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5-14 燃えさかる広間の中で




 黄色の広間は、燃えさかる炎で赤く輝いていた。

 辺りに炎が広がる中、クロコとロストブルーは互いに剣を構え、向かい合っていた。

 クロコはいくつもの傷を負っている。特に深い脇腹の傷から血がポタポタと流れ落ちる。それでもロストブルーを鋭くにらみながら、黒剣をしっかりと構える。

 ロストブルーも鋭くクロコをにらみながら、青い大剣を構えていた。


「来ないのか? クロコ」


 クロコは黙ってにらみつけている。


「そうか…………なら、私から行こう」


 先に動いたのはロストブルーだった。疾風のごとく速さでクロコに突進した。クロコの前方に一瞬で立ち、強烈な斬撃を放った。


 ヒュンッッ!!


 クロコは一瞬の反応で、紙一重で避けた。素早く放つ反撃の斬撃。


 ヒュンッッ!!


 キィン


 ロストブルーはあっさりと受け流した。クロコの体は大きく崩れ、前方に倒れていく。ロストブルーが斬撃で仕留めようとした瞬間、クロコは地面を踏みしめた。


「まさか!? わざと前に……」


 クロコはロストブルーの懐に入った。小ぶりの一撃を放とうとした瞬間、


 ゴッ!!


 ロストブルーのひざ蹴りがクロコに直撃し、後ろに吹き飛ばした。


「う……!」


 クロコは地面に片手を着く。そのクロコの目の前にロストブルーが一瞬で立った。


 ヒュンッ!!


 クロコはとっさに跳んで、逃げたが、わずかに足が切り裂かれる。


「く……!」


 クロコは一瞬で体勢を立て直し、一気に斬り込んだ。クロコの鋭い斬撃をロストブルーはヒラリとかわし、一瞬で反撃の斬撃を放った。その直後、クロコは隠し持っていたガレキの破片を盾にした。ロストブルーの剣がガレキに触れるか触れないかの内にクロコは一歩踏み込もうとした、しかし……


「……!」


 ロストブルーの斬撃はガレキに触れたあとでも、ミジンも勢いが衰えなかった。クロコの全身を切り裂く形で直進する。クロコは一瞬で体を後ろに倒し、後方に跳んだ。


 ヒュンッッ!!


 クロコは避けきれなかった。ロストブルーの剣は、クロコの腹を切り裂いた。


「う……!」


 クロコの顔が苦痛に歪む。

 後ろに跳んだクロコが離れるのを見て、ロストブルーは動きを止めた。


「小細工は私には通用しない。私に勝ちたいのなら…………純粋に実力で超えるんだな」


「く…………」


 クロコの体からポタポタと血が流れ落ちる。


「辛そうだな、クロコ。なら……」


 ロストブルーは真剣な表情になった。


「もう、終わりにしよう」


 ロストブルーは一瞬でクロコの横に立った。ロストブルーから一瞬で三発の斬撃が放たれる。クロコは素早くその全てを避けたが、直後……


 ゴッ!!


 ロストブルーの重い蹴りが直撃した。


「ぐ……あ……」


 一瞬動きを止めたその瞬間、


 ヒュンッッ!!


 ロストブルーの剣は、無情にもクロコの全身を切り裂いた。

 大量の血しぶきが飛び散り、クロコの動きが止まった。その体は、ゆっくりと傾いていき、床へ崩れ落ちる。


「さようなら、クロコ」


 クロコはドサッと床に倒れ伏した。

 ロストブルーは倒れたクロコに背を向け、廊下へ向けて歩きだした。しかし途中で足を止めて、振り返る。


「しぶといな……」


 クロコは立ち上がっていた。苦しそうに息をしながら剣を構えている。

 ロストブルーは冷静な表情でそれを見ていた。


「急所を切り裂いたつもりだったが…………なるほど、しぶといとは違うな。とっさの反応で急所を避けたのか。研ぎ澄まされた防衛本能というべきかな」


 クロコは何も話さない。黙って息を乱しながら、苦しそうにロストブルーをにらんでいる。

 ロストブルーは広間を照らす炎を見た。


「……この広間で、これ以上戦闘はしたくはない。もう心臓が止まるのを確認するまで、剣は下ろさないよ」


 クロコは乱れた呼吸で、必死に息をする。それでも目を逸らさないように懸命にロストブルーを見つめる。クロコは口を開いた。


「オレは……アンタを超えて、生きて戻る」


「いいだろう……ならば、そろそろ……」


 ロストブルーは青い瞳でクロコを見つめた。


「決着といこう」


 二人は互いに剣を構え直した。

 クロコはロストブルーを真っ直ぐ見つめながら、必死で息を整える。


(勝機は、決してないわけじゃない。全てがあいつに劣っているわけじゃないはずだ。思い出せ……最初の攻防で、オレの剣は確かにあいつに届いた。なぜ届いた……何があいつを上回った…………何が……)


 クロコはゆっくりゆっくりと息を整えていく。


(そうか……)


 クロコの息が整った。


(俊敏さだ。クマはネズミほど細かく動けない。体の大きいあいつは、小さなオレよりも、切り返しの時の体にかかる負担が大きい。速さでは上回れても、俊敏さだけは上回れないんだ……なら……)


 クロコはロストブルーを強く見つめた。

 その様子を見たロストブルーの眼つきも、徐々に鋭くなっていく。

 二人は静かににらみ合っていた。

 クロコは一瞬だけ下を向き、小さく息を吐き、再び前を見つめた。


「行くぞ、ディアル」


「来たまえ、クロコ」


 クロコは動いた。疾風の如くロストブルーに突進する。クロコが左右に動こうとした瞬間だった。


 ヒュンッ!!


 ロストブルーから間合いの長い斬撃が飛んできた。


「く……!」


 ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!


 ロストブルーの斬撃は自らの間合いギリギリで、連続で放たれる。クロコは全く近づけない。


「うう……」


(この攻め方……クソ、完全にこっちの狙いを読んでる)


 クロコは避けているだけで、体から血が流れ落ちる。クロコの息が再び乱れていく。


「く……」


「どうしたクロコ。そのまま何もしないで倒れるか?」


「そんなわけ、あるか!!」


 ギィイインッ!!


 クロコの大振りの斬撃が、ロストブルーの剣をわずかにはじいた。その瞬間にクロコは一歩踏み込もうとしたが、それよりも速く、狙い澄ましたようにロストブルーが踏み込んだ。


 ヒュンッ!!


 クロコの足が裂けた。


「ぐ……!」


「これで足は封じた」


「そんなもんで……オレは止まらない!!」


 クロコは高速でロストブルーの回りを動く。足から血が流れるが、その動きは変わらない。細かく細かく、一瞬で体を切り返し、ロストブルーをかき乱そうとする。

 そのクロコの動きをロストブルーは素早く目で追っていた。

 クロコは、痛みに耐えながら、必死で隙を生み出そうとする。

 その一瞬の攻防の中だった。

 クロコは見つけた、ロストブルーに生じたほんの刹那の隙を。その小さなすき間をなぞるようにクロコの斬撃は放たれた。閃光の如き高速の斬撃。その斬撃を放つ最中、クロコは見た、わずかに笑みを浮かべるロストブルーの顔を。その瞬間直感した、ロストブルーに誘い込まれたことを。

 ロストブルーはその斬撃を一瞬で見切り、受け流す体勢を取っていた。二人の剣がたがいに触れるその瞬間だった。ロストブルーは我が目を疑う。クロコの剣が、刃がぶつかるその瞬間、軌道を変えた。


「な……!?」


 ガアアアアアアンッッ!!!


 剣と剣が勢いよくぶつかり、ロストブルーの大剣は弾き飛ばされた。クロコの体はロストブルーの懐に入っていた。


 ヒュンッッ!!




 黒剣は、ロストブルーの全身を切り裂いた。



 宙に大量の血が舞った。


「ぅ……ぐ…………ッ!」


 ロストブルーの口からわずかに息のような声が漏れたあと、その体がゆっくりと、ゆっくりと、傾いていった。

 ロストブルーの体は静かに、地面に伏した。


 クロコは独り、静かにその場に立っていた。

 遠くの大砲の爆音が広間に再び響く。

 クロコは倒れたロストブルーを一瞬見たあと、前を向き、ヨロヨロと歩き始める。

 少し歩いた時だった。クロコは振り返り、遠くに倒れているロストブルーの体を再び見た。


「ディアル……」


 クロコは一度だけ名を呼んだ、その直後、ガクッとひざをついた。


「クソ……」


(体が……動かない……。だが、倒れるわけにはいかない。生きて帰るって約束したんだ……こんな、所で……)


 クロコはなんとか足に力を入れた、その直後、砲撃が広間の中へと入って来た。爆風が広間全体に乱暴に広がる。


「く……!!」


 広間全体はあっという間に炎に包まれ、赤く染まった。

 炎に包まれる広間、クロコがその輝きを見つめた時だった。クロコは気づいた、炎の中に浮かび上がる一つの影を。

 広間で燃え上がる炎を背に、ディアル・ロストブルーは立っていた。白い軍服を血で赤く染め、青い大剣を構え、立っていた。


「私は、こんな所で、死ぬわけにはいかない…………私にはまだやらねばならないことがある。私の帰りを待つ者もいる。私はまだ、死ねない……!!」


 ロストブルーの青い瞳から強烈な光が放たれていた。

 クロコは歯を食いしばり、立ち上がった。


「クソッたれ……」


 クロコはフラフラと再び剣を構える。その時クロコは見た、ロストブルーの周りを包む炎を。大砲の炎とは違う、青い、輝きのような炎が、ロストブルーの全身を覆っていた。広間を覆う炎よりも、はるかに強く、はるかに激しく、その炎は燃えていた。それを見て、クロコは息をのむ。


(初めて見た……これがディアルの気迫。ガルディアを超えるとんでもない気迫だ……)



 赤い炎が辺りを包み込むなかで、二人は剣を構えて、再び向かい合う。

 互いに苦しそうに息を乱していた、互いに体から血を流していた。

 だが二人の眼光は、先ほどよりもはるかに強く光っていた。

 ロストブルーは静かに口を開く。


「いくぞ、クロコ。この戦いの果てで生き残るのは、どちらか、一人だけだ」


 二人は同時に動いた。

 クロコは真っ直ぐに突進した。それ以外の動きをするほどの力はもう残っていなかった。それはロストブルーも同じだった。二人は真っ直ぐに突進し、剣を振るう。


 ギィンッッ!!


 金属音が辺りに響くと同時に、クロコの体はわずかに押される。ロストブルーは一歩前に出る。クロコはひるまず剣を振るった。


 ギィンギィンギィンギィンッ!!


 二人の間を縦横無尽に刃が飛び交う。クロコは歯を食いしばり、必死で剣を振り回した。ロストブルーも辛そうに連続で剣を振るい続ける。激しい斬撃がぶつかり合う。

 赤い炎が辺りを照らし、熱気で意識がくらむような空間の中で、クロコとロストブルーは剣を振るい続けた。剣がぶつかり合うだけで、互いの体から血があふれ飛ぶ。

 その攻防の中、ロストブルーの剣が、少しずつ、少しずつ、クロコの体をとらえていく。肩が裂かれ、腕が裂かれ、脇腹が裂かれる。ロストブルーの剣が、クロコの体を削るごとに、クロコは、自分の命が死に近づいていくのを感じた。クロコは今までのどんな戦いよりも死を近くに感じた。ロストブルーと剣をぶつけあうごとに、自分が死に向かって一歩一歩近づいていくのを感じていた。

 けれどもクロコは、ロストブルーを見つめ続けた。力強く剣を振るい、生き残ることだけ考えた。その中でも、ロストブルーの斬撃は徐々にクロコの命を削っていく。

 次の瞬間だった。ただ剣をぶつけ合うだけだった攻防の中、ロストブルーが一瞬の集中を見せた。


 キィン


 クロコの斬撃の一つが、ロストブルーに受け流された。わずかに崩れるクロコの体をロストブルーの剣が切り裂いた。体が裂け、血が流れ出た。

 クロコはひるまなかった。


「あああっ!!」


 クロコは大きく剣を振った。ロストブルーは再び受け流そうと構えたが、寸前で黒剣の軌道が変わった。


 ガアアアアンッッ!!


 ロストブルーの剣は弾かれなかった。ロストブルーは力づくでクロコの斬撃を止め、弾き返した。直後に放たれたロストブルーの斬撃は再びクロコの体を切り裂いた。

 クロコは、自分の死が、目の前に迫ってくるのを見た。わずかに崩れるクロコの体に、ロストブルーの青い大剣が容赦なく打ち下ろされる。


 ヒュンッッ!!


 その瞬間、クロコの動きが変わった。ロストブルーの剣を紙一重で避けた。


 ロストブルーは見た。クロコが流れるような速さで動く姿を。まるで時間を飛び越えるようにクロコの体は動いていた。その速さはほんの一瞬だけ、ロストブルーの速さを上回っていた。続けて放たれたロストブルーの斬撃をクロコは鋭くかわした。次の瞬間、クロコはロストブルーの懐に飛び込んだ。


 ヒュンッ!!


 クロコの黒剣が、ロストブルーの体を一閃に切り裂いた。宙に大量の血しぶきが舞い散った。

 青い大剣の先端が、ゆっくりと床に向かって下がっていく。

 ロストブルーの動きが完全に止まった。その顔からはもう力が抜けていた。

 徐々に後ろに傾いていくロストブルーの体。それはまるで、紙が地面に落ちるかのように滑らかだった。ロストブルーはゆっくりと、倒れていく。


(なぜだろう……)


 ロストブルーは思った。


(私は、完全にあの子を上回っていた。能力だけじゃない。精神力も、意志も、信念も、決して劣っていたわけではなかった。なのに、なぜ負けたのだろう……?)


 ロストブルーの体はゆっくりと床へ向かっていく。


(そうか…………私はどこかで……あの子にはまだ、死んでほしくないと思ってしまっていたんだ…………ここでクロコに負けるのも悪くはないと、思ってしまっていたんだ。だから、最後の最後で……)


 ロストブルーの体は地面に倒れた。

 脳裏には、妻と娘の顔がよぎっていた。


(すまない…………。君たちには、いつも与えられてばかりいた。だから、全てが終わったときに、多くのものを返したかった。けれどもう……返せない)


 ロストブルーは静かに息を止めた。


 燃えさかる広間の中で、クロコは独り立っていた。

 息を乱しながら、虚ろな表情で、その場に立ち尽くす。体からは、止まることなく血が流れ出していた。

 すぐ隣で炎が揺らめく中、クロコは力無く、ゆっくりとその場に両ひざをついた。






 薄茶色の大地にそびえる巨大なウォールズ・ヘルズベイ基地、その所々から黒煙が上がっていた。城壁の前の大地には、国軍の軍勢は姿を消し、基地から逃げる国軍兵の姿がポツポツと浮かんでいた。広場の所々では手を上げて降伏する国軍兵の姿があった。

 広場全体に解放軍の勝利の歓声がこだましていた。

 多くの兵士が勝利の歓声を上げる中、アールスロウはゆっくりと広場を歩きながら、周りを見回す。するとフィンディの姿を見つけた。


「フィンディ!」


 フィンディが振り向くと共に、アールスロウは駆け寄った。


「クロコの姿は見たか?」


「いえ、オレも探してるんですが……」


 フィンディは少し落ち着かない様子で言った。


「…………」


 アールスロウは深刻そうに黙ったあと、駆けだす。


「どこに行くんです?」


 フィンディが聞くと、アールスロウは小さな声で答える。


「基地を探す、まだ中にいるかもしれない」


「オレも……!」


 二人が基地の出口まで走っていった時だった。もう人の気配のない基地の入り口に、一つの人影が立っているのを見つけた。

 そこに、傷だらけのクロコが立っていた。力無く、ヨロヨロとゆっくり歩いている。今にも倒れそうだ。


「クロコ……!」


 アールスロウが名を呼ぶと、クロコはボーッとした表情で二人を見た。

 二人がすぐ前に立つと、クロコはその場で崩れ落ちた。

 アールスロウとフィンディはすぐにクロコの体を支える。

 アールスロウは小さな声でクロコに呼びかけた。


「よく戻ってきた……クロコ」


 クロコはぼんやりとアールスロウを見つめた。ゆっくりとほほえみを浮かべる。


「約束…………したからな」


 クロコはそう言ったあと、安心したように、その場で目を閉じ、意識を失った。







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