6-3 明かされる真実
青く輝く水面に浮かぶ小島、その中心に建つ大きな屋敷。その中の廊下をクロコとスコアは並んで歩いていた。薄暗い廊下には二人以外の気配はない。
「だけど、おまえが『ダークサークル』について調べてたなんてな」
クロコの言葉にスコアは鈍く反応する。
「…………ボクがここに来たのは偶然みたいなものだよ」
「そっか、まあ、オレも偶然といえば偶然なのかもしれないな」
「きみはこの『ダークサークル』についてどれだけのことを知ってるんだ?」
「いや、正直ほとんど知らない。ただ、なにか悪い奴らがわざと起こしたモンだってことは知ってる」
「……ここはどうやって突き止めたんだ」
「教えてもらったんだよ」
「そうか……ならたぶんボクの方がきみよりも詳しく知ってるはずだ」
スコアはゆっくりと話し出す。
「このダークサークルはグラウドの上位権力者の一部が組織的に引き起こしたものなんだ。そしてその組織のアジトがこの屋敷だったんだと思う。この町の人の話を聞く限り、その組織のメンバーが定期的にここに集まり、企てを行っていたんだ」
「ふーん……」
「だからそのメンバー全体の細かな動向を探れば、必ずこの町を中心にして動いていたことが分かるはずだ。ボクにその情報を伝えてくれた人は、おそらくそれでこの町に行きついたんだと思う。メンバーの動向から逆算したのか、それともこの町の存在を知ってからメンバーの動向と照らし合わせたのか、どちらなのかは分からないけど……」
クロコは頭をかいた。
「まあとにかく、ここを調べればそいつらのしっぽをつかめるってことだな」
「そういうことになるね」
二人は同時に足を止めた。廊下の奥の大きな扉の前に二人は立っていた。
「見るからにあやしいが……」
クロコは扉を見つめる。すぐにスコアが一歩前に出て扉を開けた。
扉の奥には大部屋が広がっている。
大部屋の中央付近には長い大きな机があった。イスがいくつも置かれている。
「会議室みたいだな……」
クロコは部屋を見渡しながら言った。
「というより会議室だね。おそらくここで奴らは話し合いをしていたんだ」
スコアは部屋を見回す。大部屋の奥にある扉に目がいった。金属の扉だ。スコアは大部屋を横切り、その扉の前に立った。
「ん……?」
スコアの動きに気づき、クロコもスコアを追って扉の前に立つ。スコアは扉を開けようとしたがカギが掛かっている。
ドガッ!!
スコアは扉に鋭い蹴りを浴びせた。金属の扉は部屋の壁からはがれて奥に向かって倒れ込んでしまった。
クロコは目を丸くする。
「おまえ思ったより強引だな」
扉の奥には小さな部屋があった。仕事机と本棚と大きな棚だけが置かれている。
「一人部屋って感じだな」
クロコは中を見ながら言った。
「多分、グランロイヤー総務大臣の書斎だ」
「さっきも聞いたんだが、グランロイヤー総務大臣って誰だ?」
「……国の重役だよ。グラウドの三大権力、皇帝、大臣、国軍。その大臣の中心的な人物だ。一度首都で本人と会ったことがある」
スコアは仕事机をあさり出した。書類のいくつかを流し読みする。
「……『ダークサークル』に関わるような情報はないな」
「おいスコア!」
スコアは声の方向を向くと、クロコが棚の中に頭を突っ込んでいた。お尻を向けながら声を出している。
「この奥に何かある!」
「………………」
クロコが少しずつ棚の中から後退しながら出てくると、それと共にズルズルと重い何かが動く音が響いてきた。
ドスンッ!
大きな金属の箱が出てきた。
「ふぅ……見るからにあやしそうな箱だろ。棚の奥の壁の裏に隠してあった」
「よく見つけたね……」
スコアは床に置かれた箱を見つめる。
「金庫だ……しかもこの茶色の光沢は、合金の中では最大硬度を誇るゼラライト製だ……」
クロコは金庫の扉を開けようとするが、ビクともしない。
「うーん、メチャクチャ固いな……ん……? ココに回転盤がある。十二ケタか……しかもヒントは無し……」
クロコは回転盤をクルクル回す。
「開きそうもないな……」
「クロコ、少しどいて……」
クロコの横に立つスコアは、剣を引き抜いていた。クロコが驚いて少し下がった瞬間だった。
ヒュンッッ!!
扉の部分がきれいに切断されて、扉がゴトッと音を立てて倒れた。
「こんな謎解きに付き合う必要はない」
「…………」
クロコはジーッとスコアを見ている。
「……? どうしたクロコ」
「…………いや、昔同じような状況があってな。オレがこういう開け方を提案したんだけど、相手にされなかったなーって思ってな」
「時間はない、ムダ話はあとにしてくれ」
スコアは金庫の中をのぞきこむ。金庫の中にはいくつもの書類が置かれていた。
スコアは書類を手にとって、そのいくつかに目を通す。その直後、スコアの表情が一瞬で緊迫する。
「な……何だこれ」
クロコもその書類をのぞきこむ。
「ん…………オレにはよく分からないな……組織名は『レギオス』ってことぐらいか」
「これは、『レギオス』の構成員の名前が書かれて紙だ……」
スコアは紙を今一度見つめる。
ジオ・グランロイヤー総務大臣
レオン・ホーククリフ大将
オズ・レース内務大臣
メルチ・アルテバラン財務大臣
コースト・リアネール商務大臣
サイド・コード国土大臣
アーノル・レッテル皇務大臣
ワイズ・カルス中将
ロア・アクベス中将
……………
「大臣と国軍の権力の半分近くのメンバーが参加してる……議員権力なら半分を超えてる……」
「それって……すごいことなんだよな。たしか議員は国の半分以上の権力があるって」
「ああ……これは実質、議会を掌握してる。信じられない事態だ。この国の大部分の権力が、『ダークサークル』を引き起こすために動いてたなんて……」
「……要するに、この国は上からすでにグチャグチャだったってことだな」
「………………」
スコアは他の書類にも目を通す。するとまた驚いた。
「…………なんだ、コレ」
「……?」
「皇帝の暗殺計画」
「…………!!」
クロコも驚いた。
「まさかそいつら、皇帝を暗殺する気か!!」
「いや、これは十二年前のものだ」
「十二年前……?」
「クロコ……内乱が起きたのは何年前か知ってるか?」
「たしか……十年前……」
「そうだ、だけど、実質国全体が荒れ始めたのは、十二年前からだ」
「……!!」
「きっかけは、子宝に恵まれなかったブルテン皇帝の一人息子ファルゼム皇子の病死だと言われてた。だけど……」
「まさか、皇帝そのものが入れ替わってたのか!?」
「………………」
スコアの手が震えていた。動揺を抑えきれないようだ。
「ボクは皇帝をじかに見たことがある。そのとき、なぜか目の前に立つ皇帝の存在が淡く薄らいで見えたんだ。だけど今思えば……どうりで」
クロコが声を出す。
「だけど、だったら、今の国家権力はもう完全に『レギオス』ってことになるんじゃないのか? 『レギオス』そのものが国のトップ……」
「いや、これはあくまで水面下で行われていたことだ。もしこれが明るみに出れば、他の貴族や皇族、特にオルズバウロ元帥を中心とした国軍権力が黙っているはずがない。特に皇帝の暗殺なんてことが……。もしこんなことが表ざたになれば、新たな権力対立が起きて、新たな内乱の引き金になるだろう」
「………………よく分かんないが、気持ち悪いほどおかしな状況だってことは分かった」
クロコはそう言って別の資料に目を通す。
「……? これはなんだ」
クロコは不思議そうな顔をする。
「なんだ?」
スコアが反応した。
「いや、なんかの設計図みたいなんだが」
スコアはクロコに渡された書類の束を見た。
「この設計図は……蒸気機関か……? いや、なにか違う。そもそもこのスケールは……あまりにも大き過ぎる。まさか、これは……!!」
「どうした? もう大抵のことじゃ驚かないぞ」
「これは爆弾の設計図だ。従来の火薬を用いたものに、蒸気機関を組み合わせた、猛烈な爆風による圧殺を目的とした爆弾だ。しかも小型の基地ぐらいのサイズがある」
「……!! どうしてあいつらがそんなものを……」
スコアは他の資料に目を通す。それを見てスコアはさらに驚いた。
「その巨大爆弾が、首都ゴウドルークスの地下にある……!!」
「え……!?」
スコアは冷や汗を流す。
「ボクが少し前に首都に行ったとき、街全体から、戦場にいるような濃い火薬の臭いが漂ってたんだ。そうか……そういうことだったのか」
「だけどそいつら……それを何に使う気なんだ?」
スコアは別の資料に目を通す。
「…………!!! こんなことが……!!」
「もういい加減にしてくれよ……」
クロコはもう驚き疲れた様子だ。
「いや、これはきみにも直接関わることだ」
「え……?」
「やつらは……『レギオス』は、国軍と解放軍によるゴウドルークスの決戦の時にこれを爆発させる気だ」
「……!!」
「この爆発による被害者数の推定は、解放軍140000。国軍90000。この爆弾の製造を国軍上層部が秘密裏に行ったことにして、その罪を『レギオス』にとっての最大の障害である、オルズバウロ元帥を中心とした国軍権力に着せる計画だ」
スコアは険しい顔で説明する。
「これによって、自分たちにとっての最大の障害を取り除くと共に、内乱とその中で起こった非人道的な作戦を口実にして、皇族と国軍から権力を完全に奪い取って、『レギオス』として堂々と表舞台に出る気なんだ……」
「…………………………」
それを聞いたクロコはしばらくの間、黙っていた。やがてゆっくりと口を開く。
「詳しいことはよく分からなかったが、この作戦を考えた奴が最悪のクソ野郎だってことはよく分かった。人を200000以上ぶっ殺して、その罪を他人に着せて、自分たちは正義面して偉くなろうなんてな…………頭の中が腐ってるとしか思えねー」
クロコの眼には怒りがこもっていた。
「ああ…………そうだね」
スコアは静かに言った。スコアの眼にも静かな怒りがこもっていた。
「こんな下らない権力欲のために、この『ダークサークル』が起きていたなんて……そしてラティル大佐が…………絶対に許せない。この作戦は必ず阻止する」
クロコは真紅の瞳をギラッと光らせた。
「ああ、当然だ……!!」