7-0 それぞれの進む道
青空には大きな雲が速く流れている。太陽が光り輝き、温かい陽射しが純白の街を照らしていた。
その街に連なる純白の屋敷の一つ、その一室で、スコア・フィードウッドは目を覚ました。
スコアはベッドの上にいた。質の良い家具が置かれ、美しい装飾品が多くある部屋だった。すぐ近くに置かれたイスに誰かが座って本を読んでいる。スコアが起きたことに気づき、顔を向けた。白い髪を後ろに結んだ、青い瞳の男だった。解放軍の軍服を着ている。
「あなたは……」
「話をするのは初めてだな、スコア・フィードウッド」
「あなたは戦場で会った……」
「ああ、君のおかげで、最後まで戦えなかった」
「名は……」
「ファイフ・アールスロウだ」
スコアは驚いた。そしてうつむいた。
「どうして、ボクを助けたんですか……?」
アールスロウは冷静な表情で口を開いた。
「出来の悪い弟子に泣きつかれたんだ。放っておくわけにもいかないだろう」
「ボクはあなたの……」
スコアはためらうように言った。
「あなたの上司を殺した」
アールスロウの表情は冷静だった。落ち着いた様子で口を開く。
「グレイさんは、君に殺されたわけではない。戦争で死んだんだ」
アールスロウはゆっくりと言った。
「それだけだ」
スコアは一瞬目を閉じたあと、しっかりとアールスロウを見つめた。
「ありがとうございます」
少しの間、部屋を静寂が支配した。
アールスロウは口を開く。
「君は、自分がどれぐらいのあいだ意識を失っていたか、分かるか?」
「分かりません、三日ぐらいですか?」
「一週間だ」
「そんなに……」
スコアはわずかに戸惑ったあと、ハッとした。
「戦いは……戦いはどうなったんですか?」
アールスロウは冷静な声を出した。
「君も薄々気づいているだろうが……君たち国軍は負けた。解放軍の勝利だ」
スコアは言葉を失う。辛そうに視線を落とした。
「現在解放軍は、動ける兵士で地下に隠されていた巨大爆弾の解体をしている」
「そうですか……」
「君がここにいることは、俺とクロコ以外は知らない。君の様子を一番よく見ていたのは俺ではなくクロコだ」
「………………」
スコアは静かに自分の右の手の平を見つめた。
クロコはゴウドルークスの大通りを早足で歩いていた。体は包帯でぐるぐる巻きだ。純白だった大通りは、砲撃によって、所々が砕けていたり、黒く焼け焦げていたりしていた。クロコは足を止めて見上げる。
視線の先には街全体を見下ろすようにグラウド国軍本部基地がそびえ立っていた。所々に砲撃で砕かれた跡がある。頂上には赤色の旗がはためいている。その旗のヘルム型の旗印を見て、クロコは少しだけさびしげな顔をした。
クロコはまた大通りを歩き始める。
大通りの別の場所、人の気配のないその場所で、フロウは一人立っていた。体に厚く包帯を巻いている。戦いによりボロボロになった道を眺めていた。
「終わったのか……これで、この戦いは」
フロウは周りを見渡す。
「解放軍は勝利した。けど……」
美しかっただろう純白の道は、所々が砕け、黒く焦げている。焦げ跡とは違う薄黒い跡は、変色した血痕なのだろう。
目を閉じれば、今でもすぐよみがえる。延々と続く爆撃の音。
ここはずいぶんと静かだった。
フロウはまた辺りを見渡す。すると、少し離れた場所に人が立っているのに気付いた。
「……!」
フロウはそれを見て、駆け寄る。ボロボロになった大通りにコールの姿があった。
「君は……コール・レイクスロー」
コールはゆっくりとフロウに顔を向けた、冷静な様子だ。
「やあ、フロウ・ストルーク」
「まだ逃げてなかったのか……」
「捕まえてみる?」
「いや……君にはもう、戦う意思はないんだろう?」
コールは静かに辺りの景色を眺める。
「うん、もう勝者は決まったから」
「………………」
「ボクらはもう、敗者だ」
コールはそう言ったあと、青い瞳を小さく光らせてフロウを見つめた。
「だけど、忘れないでほしい」
コールは静かに、しかしはっきりとした口調で言った。
「君たちが自分の正しいことを信じて戦ったように、ボクらもまた、自分の正しいことを信じて戦ったんだ。誇りを懸けて、命を懸けて……」
コールは横を向いて歩き出した。
「だから、どうか忘れないでほしい、ボクらのことを」
コールは路地へと姿を消した。
フロウは静かに口を開く。
「ああ、分かってる、僕は忘れない。決して忘れないよ」
ゴウドルークスに建つ純白の屋敷の一つ、その中には多くの解放軍兵と支援員の姿があった。兵士のほとんどは階段などに座り込み、体を休めている。支援員は忙しそうに廊下を走り回っている。
その廊下の一つを、クロコは歩いていた。ドアを開け、部屋の一つに入る。その部屋にはソラの姿があった。洋服棚を漁っている。
「なにやってんだ、おまえ」
声に気づき、ソラはニコニコとクロコの方を見る。
「あっ、クロ、ちょうどいいトコに来たね」
「おまえ何してんだ? 火事場のドロボウか」
「違うよ、もう屋敷の持ち主は戻ってこないからドロボウにはならないよ」
「うーん、そうなのか」
「それに、私、自分のための服を探してたわけじゃないから」
ソラは上機嫌に笑みを浮かべている。
「じゃあ、誰のためなんだよ」
「外を歩いていた時にね、たまたま、ものすごくかわいい子と出会って。その子に着せる服を探してたんだ」
「なんだそれ? 知り合いか?」
「ううん、会ったのは初めて」
「おまえも変わったやつだな」
「クロに言われたくないよ、それに別に変じゃないから。クロも会ってみれば分かるよ、奥の部屋にいるから、すごくかわいいんだよ」
「ふーん……」
ソラに引っ張られて、クロコは奥の部屋へ進んだ。その部屋にはきれいな服を着た一人の少女がひっそりと座っていた。その姿を見てクロコは目を見開く。アピスだった。
「お、おまえ……!!」
アピスもクロコに気付き驚く。
「お兄ちゃん……!」
ソラは二人を見ながら嬉しそうに笑う。すぐにアピスの隣に立つ。
「アピスちゃんと少し話したんだけど、やっぱりかわいいよね。クロコとは大違いでおとなしいし」
ソラはアピスに抱きついて、頭をなでる。
「私もこういう妹欲しいな~」
「あ……あの……」
アピスは困ったように顔を赤くする。
「次はなに着る? 赤いドレスがあったんだけど……」
「コラ! アピスから離れろ」
クロコは怒鳴る。ソラはニヤニヤしながら離れた。
クロコはアピスを見つめる。アピスもクロコを見つめる。クロコが口を開いた。
「よう……」
「うん……」
「スコア、無事だから」
その言葉を聞いて、アピスはイスの上でうずくまった。震える声を出す。
「良かった…………」
クロコはアピスの肩を優しくなでた。
「スコアについてはオレに任せてくれ。必ず無事に逃がすから」
「うん……」
二人の様子を見て、ソラは安心したように笑みを浮かべた。
クロコはソラに顔を向ける。
「ソラ、そういえばおまえに用があったんだ」
「え……なに?」
「おまえも知っておいた方がいいって思ってな」
スコアが寝ている隣の部屋で、四人がテーブルを囲んで座っていた。
クロコ、ソラ、フロウ、アールスロウだ。
クロコは三人の顔を見渡せるように奥の席に座っている。
「今から話すのは、ゴウドルークスの決戦に参加する前に、オレが知った『ダークサークルの真実』その全てだ」
三人は緊張した顔でクロコを見つめた。
「アールスロウには事前にその一部を話してる。まぁ、緊急だったからな、あの爆弾は早くなくさないとって思ったからだ。だけど、爆弾の件と『レギオス』っていう組織の存在以外は話してなかったよな?」
「ああ、大まかにしかな」
アールスロウは言った。
クロコはソラの顔を見た。
「ソラについては、少し迷ったが、父親のこともあるし、無関係じゃないはずだ」
ソラはクロコを見つめて、うなずいた。
クロコはまた三人の顔を見渡す。
「……じゃあ、今から話そうか、『ダークサークル』を引き起こしたやつらについて、それからやつらがしてきたこと、そして最後に、やつらを裏で利用していた一人の男のことを」
クロコは話した。『レギオス』という組織のこと、その大まかなメンバー、組織のトップがグランロイヤーだったこと。皇帝の入れ替わりから、決戦の時に裏で行われていた計画のこと。そして、そのレギオスの動き全てを利用し、自らの理想を叶えようとしていたルイ・マスティンのことを……。
クロコの話が全て終わったとき、部屋は静寂に包まれていた。
ソラは目を丸くしていた。アールスロウは眉を寄せ、何かを考え込んでいた。フロウはただ、その場で呆然としていた。
アールスロウが静かに口を開く。
「我々は完全に踊らされていたということか。英雄といわれたファントムに……」
するとフロウが口を開く。
「けれど、ファントムの計画は、グランロイヤーが起こしたダークサークル抜きでは考えられなかった……」
フロウは冷静な口調だったが、ずいぶんと戸惑っているように見えた。
「ダークサークルの中心に立っていたのは、たった二人の人間だったってわけか……」
「その二人の人間を中心として、多くの絶望と、争いが起きた……」
アールスロウは言った。
クロコはアールスロウを見る。
「オレは、解放軍の幹部の中では、あんたが一番信用できると思ったから話した。このことをどうするかをあんたに任せたいと思って……だから聞きたい、このことをあんたはどうするんだ? 解放軍のみんなに話すのか?」
皆が一斉にアールスロウを見た。
アールスロウは話し出す。
「……少なくともランクストン総司令には話すつもりだ。ただ組織的に動いてきた『レギオス』ならともかく、個人的に動いていたファントムについての証拠は出てこない可能性が高いだろうな。君の証言だけでは不十分だろう。それに、今のタイミングでファントムの裏切りを公にすることは解放軍にとってはとてつもなく不利益なことだ。おそらくファントムは戦場で戦死したことになり、この真実は闇へと葬られるだろう」
アールスロウが話し終えた後も、三人はしばらく黙っていた。
クロコがゆっくりと口を開く。
「…………そうか」
クロコはアールスロウを見た。
「なあ、アールスロウ。ファントムが考えていた、国のみんなが平等になるっていう制度。それだけでも新しくなる国に取り入れることはできないか?」
アールスロウは冷静に口を開いた。
「難しいな。今までのグラウドの制度とは違い過ぎるからな。ほとんどの人は受け入れることができないだろう。ファントムが生きていれば、押し通すこともできたのかもしれないが……」
「そうか……」
クロコはうつむいた。
「みんなは…………オレのしたことを正しいと思うか? ファントムを斬ったことを」
部屋が少しのあいだ静かになった。
フロウが口を開く。
「君は、正しいと思ってやったんだろう」
「ああ、けど、それ以外に思いつかなかったってのが正直だ。オレがやったことが絶対に正しいなんて、とてもじゃないが自信を持って言うことなんてできない」
「ただ言えることは……」
アールスロウが口を開いた。
「自信を持っているからその判断が正しいなんてことは有り得ないし、確信を持ってできる決断なんてものは本当に稀だ。絶対に正しいなんていう決断はさらに稀だろう」
「………………」
クロコは何も言わなかった。うつむきながら黙っている。
ソラがボソッと口を開いた。
「そういえば小さい頃、こういう昔話を読んだことがあるけど……」
ソラは話し出した。
「ある町に、夫と妻とその三人の子供の五人家族が住んでいました。その家族は幸せな生活を望んでいました。けれど、その家族はとても貧しくて日々の生活は辛いものでした。ある日、その家族の家に、人買いの男が訪れて、子供の一人を指さしこう言いました。『もしもこの子供を私に渡してくれれば、あなたがた家族が一生裕福に暮らせるだけの財産を与えましょう』」
三人は静かにソラの話を聞いていた。ソラはそれ以上、何かを話す様子はなかった。
クロコが口を開く。
「それで、その家族はどうしたんだ?」
「……話はそれで終わり。続きは知らない」
「………………」
「だけど、私はこの話について、こう思う。その人買いに子供を渡すという決断を、安易な決断だと判断するか、止むを得ない決断だと判断するかで、その家族のこれからの未来は決まっていく……って」
それを聞いて、クロコはゆっくりと天井を見つめた。
「難しいな……」
クロコは小さく言った。
「おまえの話はやっぱり、難しいよ」
フロウは一人、建物から通りへと出た。誰もいない道を一人で歩く。
静かに足を止め、上を見上げた。上空には青空が広がっていた。
「ねぇ……クレイド。僕らが探していた『真実』を、やっと見つけることができたよ」
フロウは静かにつぶやく。
「僕らの大切なものを奪った、あの、どこまでも暗い闇は……たった二人の、身勝手な人間によって作り出されたものだった。それが僕らの探し求めていた、『真実』だったんだ……」
フロウは、その場で立ち尽くしていた。
小さな風が通りに吹いた時だった。ある言葉がフロウの頭によみがえる。
『だから、どうか忘れないでほしい、ボクらのことを』
「そうか」
フロウはつぶやいた。
「そうじゃないだ。この暗黒を作り出したのは、たった二人だけじゃない。たった二人で作り出せるわけがないんだ」
フロウは真っ直ぐ青空を見た。
「この闇は、僕の心にもある、クレイドの心にもあった。この闇は、もっと多くの人が作り出していたものだったんだ」
フロウは強い目で青空を見つめた。
「探すよ、クレイド、たとえどれだけかかったとしても、僕は、僕らが探していた本当の『真実』を……」
フロウはほほえんだ。
「時間はかかるかもしれないけど、待っててね。まあ君はのんびりしてるから、そんなに気にしないだろうね」
フロウは前を向いて、再び歩き出した。
グラウド国軍本部基地、解放軍に完全に占拠されたその基地の内部では、多くの解放軍兵がいた。体を休める兵もいれば、せわしなく動き回る兵もいる。
その広い廊下を二人の人影が歩いていた。
フィンディとファリスだった。フィンディは軽く肩を回す。
「フゥ……傷の具合もだいぶ良くなったな」
「そう、それは良かったね。あんたが元気ないとわたしがヒマだから」
「……なんだよ、それ」
ファリスはフィンディを見つめた。
「ねぇ、フィンディ。あんたはこれからどうするの?」
「ん……?」
「戦いは全部終わった。これからこの国は大きく変わろうとしている。その国で、あんたはこれからどうするの。どうしようと思うの?」
「そうだな……」
フィンディは前を向く。
「まあ、オレは、なんだかんだで解放軍の勝利にメチャクチャ貢献した英雄だからな。新たな国で、それなりの地位が用意されるだろう。まあこの先、少なくとも生活に困るってことはないだろーな」
「……なにそれ、あんたこのまま解放軍にいるつもり?」
「いちゃ悪いかよ」
「……別に」
「……ここに居た方が、オレにとってやれることも多いだろうからな。それだけたくさんの人を助けることができる」
「……!」
「オレにはそれぐらいしかできねーよ」
ファリスは静かにフィンディを見つめる。
「償いのため……?」
フィンディは前を見ていた。
「…………たとえ100人の人を救っても、死んだ一人はもう戻らない。償いになんかならねーよ。だけどやるんだ」
「そっか」
ファリスは小さく笑みを浮かべた。
「なら、あんたがサボってたら、わたしが後ろからけっとばすから」
「やれやれ、騒がしそうだな……」
フィンディも小さく笑みを浮かべた。
二人は廊下を曲がった。
ファリスが口を開く。
「そういえば、最後にクロコに会わなくていいの? だいたい、あんたが軍に戻ったきっかけはクロコを助けるためだったんでしょ」
「ああ、それなら大丈夫、三日前にたまたま会ったから」
「あ、そうなんだ」
「まあ、たいした話はしなかったが、それはそれでいいだろ」
フィンディがそう言うと、ファリスは前を向き、何かを思い出すように口を開いた。
「……クロコか。そういえばあの二人、上手くいくかな……」
ファリスの言葉にフィンディは鈍く反応する。
「あの二人……? 誰と誰だよ」
ファリスは軽くにらみつける。
「クロコとソラに決まってんでしょ!」
フィンディは不思議そうな顔をした。
「なに言ってんだ。クロコは女だろ?」
「くっそ~! 痛い……痛すぎる……」
基地内のベッドでローズマン司令官が寝ていた。体には厚く包帯が巻かれている。ベッドの脇のイスにミリアが腰かけていた。
「……しぶといな」
ミリアがボソッと言った。
それにローズマンが敏感に反応する。
「おいおい、言い方ってモンがあるだろ……」
「……すまない」
ミリアは小さく言った。
「い、いや、冗談だよ、おまえにあんまり器用な言い回しは期待してないって、ミリアちゃん」
それを聞いて、ミリアはジッとローズマンを見る。
ハッとするローズマン。
「あ! じゃなくてミリア、期待してないって、ミリア!」
「…………」
「それより、おまえ、これからどうするんだ。何かやること決めてるのか?」
ミリアは一瞬目をそらし、少し黙ったあと、口を開いた。
「私はこれからも解放軍にいる。サンストンの問題だってある。それに、戦争孤児の私には故郷なんてものはない。私の居場所はここだけだ……」
「そっか……」
ミリアは静かに立ち上がった。
「……少し歩いてくる」
ミリアは廊下を歩いていた。次々と人がすれ違っていく。小さくため息をつくミリア。その時だった。
「ミリアさーん!」
誰かが後ろから声をかけてきた、振り向くとサキが駆け寄ってくる。
「サキか……」
サキはミリアの横に立った。向かい合う二人。
「良かった……やっと見つけられた」
サキは笑顔で言った。
「探していたのか……」
ミリアは無表情だった。
「はい、ずっと……じゃなくて! たまたま……のような……」
「何の用だ?」
「そ……その、戦争、終わりましたよね」
「ああ、終わったな、一週間前に」
「ミリアさんはこれからどうするんですか? 何かやること決めているんですか?」
その質問にミリアは一瞬黙る。目つきが少しきつくなる。
「別に何も……多分解放軍に留まるだろう」
「あ、そうなんですか」
「言いたいことはそれだけか?」
「い、いえ……!!」
サキは突然息を乱し始めた。真っ赤な顔でミリアを見つめる。
「も、ももももし、よ、よろしければ、フルスロックに来ませんか?」
「フルスロックに?」
「ボク、フルスロック出身で、そこに帰る予定なんです。そ、それで、そ、それで…………ボクは……」
サキは大きく息を吸った。
「あなたのことが好きなんです!! ボクといっしょにフルスロックに来てください!!」
ミリアはキョトンとした。周りを歩いていた数人が足を止めて見ている。
サキは必死で声を出す。
「ボ、ボボボボボクは、ま、まだたったの十三歳で、ミリアさんと比べて、ずっと子供で、その……釣り合わないかもしれないけど、それでも、ミリアさんを好きな気持ちは、だ、だれにも負けないつもりです! ボクと……いっしょに来てくれませんか!!」
その言葉が響いたあと、静寂が続いた。ミリアは無表情で黙っていた。
サキはハアハアと息を乱している。
「まったくだ」
ミリアは言った。クスリと笑う。
「本当に子供だな」
「で、でも……!」
「十四だ」
「え……?」
「私の年齢だ」
サキは一瞬キョトンとする。意味がよく分からない様子だ。しかしすぐにその目がどんどん丸くなる。
「え……?」
サキの目がさらにどんどん丸くなっていく。
「ぇぇぇぇえええええええ!!??」
基地の一室でアールスロウとランクストン総司令官が話をしている。
「バカな…………そんなことが」
ランクストンはひどく動揺していた。
「ファントムが……我々を利用していただと……」
アールスロウは落ち着いた声を出す。
「あなたがファントムに絶大な信頼を置いていたことは知っています。大きなショックを与えてしまうことを覚悟の上で、このことを話しました」
「し、しかし……クロコ一人の証言では」
「確定するには不十分ですが、他の証言もあります」
「なに……?」
「国軍側の情報から、グランロイヤー総務大臣の護衛の剣士が、ファントムと繋がりを持っていたことが確認できました。またその剣士と思われる男が、セウスノールの戦い後、ファントム滞在中のフルスロック基地の周辺を歩いていたのを、基地の兵士が目撃しています」
「………………そんな」
ランクストンは大きく肩を落とした。ゆっくりと口を開く。
「……なら、我々の戦いはなんだったんだ」
ランクストンは意気消沈している。アールスロウが冷静な様子で口を開く。
「ファントムが裏で糸を引いていたことは事実かもしれません。しかしこの内乱は、我々が、我々の意志で始めたということも事実です。冷静になって下さい」
「……そ、そうだな」
ランクストンは少し落ち着いたようだ。
「し、しかし、ファントム抜きでこれからどうやって国をまとめれば……」
「我々も全力で協力します。あなた一人が頑張る必要などまるでありません」
「う……うむ、そうだな」
ランクストンはやっと平常心を取り戻したようだった。一度ゴホンと咳を鳴らした。
「そ、それよりもアールスロウ」
「なんでしょうか?」
「今回の件で、オルズバウロ元帥を筆頭とする国軍幹部の身柄はすべて確保した。しかし、まだ肝心な奴を捕まえていないのだ」
「誰でしょうか?」
ランクストンは目を鋭くさせた。
「英雄スコア・フィードウッドだ。やはり彼の身柄を確保してこそ、我々の完全な勝利と言えるだろう。兵士たちの話によれば、君が瀕死のスコア・フィードウッドを医務班に引き渡したそうだが、その後、消息を絶っている」
「………………」
「君は知っているのだろう、スコア・フィードウッドの所在を」
「ええ、知っていますよ」
アールスロウはパッと答えた。
「どこにいるんだ」
「土の中ですが」
「はっ……?」
「医務班に確認をとれば分かると思いますが、スコアは砲撃による破片が体を貫通していました。私に引き渡された頃にはすでに瀕死で、治療のかいなく息を引き取りました。要望とあらば掘り起こしますが、埋めたのは一週間前で、その場所はかなり虫が多く、棺桶も用意できなかったので…………形は保障できませんが」
「ウッ……! いや、分かった。それなら仕方ない」
「そうですか」
アールスロウは部屋から出ていった。
アールスロウは建物から広場へと出て、そこで独り立ち尽くす。
「これで、だいたいのことは片付いた。この戦争も静かに終わりを迎えるのか」
アールスロウは空を見上げ、口を開いた。
「グレイさん、やっとこの戦争が終わりました……やっと」
アールスロウの足元に一粒の涙が落ちた。
「できるなら、あなたとこの勝利を分かち合いたかった」
アールスロウは静かにほほえんだ。
「安心して下さい、あなたが守った希望は、必ず俺が守り抜いて見せます」
二週間後、ゴウドルークス北門、人の気配のほとんどないその門の前で、三人の人影が立っていた。クロコとソラ、そしてスコアだ。
「アピスちゃん遅いね……」
ソラがボソッと言った。
スコアは厚い眼鏡を右手で上げる。
「何やってるんだろう、ボクちょっと見てこようかな」
スコアが街の方へと歩いていこうとする、その時だった。
「うわっ!!」
突然何もないところで勢いよく転んだ。顔を打ち付けるスコア。
「だ、大丈夫!?」
ソラが心配そうにスコアを見る。ソラにつかまって起き上がるスコア、それを見ながらクロコが口を開く。
「そういえばこういう奴だっけな……」
スコアはヨロヨロと立ち上がった。
「さ、最近は少なくなったんだけどな……ハハハ、ありがとう」
「いえいえ」
ソラはニコリと笑った。
「スコアー。お兄ちゃん」
離れた所から声が響いて、アピスが走ってくる。スコアが声を出す。
「アピス……何してたの?」
「ちょっと……」
するとソラがアピスに話しかける。
「スコアの名前はあまり口に出さない方がいいよ」
「……うん、そうだね」
クロコがサッとアピスの隣に立つ。
「ほら、いくぞ」
四人は門から外へと向かう。
草原に囲まれた馬車道に四人は出た。
スコアとアピスは前に進み出て、振り返ってクロコとソラを見た。
「じゃあボクらは行くよ」
クロコは口をへの字にしてアピスを見た。
「いやになったらすぐ帰ってこいよ」
「うん、大丈夫」
スコアは笑顔でクロコを見る。
「ありがとう、クロコ。きみのおかげで、ボクらはこうして無事に旅立つことができる」
「か、勘違いするなよ、アピスのためだからな! もし次アピスを置いて死のうとしたら、オレがおまえを殺しに行くからな!!」
「またわけの分からないことを……」
ソラが隣でボソッと言った。スコアはニコッと笑う。
「うん、分かった」
ソラが心配そうに口を開く。
「馬がないのが残念だけど……」
「解放軍から適当にかっぱらえば良かったんだよ」
「クロ!」
スコアは笑う。
「大丈夫だよ、三日も歩けば近くの町に着くから。食料もあるし、この辺は大型の獣もほとんどいないらしいから」
それを聞いてアピスはスコアの顔を見る。
「いざとなれば、スコアが守ってくれるし……」
「ハ……ハハハ、う、うん、頑張るよ」
クロコはジロリとスコアを見る。
「オレがついていこうか?」
「クロ! 話をややこしくしないで!」
「じゃあボクらはそろそろ行くよ」
スコアは歩き出した。アピスも歩き出した。
ソラはブンブンと手を振る。
「スコア、アピスちゃん、またね!」
クロコも声を出す。
「また必ず会おうな、アピス! …………とスコア」
離れていくスコアとアピス。二人は少しずつ小さくなっていく。
「クロコ!」
突然スコアが光る何かを放り投げてきた。クロコはそれをパシッと受け取る。クロコは見た、銀色の卵型のペンダント、その片割れだった。
スコアは振り向きながら、ニコリと笑いかけていた。
「きみとまた会える日を、楽しみにしてる!」
その言葉を聞いて、ソラがクロコに笑いかけた。クロコは静かにそれをしまうと、大きな声を出した。
「スコア!!」
スコアとアピスは振り返った。クロコはビシッと指をさす。
「つぎ会ったときに、もう一度勝負しろ! そのときはオレが勝つ!」
スコアはニコリと笑った。
「ああ、分かった。でも勝つのはボクだよ」
二人の姿が小さくなり、やがて見えなくなっていった。
「行っちゃったね……」
ソラはさびしげに言った。
クロコはクルッと背中を向け、街の方へ歩き出した。
「まあ……どうせまた会えるしな」
「けど、この国も広いからね」
「会えるさ」
クロコは歩いていった。
草原の馬車道を、スコアとアピスは歩いていた。
「そういえばアピス。さっきはどうして遅くなったの?」
「ごめんなさい……旅の商人に話しかけられて、その商品を気に入って」
「買ったの?」
「うん、でも1000バルだったし」
「何を買ったの?」
アピスは革袋から何かを取り出した。
「置物……なんか気に入っちゃって」
それを見た瞬間、スコアは驚いた。木彫り細工だった。
スコアは立ち止まった、アピスも立ち止まる。
木彫り細工を見つめるスコア。
「これは……」
「うさぎの木彫り細工だと思う、ちょっと変わってるけど、なんか気に入って……首がちょっと長くて、独特な格好してるけど。そこがまたいいような……」
「これは『青く発光しながら空を飛ぶうさぎ』だ……」
「知ってるの……?」
「ああ、よく知ってる」
スコアはその木彫り細工を手にとって見つめた。頭の中である言葉がよみがえる。
『高く空を飛べるのは鳥だけとは限らない。いつかあなたが瞳を輝かせて生きていく姿を、私は何度も思い浮かべたわ』
それは母の最期の言葉だった。
『だからあなたは、あなたの行きたい場所へ。あなたのなりたいものに』
スコアはアピスに木彫り細工を返した。
「ねえ、スコア……町に着いたら、それからどうしようか?」
「決まっているよ」
「え……?」
「ボクらの行きたい場所へ行き、ボクらのなりたいものになるんだ」
スコアはほほえんだ。
「さあ、行こうか。アピス」
二人はまた歩き出した。
太陽が真上から照らしている。教会から昼の鐘が鳴り響いた。
灰色の四角い建物が無数に建ち並んでいるフルスロックの石畳の道、そこを多くの通行人が歩いていた。
その道の横に、大きな墓地が広がっている。緑の芝生には数え切れないほどの戦死者の墓が並んでいた。
その墓の一つ、ブレッド・セインアルドの墓の前にクロコは独りで立っていた。
クロコは墓を見つめる。
「ここに来るのも……ずいぶん久しぶりだな」
クロコは静かに言った。
「なあ、ブレッド。アークガルドを旅だった日……あの日から始まった戦いは、とりあえず一段落ついたよ」
クロコはほほえみかけた。
「おまえは、オレに、進み続けろと言ってくれた。オレが行きつく先じゃなく、ただ進み続けることを望んだ。その理由が、今なら少し分かる気がする」
クロコはほほえんだ。
「正直、楽じゃなかったけどな。数え切れないほど死にかけたし、数え切れないほど悩んだし、ものすごく、悲しかったこともあった。でもな……」
クロコは笑った。
「楽しいことも数え切れないほどあった」
クロコは墓を見つめた。
「アークガルドを旅だったあの日まで、オレの未来は暗闇しか見えなかった。だけど今は、いくつもの希望の光が見えている。だけどその光も、まだ、道の先だ。だから……」
クロコはスピーゲルグレイを引き抜き、墓の前に勢いよく突き立てた。陽を鋭く反射する黒剣の光は、その先の道を照らすかのようだった。
「オレは進み続けるよ」
墓に背を向け、クロコは歩き始めた。