6-10 最強の聖騎士
首都ゴウドルークス、解放軍と国軍の激しい戦いが純白の街で展開されていた。
西の大通り、その一角でフィンディ・レアーズは剣を振るっていた。
目の前には陣形を組んだ三人の聖騎士が襲いかかってくる。フィンディは素早く剣を振るう。
ヒュンヒュンヒュンッ!!
フィンディから放たれるピンポイントの三発の斬撃。その斬撃により三人の聖騎士の動きは止まり、地面へと倒れ伏す。
その直後、別の聖騎士がフィンディの横をついた。
ヒュンッ!!
聖騎士から放たれる鋭い斬撃を素早くかわすと、フィンディは正確な斬撃を放った。
ヒュンッ!
キィン
聖騎士はそれを見切り、受け流した。
「……!」
わずかに崩れるフィンディの体。直後の聖騎士の斬撃がフィンディの肩をわずかに切り裂いた。
「チ……!」
次の瞬間、フィンディは聖騎士の死角を的確に狙う連続の斬撃を放つ。
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
聖騎士は所々が切り裂かれ、血しぶきと共に地面に倒れ伏した。
「フゥ……時々すげー動きのいいのが混じってるな。けど……これで」
フィンディの周りの石畳には数えきれないほどの聖騎士が倒れていた。
「これでミリアが倒したのを含めて、150人目だ」
フィンディの前を立ち塞ぐ聖騎士の群れはずいぶん小さくなっていた。警戒した様子で剣を構えたまま動かない。
フィンディは笑みを浮かべる。
「どうした、来ないのか?」
その言葉の直後だった、聖騎士の群れが割れ、中から一人の聖騎士が前に進み出た。
格好は他の聖騎士とほぼ同じだが、銀色の肩当てを付けている。整った黄色い髪の若い剣士だ。
「私が君の相手をしよう」
フィンディはその剣士をじっと見る。
(他の聖騎士と雰囲気が違うな……)
「何者だ? あんたは」
「聖騎士軍総督アウサー・レイクラース」
「アウサー・レイクラース……聞いたことがあるな、飛び抜けて強い聖騎士が一人いるって…………アンタのことか」
「噂が事実かどうかは戦ってみればすぐ分かる」
レイクラースは冷静な表情で言った。
「おもしれぇ……!」
フィンディは剣を前に構えた。レイクラースもゆっくりと剣を横に構える。
ほんの一瞬ふたりはにらみ合った。
先に動いたのはフィンディだった。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッッ!!
死角を的確に狙う正確な斬撃。その斬撃をレイクラースは鮮やかな動きでかわした。
「きれいすぎる攻撃だな」
ヒュンッ!
レイクラースの斬撃。フィンディの動きに完璧に合されていた。フィンディの脇腹がわずかに裂けた。
「チ……ッ!」
レイクラースは一歩踏み込んだ。
ヒュンヒュンヒュンッ!!
三発の斬撃。フィンディは全てかわした。しかしその斬撃をかわした動きに合わせて四発目の斬撃が放たれた。
(……!! 逃げ道が……無い!?)
ヒュンッッ!!
フィンディの腹が切り裂かれた。わずかに血が飛ぶ。
「クソ……!」
「コンビネーションとは理想的にはこう打つものだ」
「この……」
フィンディは今度は左右に俊敏に動き、レイクラースをかく乱しつつ、連続の斬撃を放つ。
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
その斬撃の嵐を、レイクラースは無駄な動きを一切せず、あっさりと防いでいく。
「この正確な剣技はすばらしいが、戦いは生き物だ、時計の歯車とは違う……」
「偉そうに語ってんじゃねーよ!!」
フィンディの蹴りが飛んだ。レイクラースの体にわずかに当たり、体勢を動かした。フィンディは素早く斬撃を放つが、レイクラースの鮮やかな足さばきに紙一重でかわされた。
直後のレイクラースの斬撃はフィンディの右腕をわずかに切り裂いた。
「く……ッ!」
フィンディは素早く後ろに跳んで距離をとろうとする。レイクラースは追わない。
二人の距離が離れた。
険しい顔をするフィンディ。
(強い…………こいつ、力も速さも大したことない。けど上手い、上手過ぎる……正直ものすげー戦いにくい)
フィンディは剣を構え直す。レイクラースもゆっくりと剣を構え直す。
フィンディは突進した。レイクラースに鋭く斬りつける。
キィン
レイクラースはあっさりと受け流した。わずかに崩れるフィンディの体勢。
フィンディはレイクラースの斬撃を警戒した、しかしレイクラースは斬撃を放たなかった。
トン……
レイクラースは気付けばフィンディの横に立っていた、特に駆けた様子もないのに、一瞬で真横に立っている。
ヒュンッ!!
フィンディの足が裂けた、険しい表情のフィンディ、すぐさま斬撃を返す。あっさりとかわされたが、直後に鋭い蹴りを放った。
ゴッ!!
フィンディの蹴りはレイクラースの体に直撃した。
「……!!」
「こういう野蛮な攻めは嫌いか?」
フィンディは勢いよく剣を振った。空気を切り裂く高速の斬撃。レイクラースは体勢を横にそらすが、避けきれずわずかに体が裂けた。レイクラースは一瞬フィンディをにらむ。
レイクラースから大振りの斬撃が放たれる。フィンディも斬撃を放つ。
ギィンッ!!
二人の剣が交差し、ギリギリと震える。二人の動きが止まった。
「今だ」
レイクラースのその言葉と共に、フィンディの横から別の聖騎士が現れた。
「……なっ!?」
ヒュンッ!!
宙に血しぶきが舞い飛んだ。グラリと体勢が崩れ、聖騎士は地面に倒れ伏した。近くにはミリアが立っていた。
レイクラースは驚き、剣を引き、後ろへ跳ぶ。
ミリアはフィンディの隣に立った。
「私が代わろう」
わすかに驚くフィンディ。ミリアは言葉を続ける。
「対集団戦がおまえのジャンルなら、一対一は私のジャンルだ」
「…………分かった」
フィンディは苦笑いを見せる。
「正直助かるぜ、人手が欲しかったんだ。ならオレは……」
フィンディは周りに立つ聖騎士の集団に視線を移す。
「こいつらを片づけるよ」
「ああ、目の前のこいつは責任を持って私が倒す」
「サンキュ、愛してるぜミリア」
「願い下げだ」
「安心しな、ファリスの次に、だ」
ミリアとフィンディは互いの敵をにらんだ。
ミリアとレイクラースは互いににらみ合う。
レイクラースは冷静に口を開く。
「『戦乱の鷹』ミリア・アルドレットか……面白い」
互いに剣を構え、向かい合う二人。
わずかな時が流れた。
先に動いたのはミリアだった。一瞬でレイクラースの前に立つ。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッ!!
ミリアから放たれる斬撃の壁。その猛烈な攻撃を、レイクラースは防いでいた。
時にかわし、時に受け止め、無駄のない動きでミリアの攻撃を防ぐ。
ヒュンッ!
レイクラースの軽やかな斬撃はミリアの動きに合わされて完璧に放たれる。
ミリアは一瞬の体の切り返しで紙一重でかわした。
「……! 流石に速いな」
ミリアは一瞬でレイクラースの横についた。その瞬間に放たれる斬撃。しかしその斬撃は途中で止まった、ミリアは逆をついていた。一瞬のフェイントだった。
ヒュンッ!!
ギィンッ!!
レイクラースはその動きを見切り受け止めた。ミリアは素早く剣を引き、さらに斬撃を放つ。
ヒュンッ!!
キィン
レイクラースは素早く受け流した。その直後、
「はあ……!」
レイクラースはかけ声とともに大振りの斬撃を放った。
後ろに跳ぶミリア。軍服の肩の部分がわずかに裂けた。
二人の距離が離れた。
静かににらむミリア。
レイクラースは小さな笑みを浮かべる。
「神経を使う相手だ……これほど速い敵は初めてだよ」
レイクラースのその言葉に、ミリアは小さく口を開く。
「いや…………遅い」
「……?」
ミリアは自らの持つ小剣をフラフラと揺らした。
「最近、あまりこの剣を使っていなかったんだ。勘が鈍っていた」
「どういうことだ……?」
ミリアはレイクラースを鋭く見つめた。
「つまり、もう勘が戻ったということだ。ちょうど今な」
その言葉の直後だった、ミリアは一気に突進する。レイクラースに向け、無数の斬撃を放つ。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッ!!
「……!!」
その斬撃は先ほどまでの斬撃よりもさらに速くなっていた。刃の光はつぶてとなって辺りに無数に乱れ飛ぶ。レイクラースは反応しきれず、数撃を体に浴びる。辺りにわずかに血が舞い散る。
「く……!」
レイクラースは鋭い斬撃を返す。
ヒュンヒュンヒュンッ!!
三発の斬撃、それを高速の身のこなしでかわすミリア。しかしその動きの合わされた四発目の斬撃が放たれた。
ヒュンッ!!
ミリアには当たらなかった。一瞬の体の切り返しで紙一重でかわした。直後のミリアの斬撃はレイクラースの脇腹をわずかに裂いた。
「く……この!」
レイクラースは一歩踏み込んだ。
「私は負けん!!」
レイクラースから連続の斬撃が放たれる。
ギィンギィンギィンギィンギィンギィンッッ!!
強烈な打ち合いだった。ミリアとレイクラースのあいだで、無数の斬撃が高速で弾け続ける。しかし、徐々にレイクラースがミリアの速さに押されていく。
「く……! うおおおおおお!!」
レイクラースが力強い斬撃を放った直後、レイクラースの剣は空を切った。
その瞬間、レイクラースはミリアを見失った。
ヒュンッ!!
ミリアの体はレイクラースを横切っていた。大量の血が宙に飛び散り、レイクラースの体勢が徐々に崩れていく。
レイクラースは呆然とした表情で、音もなく石畳に崩れ落ちた。
そのレイクラースをミリアは静かに見つめる。
「悪いな……一対一の戦いで、もう私は、誰にも負けるつもりはないんだ」
ミリアは自分の周りへと視線を移した。
すぐ近くに聖騎士が一人だけ立っていた。その聖騎士の体はグラリと傾き、石畳に倒れた。後ろにはフィンディが立っていた。
「これで……終わりだ」
フィンディは静かに言った。
ミリアとフィンディ、二人の周りに立っている聖騎士の姿はもう一人もいない。
「西の大通りが、解放軍に押され始めました!」
オルズバウロ元帥はその報告を聞き、わずかに眉を寄せる。
「……なかなかやるな」
「どういたしましょうか?」
カルス中将の言葉に、オルズバウロは冷静に答えた。
「大きな問題はない。後ろ備えの戦力を西の大通りに回せばいいだけのことだ。それで十分抑えられる」
「……ふむ、そうですね」
カルスはそう言うと、司令部の出口のドアに向かって歩きだす。
「どこへ行く?」
オルズバウロの言葉にカルスは答える。
「私自ら作戦を伝えに行きますよ。この決戦の緊張感に少しやられましてね。外を少し歩きたいんです」
「……そうか」
カルスは司令部から出ていった。
「このまま……ですか?」
国軍の指揮官がキョトンとした様子で言った。
「そうだ」
カルス中将は言った。
「後ろ備えの戦力は使わん。このまま解放軍を南地区方面に前進させる」
「しかし……それでは南地区で戦う国軍部隊が、解放軍の挟み撃ちにあってしまいます」
「構わん、国軍も解放軍も南地区に戦力を集中させる。これはもう決定したのだ」
「わ…………分かりました」
カルス中将は指揮官に背を向けて歩き出した。
(南地区に兵士が集まることが重要なのだよ。生贄は多い方がいいのでね。さて……これで舞台は整った。歴史が変わる瞬間まで、あと50分といったところか)
「あと40分で……全てが整います」
総務省局地下の薄暗い大部屋で、グランロイヤーはイスに腰掛け、その報告を聞いた。
「あと40分か……」
グランロイヤーは部屋の奥に目を向けた。薄暗い部屋の奥には、黒色の長いレバーが設置されていた。
「全てを変える鍵は目の前にある。再生の扉が開くまで、あとたったの40分……」
グランロイヤーは小さく笑みを浮かべる。
「さあ……もうすぐだ」
総務省局の敷地内、四角い純白の建物の正面に、クロコとスコアは立っていた。
クロコは真紅の瞳を鋭く光らす。
「いくぞ」