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6-17 炎の先に見たもの




 純白の街の所々から黒色の煙が昇っていく。大量の黒色の煙は空を染め、黒い雲のようにゴウドルークスの上空に浮かび上がる。


 その黒煙を遠目で見ながら、ソラ・フェアリーフは立っていた。戦場の方角を静かに見つめている。遠くから響く爆音はまだ止んではいなかった。

 ソラは祈るように目を閉じる。


(クロ……)


 黒煙は徐々に純白の街に薄い影を落としていく、爆音はいまだ止むことなく響き続けていた。





 黒煙によってわずかに暗くなった空、純白の石畳が辺りを覆い尽くす円形広場。遠くから響く爆音以外、何も聞こえない。

 広場の端に設置された純白の台座。その台座の壁の正面に、スコア・フィードウッドは立っている。右手に握られている白剣は振り下ろされていた。

 スコアの正面に座り込む形で、クロコ・ブレイリバーの体はあった。

 クロコの体は石壁に寄り掛かり、その場で静かに座り込んでいる。微動だにしなかった。クロコのわずかに開いた口から小さな吐息が漏れる。

 振り下ろされたスコアの剣はクロコの真上の壁を切り裂き、クロコへと当たる直前で軌道を変え、クロコの体からそれていた。クロコの真横を切り裂いたまま、スコアの剣は動きを止めていた。

 クロコの目は閉じていた。完全に意識を失い、気絶している。口からまた小さな吐息が漏れる。

 スコアはそんなクロコの様子をじっと見る。


「敗北を確信して、集中が切れたせいか……」


 スコアは壁を切り裂いた自らの剣を見つめた。


「……斬れなかった。ボクには、斬ることができなかった」


 スコアは静かに壁から剣を引き抜いた。気絶しているクロコの姿を見る。目を閉じて、眠ったように座り込んでいた。その姿をじっと見つめる。


「ボクにとって、きみも、守りたいものの一つだった……」


 スコアは一瞬目を閉じて、わずかに眉を寄せた。ゆっくりと、クロコに背を向けて歩き出した。


「ボクは、なんて中途半端なんだ……」


 スコアはその場を立ち去った。





 わずかに暗くなった空の下、純白の街では、いまだに解放軍と国軍の戦いが続いていた。解放軍は大通りを進み、ついにグラウド国軍本部基地へと到達していた。

 本部基地の広場で激戦が展開される。

 その中心で、フロウは剣を振るっていた。剣を振るうたびに、体からは血が飛び散る。息を大きく乱しながら、それでも必死に剣を振るう。

 フロウは次々と敵兵を斬り伏せていった。


「そこまでだ……!」


 フロウの目の前に、長剣を構えた剣士が現れた。コールだった。体には包帯が厚く厚く巻かれている。フロウはそんなコールの様子を見る。


「……ずいぶん、包帯を厚く巻いているじゃないか。それでよく戦場に出てくるね」


 それを聞いて、コールは鋭く見つめてきた。


「それはお互い様だろう」


 フロウは笑みを浮かべた。


「全くだね」


「ボクにも意地がある。ここは絶対に引かない……!!」


 二人は互いに剣を構え、にらみ合う。フロウは小さく口を開いた。


「君と剣を交えるのもこれで五度目か……君の名前をまだ聞いていなかったね」


「コール・レイクスロー」


「僕はフロウ・ストルークだ」


 二人は同時に駆けだした。二つの刃が勢いよくぶつかり合う。






 スコアは狭い路地を駆け抜けていた。体からは血が流れ落ちていく。息を大きく乱しながら、スコアは黒煙の上がる方向へと必死で駆けていく。


(戦場の黒煙がずいぶん北へ進んでいる…………いま戦局はどうなっているんだ?)


 スコアは巨大な時計塔の入口で足を止めると、その扉を蹴り破り、中へと入った。

 歯を食いしばり、その建物の頂上まで登ると、そこから辺りの景色を見下ろした。

 辺りに立ち並ぶ純白の建物、その純白の景色の所々から黒煙が昇っている。その多くの建物の中で特に巨大な建物がそびえていた。グラウド国軍本部基地だ。

 そこに視線を移した瞬間だった。


「…………!!」


 スコアは我が目を疑った。巨大な国軍基地の所々から黒煙が昇っている。基地から放たれる大型大砲の赤い光から、まだ国軍が負けていないことは分かったが、押されているのは明らかだった。

 解放軍の砲火が、次々と基地の各部を破壊していく。


「アピス……!!」


 スコアは走り出した。





 解放軍から放たれる大量の砲弾が、次々と国軍本部基地へと降り注がれる。基地に設置されている数え切れないほどの大型大砲もほとんどが破壊されていた。

 大砲の爆撃によって、基地の複雑な造形の所々が吹き飛んでいく。



 そんな基地の内部、その大部屋の一つにアピスの姿はあった。

 部屋の前方に並んでいた大型大砲はすべて破壊されている。前方の壁はボロボロに砕け散っていた。残り少ない兵士や支援員たちが恐怖の表情で部屋の出口から走り去っていく。その中で、アピスだけは動かなかった。


(スコアが……スコアが守ってくれる)


 アピスは大部屋の後方の壁に祈るように座り込んでいた。横壁の向こう側の廊下からは、爆音と共に、逃げ出した者の悲鳴が響き渡った。

 アピスは震えた。きつい火薬の臭いと、爆発の乱暴な音だけがひたすら響き続けている。


(スコア……!)


 アピスは震える手を合わせた、その瞬間だった。前方の壁の隙間から砲弾が飛び込み、部屋の端で勢いよく爆発した。ガレキの破片が弾丸のように飛んでくる。


「きゃあ……!」


 アピスは思わず悲鳴を上げた。その悲鳴は誰にも聞こえない。大部屋を大砲の炎が荒々しく照らす。

 アピスは立ち上がり、部屋から飛び出した。アピスは廊下を見渡す。外側の窓からは爆音が止むことなく響き続けている。アピスは廊下を左右に見た。右側の道は砕け散っていた。わずかに残る爆炎が瞬き、先ほど逃げていった人たちが倒れていた。

 アピスは左に曲がり、内側に寄りながら通路を駆け抜ける。


(スコア……スコア……)


 突然、すぐ横から、耳の奥を砕くような爆音が飛んできた。その瞬間、アピスは見た、隣の壁が砕け散るのを。砕け散った壁の破片、その内の一つ、大きな破片が飛んできた。その破片は刃のように尖っていた。アピスを突き刺すように、一直線に進んできていた。


 ズブ……


 大きな破片は体を貫通した。鮮血が辺りに飛び散り、苦痛の声が小さく響いた。アピスは無傷だった。そのアピスの目の前には、スコアが守るように立っていた。スコアの体から、貫いた破片を伝って血が流れ落ちる。


「うぅ……!!」


「スコア!!」


 アピスは悲鳴を上げるように叫んだ。スコアは片ひざを石床につける。


「ぅうう……」


 アピスの目からは涙がこぼれ落ちていた。


「スコア! スコア!!」


 スコアはニコリと笑った。


「大丈夫……? アピス……」


「わたしは……わたしはいいから、それより、スコアは……」


「ボクは大丈夫さ」


 スコアは歯を食いしばって立ち上がった。


「これぐらいの傷、戦場じゃあしょっちゅうだから」


「スコア……」


 アピスは涙目でスコアを見つめる。


「アピス……よく聞いて。もうこの基地はダメだ。きみはできるだけ早く安全な場所へと逃げなくちゃいけない。ここをまっすぐ進むんだ。そして突きあたりの道を右へ曲がって、そのあとは、できるだけ北へ北へと進むんだ。そうすれば安全にここから抜け出せる」


「うん、スコアも……」


「ボクはダメだ。まだ戦闘は続いてる。ボクにはボクのやらなきゃいけないことがある」


「スコア……」


 アピスはすがるようにスコアを見つめていた。


「大丈夫、ボクは必ず生き抜くから。だから全てが終わった時に、再会しよう」


「信じて……いいの?」


「約束する」


 スコアは優しくほほえんだ。アピスはうなずく。


「さあ、行くんだ!」


 アピスは走り出した。



 スコアはアピスの後ろ姿を見つめていた。アピスの姿が徐々に小さくなり、右へと曲がり、消えていく。その姿を確認した直後、スコアは力無く片ひざを床につけ、うずくまる。


「どうしようもないな、ボクは…………またアピスにウソをついた」


 スコアの体を貫いた破片から、血が次々と伝って、床へと落ちていく。スコアのひざが自分の血で赤く染まっていく。


「もう、一歩も動けないや……」


 スコアはゆっくりと顔を上げ、アピスが走っていった廊下の先を見つめる。アピスの姿はもう見えない。それでもスコアはじっと、その先を見つめ続けていた。


(今なら……)


 スコアは静かに先を見つめる。


(今なら、あのとき、どうして母さんがボクを守ったのかが、よく分かる)


 血が次々と流れては落ちる。


(ラティル大佐は、ボクに、大切なものを守りたければ、ボク自身が生きていなければならないと言った。だけど……できなかったな。ごめんなさい。でも……)


 スコアは小さな笑みを見せた。


(アピスは大丈夫。アピスには、まだ、守ってくれる人がいる。クロコはまだ、生きているのだから)


 スコアの近くでまた爆発が起こった。いくつもの爆発が連続して起こり、近くにあった壁を次々と砕いていく、大量の爆炎が廊下へと入ってくる。スコアのいる周りが徐々に赤い炎に照らされていく。強烈な熱気が辺りを包んでいった。


(さようなら、みんな)


 赤い炎のみが視界を覆っていた。

 スコアは静かに目を閉じる。


(ボクは、ボクの望むものを手に入れることができたのだろうか)



 燃え上がる炎がゆっくりとスコアの姿を包み込んでいった。












「どうした、こんなところで死ぬ気か?」


 突然、すぐ前から声が響いた。

 スコアは目を開けた。すぐそこに、クロコが立っていた。体を血で赤く染めて、傷口を片手で押さえながら、スコアの目の前に立っていた。炎が辺りを強く照らす中、クロコは笑みを浮かべていた。


「よう……」


 スコアは呆然とした。


「なんで……?」


 クロコがパッと口を開く。


「なんでじゃねーよ、オレが何でここにいようが、おまえの知ったことじゃない」


 クロコは手を差し伸べた。


「ここから出るぞ、スコア」


 スコアは驚きながら目の前に差し伸べられた小さな手を見つめた。


「ダメだ」


 スコアはすぐに目をそらした。


「ボクはきみの手をとれない……」


「なんでだよ……?」


 スコアはクロコの顔を見つめた。


「ボクはきみの敵だからだ」


 クロコはニコッと笑った。


「どうして、オレがおまえの前に立っているか知ってるか?」


「ボクの、知ったことじゃないんだろう?」


「しかたない、教えてやるよ、単純な話だ、おまえがオレを斬らなかったからだよ」


 クロコはスコアを真紅の瞳で真っ直ぐに見つめた。


「理由はそれだけで十分だ」


 クロコは手をさらに少しだけ前に出した。


「行くぞ、スコア」


 スコアはクロコの手を握った。







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