5-16 動き出した闇
雲の少ない暖かい日だった。太陽の光がシャルルロッドの町を照らす。
シャルルロッド基地の司令室で、ラティルはイスに腰掛けている。机の上には様々な資料が散らばっており、その内の一枚を手に持って見つめている。
ラティルの表情は徐々に緊迫していく。
(なんてことだ……)
ラティルの額から汗がにじむ。
(先日聞いたリヴァブリアという町……『ダークサークル』に関わる資料をこの町を中心に見ていくと……全てが繋がっている)
ラティルの手がわずかに震えていた。
(まさか……こんな状況になっているとは。これはまずい。こんなことが……)
トントン!
突然のノックの音にラティルは驚いた。
「は……入りたまえ」
兵士が入ってきた。
「ラティル大佐、手紙が届きました」
「手紙……? 誰からだね」
「それが……差出人が書かれていないのですが、紙が非常に上質なので地位の高い方だと思い、お渡ししようかと……」
「そうか、ご苦労だった」
兵士が出ていったあと、ラティルは手紙を開いた。
「これは……」
ラティルは手紙をじっと見る。
(暗号文…………しかもこれは、五年前に私がいた基地で使われていた暗号。というと差出人はホーククリフ大将か。内容は……)
ラティルは静かにその手紙を読む。
シャルルロッド基地の廊下を、夕暮れの赤い光が染めていた。
その廊下をスコアは一人で歩いていた。
(決戦が近い今……ボクが招集されるのも時間の問題か)
そんなことを考えていると、ふと向かいからラティルが歩いてくるのが見えた。
「やあ、スコア・フィードウッド、探したよ」
「ラティル大佐……ボクに何か御用ですか?」
ラティルは笑顔を見せる。
「ああ、前に君がゴウドルークスで表彰された時があっただろう。基地の司令官としてその祝いをまだしていなかったと思ってね」
「そんなこと……。もう皇帝陛下にしていただけただけで十分過ぎます」
「遠慮するな」
ラティルは笑みを見せる。
「スコア……君は強くなった、初めてここに来た時と比べて見違えるほどに」
「…………確かにそうかもしれません、ここに初めて来たときは、こんな風に称賛される日が来るなんて夢にも思ってませんでした」
「そうかね。私は、君は強くなると確信していたよ。いや……君は初めてここに来た時からすでに強かった。それがただ、体現化されただけに過ぎない。さて……では祝いの品を渡そう」
ラティルはポケットをゴソゴソと探り、中から赤い手持ち時計を取り出した。
「どうだい、なかなか良い品だろう」
「は……はい」
ラティルはスコアの手に手持ち時計を置いた。
「気に入らないんだったら、叩き壊してくれていい」
「い、いえ、そんなことは。大切にします」
ラティルは嬉しそうに笑った。
「スコア、時計がなぜ美しいか分かるかい?」
「え? それは……その……」
「分からないのなら無理に答えなくていいよ」
ラティルはニコリと笑った。
「スコア、時計の針を見てくれないか」
スコアは時計の針を見た、カチカチと音を立て、時が進んでいく。
「時計は、時と共に姿を変える。それは人とよく似ていると思わないか」
「人と……」
スコアは時計の針をじっと見つめた。
「さて、では私は司令室に戻るとするか。実は少し忙しくてね。明日ちょっと用があってここを離れなくてはいけないんだ」
ラティルはサッと横切って、そのまま立ち去っていった。
数日後の夜、私服姿のラティルはある町の飲食店のテーブルに腰を下ろした。
「やあ、ラティル」
向かいには同じく私服のホーククリフ大将が座っている。ニコリとほほえむ。
ラティルはその姿を見たあと、狭い店内の様子を見渡す。
「いい店とは言い難いですね。女性が少ない」
ホーククリフに視線を戻し、笑みを浮かべる。
「あなたほどの方が、こんな質素な店に普通に座っているというのは、少し不思議な気がしますよ」
「一番目立たない店を選んだのでね」
「そういう意味では最高の店、ですね」
ラティルは真剣な表情に変わる。そしてゆっくりと小声を出す。
「送っていただいた手紙の内容を見ました。『ダークサークル』に関する重要なことが分かったと……」
ホーククリフも真剣な表情になる。
「ああ……こんな時期だが、急いだ方がいいと思ってな」
「奇遇ですね、私も、重大な手がかりをつかんだところなのです」
「ホゥ……そうなのか」
ラティルはホーククリフをじっと見つめる。
「リヴァブリア、という町をご存じですか」
「………………」
その言葉を聞いてホーククリフは少しのあいだ黙ったあと、静かに口を開く。
「やはり……」
ホーククリフはニヤリと笑みを浮かべた。
「……急いで正解だったよ」
その言葉の直後だった、ホーククリフは胸元から素早く小銃を取り出し、銃口をラティルへと向けた。
「…………!」
ラティルは一瞬驚いたあと、ホーククリフをにらんだ。
「どういうおつもりですか?」
「見た通りだよ。君ならすぐに分かるだろう?」
ホーククリフは冷たい口調だった。
「あなたが…………」
「我ら『レギオス』にとっての邪魔ものは、始末しなくてはね」
ラティルは緊迫した表情で、腕にわずかに力を入れた。
「抵抗ならやめた方がいい」
ホーククリフはもう一方の手を軽く上げた、その直後、店の客が一斉に立ち上がった。一斉にラティルたちの方を見る。
「この店にいる客はすべて、私の部下だ」
「…………どおりで女性客がいないはずだ」
ラティルはホーククリフをじっと見つめた。
「あなたは言いましたね、欲などもうないと……人生を意義あるものにしたいと……」
ホーククリフは声を上げて笑った。
「ある一部の人間にとって、欲とは死ぬその直前まで消えることはないものだよ。人生の意義? そんなことを考えるのは暇人だけだ。それを知ったところで、一体何が手に入るというのかね」
「…………あなたには失望しました」
「だろうな、君は我らの計画には絶対に相容れない。だからこそ、優秀な君を、手元に残しておかなかったのだよ」
「…………」
ラティルは辛そうに眉をよせ、視線を落とした。
「私は…………あなたを信じたかった」
「ああ、分かっていたさ。そうでなければ、君がむざむざこんな所におびき出されるはずはない。情に流されやすいのは、昔も今も、君の最大の弱点だよ」
ホーククリフは冷たい眼でラティルを見ていた。
「さようなら、ラティル」
ラティルは静かに目を閉じた。
(ここが、私の最後か)
店内に銃声が響き渡った。