6-2 湖の屋敷
青い輝きを放つ水面が広がっている。巨大な湖の周りには灰色の建物がポツポツと寄り添うように建っていた。町を緑色に染める木々の脇、静かな石畳の道をクロコは歩いている。
「ついに着いたぞ……ここがリヴァブリアか」
クロコは足を止めて、近くの木に寄り掛かった。
「さてと……」
(ノーヒントでここまで来たからな。何をすればいいのかさっぱり分からねー)
クロコは青空を見上げた。
「いい天気だな」
ウォールズ・ヘルズベイ基地の大部屋の一つ、そこには多くの解放軍兵が待機している。そこの角にミリアは一人座って、支給された干し肉を細かくちぎって食べていた。
「あの……一緒に食べませんか?」
サキがミリアの前に立っていた。
「サキか……」
サキはニコニコと笑う。
「しょ、食事は多い方が楽しいと思いますし」
ミリアは何も言わない。無表情でサキを見ている。
「あっ! ミリアさんって瞳が緑色なんですね。ボクも緑色なんです。そういえば髪の色も同じですね。お、お揃いだなー……なんて」
「………………」
「やあ、こんにちは」
突然別の声が飛んできた。
フィンディがミリアに向かって近づいてくる。
「こんなところに女性がいるなんてね。もしかしてきみが『戦乱の鷹』ミリア・アルドレットかい?」
フィンディは愛想良くほほえむ。
「そうだ」
「ああ、やっぽり。オレはフィンディ・レアーズっていうんだ」
「……クラット基地のエースか」
「知っててくれたのかい。光栄だな。でもまさか、噂に名高いミリア・アルドレットがこんなに美しい女性だとは思わなかったよ。どうだい、こんな端っこで食事してないで、オレと一緒に食べない? ここの隣の部屋に空いたデーブルがあったんだ」
するとサキが素早く声を上げる。
「フィ、フィンディさん! な、何を言ってるんですか」
「ん……? サキ、いたの?」
「い、いますよ!」
「うるさいやつだな、なんでおまえがいるんだよ。クロコとクラットの町へ出た時も付いてきたし。おまえ、オレの邪魔するのが趣味なのか?」
「ち、違いますよ!!」
サキはプンプン怒っている。
「だいたいフィンディさんにはファリスさんがいるでしょ!」
「はっ? どうしてあの女の名前が出るんだよ。オレはだいたいあんなツンツンした女は趣味じゃないんだ。ミリアのようなおとなしい女性が好きなんだよ」
「クロコさんナンパしたくせに……」
にらむサキを無視してフィンディはミリアを見つめた。
「こんなお子様ほっといて、行こうぜ、ミリア。前線基地を守ってきた剣士同士でしか分からない話だってあるはずさ。同じ守護神同士、一緒に話そうぜ」
「ふーん……」
さらに別の声が飛んできた。振り向いたフィンディの背後には、ファリスが立っていた。
「ずいぶん楽しそうだね、フィンディ」
ファリスは笑みを浮かべていたが、目は笑っていない。フィンディの顔がわずかに青くなる。
「あんたと食事しようと思って探してたんだけど、まあわたしはお邪魔みたいだし、別の場所で食事させてもらおうかな……」
「あ……いや……その……違うんだ……」
ファリスはプイッと背中を向けて歩きだす。
「だいたいフィンディ様はおとなしい子が好みのようですし」
スタスタと歩いていくファリス。フィンディは青い顔で追いかける。
「いや……そうじゃなくて、それは勘違いで……」
「ツンツンしたわたしとは話なんて合わないもんねー。同じ剣士同士で話したら? 守護神くん」
「お、おい、ちょっと待てって!」
フィンディはファリスを追っていなくなってしまった。
とり残されるサキとミリア。
サキは呆然と立ち尽くしていたが、ハッとしてミリアの方を見る。
「そ……そのミリアさん」
ミリアは小さくため息をついた。
「私はああいうタイプは嫌いだ……」
ミリアはそう言ったあと、サキを見た。
「座らないのか? 一緒に食べるんだろう」
ミリアの言葉を聞いて、サキは一瞬ボーッとしたあと勢いよくうなずいた。
「は、はい!」
基地の広い廊下を、フロウは一人で歩いていた。軽い足取りだ。
すると向かいからアールスロウが歩いてきた。
「フロウ」
アールスロウが話しかけてきた。
「はい?」
「先ほど、広間でソラ・フェアリーフを見たのだが」
「あー、はい、僕です、連れてきたのは。ほとんど無人になるビルセイルドに置き去りにするのは少し気が引けて……ショックを受けている様子だったので」
「まさか戦場に連れていく気ではないだろうな」
「い、いえ! もちろんそんなつもりはありません!」
基地の広間の一つ、その端っこに一人の少女が立っていた。
年齢十五、六ぐらい、白い髪に、ぱっちりとしたきれいな目をしている。
ソラ・フェアリーフは天井をボーッと見つめていた。
「………………クロ」
「あやしい場所?」
男は目を丸くする。
「そうだ」
リヴァブリアの町で、クロコは通りすがりの男に話しかけていた。
「場所じゃなくでもいい。あやしいやつとか……あやしい物とか……とにかくあやしければ何でもいいんだ」
「いや……そんなあやしいモン、この町にないけど」
「く……ッ」
(クソー、一体どこにあるんだよ! この町に『ダークサークルの真実』があるんじゃなかったのか!?)
クロコは湖の方に目を移す。
「ん……?」
クロコは気づいた、湖の真ん中付近に小さな島がある。目を凝らすと、小島には大きな屋敷が建っていた。
「あの屋敷って何だ?」
クロコは男に聞いた。
「ん……ああ、どっかのお偉いさんの別荘だよ」
「…………どうやってあそこまで行くんだ? 泳いでいくのか?」
「そんな馬鹿な。ボートを使っていくんだよ」
「どこにあるんだ?」
「この付近の人が保有してるのがいくつかあるよ。多分言えば貸してくれると思うけどね」
「……行ってみるか」
クロコはその後、住民の一人からボートを借りた。
湖の岸でボートを押しながら、クロコは聞いた。
「あの屋敷は誰のものか知ってるか?」
ボートの持ち主の老人はもごもご言いながら口を開く。
「ありゃー、そうだなー、たしか…………グランロイヤー総務大臣の別荘だったはずだよぉ」
「グランロイヤー総務大臣……?」
「この町にはな、十年ぐらい前からなぁ、ときどき、高貴そうな方々がゾロゾロと訪れることがあったんだがよ、最近はそれがよくあったなー」
「ふーん……別に聞いてないけど」
クロコはボートで湖を渡り、小島に到着した。
木々に囲まれた道を屋敷へ向かって歩く。
屋敷の屋根が見えてくると、クロコは木々の深い場所へと潜り込んで、屋敷の様子を探ってみた。屋敷の鉄柵に設置されている門の前では、剣を携えた門番らしき男が四人も立っていた。
クロコはコソコソと裏へ回り込む。
裏には人の気配はなかった。クロコは高く飛び跳ねて、鉄柵を飛び越え、中へと侵入した。
「さてと……ちょっと調べさせてもらおうかな」
クロコは裏に取り付けられている大きな窓の前に立って、剣を抜き、軽く飛び跳ねた。
ヒュヒュヒュヒュンッ!
窓は四角形にきれいに切れた。落ちてきた窓をクロコはパシッとつかんで、ポイッと捨てた。
ピョンっと跳ねてクロコは屋敷の中へと侵入した。
(こういうことはガキの頃からしょっちゅうやってるんだよなー)
クロコは暗い廊下を歩く。
(人の気配は薄いな。だけどいないっていう保証もないか……警戒はしといた方がいいな)
クロコは音を立てずに屋敷を歩きまわる。二階へと上がり、少し廊下を歩いた時だった。
「……!」
クロコは足を止めた。ちょうど廊下の角の直前だ。
(人の気配がする。誰かいる……)
クロコは壁に体をくっつけて、神経を集中させる。
(こっちに近づいてくる…………ひとりか。なら静かにぶっ飛ばすか)
クロコは剣を鞘に納めたまま構える。
(…………)
クロコは剣を握る力を強める。
(…………こいつ、足音も立てずに、ほとんど気配を消して歩いてる。オレじゃなきゃ絶対気づかなかったな。ただものじゃない、何者だ……?)
少しずつ少しずつ近づいてくるのを感じた。
(もう少し…………)
気配がすぐそこまできた。
(今だ!!)
クロコは飛び出して、剣を思いっきり振った。人影は鮮やかにそれをかわし、後ろへ跳んだ。
「なに……!!」
クロコは驚いた。その人影を見つめる。そしてさらに驚いた。
「え……!?」
クロコの前には一人の少年が立っていた。
年齢は十五、六、サラッとした白い髪、深い青い瞳、鋭く冷たい眼光でクロコを見つめていた。私服姿のスコア・フィードウッドだった。
「スコア……!!」
目の前にいるスコアは素早く白剣を抜いた。
「クロコ……!?」
クロコも黒剣を鞘から引き抜く。
「おまえ……!! なんでここにいるんだ!」
(スコアがまさか、『ダークサークル』に関わっていた!? いや、こいつに限ってそれはないはずだ……)
スコアは剣を構えて、クロコを鋭くにらんでいる。けれど斬りつける様子はない。スコアもまた混乱しているようだ。
「………………」
二人はしばらく向かい合っていた。
黒剣を構え、見つめるクロコ。
白剣を構え、にらむスコア。
静寂がその場を支配する。
クロコは静かに剣を鞘に納めた。
わずかに驚くスコア。
「…………何のつもりだ、クロコ」
クロコはじっとスコアを見つめた。
「ここは戦場じゃない」
「………………」
「……オレはここに、『ダークサークル』を引き起こしたやつを探しに来たんだ」
スコアは驚いた。
「まさか……きみも」
「おまえもか……」
クロコはそう言ったあと、少し考えて、口を開いた。
「剣を引け、スコア。いま、オレたちには戦う理由はない」
スコアは少し迷ったあと、剣を鞘に納めた。
「どうやら、ボクらの目的は同じみたいだね……」
「なら、ここは争うより、協力した方がいーんじゃねーか?」
クロコの一言に、スコアは黙った。少しのあいだクロコを見つめた。
「…………分かった」
スコアの眼つきが少しだけ緩んだ。
「……だけど、今だけだよクロコ」
クロコはニコリと笑った。
「分かってるよ」