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0-9 スコア・フィードウッド(前編)




 柔らかい日の光が降り注いている。純白の四角い大きな建物が建ち並ぶ町並み。その町の外側では、いつも通り、多くの大工が集まり、新たな建物を次々と建築している。粘土石のレンガを積み上げながら、町全体を押し広げるように増築していた。ここはグラウド中部に位置する国軍領の町シャルルロッド。

 そのシャルルロッドの町の隅に建っている木製の小屋、その脇で中年の男が大きな斧で、木材を叩き割っていた。木製の小屋の横には小さく割られた木材がずっしりと積まれている。


「こんにちは」


 少年の声が響いた。男が声の方向を見ると、そこには十四才のスコア・フィードウッドがいた。厚い眼鏡をかけ、愛想良く笑いながら近づいてくる。


「いつもの通り、買いに来たんですが」


「悪いが、まだ区切りが悪くてね……」


 男は再び木材を割り始める。


「いつもの分は、この木材の山の後ろに積んである」


「なら、お金は小屋の机に置いておきますね」


「ああ」


 スコアは小屋に向かって歩き出す。

 男は一瞬手を止めた。


「そういえば……」


 男は再び木材を割り出す。


「あのバカはどうしてる?」


 スコアは足を止めた。


「フレアのことですか?」


 男は木材を割りながら口を開く。


「そうだ、オレの跡も継がずに軍に入ったバカ息子だ」


「すごく活躍してるそうですよ。この前も大きな戦果を上げたって。すごいですよね」


「ふん、すごいものか」


「……おじさんのことも思ってるんですよ。最近の建築は粘土石が多くなって、木造はほとんどないですからね。木材屋はどこも大変みたいです」


「けど、君はいまだにお袋さんと二人きりで、亡くなった父親の店を継いでるじゃないか。あのバカと違って君は偉いよ」


「そんな、ボクはそれ以外できないだけですよ。ボク……」


 スコアは自信のない笑顔を浮かべた。


「ドジで不器用だから……」




 スコアは木材を荷車に積んで、小屋をあとにした。

 荷車を引いて、商店街の道をゆっくりと歩く。

 様々な大型店が並ぶ商店街の中で、一件だけ木製の小さな店が、大きな店のあいだに物置のようにチョコンと建っていた。

 スコアはそこで足を止め、店の後ろに回り込む。荷車を置き、裏口のドアだけを開けて、荷車の前に戻ると、木材の一部を両手で抱え込む。

 スコアはヨタヨタと店の中へと入っていった。中の工房では三十代半ばの女性がイスに座りながら作業をしている。片手にはナイフを持ち、もう片方の手には、作りかけの木彫り細工があった。


「ただいま母さん」


「おかえり、スコア、お疲れ様」


 母はスコアの方を見てニコリと笑う。

 スコアは木材を運びながら、母の手にある作りかけの木彫り細工を見た。


「新しい作品?」


「ええ」


「どんな作品なの?」


「題名は『青く発光しながら空を飛ぶうさぎ』よ」


「へ、へぇ……」


 できかけの作品はすでに異様な形をとりつつあった。スコアはそれ以上はつっこまなかった。


 スコアは木材を全て中に運び終わると、フーッと息を吐いてイスに座りこむ。

 母は手を止め、スコアが運んだ木材に目を移す。


「フォールクロスさん、またわざわざ細かく割って下さったのね、手間がかかるでしょうに……」


「母さんとボクじゃあ、大きなものは作れないって分かってるんだね」


 スコアも木材を見つめた。


「だけど……小さなものばかり作っててもね。今どんどん町が大きくなって、新しい店もどんどん出来てきてる。小型の家具や木彫り細工ばかりじゃ、もう無理な気がする。大型の家具とかも作るようにしないと店が潰れちゃうよ」


「だけど私は大きなものは……」


「うん、ボクもまえ挑戦したけど、ひどい出来だったし。だけど、何とかしないことには……」


 頭を悩ませるスコアを見て、母は口を開いた。


「ねえ、スコア。あまり無理はしなくていいのよ。このまま店を続けていくのはこれからもっと大変になる。だったら、店にこだわらず、自分の好きな仕事をすればいい」


「だけど……ボクは正直、何をしていいか分からないし……」


「探してみたらどう? 魅力的なことは、探せばたくさん散らばってるものよ。スコアだったらきっとすごいことができるわ」


「そんなこと…………ボクじゃ、何もできないよ。ボク……何やっても下手だし」


「そんなことない。あなただったら、なんだってできるわ」


「……うん、だけど……」


「だけど……なに?」


「仮に何かできたとしても、ボクにはあんまり関係ないよ」


「関係ない……?」


「うん」


 スコアは母を見ながらゆっくりとほほえんだ。


「ずっと昔からそうなんだ。ボクは、偉くなるとか、裕福になるとか、そういうのにあんまり興味ないんだ。ボクはただ、母さんや友達と一緒に、仲良く笑って暮らせればそれでいいと思ってる。それ以外は正直……何もいらない気がするんだ」


 それを聞いて、母は少しのあいだ黙ったあと、ゆっくりと口を開く。


「……あなたは優しい子ね」


「え……なんで?」


「なんとなく、そう思ったの」


 スコアは少し顔を赤くした。


「そ、そろそろ店の準備しなくちゃ」


 スコアは立ち上がって表に向かって歩く。


「そうね、私はまずこれを完成させないと……かなりの自信作になる予定よ」


「ハハハ、楽しみにしてるね。よし、今日は店の売り上げを伸ばすぞ」






 シャルルロッドのとある民家、そこの入り口を数人の国軍兵が囲んでいる。

 その民家の部屋の中にも軍人が立っていた。一人の少年の軍人だ。長身で、少し横に跳ねた黒髪に、黄色い瞳をしている。十四才のフレア・フォールクロスは、部屋の様子を見渡していた。

 眉をよせ、不快そうな表情をしている。

 その部屋の景色は、普通の部屋の景色とは明らかに違っていた。異様な光景だった。

 部屋全体がおびただしい量の血痕で染まっていた。血をバケツでまいたように、壁という壁に黒く変色した血がべっとりとこびりついていた。床も全体が黒く染まっている。

 その部屋にもう一人軍人が入ってきた。

 ケイス・ラティルだ。


「これは……すごいな」


 ラティルも思わず眉を寄せる。


「ラティル中佐……」


「噂には聞いていたが、ここまでとは……一体どういう殺し方をすれば、こんなことに……」


 フレアは何とか表情を整えて、ラティルの方を向く。


「死体を確認したんですが、ひどかったですよ。戦場で死体は山ほど見ましたが、それでも正直吐き気がしました。若い女性だったんですが、刃物でズタズタにされた後、傷口を鈍器で何度も殴られた跡がありました。この様子を見る限り、さらに部屋中を引きずりまわしたんでしょうね」


 それを聞いたラティルは思わず首を不快そうに横に振った。


「…………ついにこれで三件目。シャルルロッド始まって以来の事件だな」


「一体犯人はなんでこんな事したんでしょうね。恨みにしたってひど過ぎる」


「さあな」


 ラティルは部屋をもう一度見渡す。


「一つ言えることは、犯人が異常であるということだけだ。目的なんてものはないのかもしれない」


「ただ、ひと月前に、国軍が近くの街でルザンヌ軍をせん滅したらしいですよね。もしかすると生き残りがこの町で暴れてるのかも……」


「可能性はあるな」


「聞く話によるとルザンヌ兵っていうのは、相当頭のおかしい連中らしいですからね」


「ルザンヌ軍は、軍事訓練のノウハウがない代わりに、精神を鍛えようとするらしい。兵士一人ひとりに洗脳まがいの教育を行うらしい」


「ウエ…………そんなのと関わりたくないな」


「まだルザンヌ兵とは限らない。最近町のはずれの市場にも変な連中が集まるようになっているそうだし、色々と詳しく調査をしなくては。とはいえこれで三件目。見回りの強化は必須だな」




 その後、一通りの調査を終え、フレアは外で休んでいた。するとラティルが声を掛けてきた。


「基地に戻ろうと思うのだが、一緒に行かないか?」


「あ、はい、オレもちょうど戻りたかったんで」


 フレアとラティルは馬に乗り、シャルルロッドの石畳を駆ける。


「ラティル中佐!」


 フレアが後ろから声を飛ばす。


「この辺に、まえ話したやつがいるんです」


「スコア・フィードウッドか?」


「はい、あいつとは長い付き合いなんですが、絶対に軍に入れるべきですよ。あいつだったらオレぐらい強くなれます。おとなしいし、ボーッとしてるせいで分かりにくいんですが、運動能力はすごいし、何より、感覚の鋭さが半端じゃないんです」


「君がそこまでいうんだから、相当なものなのだろうな。少し興味があるな」


「じゃ、ちょっと見てみますか?」


「ああ、そうしよう」


 二人は道の端に馬を停めた。

 商店街を少し歩くと、小さな店が目に入る。


「あの店で働いてるんですけどね、あっ、ちょっと待って下さい」


 フレアは道端に落ちていら石畳の破片を拾った。


「ラティル中佐、ソーッと、ソーッとついてきて下さい……」


 フレアはボソボソ言ったあと、音を立てずにスコアの店に近づく。ラティルも静かについていく。

 ラティルが店の窓をのぞくと、スコアの姿が目に入った。ちょうど、木彫り細工を店の棚の上に置こうとしているところだった。


「よく見てて下さいよ」


 フレアはベルがならないようにソーッと店のドアを開けて顔をのぞかせる。棚の上に木彫り細工を置いたスコアは、背中を向けたまま気付かない。そのスコアに向かって、フレアは先ほど拾った石畳の破片を思いっきり投げつけた。破片はスコアの後頭部めがけて勢いよく飛んでいく。破片が後頭部にぶつかる直前だった。

 スコアの右手が後頭部に素早く回り込み、パシッと破片をつかんだ。


「……!!」


 ラティルは驚いた。


「振り向きもしないで……」


 破片を受け止めたスコアも驚いている。


「な……なんだ!? コレ……あっ、フレア!!」


 スコアはフレアの方を向く。


「何してるんだよ、突然……」


 フレアはヘラヘラ笑いながら、店に入っていく。


「悪い悪い……ラティル中佐におまえのこと紹介しようと思って」


「ラティル中佐……?」


 フレアに続き、ラティルも店に入る。


「初めましてスコア・フィードウッド」


 ラティルは愛想よく笑って言った。


「は、はじめまして、噂はときどき耳にします。よく町民と関わっている軍人がいるって……」


 スコアは緊張している様子だ。


「軍務中に町民と話している不真面目な軍人だって?」


 ラティルは意地悪く笑みを浮かべる。


「い、いえ、そんなことは……評判がとてもいいです、すごく協力的だって」


 ラティルはニコリと笑う。


「そう言ってもらえると嬉しいね。それよりスコア、先ほどの動き見せてもらったよ。すばらしい感覚の鋭さだ」


「そ……そんな、まぐれです」


「まぐれであんな動きはちょっとできないな。君なら強い軍人になれるかも知れないし……なれないかも知れない」


「なんですかその言い方」


 フレアがつっこんだ。


「まあ、本人次第だからな」


「大丈夫ですよ、スコアだったら絶対強くなれます」


「……とフレアは言っているが、スコア、軍に入るつもりはないかね」


「い……いえ……ボクは」


「あまり乗り気じゃないようだな」


「いっつもこうなんですよ」


 フレアは少し眉を寄せた。


「申し訳ありませんが、ボクには軍人なんてとても……」


 スコアは小さい声で言った。


「そうかい、乗り気でない者が軍人になっても苦労するからな。まあ、気が向いたらいつでも来てくれ」


「あら、お客さん?」


 母がヒョコッと奥から現れた。


「こんにちは、奥さん」


 ラティルはニコッと笑った。


「何かお探しでしたか?」


「いえ、あいにく別の用事でね。それももう済みましたが……」


 そう言ってラティルは店の商品を見回す。

 店には小型の家具や、木彫り細工などが置かれている。ラティルは先ほどスコアが置いた木彫り細工に目を止めた。

 異様な格好をした老婆の置物だ。


「これは……」


「ええ、題名は『イモムシのドレスを着た老婆』です」


 母の言葉に、ラティルは表情を崩さずに一瞬黙った。


「なかなか他では見られないような作品ですね。どのようなテーマで?」


「テーマは『美』です」


 母は笑顔で言った。


「……斬新ですね」


 ラティルの隣でフレアが苦笑いを浮かべていた。


「またプライベートに寄らせてもらいますよ」


 ラティルがそう言ったあと、フレアがスコアに話しかける。


「そういえばスコア、オレのオヤジ、元気か?」


「元気だよ、たまには顔を見せてあげなよ」


「でもなー……話すごとにケンカになるからなぁ。一言目には『うるさい』二言目には『黙れ』三言目には『静かにしろ』だもんなー」


「それは……その……フレアがしゃべり過ぎるからじゃない?」




 フレアとラティルが立ち去った店で、スコアはいつも通り商売を続けた。


 夕暮れの光が差し込み、店の窓からは数匹のコウモリの飛ぶ姿が見えた頃だった。


「そろそろ店じまいね」


 母の言葉にスコアは小さくうなずいた。


「うん……」


 スコアは深刻な表情だった。


(今日もほとんど売り上げがなかった……このままじゃいけない……やっぱり何か具体的な手を考えないと……)



 次の日の朝早く、スコアは店の商品をいくつもの木箱に詰める。その様子に母が気付いた。


「スコア! 何しているの?」


「町のはずれの市場に行ってくる。このままじゃさすがにきついし、店の宣伝にもなるかもしれない」


「だけど、スコア、あそこはすごく遠くよ」


「うん、だから帰りは遅くなるかも」


「それに……あそこは最近治安が悪いって聞くわ」


 母は不安そうだ。


「大丈夫だよ、噂によると変なものは売ってないらしいし、いるのはほとんど商人のはずだから……」


 スコアは安心させるように笑顔を見せた。


「ちゃんと売ってくるよ。ほら、この『イモムシのドレスを着た老婆』も、もしかしたら売れるかもしれないよ」


「でもスコア……」


「大丈夫だって」


「……分かったわ、でもホント、気を付けてね。危なそうだったらすぐ戻ってくるのよ」


「うん、分かった」


 スコアは商品を入れた箱を荷車に載せて、市場へと向かった。二、三時間、スコアはひたすら荷車を引いて町を歩く。

 途中少し道に迷いながらも、スコアはなんとか市場にたどり着くことができた。


 大きな建物の裏手にできた広い空間に、商人たちが布を広げ、商品を並べている。客層はほとんどが男で、中には危ない雰囲気を漂よわす者も少なからずいた。商人の中にも一人、奇抜な格好をした危なそうな男がいて、筋肉質の眼つきの悪い男と大声で言い争っていた。

 スコアはその光景をチラッと見て、息をのむ。


(確かに治安はいいとは言えないな……で、でも大丈夫さ。普通そうな商人も混じって商売してるし……変に目立つような商売をしなければ、まぁ母さんの作品は目立つけど……)


 スコアは拳をギュッと握って覚悟を決めた。


(せっかくここまで来たんだ、何としても商品を売るぞ)


 スコアは荷車を引きながら、辺りを見渡し商品を並べるスペースを探した。


(あそこは日当たりが悪いな。あそこは高級そうな店の隣だ、見劣りする。あそこは人が通らなそうだし……。うーん、いいトコがないな)


 スコアはキョロキョロと辺りを見渡す、途中、筋肉質の眼つきの悪い男と一瞬目が合ったが、すぐに逸らした。


(あっ!! ここはいいぞ)


 布屋とガラス屋のあいだにちょうどいいスペースを見つけた。


(よし……ここに……)


 ここに決めようとした時だった、スコアは気付いた。ちょうど真正面に危なそうな男の店があった。まだ筋肉質の眼つきの悪い男と大声で言い争っている。


(う……よりによってここの向かいか……でも、ここだったらきっと売れるはず……変な事さえしなけらば大丈夫だ。ここで売るって決めたんだ、大丈夫、勇気を出そう)


 スコアは必死に自分を勇気づけた。


「すみません、ここに店を開かせてもらいます、いいですか?」


 布屋とガラス屋の商人の顔を見ながら、スコアは言った。


「ああ」

「いいよ、邪魔しないんだったら好きにしな」


(よし、きっと売るぞ)


 スコアは元気良く布を広げた。


「次は商品っと」


 スコアが荷車から商品を取ろうとした時だった。


「うわっ!!」


 スコアは何もないところで足を滑らせ、道に商品をばらまいてしまった。その内の一つ、『イモムシのドレスを着た老婆』が特に勢いよく飛び出した。


「あっ!!」


 向かいの店の前にいる筋肉質の男の足にぶつかった。


「いって!!」


 男はその場で飛び跳ねた。すぐに怒りに満ちた顔でスコアの方をにらんだ。


「てめぇ!! 何やってんだ、クソガキ」


 スコアは震えあがった。


「す、すみません、すみません! 転んでしまって」


 スコアは平謝りしながら、男の足元にある木彫り細工を取ろうとした。だが、男はそれを許さなかった、男の大きな足は勢いよくスコアの胴体に叩きつけられた。


「う……!!」


 スコアの体は後ろに飛ばされる。


「クソガキが……」


 男は足元にある木彫り細工に視線を移した。


「こんな気味悪い商品売りにきやがって」


 男は足を上げ、その木彫り細工を勢いよく踏みつけた。


 バキンッ!


 木彫り細工は中央からへし折れ、バラバラになってしまった。


「あ…………」


 スコアは呆然とした。

 男の怒りはまだ収まらない。ギロリとスコアをにらんでいる。


「てめェ、とっととここに散らばってるゴミを片づけて消えろ!! てめえみたいなクズが商売できるところなんかねぇんだよ」


 筋肉質の男はスコアを強烈に威圧する。


「で……でも……ボクはここでモノを売らなくちゃ……」


 それでも引き下がらないスコア。それを見て、隣の商人の一人が焦って口を開いた。


「やめとけ!! もうあきらめな、あいつににらまれたら商売どころじゃないよ。商品全部ぶっ壊されたくないんだったら、今日はもうあきらめな」


「………………」


 スコアは力無く黙った。


「とっとと消えろ、クズ野郎」


 男にののしられながら、スコアは静かに店の商品を片づけた。



 帰り道、スコアの足取りは重かった。


(なにも……出来なかった。その上、母さんの作品まで壊してしまって……ボクがあんな所で転ぶから。どうしてだよ。ボクじゃなかったらきっと、何の問題もなく商売できてただろうに。どうしてボクは……いつも……)



 スコアが店に戻った時には、辺りはもう暗くなっていた。


「ただいま……」


 スコアは重たい声で言った。


「あら、スコア、お帰り」


 母は笑顔で迎えてくれた。


「ごめん、母さん。商品売れなかった」


 母はスコアの様子を見て、少し悲しそうな表情をした。


「そう……でも、仕方ないわね」


「本当は……きっと……売れたはずだったんだ」


 スコアは自分の声が震えているのを感じた。


「でも……ボクが何もないところで転んで、男の人ともめちゃって。そのせいで。ごめん、母さん。ボク、本当に、バカで、ドジで、結局……何もできなくて……それに……」


 スコアはへし折れた木彫り細工を取り出して母に見せた。


「母さんの作品、壊しちゃったんだ……。全部、ボクのせいで……」


 スコアは必死で涙をこらえていた。


「ごめんなさい、母さん」


 スコアの目からついに涙がこぼれ落ちた。

 そんなスコアを見たあと、母は優しく笑顔を見せた。


「謝ることなんかないわ、スコア……」


 母は両手をスコアの肩に置いた。


「あなたは、私や店の心配をして、あんな遠くまで行ってくれたんじゃない。どうしてあなたが謝る必要があるの?」


「でも……ボクは……結局何も……」


「そういう時もあるわ。誰にだってうまくいかないことはある。でもそんなことで悲しんではダメ。あなたは立派よ。私やお店のために、あんな遠くまで行ってくれたんだから」


「そんなこと……」


「それにスコア……あなたは、あなたはバカでドジな子なんかじゃないわ。あなたは賢くて、勇敢で、なにより優しい子……ずっと見てきた私が言うんだから間違いないわ。だから……そんな言葉で自分を否定しないで」


「母さん……」


 母は壊れてしまった木彫り細工に視線を移す。


「私が作った作品……ちょっと残念だったわね。ねぇスコア、この作品の名前覚えてる?」


「え……『イモムシのドレスを着た老婆』」


「さすがスコア!」


 母は嬉しそうだ。


「それにテーマは『美』よ!」


 母はスコアを見つめてほほえんだ。


「よく聞いてスコア。本当に美しいものは、ときに醜く映るものよ。今日、あなたには自分の姿がみじめで醜く映っているのかもしれない。だけど、だからこそ、私にはあなたが美しく見える」


「母さん……」


「あなたは悲しむ必要なんか何もない。だから、いつも通り、元気でいて……」


 その言葉を聞いたスコアはぐっと全身に力を入れた。


「うん、分かった」


 スコアは涙をぬぐって、笑って見せた。


「ありがとう母さん、もう大丈夫」


「うん、その意気その意気!」





 日が完全に沈み、月明かりが部屋に差し込む中、スコアはベッドの上で考えごとをしていた。少し暗くなっていた気持ちをなんとか盛り上げて、もう一度頑張ろうと決めていた。


(よし、明日もう一回市場に行ってみよう。この前の人がいたら少しお金を渡して謝ろう、それで何とかなるかもしれない)


 スコアは考えがまとまると体を起こし、居間へと下りていく。ランプがわずかに照らす居間に、母は一人で座っていた。


「母さん、ボク明日もう一度……」


 母は、何かを手に持って見つめていた。


「母さん……?」


 スコアに気付き、母は振り向いた。


「あら、スコア、どうしたの」


「何を見てたの?」


「ああ……コレ?」


 母の手には銀色の卵型のペンダントが光っていた。


「きれいなペンダントだね」


(母さんにしては珍しくセンスがいい……)


「そうでしょ?」


 母は嬉しそうに笑った。


「これはね、死んだお父さんからもらったものなの」


「父さんから……?」


「ええ、結婚する前にね」


 スコアは興味も持ち、母の隣に座った。


「もっと聞かせてよ」


「そうね……父さんはね、もともとはシャルルロッドの人ではないの。旅の商人で、ずっと店を持つのに憧れていた人なの。それから私もシャルルロッドの生まれではなかったのよ」


「そうだったんだ」


「私はグリーンレイって町の生まれでね、そのとき商売に来たお父さんとたまたま出会ってね。話しているうちに意気投合して、数日のあいだだけだけど、二人で一緒に遊んだわ。そしてそのとき、このペンダントをもらったの。ちょっと見てて」


 母は、卵型のペンダントを二つに割って見せた。


「このペンダントはね、片割れずつを二人が互いに持つと、その二人が別れても、再びめぐり会うことができるっていう不思議な力があるらしいの。だから私とお父さんでこれを持って、また必ず会おうって……だけど、私はそのあとすぐ、戦争の影響で別の町に引っ越したの。私は正直、もう彼とは会えないと思ったわ。でもね、このシャルルロッドの町で二人は偶然再会したの」


 母は幸せそうに笑った。


「そのまま結婚しちゃった。お父さんがコツコツ貯めたお金で店も買ってね」


「なんだかものすごくロマンチックだね」


「そうでしょ~」


 母はとても嬉しそうに笑った。

 それを見たスコアも思わず笑みを浮かべてしまった。


「母さんは本当に父さんのことが好きだったんだね」


「好きだった、じゃなくて、好き、よ」


「ハハハ、そっか。じゃあさ……」


 スコアは母を見つめた。


「約束するよ。死んだ父さんの代わりに、母さんもこの店も、ボクが守るよ」


「スコア……」


「ボクにとって、それが一番大事なんだ。ボクはきっと、そのために生まれてきたんだと思う」


 母とこの店を守る、その日、スコアはそれを心に誓った。








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