1-12 その名は……
グラン・マルキノの砲撃を受けたセウスノール解放軍はグラウド国軍を前に一時撤退をした。
現在、解放軍は第四防衛ラインまで下がっている。兵士達の表情はなおも恐怖と混乱に支配されていた。
そんな中、クレイドが一息ついて口を開く。
「…………ったく、ひどい目にあったな。一瞬天国が見えたぜ」
「悪い冗談だね……」
フロウが軽く笑みを作りながら言った。
フロウの隣で砂まみれのブレッドがため息をつく。
「しかし敵はついにグラン・マルキノを投入してきたか」
その言葉にフロウが少し反応した。そして黙って考え始める。
(…………グラン・マルキノの投入? でも、このタイミング……だとすれば敵の狙いは……)
「皆こっちを向け!!」
ブロズド副司令がすぐ前に立ち大声を上げる。
「敵はついにグラン・マルキノを投入してきた。よってこれより我々は中央を空けた陣形を組む!」
兵士達はそれを黙って聞く。
ブレッドがボソッと口を開く。
「まあ、当たり前か……またアレに撃たれて崩されたんじゃ、たまんねぇからな」
一方敵陣ではファウンド大佐とロウレイブ大尉が話していた。
ロウレイプは少し不思議そうな様子でファウンド大佐に質問する。
「先ほどの一撃はどのような意味があったのですか? 重要な一発を使った割には、あまり大きな被害を与えることができなかったように思えるのですが」
それを聞いてファウンド大佐がほほえむ。
「ああ、アレはな、被害を与えるためでなく、これからの陣形を崩すのが目的だ」
「……これからの陣形を、ですか?」
「そう、一発撃つことで敵側に、さらに撃ってくるかも、と思わせる。敵にそれを警戒させ、それによって陣形を左右に分断させる」
「……確かに、敵陣が左右に分断されれば、勢いでこちらが押されることはなくなるでしょう。理屈は分かります。しかし、それは……」
「そう作戦は実にシンプルだ。シンプル過ぎる……だがグラン・マルキノの威力と恐怖を頭の奥に刻み込まれた精神状態では、冷静にそれを見抜くことは困難だ……」
「……しかし、状況さえ把握できれば見抜けないことはないように思えます」
「知能による判断ならばな。しかしロウレイブ大尉、人が行動を決める時、知能を持って判断することはほんのわずかしかない。人の行動を決める根源は、感情だよ」
ファウンドは再びほほえんだ。
一方解放軍側では、ブロズド副指令の作戦を、兵士達は静かに受け入れていた。
疑問を口にする者は誰もいない。
しかしその時、フロウが大きく口を開く。
「待って下さい! いま軍を左右に割るのは賛成できません!」
フロウはそう言ってブロズド副指令の前に出た。
「中央を取られた陣形では、どのように展開しても力負けしてしまいます」
ブロズド副司令は反論するフロウの方をにらむ。
「なにを言っている……! もし、もう一度あれを撃たれれば、先ほどと同じように我が軍は大きなダメージを受ける」
ブロズドは静かだが気迫のこもった口調で言った。
それらの様子を見て兵士達がザワつく。
「ホントだよ、何言ってんだ」
「さっきのを砲撃を受けて何も感じなかったのか?」
「あんなのの正面に立つなんて正気じゃないぜ」
辺りから聞こえる兵士達の声を無視し、フロウはブロズドを真っ直ぐ見たまましっかりとした口調で話す。
「もう一度撃つことはほぼ考えられません。情報によればグラン・マルキノの砲弾は最大で三弾、基地攻略に絶対必要である以上、敵はこれ以上の無駄撃ちはしません」
「基地攻略に必要だとしてもあと二発ある以上、もう一度撃ってくる可能性は十分に考えられる」
「いえ、考えられません。グラン・マルキノの厄介な点の一つは連続撃ちができること。もし一発しか撃てないのならこちらとしては対策をいくつか立てられる。敵は絶対に基地に着くまで二発残します」
「……!! それはあくまで推測であって敵が絶対に撃たないという保障はない」
「敵がもし撃てば、対策を立てることができるこちらが有利になる。もう一度撃つということはすなわちそういうことです」
「だが、今の精神状況で兵士達を中央に立たせてもどちらにしろ力負けする……」
フロウは一歩前に出る。
「敵がこのタイミングで重要な一発を撃ってきたということは、敵にとって、それだけ追いつめられた状況だったということです。おそらく敵はこのグラン・マルキノの一撃で流れを変えたかったはず。陣形を変えるということは、敵の狙い通りに動くということです」
フロウの話を聞き兵士達がザワつく。
「しかし……」
ブロズドはさらに反論しようとした。そのブロズドをフロウがキッとにらむ。
「ならば僕が中央の先頭に立ち兵を引っ張ります。そうすれば僕の言うことが少しは説得力を持つでしょう? いま我々の方が有利な状況にあるのです。このチャンスをものにしなければ我々に勝利はありません!」
その言葉を発したフロウは、その小さい体に似合わないほどの大きな存在感を放っていた。
「しかし、今は…………」
ブロズドは言葉に詰まる。
「俺も中央の前衛に立たせてもらうぜ」
クレイドがズイッと前に出る。
「グラン・マルキノにビビッてせっかくの勝機を失うなんて冗談じゃないからな」
「それじゃあ、オレも立たせてもらおうかな」
ブレッドも続いて前に出る。
「クロはどうする?」
ブレッドは後ろのクロコを見た。
「……聞くまでもねーだろ」
「そうか、聞くまでもなく端っこで戦うか」
「どうしてそうなるんだよ!!」
「ハッハッハッ、冗談だ」
その様子を見て兵士達がさらにザワつく。
「おいおいマジか……!?」
「でも確かにこちらが有利なのは確かだし」
「ここで陣形を分けても……」
恐怖に支配されていた兵士達の表情にわずかだが生気が戻る。
ブロズド副司令はその様子を見て、大きくため息をついた。
「…………分かった。では隊の配置は今まで通りの形で敵軍を迎え撃つ」
ブロズド副司令はクロコ達の方を再び見る。
「おまえ達四名は先ほど自らが言ったように、中央の前衛に立って敵を迎え撃ってくれ」
「ハッ!」
四人は力強く敬礼する。
「……見抜かれる可能性はないのですか?」
国軍本陣、ロウレイブがファウンドの前で言った。
ファウンドは腕を組み、口を開いた。
「ないとは言えない。もしセウスノール軍側に、ある程度の発言力があり、かつあの状況下でこちらの狙いを冷静に分析できる者がいたならば、有りえなくもない。しかし私の経験上、そのような者はほとんど存在しないな」
「もし、それでも仮に見抜かれたとしたら……」
「その時は完全撤退も考えなければならない」
その言葉を聞いたロウレイブの眼がギラリと光る。
「もしそのような事態になっても、私が押さえて見せます」
ロウレイブはそう言うと長槍を持って歩き出した。
「……無理はするなよ」
赤色の岩石が作る天然の通路、それを塞ぐ第四防衛ライン。
その前方にグラウド国軍が現れた。
およそ500m手前に陣を組み、構える。
そしてその後方には巨大なグラン・マルキノの影がうっすらと見えた。
パンッ!
一発の銃声と共に国軍の兵士達が一気に突撃してくる。
それに応じ解放軍の兵士達も突撃する。
解放軍側はクロコ、ブレッド、フロウ、クレイドが中央の先頭に立ち向かい撃つ。
ロウレイブはその様子を見て険しい表情になる。
(……! 全く崩れている様子がない。しかしそれでもこの私が……!)
中央前衛に立つ四人が敵陣中央を一気に切り崩す。そこに大勢の解放軍兵が続き敵軍陣形を左右に引き裂く。
国軍の陣形はあっさり左右に分断された。
クロコはキレのある動きで次々と剣兵を仕留めつつ、分断した陣形の左方に強引に進出をかける。
しかしその時、鋭い突きがクロコを襲う。とっさにかわすクロコ。
「そろそろ仕留めさせてもらおうか!!」
ロウレイブが再びクロコの前に立ちはだかる。
「それはこっちのセリフだ、さっきの仕返しをしないとな」
クロコはロウレイブの前で笑みを浮かべた。
「ほざくな!!」
ロウレイブはクロコに間合いの外からの攻撃を仕掛ける。斬撃と突きの波状攻撃がクロコを襲う。その攻撃の全てが速く、正確だ
しかしクロコはその間合いを完璧に見切り、時に避け、時に防ぎ、それに冷静に対応する。
「悪いがアンタの間合いにはもう慣れた」
「だからどうした! 間合いに慣れた程度で私を勝てるとでも思っているのか」
ロウレイブの攻撃が激しさを増す。しかしその攻撃はことごとくクロコに防がれる。クロコはロウレイブの攻撃を防ぎつつ徐々に間合いを詰めていく。
「させるか!」
ロウレイブは槍を大きく回転させクロコに向かって強烈な斬撃を放つ。クロコはその大振りの軌道を見切り素早く剣で防ごうとした。その時だった、ロウレイブの斬撃の軌道がわずかに変化し、クロコの足下へと向かう。
「……!!」
「これで!!」
ロウレイブの斬撃が足を切り裂こうとした瞬間、クロコは一瞬の反応でロウレイブの槍を踏みつけた。
「なに!」
ロウレイブの槍は止められた。その瞬間クロコは懐に一気に飛び込む。
ヒュンッ!!
クロコの斬撃は空気と共にロウレイブの体を切り裂いた。
ロウレイブの動きが止まる。
「こんな、こんなところで……」
ロウレイブは少し体を仰け反らしながら、よろよろと数歩歩いた。
「死ぬわけ……に……は……」
ロウレイブは力無く倒れた。
「悪いな、オレもここで死ぬ気はないんだ」
クロコは静かな口調で言った。
その頃、ファウンド大佐はグラン・マルキノの前に立ち戦場の様子を確認していた。
二つに分断された自陣。
戦局は解放軍側に傾きつつあった。
「退き時か……」
ファウンド大佐は静かに言った。その時だった、
ガシャンッ! ドンッ!
近くでなにかの音がした。そのすぐ後に兵士の怒声が聞こえる。
「おまえ! 何をしている」
「わわっ! す、すみません、足が滑って……」
ファウンド大佐がその方向を見ると私服を着た少年が兵士の上におぶさっている。
その少年は年齢十五、六、身に合わないダボダボな服を着ており、サラッとした白い髪と、分厚い眼鏡が特徴だ。兵士に怒られたせいオドオドしている。
兵士が怒鳴る。
「きさま、何者だ!」
「何者って……グラウド軍人です」
兵士が眼鏡の少年を振り払って立ち上がる。少年もイソイソと立ち上がった。
「軍人ならばなぜ軍服を着ていない!」
「あの、それは、と、とにかくすみません!」
眼鏡の少年は平謝りしている。その後ニコッと愛想良く笑う。
「こんな格好しているんですけど、一応軍人なんです」
「どうしたんだ、一体」
ファウンド大佐が早歩きで二人に近づく。
眼鏡の少年がファウンド大佐を見ると背筋をピンと伸ばしイソイソと敬礼する。
「はっ! 遅れて申し訳ありません、シャルルロッド基地より援軍として参りましたスコア・フィードウッドです」
「スコア……フィードウッド、君が……」
ファウンド大佐はぼうぜんとした表情で少年を見る。
(彼が、『瞬神の騎士の再来』……!)