6-4 ゴウドルークスへ
屋敷の小部屋でスコアは金庫から取り出した書類の束を流し見ている。
隣でクロコが口を開く。
「なあ、スコア。けど、作戦を阻止するにしても、やつらがどこにいるのか分からないと阻止しようもないよな」
「今それを調べてる」
スコアはそれだけ言うと黙って書類に目を通す。
「あった……!」
「何が?」
「もしあの巨大爆弾をそのまま爆発させたら、それを使った人が必ず爆発に巻き込まれる。だから、必ず時限式か、遠隔操作で爆発させる仕掛けをしてあるはずなんだ」
「うんうん、まあ、そうだよな」
「そしてこの爆弾は遠隔操作によって爆発させるように造られている」
「ってことは……」
「ああ、その発火地点にやつらはいる」
「どこなんだ?」
「この紙には、ゴウドルークス市内の見取り図と、爆弾の仕掛けられてる場所、そして爆弾の発火点が示されてる。爆弾の場所はゴウドルークスの南地区のほぼ中心、そして発火点は東地区の東端……総務省局だ」
「よっし、それさえ分かれば……」
「あとは動くだけだ」
「…………っと、ちょっと待ってくれ」
「なんだ?」
クロコは仕事机に腰を下ろして、机の中から手紙用の紙と羽ペンを取り出すと、何かを書き始めた。
「今まで分かった情報を、あいつに伝えないと……」
(ファントムに…………)
「あいつって誰?」
「まあ仲間だよ」
「頼りになるのか?」
「ああ、多分な」
クロコは右手で手紙を書きながら、左手を背後に立つスコアに向けて差し出した。
「メンバー表の紙取ってくれ」
「あ……ああ」
クロコは慣れない手つきでペンを走らす。
「クロコ……まだか?」
「ちょっと待ってくれ……文字を書くの苦手なんだよ」
「ボクが書こうか?」
「オレが書く。誰に送るかも知らないだろ」
「………………」
「スコア、組織名って何だっけ?」
「『レギオス』だよ……」
「ああ、そうそう…………あっ!!」
「どうした!?」
「……なんでもない」
「早くしてくれ……時間はあまりないんだ」
スコアはイライラしながら言った。
「皇帝が入れ替わったのって……」
「十二年前」
「爆弾が仕掛けられた場所は……」
「南地区の中心」
それからしばらくして、クロコはなんとか手紙を書き終えた。
クロコは服から小型の手紙鳥を取り出した。
「手品みたいだろ?」
「早く送って」
クロコは手紙鳥の足に手紙をくくりつけて窓から放った。
「これでよしっと」
「行こう、クロコ」
スコアとクロコは小部屋から会議室へと出た。するとスコアは窓側まで歩いていき、いきなり窓を蹴り破った。
「時間がない、ここから出るよ」
「おまえ短気だな」
「そこまでだ」
突然何者かの声が響いた。
「……!」
クロコとスコアが出口の扉の方を振り返ると、そこには大柄で眼つきの悪い国軍人が立っていた。さらにゾロゾロと国軍の兵士が部屋へと入ってくる。十人以上はいるだろう、一斉に剣を抜く。
「間に合わなかったか……」
スコアはボソッと言った。それにクロコが反応する。
「な、なんだよ、気付いてたのか?」
「ああ、だから時間がないって言ってたんだ」
「先に言えよ!」
「間に合うと思ってたんだ、きみが手紙を書くのがあんなに遅いとは思わなかった……」
眼つきの悪い軍人は大きく咳払いした。クロコとスコアは会話を止め、軍人たちを見る。
「緊張感のないやつらだな、この状況で口ゲンカか?」
眼つきの悪い軍人はスコアの方をジロリと見る。
「なあ、スコア・フィードウッド」
「………………」
スコアは黙って眼つきの悪い軍人をにらんでいる。
「まさか貴様がここに侵入してくるとはな……思いもよらなかったよ。ラティルの小僧の差し金か……? 鼻の具合はどうかね、ん?」
眼つきの悪い軍人の言葉を聞いて、クロコは前を向いたままスコアに話しかける。
「スコア……あいつ知ってるのか?」
「ああ、基地で一度話しかけられたことがある。名前は知らないけど……」
その言葉を聞いて、眼つきの悪い軍人はスコアをにらんだ。
「国軍准将グロップスだ。自分を殺す相手の名だ、しっかりと記憶しておけ」
剣を構えた兵士たちが二人を囲むようにジリジリと歩み寄ってくる。その様子を、グロップス准将は出口の前で眺めながら余裕の笑みを浮かべる。
「だが、まさか国軍の英雄が我ら『レギオス』に牙をむくとはな。まあいい、この功績で私は……」
そう言いかけたグロップスの目の前には、いつの間にかクロコが立っていた。クロコと背中合わせに立つ兵士たちの体が一斉に傾いていく。
ゴスッ!!
クロコのとび蹴りがグロップスの顔面に直撃した。グロップスは白目をむき、鼻血を出しながら、バタンと仰向けに倒れる。
クロコはスタッと着地した。
「……っと、勢いよく蹴り過ぎた。鼻折っちまったかな…………で、倒しても良かったんだよな?」
クロコはスコアを見て言った。スコアはあきれた様子で口を開く。
「別に良かったけど…………話の途中じゃなかった?」
クロコは倒れた兵士たちを避けながら、先ほど割れた窓の方へと歩いていく。クロコは窓に足を掛けた。
「さて……じゃあ行くか、ゴウドルークスへ」
ウォールズ・ヘルズベイの広場には解放軍の兵士たちが整列している。巨大な広場を兵士たちが埋め尽くす。その兵士たちの前に設置されている大きな石の台座の上に、兵士たちと向かい合う形で、ランクストン総司令が立っていた。
静まり返る広場に、ランクストンの声が響いた。
「諸君、いよいよ時が来た!」
ランクストン総司令の声が響き渡る。
「ついに我々にとっての最後の戦いが始まろうとしている! これから首都ゴウドルークスで我らは、国軍と激突する! 私の背後を見てくれ」
ランクストンの背後には、ヘルム型の旗印の赤色旗が風に揺れている。
「この戦いが終わるころにはグラウドの国旗は、ネシス神がまたがる聖馬グラードライコンから、我らが英雄ファントムのヘルムへと変わっているだろう! 我らの勝利の歓声と共に!!」
「ウオオオオオオオオオオ!!」
兵士たちは歓声を上げた。広場を満たす歓声と共に、ランクストンはゆっくりと台座から降りていく。
「見事です、ランクストン総司令。まさかここまで兵士たちを奮起させるとは……」
副総司令の一人が話しかけてきた。ランクストンはニコッと笑う。
「ああ、ファントムが置いていった原稿をそのまま言っただけなんだがな。ファントムの言葉だと思うと自信を持って言えたよ」
「………………」
グラウドのとある馬車道を一台の小型馬車が駆け抜けていた。
その車内には、一人の男が座っている。
その男は四十代前半、茶色の髪に、茶色の柔らかい口ひげ、鋭い目つきをしている。
ルイ・マスティンだ。
落ち着いた様子で座っているが、どこか緊迫感が漂っている。
(奴らに、この国を乗っ取らせるわけにはいかない……)
ゴウドルークスの純白の街並み。その中に建つ正方形の建物。ここは総務省局。
その地下に造られた薄暗い巨大部屋、その奥には、ある男が座っている。
その男は四十代前半、黒い髪にあごをおおう黒いひげ、太い眉に鋭い目、全体的に威厳に満ちた顔だちをしている。
ジオ・グランロイヤーは静かにそこに座っていた。
その両脇には二人の男が立っている。
一人は二十代半ば、長身で、柔らかい赤髪、鋭く大きな目、威圧的な雰囲気を放ち、腰には大剣をつけている。リーヴァル・クロスレイだ。
もう一人は五十代後半、温厚な顔だちをしているが、全てを見通すような鋭い目をしている。レオン・ホーククリフ大将だ。
「静かな空間だな」
グランロイヤーは言った。
「この静かで薄暗い空間に、このグラウドの全てを変える鍵があるとは到底思えないな」
その薄暗い大部屋に突然、人の歓声のような音が小さく響いてきた。
「何の音だ……?」
グランロイヤーの言葉にホーククリフ大将が答える。
「国軍兵の歓声ですな。オルズバウロが兵士たちを奮起させているのでしょう」
グランロイヤーは小さく笑う。
「……オルズバウロか。自分の運命も知らずに、哀れなものだな」
「さて……私はそろそろ行くとしましょう。ここの護衛隊の指揮をとらねば」
ホーククリフは歩き出す。
「まあ、ここに突入してくるような輩がいるとは思いませんが……」
それを聞いてグランロイヤーは笑みを浮かべる。
ホーククリフが部屋を出ていったあと、グランロイヤーはリーヴァルを一瞬見る。
「まあ実際、君一人いれば、護衛隊など必要ないがね」
グランロイヤーは楽しげに笑う。
「さあ…………全てを変える神の風が、もうすぐこの街に吹き荒れる。その瞬間、再生の時は訪れる」
国軍本部基地の広場、兵士たちで埋め尽くされているその一角に一人の少年軍人が立っていた。
その少年は年齢十四、五ぐらい、少しねた茶色の髪に、青い瞳、幼い顔立ちをしているが、雰囲気は落ち着いている。
コール・レイクスローは静かに自分の剣に触れた。
(もうすぐ、最大最後の戦いが始まる……)
純白の壁に一人の少女が寄り掛かっていた。
その少女はクロコとうりふたつの姿をしている。しかし雰囲気だけは違いひっそりと静かだ。
アピス・ブレイリバーは壁に寄りかかりながら青空を見つめていた。
「雲が速く流れてる……」
アピスはため息をついた。
「スコア、怒るだろうな……」
ウォールズ・ヘルズベイ基地から、次々と解放軍の大型馬車が出発していく。
基地の巨大な広場では、大型馬車に兵士たちが次から次へと乗り込んでいた。
馬車の一つにフィンディが乗り込もうとしている。後ろを振り向いた。
「おい、ファリス。先に乗ってるぞ!」
「うーん!」
遠くでファリスが返事をする。
ファリスは馬車へ向かって駆け出そうとしていた。
「アレ……」
ファリスは広場のある一角に視線が移った。
そこにはソラがポツンと立っていた。静かに出発する場所の集団を見つめている。
「あの子ってたしか……」
「おーい、ファリスー! もうすぐ出るぞー!」
フィンディが馬車の窓から声を飛ばしていた。
「あ、急がなきゃ……!」
次々と走りだす馬車の集団を、アールスロウは広場の一角から眺めていた。
するとある男が隣に立つ。
その男は三十代前半、ボサボサ頭でぶしょうヒゲを生やしている。
ケイルズヘル基地の司令官ライム・ローズマンだ。
「もうすぐだな……」
ローズマンの言葉に、アールスロウは広場を眺めたまま口を開く。
「はい、この長い戦争に終止符を打つ戦いです」
「ああ、とんでもねー戦いになるだろうが……がんばらねーわけにはいかないよな。アイツの分まで……!」
「はい」
アールスロウは目つきを鋭くさせた。
(グレイさん……必ずこの戦い、勝利して見せます)
基地へと出る大型馬車の一つ、その車内の奥の席にフロウは座っていた。
(『真実』は、もうすぐそこまで来ている。そのためにも、この戦いで死ぬわけにはいかない)
フロウは静かに目を閉じる。
(マウル……クレイド……僕を導いてくれ)
セウスノール解放軍は、首都ゴウドルークスへ向けて動き出した。