1-13 襲来
岩石に挟まれた大地に巨大なグラン・マルキノが静かにたたずんでいる。
その前でファウンド大佐と眼鏡の少年スコアは向かい合っていた。
「君がスコア・フィードウッドか……」
「はっ! 遅れて申し訳ありませんでした。ここに向かう途中、崖崩れに遭遇してしまいまして」
(あと落とし物を探したり……)
「ん? なんだって」
「い、いえ、なんでもありません!」
「それより、君はなぜ軍服を着ていない?」
ファウンド大佐はスコアのダボダボな服装を見た。
「いえ、それは、軍服を着て町を歩くのが嫌いでして……それを上官に相談したところ長旅の時だけは私服で良いと言っていただいて、このような格好をしている次第であります……」
「……分かった、それはいい、それよりも大丈夫なのか?」
「大丈夫……と言いますと?」
「戦闘に参加できるのかということだ」
「も、もちろんです」
「そうか、ならば早く準備したまえ」
「は、はい!」
スコアはファウンド大佐に背中を向け駆け出した。そんなスコアにファウンド大佐が一言放つ。
「戦局は現在こちらが不利だ。君の活躍を期待する」
その言葉にスコアが振り向く。
「分かりました。ボクはそのために来たのですから」
眼鏡の奥のスコアの目が一瞬鋭く光った。
ファウンドはその姿を見送ると、再び戦場の方を見つめる。
(戦局は我々が不利だ。だがまだ逆転の可能性はある。あとは彼の働き次第か)
国軍本陣の隅、そこでスコアは大きな茶色のバッグを開け、中から軍服を取り出す。
ダボッとした私服を脱ぎ、サイズの合ったピシッとした軍服を身にまとう。
白い鞘に収まった剣を腰に付けると、顔を少し下げて厚い眼鏡を外し、そして再びゆっくりと顔を上げる。少年の眼が鋭くなる。深い青色の瞳が冷たく光る。少年は戦士の表情になった。
そこにはいままでのオドオドとした少年の面影はなかった。姿はもちろん、それを取り巻く雰囲気そのものが全く別のものに変わっていた。氷のように冷たく、そして鋭い威圧感に満ちている。
スコアは戦場の方に目を向け、そして駆け出した。
赤色の岩壁に挟まれた戦場では解放軍が有利に戦いを進めていた。
国軍の陣形を左右に分断し、その陣形を囲むようにして激しい攻撃を浴びせる。
しかし兵士一人一人の能力に勝っている国軍は完全に押し切られず対抗していた。
その中でフロウは素早い動きで敵陣に切り込み、敵兵を次々と切り伏せ陣形を崩していた。
フロウは一瞬全体を見渡す。
(敵陣を二つに分断してこちらが有利な状態になった。だけど敵軍もその状況に徐々に対応しつつある。有利に戦闘を進めている今の内にケリをつけるつもりでやらないと……)
フロウは決して手を緩めず、向かってくる敵を次々と切り伏せる。その時だった、
フロウは前方に白い髪をした兵士を確認した。スコアがフロウの前の現れたのだ。その直後だった。
フロウの目の前からスコアの姿が消えた。
「……!」
フロウの間合いに突如スコアの姿が現れる。
「なっ……!」
ヒュンッ!!
スコアの剣は一瞬にしてフロウの体を切り裂いた。フロウはわずかに体を反らし直撃こそ避けたが、脇腹から血が噴きあがる。
「……がっ!」
フロウは脇腹を押さえ地面に伏した。
「フロウ!!」
近くにいたクレイドが事態に気づき駆けつけてきた。
「このっ!!」
クレイドは両腕で力強く巨大な剣を握ると、正面からスコアに向けて強烈な一撃を放つ。
ギィィンッ!!
スコアはクレイドの一撃を片手の剣で止める。
「なんだと……っ!」
スコアは一瞬でクレイドの懐に入った。
ズンッ!!
スコアの強烈な蹴りがクレイドに叩きつけられる。鈍い音と共にクレイドの大きな図体が軽々と浮き上がり飛ばされる。
地面引きずられ、そして伏すクレイド。
「ぐ……あ……」
その蹴りの衝撃で全く動けない。クレイドは悶絶した。
一方ブレッドはフロウとクレイドのいる場所から離れた場所で戦っていた。
ブレッドは襲ってくる剣兵を一人斬り伏せると、周りの状況を確認する。その時ある異変に気付いた。
(フロウとクレイドが戦っている辺りが押され始めている……どうなってんだ?)
その時ブレッドは少し前方に白い髪の兵士の姿を見た。ブレッドとスコアの目が合う。
スコアの氷のように冷たい視線……ブレッドの背中に寒気が走る。
次の瞬間スコアは恐ろしいほどのスピードでブレッドに向かってくる。それに応じてブレッドも剣を構える。
(速い……! オレより、いやクロコやフロウよりも、もっと……!)
スコアは一気に間合いを詰めてくる。
「いくら速くても目を凝らせば……!」
ブレッドはスコアの動きに集中した。しかしスコアの姿は一瞬でブレッドの視界から消える。
「……えっ?」
スコアはブレッドの目の前にいた。
「クソ……ッ!!」
ヒュンッ!
ブレッドは素早い反応で後ろに飛んだ。しかしすでにスコアの剣はブレッドの腹をかすめ切り裂いていた。ブレッドの腹から血が噴きあがる。
「ぐっ……」
ブレッドは腹を押さえてひざをつく。しかしそれでも剣を力強く握り、スコアに向かって息を切らしながら構える。
「ハッ、ハッ、ハッ、……クソ」
スコアはそんなブレッドを表情一つ変えずに冷静な眼で見ていた。そして容赦のない一撃を放とうとする、その瞬間だった、
「うおおおおおおおっ!!」
クロコが横から全速力で飛び込みながらスコアに向かって斬りつける。
ギィンッ!!
スコアはその攻撃に一瞬で反応した。スコアの放った強烈な斬撃はクロコの剣を宙にはじき飛ばした。剣はクロコの真上を激しく回転しながら舞う。
クロコはその瞬間からだが固まる。
今まで自分が生きていた人生の中で、これほど完璧に自分の攻撃が見切られ、そしてこれほど見事に自分の剣をはじかれたことはなかった。それはクロコにとって信じられない出来事だった。
その出来事にクロコは放心する。
スコアは剣を持たない無防備なクロコに対し、容赦なく剣を振り上げる。
「クロコーッ!!!」
ブレッドが叫ぶ。その瞬間クロコはハッと我に返る。
しかし全てが遅かった。
振り上げられた剣を目にした途端クロコは全てを悟った。
(ダメだ……やられる)
しかし振り上げられた剣はクロコに向かって振り下ろされることはなかった。
スコアの手がわずかに震えていた。
「なんで……きみが……!」
今までの氷のように冷たい眼に初めて感情が宿る。
「……?」
クロコは敵のその様子をぼうぜんと見た。
その時だった。
パンッパンッパンッ!
「撤退だー! 一時撤退するぞー!」
信号銃の音の後にブロズド副司令の大声が響いた。
すでに解放軍はスコアによって攻撃の基盤が崩され、自力で勝る国軍に押し返され始めていた。
「くっ!」
クロコは素早く自分の剣を拾うとボーッと立っているスコアから距離をとる。ブレッドも腹を押さえながらも走りだし撤退する。
少し離れたところでは、なんとか回復したクレイドがフロウに肩を貸し撤退していた。
スコアはクロコが撤退していく様子を、剣を下げたままボーッと見つめていた。