1-11 グラン・マルキノの影
第三防衛ラインを突破したクロコ達解放軍は敵本陣へ向け進行していた。
同じ頃、グラウド国軍本陣では兵士達が慌ただしく次の戦闘の準備を進めていた。
岩壁が開けた空間に多くの剣兵や銃兵が急いで武器を備えている。大砲の数はだいぶ減り、兵士達も先ほどの戦闘で焦っている。
その兵士達の後方に巨大な建造物のようなものがそびえ立っている。その前部には10m以上はあるだろう巨大な黒い砲身が見える。
国軍の新兵器グラン・マルキノだ。
塔のような砲身は斜めに天へ伸びており、それが付いている前後に長い胴体は、まるで鎧で固めた巨大な屋敷のようだ。その胴体の下部には巨大な鋼鉄の車輪がのぞき、車輪下部以外を鋼鉄の板で守られている。胴体の上には大きな煙突が左右に二つ着いている。
そのグラン・マルキノのすぐ前方に一人の中年の男が立ち、慌わただしい兵士達の様子を眺めていた。
その中年の男は年齢四十代半ば、整えられた黒い髪、黒い口ひげとあごひげ、太い眉毛の下には鋭い目が光っている。静かながらも重々しい雰囲気を持っている。
その鋭い目の中年に一人の若い軍人が近づく。
「事態は深刻です。ファウンド大佐」
若い軍人は年齢二十代前半、黄色い髪で、高い鼻と長い眉、細い目をしている。どこか生真面目そうな雰囲気を持っている。
「ロウレイブ大尉……」
鋭い目の中年ファウンド大佐は鋭い目で若い兵士ロウレイブ大尉の方を見る。ロウレイブ大尉はきびきびとした口調でファウンド大佐に話しかける。
「第三防衛ラインが取り返えされた今、セウスノール軍はまもなくこのグラン・マルキノのある本陣まで来るでしょう」
「やれやれ、各基地の援軍もあって優勢に進めていたのだがな」
ファウンド大佐は落ち着いた口調だ。
「どうやらセウスノール側の強力な援軍が原因のようです」
「援軍か、策も練ったがあっさりと破られたな」
「あれに関しては運がなかったと言うしか……まさかあれほどの大砲を使った砲撃がたった一人に破られるとは……」
「ああ、しかし破られた以上、仕方なかったでは済まない。それによって命の消えた兵がいるのだからな」
「……そうですね、しかし今の状況が援軍によるものだとすれば、こちらにも本来、例のアレが来るはずだったのですが、いまだに到着の報告がありません」
「ふむ、それに関しては来ない以上あきらめるしかないだろう。しかしそうなるとそろそろこちらも危険になる」
「ファウンド大佐、私に出撃の許可を下さい。必ずやつらを仕留めて見せます」
ロウレイブ大尉は細い目を鋭く光らせた。
「なに、そんなに肩に力を入れる必要はないだろう。君の実力は知っているが、相手も手強い」
「しかし……」
「心配はいらん、すでに新しい策も練ってある。それに要望どおりロウレイブ大尉、君にはしっかりと出てもらおう」
ファウンド大佐はほほえんだ。
「ハッ!」
ロウレイブ大尉は力強く敬礼した。
一方、クロコたち解放軍は敵の本陣に向け進行していた。
そびえ立つ岩石が次々と現れては過ぎてゆく。
「いよいよ敵の本陣も近いな。クロ」
「ああ、一気にケリをつけてやる」
クロコの眼がさらに鋭くなる。その時、
「国軍だっ!」
どこからか味方の声が聞こえた。それを聞いてクレイドが口を開く。
「チッ! もうかよ」
「対応が早いね。敵はどうしてもグラン・マルキノに近づいて欲しくないみたいだ」
フロウは剣を抜く。
現れたグラウド国軍は様子も見ずに一気に突撃してきた。剣兵隊と銃兵隊の混合部隊だ。
それに対し解放軍も素早く迎え撃つ。
クロコとフロウが先頭を駆ける。
岩石帯の通路で、二つの軍勢がぶつかり合う、その瞬間クロコとフロウは高速の剣技で次々と敵を切り伏せる。
それを見て国軍の隊長が叫ぶ。
「ひるむな! 陣形を整え囲むんだ!」
国軍兵達はクロコとフロウに一定距離をとりつつ陣形を組む。
「俺達を忘れるな!」
遅れて突入してきたクレイドとブレッドがクロコとフロウを囲もうとする陣形を崩す。
「ダメだ……手に負えない!」
四人が中心となり敵陣中央を崩していく。
「とっととケリをつけてやる!」
クロコは敵を切り伏せつつ一人どんどん前へ出る。その時だった、
「調子に乗るな!」
長槍を構えたロウレイブ大尉がクロコの前に立ちはだかる。
「黒髪の女剣士……きさまか! 先ほど砲兵隊をやったのは」
ロウレイブがクロコを鋭くにらんだ。
「だったらなんだ!」
「我が誇りにかけ、きさまを始末する!」
「やれるモンならな!」
「ムッ!」
ロウレイブの前からクロコの姿が消える。次の瞬間クロコはロウレイブの横に立っていた、間髪入れずに素早い斬撃が放たれる。
ヒュンッ!
斬撃は空を切る。ロウレイブは横に飛びその斬撃を難なくかわす。
「なに!」
驚くクロコを尻目にロウレイブは長い槍で反撃する。槍は空気を切り裂き高速でクロコを襲う。
ヒュゥンッ!
クロコはその斬撃を素早く身をかがめ避ける。髪がわずかに切られ宙に散る。しかしクロコのよけた斬撃は一瞬で軌道を変え再びクロコを襲う。
「なにっ!」
予想外の槍の動きにクロコの反応が一瞬遅れる。
ギィンッ!
クロコは紙一重で止めた。
「ほう……! さすがにやる」
ロウレイブは不敵にほほえんだ。
(こいつ、強い……!)
クロコは体を反転させ敵の懐に飛び込む。さらに回転と共に斬撃を放った。
ヒュンッ!
しかしロウレイブは後ろに飛びかわす。
「チッ……!」
ロウレイブはそのまま距離をとった状態でクロコの間合いの外から高速の突きを放つ。
ヒュゥッ!
クロコは体をそらし素早く避ける。しかしロウレイブは間髪入れずに間合いの外から連続で攻撃を仕掛ける。突きと斬撃を組み合わせた高速のコンビネーションがクロコを襲う。
「クソ……!!」
クロコはそれをギリギリで防ぎ続ける。
クロコがロウレイブの間合いから出ようと後方に飛んだ。その瞬間、
ヒュゥンッ!
ロウレイブの斬撃がクロコの体をわずかに切り裂く。クロコの体から血が飛ぶ。
「……ッ!!」
「フッ、どうやらこれの間合いに慣れていないようだな。ならばっ!」
ロウレイブは前に前進しつつ突きと斬撃の波状攻撃を仕掛ける。
さらに勢いの増した攻撃がクロコを襲う。クロコはそれを何とか防ぐが、間合いの外からの攻撃は反撃を許さない。
「きさまはここで消えてもらうぞ! 女!!」
「……! 誰が女だー!!」
ギィンッ!!
クロコは強烈な斬撃で槍をはじく。それによってロウレイブの体勢がわずかに崩れる。その一瞬の隙にクロコはロウレイブの懐に飛び込んだ。
「くっ!」
クロコはここぞとばかりに大振りの斬撃を叩き込む。
ヒュンッ!
クロコの斬撃はロウレイブの脇腹をわずかに切り裂く。すぐにロウレイブは横に飛びつつ斬撃で反撃する。クロコはそれを後ろに飛びかわす。二人の距離が離れた。
ロウレイブの脇腹からわずかに血がにじむ。
「くそっ、簡単にはいかないか……!」
ロウレイブは手で脇腹を押さえる。その時、横から別の影が飛び出しロウレイブを斬りつける。
「くっ!!」
ロウレイブはそれをなんとか防ぐ。
「大丈夫!? クロコ君」
「フロウ!」
「ちっ! 新手か」
わずかに体勢を崩したロウレイブに対しフロウが斬りつける。
ヒュヒュヒュンッ!
フロウの素早い斬撃。
「ぐっ……!」
ロウレイブは後ろに下がりながらそれを紙一重でかわす。さらにクロコが横から攻める。
ヒュンッ!
クロコの斬撃がロウレイブの腹の辺りをわずかに切り裂く。
ロウレイブの表情が険しくなる。
(くっ、新手も手強い、二対一はさすがにきつい。しかし、どちらにしろもう……)
ロウレイブは隙を見て後ろに跳び距離をとると、さらに距離をとって後退しようとする。
「逃がすか!」
「待って!! クロコ君」
追おうとするクロコをフロウが止める。
「なんだ!?」
「様子がおかしい……」
フロウがそう言って前を指さす。
クロコがその方向を見ると、全ての国軍兵が後方に下がり解放軍との距離をとっていた。
ロウレイブとの戦いに集中していたクロコはその事態に初めて気づく。
「なんだ……一時撤退か?」
しかし後方に下がった国軍は撤退する様子もなく一定距離をおいたまま何もしない。
その様子をフロウが不思議そうに見る。
「不気味だ……」
フロウは考える。
(下がったにも関わらず撤退しようとしない。そもそも撤退の合図もなかった。ということは、これは合図なしで下がるよう初めから決められていた敵の作戦、だとしたらどうして……?)
フロウは友軍を見た。気づけば中央付近に集めっている味方の陣形……そして次の瞬間、何かに気づいてハッとした。
フロウはすぐさま目を向ける、後退した敵陣のさらに後方に。そこに戦闘開始前には見えなかった巨大な影が見えていた。
フロウはそれを見た瞬間、背中に寒気が走った。フロウは素早く振り返り、味方に向かって今までにないほど大きな声を張りあげ叫んだ。
「みんなっ!! グラン・マルキノだーッ!! 岩壁に寄って伏せろーッ!!!」
フロウは必死で小さな体から出せるだけの大声を出した。
解放軍が一気にどよめく。それを聞いてクロコとブレッドとクレイドはすぐさま岩壁に向かって全速力で走る。フロウも叫んだあと素早く岩壁に寄る。他の兵士達もざわめきながら左右に散る。その瞬間、
ドーン
遠くから小さく爆音が響いた。しかし小さいがその響きは長く、岩壁全体に響くような鈍い鈍い音だった。そのあとに風を切り裂き何かが近づいてくる音がした。切り裂く音は徐々に大きくなる。
ヒュゥゥウウ
次の瞬間、
ドオオオオオオォォォォォォォンッ!!!
目の前に巨大な火柱が現れ、狂ったように一瞬で広がる。赤い閃光が辺りを包み、頭の中で巨大な爆音が暴れる。
遅れて、叩きつけるような風が吹き上がり、その風に巻き上げられた砂は視界を赤茶色で染めあげる。クロコは見た、数十の兵士の体が紙切れのように吹き上がり宙を舞うのを。爆発で吹き飛んだ石の破片が弾丸のように飛んでくる。吹き上げる爆風の嵐に悲鳴さえも聞こえない。
それは理解を超えた感覚だった。自らが見た光景が地獄であったことを理解することは、今のクロコにはできなかった。
そして辺りは静かになった。
砂の舞い散る音が止み、しばらくの静寂が辺りを包む。
「うっ……」
クロコが小さく声を上げて体を起こす。
キイィィィン
頭を突き刺すような耳鳴りが襲う。舞い上がった土で曇った視界と痛いほどの耳鳴り。
遅れて体のすみずみの痛みと土の味、そして妙に濃い火薬の匂い。
岩壁通路の中央付近には見るに堪えない兵士の死体が見えた。
「これが……こんなものが……」
ぼうぜんとするクロコ。耳鳴りが少しずつ止んでいく。
それと共に大勢の兵士のかけ声が聞こえてくる。それを聞き、クロコはハッと正気に戻った。
少し離れたところからクレイドの叫ぶ声がする。
「敵だー! 敵が来るぞ!!」
クロコは素早く立ち上がり前を見る。すると後方に待機していた国軍が一斉に突撃してきていた。
素早くクロコ、フロウ、ブレッド、クレイドは前に立ち、敵を食い止めようと身構える。それに他の兵士達が続く。しかし続く兵士達は100人ちょっと、巨大な爆撃を受けて間もない状況で、ほとんどの兵士が混乱し判断能力を失っていた。
フロウは険しい表情をする。
(クソ! 爆撃を受けて崩れた今の状況じゃ、撤退すらままならない……)
「仲間が態勢を立て直すまで、ここはなんとしてでも死守するよ!!」
フロウは叫んだ。それに対しクレイドも叫ぶ。
「当たり前だ!!」
前に出た四人に敵兵が次々と襲いかかる。四人は必死で敵兵を片っ端から切り伏せる。
敵軍の中で一人だけ、明らかに動きが違う者がブレッドに襲いかかる。長槍を構えたロウレイブがブレッドに強烈な一撃を入れる。
ギィン!!
ブレッドはそれを受け止めたが、体がわずかに押される。
「クソッ、なんだ!」
ブレッドは相手の動きに一瞬驚く。ロウレイブは容赦なく次々と槍を振るう。ブレッドは驚きながらも相手の動きを冷静に見極め、攻撃を防ぐ。ブレッドは攻撃に合わせて前進し一気に懐にはいる。
ヒュンッ!
ブレッドのタイミング良いキレのある斬撃。ロウレイブは素早く反応しそれをかわすが、軍服がわずかに切り裂かれた。たまらず後ろに飛んで距離をとる。
「クソッ、こいつも手強いやつか」
その時だった、
「撤退だー! 一時撤退するぞー!!」
ブロズド副司令が大声で撤退命令を出した。解放軍は態勢をなんとか立て直していた。
それを聞いたクロコ達は追撃してくる敵を食い止めつつ、後方に下がりながら撤退した。