複雑な地形は我々しか完全に把握していない。つまり我々しか知らない抜け道もいくつか存在する。そこを利用すれば少数部隊ならグラン・マルキノに近づくことが可能だ」


 クロコはそれを聞いてボソッと口を開く。


「奇襲作戦、か」






 岩壁に挟まれた空間にある第四防衛ライン。石壁は崩され、そこにグラン・マルキノがそびえたつ。

 グラウド国軍も同じように作戦会議を開いていた。灯りの下、十人近い軍人が石板に腰掛け、地面に置かれたテーブルの上の地図を囲む。


「次の戦闘には全戦力を投入しましょう。このまま押し切れば我々の勝利は間違いありません!」


 軍人の一人がファウンド大佐に向かって言った。


「そうかな?」


 ファウンド大佐が静かな口調で言った。


「えっ?」


「このまま戦えば我々が有利だろう。しかし敵もそれは分かっている」


 ファウンド大佐はあごひげを触る。


「もし私が敵ならば、グラン・マルキノ本体を潰しにかかる」


「それが可能だと?」


 軍人の一人が言った。すると別の軍人が口を開く。


「いえ、しかしそんなことはできないのでは? 正面からでは間違いなく無理ですし、岩石帯を利用した別ルートでの奇襲でも、こちらの警戒網に引っかかるはずです」


 それを聞いてファウンド大佐が答える。


「少数部隊なら可能だ。防衛ラインの設置場所からも、敵はこの地形を相当熟知している。こちらが警戒しづらいルートを少数精鋭で攻めれば奇襲は可能だ」


「ならスコアをグラン・マルキノの防衛に回しましょう。そうすれば敵の奇襲を押さえられます」


「いや、彼が抜ければ第五防衛ラインの突破は難しくなる。彼は第五防衛ライン突破に努めてもらう。グラン・マルキノは腕利きの兵士十数名で守らせる」


「しかしそれだけでは……」


「それだけではない。なに心配するな……策はある」


 ファウンド大佐は不敵にほほえんだ。





 一方解放軍の作戦会議。


「奇襲作戦に参加するメンバーはどうするんですか?」


 ブレッドがアストリア司令官に聞く。


「ふむ、すでに考えてある」


 アストリア司令官は顔を上げ四人の方向を見る。


「奇襲作戦を行なう部隊の人数は二人、クロコとフロウだ」


「……! 二人ですか?」


 フロウが思わず聞き返した。ブレッドも驚いた表情で口を開く。


「いくらなんでも少ないのでは?」


「奇襲の成功率を上げるには数をできるだけ少なくするのが望ましい、そしてできる限り迅速に行動できる方が良い」


 それを聞いてクレイドがうなずく。


「なるほどな、つまり足のきくこの二人ってわけか。他のやつらを加えても、二人のスピードにはまずついてこれないだろうしな」


 対してブレッドは不安げな表情だ。


「しかし……二人っていうのはいくらなんでも少ないな」


 アストリア司令官はその様子を見て口を開く。


「確かに数は少ない」


 アストリアはフロウとクロコ、二人の顔を見つめる。


「しかし私はきみたち二人だけでも十分な戦力だと判断している」


 二人もアストリアの方を真っ直ぐ見つめ返す。

 ふいにクロコがフロウの方を見て言う。


「……フロウ、おまえ前の戦闘での傷はいいのか?」


「大丈夫だよ。傷口はしっかり縫合したし、それに……」


 フロウはニコッと笑う。


「それに奇襲は僕の得意分野。下がる気はないよ」




 その後、アストリア司令官が細かい作戦の説明をして会議は終了した。





 夜になった。

 兵士達は防衛ラインの裏でグループごとにたき火をし、それを囲むように毛布でくるまって寝ている。


 そんな中、クロコはどうしても寝つけず夜空を見つめていた。満月に照らされた丸雲がゆっくりと流れ、中心には赤い星が光り輝く。


「クロ……起きてるのか?」


 突然クロコの隣から声がした。同じように寝つけずにいたブレッドが話しかけてきたのだ。


「ああ、なんだ。おまえも寝つけないのか」


 クロコはそう言ってブレッドの方を見た。ブレッドは笑う。


「どうも落ち着かなくてな。おまえもそうなんだろ?」


「……まあ、そんなトコだ」


「しかし、ここにきてから大変だよな。正直二回ぐらい死んだかと思ったぜ」


「勝った、オレは三回だ」


「ハハハ、そりゃあオレの負けだな」


 ブレッドは楽しそうに笑う、それに釣られてクロコも少し笑う。



「なぁ、クロ」


「ん?」


「…………」


 ブレッドは少し黙ったあと再び口を開く。


「入軍試験のあと、ガルディアさんの前で言ったこと、覚えてるか?」


「ん……? 何のことだよ」


「おまえが入軍する理由を言った時のことだよ」


「ああ、アレか」


「おまえは『希望』一つ求めてるって言ったよな」


「なんだよ、突然」


 するとブレッドは黙った、

 少しの静寂の後、ブレッドが口を開く。


「なあクロ、本当にこの先に『希望』はあると思うか……?」


「そんなもん先に進む前から考えたってしょうがねぇだろ。今はただ、信じて進むだけだ」


「フッ、そうか、そうだな……いいんじゃないか、おまえらしい」


「おまえはどうなんだよ!!」


「ちょっと静かにしゃべろよ。フロウとクレイドが起きるぞ」


「…………おまえはどうなんだよ」


 クロコはボソボソとしゃべった。


「………………」


 ブレッドは少し黙ったあとゆっくりと口を開く。


「オレは……少し迷っているのかもな」


「何をだよ」


「わからねぇ……」


「……ハッ?」


「まぁ今は、ただ見届けようと思ってるよ。それがオレの一番だ」


「だから何をだよ」


「何をだろうな」


「おいっ」


 ブレッドはほほえんだ。


「そろそろ寝ようぜ。おやすみなクロ……」


 そう言うとブレッドはそのまま黙った。

 クロコも間もなく、ゆっくりと眠りに落ちていった。





 グラウド国軍本陣、兵士達が明日に備えて寝ている中、スコアは一人起きて、座り込んで考えていた。


(クロコ……なんできみが……なんで……)






 翌朝、クロコ達は準備を整えて待機していた。


「クロコさん!」


 元気のいい声がクロコの背後から響いた。

 クロコが振り向くと、そこにはサキがうれしそうな顔で立っていた。


「サキ!」


「あっ、サキ君、ケガはもういいの?」


 フロウはサキに声をかける。


「はいっ! なんとか間に合いました。これでまた皆さんといっしょに戦えます!」


 サキはうれしそうに笑う。


「クロコさん達が活躍しているのに、僕だけがずっと寝ているわけにはいきませんから! クロコさん達ほどではないにしろ僕も少しは役に立たないと!」


 サキはそう言って意気込む。

 その様子を見たクレイドがうれしそうにほほえむ。


「それじゃあ期待してるぜ。サキ」


「はいっ!」




 しばらくして先行していた偵察部隊の一部が帰ってきた。

 彼らはすぐにアストリア司令官に現状を報告する。


「敵軍はほぼ全戦力を投入して、こちらへ向かってきています。こちらに着くまでおよそ二十分」


「グラン・マルキノの様子は?」


「第四防衛ライン地点で待機しています」


「分かった。ご苦労だったな」


 アストリア司令官は偵察隊に背を向けてクロコ達の方へ近づく。


「もうすぐ作戦開始だ。どうだ準備はいいかね?」


「はい、問題ありません」


 フロウはピシッと答えた。


「待ちくたびれたぜ」


 クロコは不敵に笑った。


「ふむ、大丈夫そうでなによりだ」


 アストリアは二人の様子を見てニコッと笑う。


「ルートは事前に確認した通りだ。予定通りCルートで行ってくれ。あとコレを」


 アストリアは黒い箱状の物体をクロコとフロウに手渡した。


「時限式の爆弾だ。昨日説明した通り、これだけでグラン・マルキノを破壊することはできない。しかしグラン・マルキノ内部に侵入して、そこにあるグラン・マルキノ自身の砲弾に引火させれば、破壊は可能だ」


「分かりました」


「クロコさんフロウさん、気をつけて」


 サキが声をかける。


「こっちはまかせとけよ」


 クレイドはニヤリと笑った。

 ブレッドはクロコに近づき、力強く目を見る。


「クロ、必ず帰ってこいよ」


「ああ、こんなトコで死ぬ気はねぇよ」


 ブレッドはクロコの肩をポンと叩くと、フロウの方に向きを変える。


「フロウも、死ぬなよ」


 ブレッドはフロウに手を差し出す。


「クロコ君よりは安心していいよ」


 フロウはそう言うとブレッドの手をギュッと握る。


「おいっ! どういう意味だ!」


 クロコがつっこむ。


 ブレッドは岩石帯の方を見ると剣の柄をなでる。


「さて、オレ達の相手は『瞬神の騎士の再来』か……」


 それを聞いてクレイドはギラッと目を光らす。


「あのヤロウに借りを返さないとな……!」


 クレイドは力強く言った。


「おいおい、オレ達はあくまで足止めだぞ」


 ブレッドがつっこむ。


 フロウは軽く息を吐いた。


「さて、そろそろだね」


 フロウがそう言うと、クロコはフロウの方をジッと見た。


「フロウ」


「なに?」


「必ず生き残るぞ」


 それを聞いてフロウはニコッと笑う。


「うん、必ず」


 その後フロウは剣の鞘をギュッと握る。それを見てクロコも鋭く眼を光らす。


 辺りに静寂が流れる。



 その静寂をアストリアの声が切り裂く。


「これより作戦を開始する」


 クロコとフロウは駆け出した。

 しかし駆けるフロウの脳裏にわずかな不安がよぎる。


(総力戦と奇襲……互いに危険な戦いだ。けど、もし相手がこちらの手を読んでいたのなら、僕達の方が明らかに危険になる)








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