6-12 真実と向き合う時
総務省局の通路をクロコとスコアは勢いよく駆けていた。目の前に立ちはだかる剣兵たちを次から次へと斬り伏せていく。
クロコは緊迫した表情で剣を振るう。
「クソ! どこだ、どこにあるんだ!」
二人の通ったあとの脇道から、銃兵たちの集団が現れた。
パンパンパンッ!!
「クソ……!」
クロコとスコアは同時に後ろを振り返る。
銃兵に続き、剣兵たちもゾロゾロと現れる。
スコアは険しい顔をする。
「ここにきてこの数か……」
「クソ……どれだけいるんだよ」
スコアは一瞬目を閉じて、集中した。
「……もうこの先の道にほとんど兵士はいないな。クロコ、きみは進め。ここの敵はボクが片づける」
「……! 分かった」
「行け! クロコ!」
クロコは前を振り返り、一気に駆けだした。
薄暗い大部屋で、マスティンとグランロイヤーは向かい合っていた。二人の距離は10m近く離れている。マスティンは小銃を構え、銃口をグランロイヤーへ向けていた。
グランロイヤーは小さく口を開く。
「最後の敵は、やはり君だったか……ルイ」
グランロイヤーはマスティンを鋭く見つめた。ゆっくりと笑みを作る。
「思えば学生時代から、私と君は良きライバルだったな」
それを聞き、マスティンは口を開いた。
「ああ、だが、互いに一度も手の内を見せたことはなかった……」
グランロイヤーは小さく笑い声を上げる。
「そうだな、今も、表では議会という場で争いながら、裏では私は国を操り、君は解放軍の英雄として君臨しているのだから……」
「……! 気付いていたのか」
「ああ、君には礼を言わないとな。君がセウスノール解放軍を組織してくれたおかげで、私の計画は三年も早まった。ありがとう」
「実に耳ざわりの悪い皮肉だな」
「そう言うな、私の手の平の上で踊っていたのは、なにも君だけではなかった」
その言葉を聞き、マスティンは眼を鋭くさせる。
「だが、それもこの瞬間で終わりだ」
グランロイヤーはいまだに笑みを見せていたが、目つきは少し険しかった。
「友を撃つというのか……? 私は丸腰だぞ」
「悪いが、今の私に迷いはない」
「………………」
グランロイヤーは少しのあいだ黙ったあと、突然大声を上げた。
「誰か!! 誰かいないのか!! リーヴァル! 聞こえないのか! リーヴァル!!」
マスティンは落ち着いていた。
「無駄だ……周りに君の助けはいない。仮に駆けつけたとしても、入口から私までの距離を考えれば、何をするよりも早く、私が君に引き金を引く」
「……!」
「この部屋で、君と私は二人きりだ。決着をつけよう、ジオ」
「私を撃つのか……?」
「君は罪を重ねすぎた。自らの私利私欲のためにな」
「いや……それは違うぞ。ルイ、私はこの国のためを思ってそうしたんだ」
グランロイヤーはほほえみかけた。
「考えてもみろ。このグラウドの一番の権力者である皇帝は、血筋などという曖昧なものによって決められる。だが、真に頂点に立つべき者は、もっとも能力の高い人物であるべきなんだ」
グランロイヤーは一歩進み出た。
「私を見ろ……私は、ただの一貴族でありながら、グラウドを意のままに支配し、自ら立てたシナリオ通りに操って見せた。そんなことが『賢帝』とうたわれたブルテン皇帝にできたか? 『天才』といわれたザベル・ライトシュタインにできたか? 『英雄』といわれた君にできたか? できなかったさ……私だからできた!」
グランロイヤーは叫んだ。
「私が……私こそが……この国の頂点に立つのにふさわしいんだ!!」
グランロイヤーの声が部屋に響いたあと、辺りは静寂に包まれた。
その静寂をマスティンの声が切り裂く。
「違うよ」
マスティンは冷静な眼でグランロイヤーを見つめていた。
「君はこの国を治めるのにふさわしい人物なんかじゃない。なぜなら、君はこれからの歴史でこう語り継がれるからだ……『ダークサークル』を引き起こしたグラウド史上最悪の罪人、とな」
その言葉が部屋に響いた直後だった。
「フフフフ……ハハハハ……」
グランロイヤーは笑いだした。その笑い声は徐々に大きくなり、大部屋に響き渡るような大きな笑い声となった。
笑い声はピタリと止み、グランロイヤーはマスティンをギロリとにらみつけた。懐から素早く小銃を抜き、マスティンへ向けた。
「死ねぇええ!!」
パンッ!!
クロコは薄暗い通路を走っていた。
(クソ……なんて複雑な道だ)
もう兵士はほとんど出てこなかったが、通路は延々と続いた。曲がり角が何度も何度も続く。
さらに角を曲がったときだった、広い通路へ出た。クロコは足を止めた。その通路の壁に大きな入口が設置してあった。クロコはそこへと入ってみた。
中は巨大な部屋になっていた。薄暗い部屋だ。
クロコはそこの中央付近に立っているある人物に気づく。ルイ・マスティンだった。
マスティンの体からは血が滴り落ちていた。
「ファントム!」
クロコが叫ぶと、マスティンはゆっくりとクロコの方を向いた。
「大丈夫だ」
マスティンの肩から血が流れていた。
「銃弾がかすっただけだよ」
クロコは気づいた、先ほどマスティンが見つめていた部屋の奥、そこに一人の男がうつ伏せに倒れていた。横になった顔、その額には撃ち抜かれた穴があいていた。床には血が広がっている。
「こいつが……」
「そうだ、この男がジオ・グランロイヤー。『レギオス』のトップ、そしてこの『ダークサークル』を引き起こした張本人だ」
クロコはその倒れた男の姿を見つめながら、マスティンへと歩み寄る。
クロコがマスティンのすぐ前に立ったときだった。
「君のおかげだよ」
クロコは見た、マスティンはほほえんでいた。
「君のおかげで、やつらの計画を阻むことができたんだ」
それを聞いてクロコは少し考えたあと、言った。
「……でも、メンバーは他にもまだいるんだろ」
マスティンはほほえんでいた。
「それも大丈夫だ」
グラウド国軍本部基地、その司令部の部屋に、銃を構えた兵士が次々と入ってくる。
カルス中将はその状況に戸惑う。
「な……なんだ、おまえ達は!?」
銃兵たちが入り終わると、最後にゴッドブラン中将が身をかがめて部屋へ入ってきた。
ゴッドブランは殺気に満ちた眼でカルスたちを見下ろす。
「我が軍の兵士たちが、命を懸けて国を守ろうとしている時に、クーデターだとはな。これほどむしずが走ったのは人生で初めてだ……!!」
ゴッドブランは巨体を揺らしてカルスたちに突進してきた。カルスを守る剣兵たちがあいだに立つが、巨大剣のふた振りで全員吹き飛ばされた。カルスは小銃を構えて撃つが、ヒラリとかわされる。
ギュオンッッ!!
ゴッドブランの巨大な斬撃はカルスの体を引き裂いた。
「ぎゃあああああああ!!」
カルスは苦痛の声を上げ、血しぶきと共に床に倒れ伏した。他の裏切った幹部たちは青い顔で一斉に手を上げる。
「このクズどもを拘束しろ」
ゴッドブランの一言で、レギオスのメンバーはあっという間に縛りあげられた。
静かになった司令室で、オルズバウロ元帥はゴッドブランの前に立つ。
「助かった、礼を言う」
「しかし信じられない事態ですね。この情報を聞いたときは耳を疑いましたよ」
「どこでこの情報を得たんだ」
「ついさっきです。突然、軍務大臣ルイ・マスティンの使いからこの情報が流れてきたのです。ほとんど信じていなかったのですが」
「そうか……」
オルズバウロは部屋の出口へゆっくりと歩きだす。
「どこへ行かれるので?」
「こんな血生臭い所を司令部にはできんだろう。大広間に移動して、そこでじかに指令を出す」
「まだ安全は保障できませんよ」
「構わん、休んでいる時間などない。兵たちはまだ、戦っているのだ」
「分かりました、しかし護衛は付けてください。私も早く戦場に戻らねば……」
オルズバウロとゴッドブランは部屋から出ていった。
ヒュンッ!!
クロコは黒剣で、起爆のレバーを切断した。
「これで、簡単には動かないはずだ」
「ああ、これで一安心だな」
マスティンは言った。
「爆弾自体の撤去は簡単にはできない。それについて今は放置するしかないな……」
「まあ爆発しなきゃ、ただの置物だもんな」
マスティンはほほえんだ。
「これで最悪の事態だけは回避された。君が送ってくれた情報を、『レギオス』に汚染されていないこの国の重役たちに流した。間もなく他のメンバーの身柄も拘束されるだろう」
「そうか……」
クロコは胸をなで下ろす。軽くため息をついた。
マスティンはゆっくりと歩き出した。クロコもそれについていく。
部屋の中央付近まで進んだときだった、クロコは立ち止まり、後ろを振り向いた。壊れたレバーの近くにグランロイヤーの死体が倒れ伏している。
クロコは今一度、グランロイヤーの死体を見つめた。
クロコは、頭の奥から『ダークサークル』についての記憶が、ゆっくりとよみがえってくるのを感じた。
湖の屋敷の小さな部屋、その金庫の書類を見て、このダークサークルが起こった経緯と真相を知った。
ソラが泣いていた、父親が死に、その父親の手紙から、ダークサークルの真実があるという場所を知った。
ファントムに、小型の手紙鳥を手渡された、もしダークサークルを引き起こした者と対峙した時に、自分を必要とする時が来るかもしれないと言われ。
クレイドが死んだあと、フロウは言っていた、二人はダークサークルの真実を知りたいがために解放軍に入ったのだと。
二人はその暗黒の中で、共に大切なものを失っていた。
ダークサークルの真実、その先っぽに初めて触れたのは、セウスノールへ行ったときだった。
そこで初めてファントムと会った。
そして、『ダークサークル』を引き起こした者がいることを知った。
帰りの馬車の中で、ガルディアは言っていた。
『おまえは今『真実』の先っぽに触れたんだ』
『おまえはいつか、その『真実』と正面から向き合うことになるかもしれない。だから忘れるな。………………』
クロコは立ち尽くしたまま、倒れたグランロイヤーの姿をじっと見つめる。
黒髪に、あごを覆う黒いひげ、威厳のある顔立ち、その額には穴があき、大量の血が漏れ出している。目には生気はなく、人形のような目でどこか一点を見ている。
クロコはそれを見つめたまま、マスティンに話しかけた。
「なあ……アンタは、どれくらい、こいつらのこと知ってたんだ?」
マスティンは歩き続けていたのでクロコと少し距離が開いていた。背中を向けたまま答える。
「ほとんど知らなかったよ、セウスノールで君と初めて会ったときに話したことが全てだ。さっきも言ったが、君の情報のおかげで真実を知ることができたんだ」
「そうか……」
クロコは死体に背を向け、早足で歩き始めた。クロコは黒剣の柄を強く握る。
部屋の出口付近で、マスティンは歩みを止めた。
「……何のつもりだ、クロコ」
クロコは黒剣の刃を、マスティンの背中へ向けていた。
刃を向けたまま、クロコは静かな口調で話し出した。
「気付いたんだ……」
クロコは言った。
「グランロイヤーのほかにもう一人、『ダークサークル』を引き起こしたやつがいることに」
クロコのその言葉と共に、薄暗い部屋は一瞬静寂に包まれた。マスティンは何も言わずに背後のクロコを見ている。クロコは刃を向けたまま口を開く。
「ビルセイルド基地で、あんたはオレに話したよな」
クロコは真っ直ぐマスティンを見ながら話す。
「あんたはあのとき、リナって人の話をした。リナが研究していた制度をグラウドに導入したいって」
部屋が再び静まり返った。マスティンは小さくため息をつく。
「なぜ今その話をするのか、私には全く見当がつかないな。刃を下ろしてくれないか、クロコ」
クロコはその言葉を無視して、また話しだした。
「今まで国で起こったこと、それから、解放軍が勝つことによって、これから国で起こるだろうことを考えたとき、何かが引っ掛かったんだ」
薄暗い部屋でクロコの声が響く。
「グランロイヤーによって、ダークサークルが引き起こされ、国が荒れ果て、そこにあんたが現れて、グランロイヤーを倒して、革命を起こし、国を新たに作り直す。そのとき、偶然に、リナの研究していた制度が使われることになる…………この流れに、一つだけ不自然な部分があるんじゃないのか?」
クロコの声が小さく響く。
「それは本当に、偶然だったのか? リナの研究していた制度が使われることは、本当に、偶然だったのか?」
クロコはマスティンを見つめた。
「もし、あんたが、リナの研究していた制度を導入するために、あらゆる犠牲をいとわなかったとしたら、偶然は全て、必然に変わるんだ」
マスティンは何も言わない、黙ってクロコの話を聞いている。
「あんたはその制度をグラウドに導入したかった。だけど当時のグラウドは『賢帝』ブルテンのおかげで、何の問題もない平穏な国だった。このままじゃあ、新しい制度が入る余地なんてない。だから…………国を一度破壊する必要があった。グランロイヤーの引き起こした『ダークサークル』によって」
クロコはじっとマスティンを見つめていた。マスティンもクロコから眼をそらさなかった。クロコはまた話を続ける。
「あんたは初めから、全てを知っていたんじゃないのか? グランロイヤーの計画のずっと初期に、あんたはその計画の存在に気づいた。そしてそのとき、あんたは、止められたはずの計画を、みすみす見逃した。利用するために。自分の望みを叶えるために。そして…………」
クロコの口調がわずかに強くなる。
「タイミングを見計らって、グランロイヤーを始末した。そう考えると、頭の引っ掛かりがきれいに取れる。今まで国で起こったことと、これから国で起こることが、きれいにつながる。偶然が必然に変わった瞬間に」
クロコが話し終えると共に、辺りはまた静かになった。薄い闇だけが二人を包んでいた。
マスティンの口が開いた。
「なかなか面白い推論だな」
マスティンは冷静な表情をしていた。
「ずいぶんとスケールの大きな推論だ。直感に優れた者は大局観を持つというが……それともただ単に大雑把なだけなのか。確かに大筋は通っているな。しかし、その予想には決定的なものが欠落しているんじゃないのか?」
マスティンは冷静な目でクロコを見つめている。
「確かに私は、ジオ・グランロイヤーと若い頃からの友人だった。彼の計画を初期の段階から気づく者が一人だけいたとしたら、私が筆頭に挙げられるだろうな。だが、私がそれに気づいていたなんてどうして言える? それを見逃したなんてなぜ言える?」
マスティンは表情を変えずに話し続ける。
「仮に君の推論が当たっていたとしたら、確かにこのタイミングで私がジオ・グランロイヤーを倒すことはとても自然に見えるな、それに、君より早くこの部屋にたどり着いたという不自然な状況も、説明がつくか……」
「それは認めたってことか?」。
「いや、私はこの総務省の建物を何度も訪れたことがある。その時に偶然、この建物の裏口を見つけたことがある。そこを利用しただけだ」
「偶然か……」
「そう、偶然だ」
クロコは一瞬目つきをきつくする。
「私が『レギオス』という組織の全貌を知ったのも、この計画の存在を知ったのも、ジオ・グランロイヤーを倒すために行動を起こしたのも、全ては君の飛ばした手紙鳥から得た情報のおかげなんだよ」
マスティンははっきりとした口調で言った。
「そろそろ気づいたか?」
マスティンはクロコを鋭く見つめた。
「君の推論に決定的に欠落しているものは、事実だよ。君の推論には何の根拠もない。事実が欠落している以上、君の推論がどれだけ自然に聞こえようと、それは推論の域を出ないし、私の行動がどれだけ不自然だろうと、事実が存在している以上、それが真実だ」
マスティンは冷静だった。再び口を開く。
「もう一度言おう、刃を下ろしたまえ。クロコ」
「いや」
クロコは眼を鋭くさせた。
「事実ならある」
「なに……?」
「その事実かなければ、オレはあんたを疑いはしなかった」
クロコは黒剣の柄を一瞬強く握った。
「もうずいぶん前になるな。あんたとクラット基地で二度目に会ったとき、あんたは文字がびっしり書かれた書類をものすごいスピードで読んでたよな。オレだったら何時間もかかりそうなのを、あんたは5分ぐらいで読んでた。あれ見て、オレ、すげーびっくりしたよ」
「……何の話をしている?」
「読むスピードは、遅いよりも速い方がずっといいよな。オレが10分近くかけて書いた手紙だって、あんたなら10秒もかからず読めるんだろうな。だけど、速く読むのにも欠点があるんじゃないのか?」
クロコは鋭くマスティンを見つめる。
「あんたに飛ばした手紙、アレ、一文字だけ間違ってたんだよ」
クロコは言った。
「オレは農民だからな、字は読むことには慣れてても、字を書く機会なんてほとんどない。だからオレ、字を書くのはものすごく苦手で、昔から、ある一文字をよく間違えるクセがあるんだ。入軍試験のときなんか、それで自分の名前を間違えたぐらいだ」
クロコはマスティンをにらんだ。
「あの手紙からは『レギオス』なんて名前読み取れないんだよ」
マスティンは一瞬眉を寄せた。
「あんたは知るはずのない組織名を、さっきから何回言ってるんだ?」
マスティンは冷静な声を出す。
「ハッタリだな。そんな重要な情報を書き漏らすはずがない」
「悪いな、たしかにアンタみたいに偉い立場にばっか立ってる人間には考えられないことかもな。けど、あいにくオレは、大局観があるんじゃなくて、単に大雑把なだけなんだよ、モノの呼び方なんてこだわらないぐらいにな」
その言葉と共にマスティンは黙った。無表情に、クロコを見たまま何も言わない。
静寂の空間の中で、クロコはまた、ゆっくりと口を開いた。
「そういえば昔、セウスノールで、あんたと初めて会ったすぐあとに、ガルディアが言ってたっけな」
『おまえは今『真実』の先っぽに触れたんだ』
『おまえはいつか、その『真実』と正面から向き合うことになるかもしれない。だから忘れるな…………』
『『真実』とは常に目の前にある一つだけとは限らない。だからこそ、もしそれと向き合うことになった時、それによく目を凝らせよ』
クロコはマスティンを真っ直ぐ見つめた。
「『真実』は目の前にある一つだけじゃなかった。よく目を凝らせば、暗黒円の中心に立っていたのはグランロイヤーだけじゃなかった。その真実の背後には、あんたが隠れていた」