5-11 二つの激闘
薄茶色の大地にそびえ立つウォールズ・ヘルズベイ基地。基地本体をきれいに囲んでいる広大な広場、その北側では、解放軍と国軍による激しい戦いが繰り広げられていた。
勢いに乗る解放軍と、基地の大型大砲の援護を受ける国軍の戦いは、ほぼ互角だった。
その一角で、アールスロウとファイナスは互いに武器を構え、向かい合っていた。
すでに脇腹に傷を負ったアールスロウ。少し険しい表情をしている。
対するファイナスは余裕の笑みを浮かべている。
「今回は逃げないか……私を前にしてなかなかの度胸だ」
その言葉を聞き、アールスロウはファイナスを静かににらむ。
「この均衡した戦いを前に、あなたを放置するわけにはいかない」
「ふ……いい判断だ。しかし……」
ファイナスの笑みは消えない。
「ノーマルな剣士では、この剣封じの技を破ることはできない。それに、君は特に型にはまったきれいな剣技を使う、私にとって最も戦いやすいタイプだ。加えて……」
ファイナスはアールスロウの持つ長剣を見る。
「この長い剣は、さらに軌道を逸らすのを容易にする。残念だが君では私に勝てない」
ファイナスは余裕の表情でアールスロウを見つめる。
「相性が悪かったな」
アールスロウは動じない。
「戦う前から、あまり余裕を見せない方がいい」
その言葉の直後、アールスロウは駆け出した。ファイナスの間合いに一気に入り、素早く斬撃を放つ。ファイナスはそれを見切り、素早く捕まえようとしたその瞬間、斬撃の軌道が変わった。
ヒュッ!!
鋭い突きがファイナスに向けて放たれる。素早く体を反らし紙一重でかわすファイナス。すぐさまアールスロウは剣を引き、突きの構えに移った。
ヒュッヒュッヒュッ!!
連続の突きがファイナスを襲う。ファイナスはそれらを素早くかわし、後ろに飛んで距離をとる。
二人のあいだが離れた。
「なるほど……突きか……」
ファイナスの言葉が静かに響いた。
「相手に対して、線である斬撃に対し、突きは点だ。捕まえて逸らすのは難しい。長剣の性質も十分に生かせる。なかなか頭が切れるじゃないか」
その言葉を発したファイナスの表情から余裕は消えていなかった。
アールスロウは表情を変えず、静かににらんでいる。
ファイナスはゆっくりと槍を構え直した。
「だが残念ながら……それでは私に勝てない」
爆音が響く広場、別の場所では、フィンディとロイスバードが互いに剣を構えて向かい合っていた。フィンディはわずかに息を切らしている。
「どうした? 来ないのか? フィンディ・レアーズ」
ロイスバードが挑発するように言った。
鋭くにらむフィンディ。
「そんなに早く斬られたいなら、望み通りにしてやるよ」
フィンディが動いた。一瞬でロイスバードの間合いに入る。
ヒュンッ!!
高速で放たれたフィンディの斬撃を、ロイスバードはヒラリとかわした。次の瞬間、ロイスバードはフィンディの横を素早くついた。
ヒュンッ!
フィンディの左腕がわずかに裂ける。
「チ……!」
フィンディは素早く連続の斬撃を放つ。ロイスバードも素早く返す。
ギィンギィンギィンギィンッッ!!
無数の斬撃が一瞬で二人のあいだではじけた。フィンディはロイスバードの斬撃の一つを見切り、素早くかわすと、懐に入り、鋭い蹴りを放った。
ゴッ!
ロイスバードの体は後ろに押された。
「く……」
素早く後ろに飛ぶロイスバード。二人の距離が離れた。
「やるじゃないか……レアーズ。ここまでの速さを持っているとはな。私の動きに良くついてくる……」
ロイスバードは冷静な様子だ。
対するフィンディはわずかに険しい表情をしている。
「……万全だったら、あんたより速いさ」
「さあな、それは分からんよ。……私はまだ、本気ではないからな」
「……!」
ロイスバードは一瞬でフィンディに斬り込んだ。
ヒュンッ!!
フィンディは素早く体をそらすが、反応しきれずわずかに体が裂ける。
「く……!」
フィンディはすぐさま嵐のような斬撃を返す。
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
その高速の斬撃をロイスバードはすべてかわした。すぐさまロイスバードから高速の斬撃が返される。
ヒュンヒュンヒュンッ!!
フィンディの体の数か所が切り裂かれた。辺りに血しぶきが飛ぶ。
「クソ……」
フィンディは素早く後ろに下がるが、ロイスバードが一瞬で間合いを詰める。
ヒュンッ!!
ロイスバードの剣がフィンディの右肩を切り裂いた。わすかに顔を歪ませるフィンディ。
「その程度かね、レアーズ」
「チッ! オレの武器は速さだけじゃねーよ!」
フィンディから正確な斬撃の嵐が鋭く放たれる。その斬撃はロイスバードの死角を的確についていた。
「……なに!」
ロイスバードの体の数か所が切り裂かれる。今度はロイスバードが後ろに下がった。素早く追撃するフィンディ。二人の剣が高速でぶつかり合う。連続で剣をぶつけ合う最中、ロイスバードがゆっくりと口を開く。
「なるほど、恐ろしいほど正確な剣技だ。ラズアームを破ったのもうなずける。だが……」
キィン
ロイスバードはフィンディの斬撃を受け流した。
「な……!」
ヒュンッ!!
宙に血しぶきが飛んだ。フィンディの左肩が裂ける。
「く……」
フィンディは険しい表情で後ろに下がった。ロイスバードは追わず、その様子を見ている。ゆっくりとほほえむロイスバード。
「剣技が正確なら、先読みは容易だ」
「チ……!」
「先ほどの速さに、正確な剣技。なるほど、この二つの武器を持てば、集団戦で絶大な強さを誇るのもうなずける。だが……一対一では話は別だ」
ロイスバードはゆっくりと距離を詰める。
「さて、君にはもう武器は残っているのかね」
「…………残ってるさ、とっておきのがな」
「気合とか、精神力とか言うのはやめてくれよ」
「うるせーよ……!」
フィンディは一気に突進した。二人のあいだで斬撃が高速ではじけ合う。
別の一角では、アールスロウとファイナスの素早い攻防が繰り広げられていた。
アールスロウは小刻みなステップを使い、上手く距離をとりながら突きを繰り出している。ときおり蹴りも交える。
一方、ファイナスは強引に距離を詰め、斬撃を繰り出そうとしている。
アールスロウの蹴りがファイナスの体に直撃した。わずかに押されるファイナス、しかし、すぐに斬撃を返す。 アールスロウの右足がわずかに裂けた。
両者はほぼ互角の攻防をしている。
それにも関わらず、ファイナスは不敵な笑みを浮かべている。
「なかなかやるじゃないか。ファイフ・アールスロウ」
アールスロウは鋭い斬撃を放った。その斬撃の軌道は素早く変化し、斬撃は突きへと変わった。
ヒュッ!!
その突きをファイナスは、完璧な形でかわした。直後に放たれた反撃の突きは、アールスロウの左肩をかすめた。宙にわずかに血が飛ぶ。
「……!」
アールスロウは距離をとる
ファイナスは余裕の笑みを浮かべている。
「気付いたかね?」
ファイナスはアールスロウを見つめる。
「君の先ほどの攻撃パターンは、すでに一回使っているな」
「……!」
「そろそろ種明かししようか。……君も知っての通り、連続した攻撃には、必ず一定の型が存在する。つまりコンビネーションは、パターンが必ず決まっているというわけだ。そのパターンは、どんなに技が豊富な剣士でもせいぜい50パターン。だが、それはあくまで斬撃を交えての話。単調な突きのみでは、パターンはどれだけ多くてもその10分の1……5、6パターンに限られる」
ファイナスはニヤリと笑う。
「つまり……戦いが長引くにつれ、君は攻撃パターンを出し尽くして、同じ攻撃を繰り返すことになる。その状況になれば、君の攻撃をすべて読むことなど、私にとっては容易だ」
アールスロウはわずかに表情を険しくする。何も言わず静かにファイナスをにらんでいる。
「認めたくはないかね? だが事実だ。すぐに分かる」
ファイナスは笑みを浮かべながら、目つきを鋭くする。
「終わりだよ、ファイフ・アールスロウ」
ファイナスは素早く突進する。距離を詰めるファイナスに対し、アールスロウは向かい撃つ形で斬撃を放つ。斬撃は途中で止まり、反応して動きを止めたファイナスに合わせて、アールスロウは一歩踏み込み、蹴りを放つ。後ろに跳び、素早くかわすファイナス。その動きに合わせ、アールスロウは突きを放とうとする。
ファイナスは笑みを浮かべ、目を見開いた。
「そのパターンも先ほど見た!!」
ヒュッ!!
しかし、ファイナスはその突きをかわせなかった。アールスロウの突きは、ファイナスの足をわずかに切り裂いた。
「なに……!!」
驚くファイナス。素早く距離をとる。
「今のパターンでは胸にめがけて突きを放つはず。なるほど……まだ、突きのパターンが残っていたか。噂通り技術は大したものだ。だがこれで流石に打ち止めだ」
ファイナスは笑みを浮かべ、槍を構え、鋭く斬り込んだ。
ヒュンッ!!
アールスロウは素早くかわし、反撃に出る。鋭い突きを放つ。突きは途中で軌道を変え、斬撃へと変わる。
斬撃は突きへとさらに変わっていく。ファイナスはその突きを完全に見切っていた。それをかわす体勢に入ったその瞬間、突きは途中で動きを止めた。
ゴッ!!
アールスロウの蹴りがファイナスに直撃した。
「ぐ……!!」
思わず声を漏らすファイナス。その瞬間だった。
ヒュッ!!
アールスロウの突きがファイナスの右肩を切り裂いた。宙にわずかに血しぶきが飛んだ。
ファイナスの表情から余裕が消えた。距離をとり、険しい表情をする。
「なぜだ……そんなはずは……」
アールスロウは冷静な表情で、ファイナスを見つめていた。
「どうやら予測が外れたようだな」
「どうなっている……貴様の攻撃パターンは……」
「出尽くされているはず、か…………だが、一つだけ教えておこう」
アールスロウは静かにファイナスを眺めていた。
「異名とは違い1000とはいかないが、オレの持つ攻撃パターンは387パターン……うち、突きを主体で攻めるものは43パターン。通常の戦闘をするには何の問題もない」
ファイナスは目を見開き、我が耳を疑った。
「な……なんだと!?」
アールスロウはゆっくりと口を開いた。
「相性が悪かったな」
その言葉を聞き、ファイナスはギリッと歯を鳴らした。
「おのれ……!! 図に乗るなよ……!!」
ファイナスは一気に突進した。その動きに合わせ、アールスロウから鋭い突きが放たれる。
「く……!!」
突きは途中で止まり、斬撃へと軌道を変え、さらに突きへと変わった。
ファイナスは素早く反応したが……
ヒュゥンッッ!!
軌道は斬撃へと変わり、ファイナスの体を一瞬で切り裂いた。
宙に大量の血が噴きあがり、ファイナスの体がゆっくりと傾いていく。
「バカな……この私が……斬撃で、倒れる……だと?」
ファイナスはその場で倒れ伏した。
その姿を静かに見つめるアールスロウ。
「のまれた時点で、あなたの負けだ」
広場の一角、そこでは、フィンディとロイスバードの激しい打ち合いが展開されていた。
二人の体は戦場を高速で動き続け、二人のあいだでは刃同士の、火花のようなぶつかり合いが繰り返されていた。鋭い金属音が止むことなく響き続けている。
「はあっ!!」
ロイスバードは掛け声を上げ、力強く剣を振り下ろした。
ヒュンッ!!
フィンディは後ろに跳び、紙一重でかわした。
二人の距離が離れた。
「クソ……!!」
イラだった声を上げたのはロイスバードだった。
(なぜだ……なぜ仕留められん。押しているのは私だ。なのに攻撃が紙一重で当たらない)
フィンディは再び剣を構える。それに応じロイスバードも剣を構える。
二人は同時に駆けだした。
ロイスバードから放たれる嵐のような高速の斬撃。それに対し、フィンディは素早く反応し、全てを返した。
ギィンギィンギィンギィンッ!!
ロイスバードは一瞬の隙を見つけ、一歩踏み込んだ。鋭い斬撃を放つ。
ヒュンッ!!
フィンディは紙一重でかわした。素早く反撃を放つ。
ヒュンッ!!
ロイスバードも紙一重でかわす。素早く後ろに跳び、距離をとった。
「く……!!」
ロイスバードはその状況に困惑する。
(どうなっている……フィンディのスピードが明らかに上がってきている。最初は私の方が明らかに速かった。なのになぜだ!? まさか、最初は手を抜いていた!? 違う、そんな様子はなかった……)
「不思議か……?」
フィンディは静かに言った。
ロイスバードはフィンディを黙ってにらむ。
フィンディは冷静にロイスバードを見ていた。
「あんたは言ったよな。オレの武器は速さと正確な剣技だって。その分析は確かに当たってる。けどな、それだけじゃないんだよ」
「なんだと……?」
「さっき言ったよな、まだ武器は残ってるって。オレにはさらに武器が二つある。一つは、周りの状況を冷静に見極める情報把握能力。だがこれは対集団戦でしか活かせない」
フィンディは笑みを浮かべた。
「問題はもう一つの方、オレが持つ最後の武器、それは…………スタミナだ」
「…………!!」
「オレはペース配分さえ考えれば、1000人斬ったところ、息一つ乱れない。…………オレが速くなったんじゃない。あんたが遅くなったんだよ」
ロイスバードは気付いた、自分が肩で息をしていることに。
「悪いが、あんたと戦ってる間に、体力は完全に回復した」
フィンディの息は完全に整っていた。ゆっくりと剣を構え直す。
ロイスバードは一歩下がった。
「こんな……こんなことが……」
フィンディが動いた。高速でロイスバードに突進する。その動きは、今まで闘っていた中で最高の速さを持っていた。もうロイスバードは、反応すらできない。
ヒュンッッ!!
フィンディの剣は一瞬でロイスバードの全身を切り裂いた。大量の血しぶきが飛び、ロイスバードはゆっくりと崩れ落ちる。
「まさか……私が……私が……」
ロイスバードの体は石畳に倒れ伏した。
フィンディはゆっくりと口を開いた。
「言っただろ、年寄りが前線で出しゃばるなって」