6-15 戦場を駆ける黒い風
純白の街並みにそびえ立つグラウド国軍本部基地。その広場から大通りへと続く大きな石門、そこから次から次へと兵士が飛び出してくる。
「やつらはもうすぐそこまで迫っているぞー!! これ以上ここに近づけるな!!」
上官の声が響く中、兵士たちは武器を構え、門をくぐって大通りへと走っていく。
そんな中だった。馬に乗った少年が一人だけ逆走し、大通りから基地の広場へと入っていく。スコア・フィードウッドだ。
基地の広間で手早く青い軍服に着替え、腰に剣を付ける。
そんな準備を整えたスコアに、ゆっくりとひとりの人影が近づいてきていた。
「スコア……」
その声の方向を見てスコアは驚いた。アピスが立っていた。
「えっ!? どうしてきみが」
「ごめんなさい……」
アピスは少し視線を落とした。スコアは黙ってアピスを見つめる。
「どうして……ここに来たんだ?」
「……どうしても、スコアの近くにいたかった」
アピスはそれだけを言った。スコアは少しのあいだ黙った。
「そうか……」
スコアは言った。
「分かった、きみがここに居たいんなら、ボクはこれ以上何も言わないよ」
スコアはニコリと笑った。
アピスはスコアを見つめる。
「スコア……」
「ホントは……ここで、きみの顔を見られて、少し安心したんだ」
スコアはそう言ったあと、外へ向かって歩きだした。
「すぐに戻ってくる」
「スコア!」
アピスが呼び止めた。スコアは足を止め、振り向いた。アピスは真っ直ぐスコアを見つめていた。
「必ず、戻ってきて……」
スコアは優しくほほえんだ。
「きみがここにいる限り、ボクは決して負けないよ」
スコアは戦場へと向かっていった。
解放軍は広場を抜け、大通りをさらに進んでいた。
解放軍の中心で、フィンディは戦っていた。傷だらけになりながらも必死で剣を振るっている。アールスロウも戦っていた。フロウも、サキも戦っていた。
皆が必死で戦い、国軍をどんどん押していく。
解放軍と国軍がぶつかり合っている前線の大通りから南、ゴウドルークスの南門、その門のすぐ前方の草原に、解放軍の本陣は移動していた。
そこには次々とケガ人が運び込まれ、支援員たちが駆けずり回りケガ人の手当てをしている。
そんな本陣に向かって、南門から一騎の馬がものすごいスピードで突進してくる。
「うわっ!」
「なんだっ!!」
兵士や支援員たちが驚いて道を開ける。本陣に突進した馬から、人影が飛び降りてきた。クロコ・ブレイリバーだった。
「ハァ、ハァ、やっと本陣を見つけた……」
クロコは遠くを見渡す。
「とにかく戦況を確認しないと……」
北の方角、純白の街から鈍い小さな爆音が響いてきていた。
「戦ってる場所はあっちだな……」
クロコが戦場の方向を確認したときだった。
「クロコ!」
誰かの呼び声を聞き、クロコは声の方向を向いた。
声の方向には、白い布が敷かれていた。その上には多くのケガ人が並んで寝かされている。そのケガ人の一人に寄り添った状態で、ファリスがクロコを見ていた。片手には包帯を持っている。
「クロコ、今までどこに……」
「ファリスか」
「すみません、すぐ戻るので」
ファリスは寄り添っていたケガ人にそう言うと、立ち上がり、クロコの前に立った。
クロコの腕をつかむファリス。
「ちょっとこっち来て」
「お、おい」
ファリスに引っ張られて、クロコは本陣の端に連れていかれる。本陣の端にも白い布が敷かれ、ケガ人が並んで寝かされていた。
そのケガ人の一人に寄り添って座っている人影があった。後ろ姿だ。白い髪の少女だった。ソラ・フェアリーフだ。ケガ人に声をかけている。
「オレは……オレはもうダメだ」
ケガ人がうめくように言っている。
「ダメだなんて、そんなことありませんよ。少なくとも死ぬようなケガじゃありません!」
「さ……最後に、君のようなきれいな子に看取られるなんて、オレは幸せだった」
「生きていれば、もっと素敵な人に出会えますよ。素敵な恋人だってできるかもしれませんよ」
「そ……そんなことないよ、君みたいなきれいな子にはめったに会えないさ。き……君は、オレのお袋によく似ている……」
「年上の人の母親に似ていると言われても……」
そう言ったソラの頭にチョップが降ってきた。
「いたい!」
ソラは驚いて振り向くと、クロコが立っていた。じっとにらんでいる。
「コラ……なんでいんだよ」
「クロ……」
ソラは立ちあがってクロコと向かい合った。すると隣にいたファリスが声を出す。
「わたしが連れてきたんだ。基地の広場にポツンと立っているこの子を見てさ。戦場へ行きたいのか、行きたくないのか聞いたんだ。そしたら行きたいって言ったからさ」
ソラは少し困った様子で黙っている。ファリスは言葉を続けた。
「わたしにも、この子の気持ち、少し分かるから……だけどクロコにとっては、余計なことだったかも知れないね。ごめんね」
するとクロコは口を開く。
「別にファリスは悪くねーよ。全部こいつが悪いんだ」
ソラはムッとして顔を少し赤くする。
「じゃあ、わたしは行くね」
ファリスは元いた場所へ向かって小走りで去っていった。
クロコとソラは向かい合って、互いの顔を見る。
「………………」
二人とも黙っていた。
「その……ごめんね」
初めに口を開いたのはソラだった。
クロコはムスッとした様子で言う。
「なら来るなよ……ここがどれだけ危険か知ってんだろ」
それを聞いて、ソラは少しうつむいた。
「知ってるよ、でも……」
「………………」
「クロには悪いことしたと思ってる。心配ごとを増やしちゃって……」
クロコは少しのあいだ、そんなソラの顔を見つめていたが、ふと何かを感じ、戦場の方向へと目を向けた。
大砲の爆音がひたすら響き続けている。
その戦場の方向を見つめていると、なぜか不安な気持ちがわき上がってくる。
(違う……いままでの、どの戦場とも違う)
戦場から、どこかいままでにない、黒くて深いものをクロコは感じた。
「おまえがここに来たことは、ある意味正解なのかもしれないな」
「え……?」
クロコはまたソラの顔を見た。
「いつもなら、何も心配すんな、って言える。だけど、今回は違う。今回だけは違う。感じるんだ。もしかしたら、オレはもう、ここへ戻って来られないかもしれない」
その言葉を聞いてソラは黙っていた。じっとクロコを見ている。
クロコは言葉を続ける。
「だから、もう…………今しか言うチャンスはないかもしれないな」
クロコはソラの目をじっと見つめた。
「今まで一度も言わなかった。ホントは全部終わったあとで言うつもりだった……だけど、いま、言わせてくれ。オレは、おまえのことがす」
ソラのチョップが降ってきた。クロコの額に直撃する。
「いって! なにすんだよ」
「聞きたくない」
ソラはプイッと顔をそらした。
「女の子の彼氏なんて願い下げ!」
「お、おまえなあ……」
ソラは顔を戻し、クロコを見つめて、ニコッと笑った。
「全部終わった時にもう一度聴かせて。あなたが戻ってくるのは当然なんでしょ?」
クロコは一瞬キョトンとした。すぐに笑みを浮かべる。
「ああ……そういえば、そうだったな」
クロコはソラに背中を向けた。
「行ってくる」
グラウド国軍本部基地に直接続く大通り、遠くに基地の姿が見え始めた石畳の道、その中心でフィンディは国軍相手に剣を振るっていた。
ヒュンヒュンヒュンッッ!!
三人の剣兵を斬り伏せた直後、フィンディは大きく息を吐く。
「……正直、もう死にそうだ」
フィンディの体は無数の切り傷で赤く染まっていた。
「死ぬのはまだ早い」
フィンディのすぐ近くにアールスロウがいた。
「……死ぬのは、勝ったあとですか?」
「もっと先だ」
アールスロウは剣を振るった。
ヒュゥンッ!
剣兵を一人斬り伏せた。アールスロウの厚く巻かれた包帯には血がにじんでいる。
息を乱しながら剣を振るうアールスロウ。すると目の前から五、六人の剣兵が一気に襲いかかってきた。
「く……!」
アールスロウが剣を振るおうとした、その時、
ヒュヒュヒュヒュヒュンッ!!
ヒュンヒュンヒュンッ!!
剣兵たちが一斉に斬り伏せられた。フロウとサキが現れた。
「どうも、アールスロウさん」
フロウがほほえみかけた。
アールスロウは二人の様子を見る。フロウもサキも切り傷だらけだった。
「二人とも……ずいぶん無理したようだな」
「それはお互い様ですよ」
フロウはニコリと笑う。
「ボクらのことは、心配無用です!」
サキが力強くそう言った直後、その体がフラフラと横に揺れた。
「大丈夫? サキくん」
「だ……大丈夫です」
「僕がフォローするよ」
中央に、フィンディ、アールスロウ、フロウ、サキがそろった。四人は痛みに耐えながらも、力強く剣を振るう。次々と国軍兵は倒れ、解放軍はどんどん前進する。
「よし、この勢いなら行ける」
アールスロウはそう言って、目の前の剣兵を斬り伏せた、その直後だった。アールスロウの全身が硬直する。アールスロウは感じた、辺りを凍てつくような冷気が満たしているのを。次の瞬間、横を白い風が通り過ぎた。
アールスロウの脇腹から血が噴き出す。アールスロウは体勢をグラリと崩し、そのまま地面に倒れ伏した。
倒れたアールスロウの後ろにはスコアが立っていた。白剣を静かに振り抜いている。
フィンディがすぐさま気づく。
「……!! 『瞬神の騎士』!?」
フィンディは鋭く斬りかかった。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッッ!!
フィンディから放たれる正確な斬撃の嵐、スコアはその全てをあっさりとかわす。
その直後、フィンディの全身が裂けた。宙に血が飛び散る。
「ぐ……あ……」
スコアの剣は振り下ろされていた。フィンディは静かに崩れ落ちる。
フロウがその光景に気づいた。
「サキくん!!」
すぐにサキを呼んだ。
戦場を駆けるスコア。その左右からフロウとサキが挟み込んだ。
二人はほぼ同時に剣を振るう。
ヒュンヒュンッ!!
二人の斬撃がスコアに当たるより早く、スコアの二連の斬撃が二人の体を切り裂いた。
勢いよく地面に倒れるサキ。
フロウは体をひねり、直撃は避けていた。しかし、片ひざをつく。
「く……!」
フロウはそれでも剣をスコアに向けた。その姿を見たスコアはフロウに斬りかかる。
ヒュンッ!!
ギィンッ!!
スコアとフロウのあいだには、ミリア・アルドレットが立っていた。スコアの剣を受け止め、目の前のスコアを静かににらむ。
「やっと見つけたぞ、スコア・フィードウッド」
「『戦乱の鷹』か……」
ミリアは一瞬でスコアの横をつく。その直後、
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッッ!!
ミリアの斬撃の壁が、スコアに押し寄せる。スコアは冷静な表情でそれを見つめていた。
ゴッ!!
直後、放たれたスコアの蹴りが、ミリアの剣を握る拳をとらえていた。強烈な蹴りで、ミリアの剣は手から離れ、遠くへと飛んで、消えていった。
丸腰となったミリアに向けて、スコアが剣を振るおうとした瞬間、ミリアは笑みを浮かべた。ミリアは素早く自身の背中に手を回す。
ヒュヒュンッ!!
二つの刃がスコアを襲った。スコアは一瞬の反応で後ろへ下がり、その刃をかわす。ミリアの両手には二本の青い小剣が光っていた。
「三大金属ルーティアより作られた、二刀一対の剣、アルフォデュール。そしてそこから生まれる二刀流の剣技……全てはおまえを倒すためだけに生み出されたものだ」
ミリアはスコアを緑色の瞳で鋭くにらんだ。
「覚悟しろ、スコア・フィードウッド」
その言葉の直後、ミリアから恐ろしい量の斬撃が飛ぶ。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッッ!!
凶悪なほどに速く動きまわる刃が二つ。数え切れないほどの斬撃が、止むことなくスコアを襲い続ける。斬撃の壁の密度はさらに高まり、すき間さえ見当たらない。猛烈な斬撃の雨あられが一斉にスコアへ向かって降り注ぐ。
「……!!」
スコアは後ろへと下がった。そのスコアを、ミリアが容赦なく追いかける。
無数に瞬く刃の光が、容赦なくスコアを追いかけていく。止むことのない斬撃がスコアを襲い続ける。
「終わりだ、スコア!!」
ミリアが叫んだ、その直後、
ヒュヒュンッ!!
スコアから二連の斬撃が放たれた。その斬撃はあまりに速く、同時と錯覚するほどに速く、ミリアの二つの刃とぶつかり合った。強力な剣圧でミリアの剣が二本同時に後方へと弾き飛ばされる。
ヒュンッ!!
スコアから放たれた三撃目が、ミリアの腹を深く切り裂いた。大量の血が噴き出し、ミリアの体がゆっくりと前へ倒れていく。
「そんな……」
ミリアの声が小さく響いた。その体は無気力に石畳へ倒れ込んだ。
フロウは、石畳に片ひざをつけたまま、呆然としていた。
「こんなことが…………こんな剣士がいるなんて……」
勝てない、フロウの頭にその言葉がよぎった時だった。
戦場を黒い風が駆け抜ける。
黒い風は、戦場の中心に立つスコアへと一直線に向かってくる。
スコアはその風を鋭くにらんだ、そして叫んだ。
「クロコーッ!!」
「スコアーッ!!」
ギィンッ!!
黒と白の刃が勢いよくぶつかり合った。