5-10 待ち構える者たち
ウォールズ・ヘルズベイ城壁の手前では、城門を守っていた国軍の横陣が、フィンディの猛攻により左右に分断されていた。
分断された国軍はそのまま解放軍に囲まれるように崩されていく。
クロコたちのいる中央の部隊は、崩れた国軍を置き去りにして、城門から、ウォールズ・ヘルズベイ基地の広場へ向かって前進しようとしていた。
そんな中、フィンディは一人足を止め、少しのあいだ肩で息をしたあと、ゆっくりとよろけながら、地面にひざをついた。
フィンディは大きく息を乱しながら、その場で力尽きた。剣を握ったまま、地面にゆっくりと手をつけた。
そのフィンディを、広場を目指す他の兵士たちが次々と追い抜いていく。
「フィンディ」
クロコがフィンディの横に立ち、声をかけた。
「あとは任せろ。オレたちがケリをつけてくる」
それを聞いて、フィンディは笑みを見せた。
「何言ってんだよ……オレは……少し休むだけさ……すぐ…………追いつく……」
「そうか」
クロコは前を向いた。
「なら、先に行ってくる」
「ああ……」
クロコはフィンディを置いて、城門へ向けて駆けだした。
解放軍兵の大群は城門を抜け、一気に広場へとなだれ込んでいった。
広場には国軍兵たちの大軍が待ち構えていた。城門から入ってくる解放軍を、左右から挟み込む形で国軍の砲撃が狙い撃ちする。基地本体に設置されている大型大砲も、近距離砲撃を仕掛けてくる。
解放軍兵たちを、無数の砲火が襲った。
仲間が次々と爆炎にのみ込まれていく中、解放軍兵たちは怯まず、どんどん広場を前進していく。
アールスロウとサキも広場へたどり着いた。アールスロウは辺りを見渡す。
「クロコは?」
「さっきまでいたはずですけど……」
するとクロコがヒョコッと出てきて横に並ぶ。
「フゥ、追いついた」
「何をしていたんだ?」
「ちょっとな……」
クロコがそう言った直後、すぐ前方に爆炎が上がった。
クロコは腕で顔を覆いながら、険しい顔をする。
「すげー砲撃だ。かなりの兵が広場にいるぞ」
「まだ30000の兵力が残っているからな。この配置は計算の内だ」
アールスロウは冷静な様子だ。
「国軍は戦力を三つに分けている。ここから見て右側面から攻撃を加える部隊と、左側面から攻撃を加える部隊。そして基地そのものを守る部隊だ」
アールスロウは、クロコとサキの顔を見渡す。
「これから俺たちもそれぞれ別れるぞ。右側面を押さえる部隊にはサキ。左側面を押さえる部隊にはクロコ。基地占拠の部隊には俺が行こう」
「はい!」
「ちょっと待て!」
サキの返事の直後、クロコが声を上げた。
「基地占拠の部隊にはオレが行く」
「なぜだ、理由でもあるのか?」
するとクロコは一呼吸置いて、アールスロウを真っ直ぐ見つめた。
「……多分、基地を守る部隊には、ここの一番強いやつがいる」
クロコはアールスロウをじっと見る。
「今いる味方の中で、一番戦えるのは多分オレだ。だからそこには、オレが行く」
「………………」
アールスロウは少し迷うように黙った。
「頼む、行かせてくれ」
クロコの言葉を聞いて、アールスロウは小さくため息をつく。
「分かった……」
アールスロウはクロコの持つ黒剣に視線を移した。
「それが、この剣を持つ者の宿命なのかもしれないな」
アールスロウは再びクロコを見つめる。
「必ず生きて帰って来い、クロコ」
「ああ……アンタもな。それにサキも」
「はい、クロコさんも、どうか無事で……」
クロコはウォールズ・ヘルズベイ内部を目指して駆けだした。
残ったアールスロウは左に位置する国軍を見つめる。
「俺たちも行くぞ」
サキは右に位置する国軍に目を移す。
「はい」
アールスロウとサキは素早く左右に分かれた。
城門をくぐり抜けた解放軍は、広場で待ち構えていた国軍とぶつかり合う。
国軍は左右から、解放軍を挟み込む形で攻撃を加えていた。それにより解放軍の左右側面では激しい戦闘が始まった。
解放軍の左側面、国軍の砲弾が降り注ぐ中、剣兵同士の激しい戦いが繰り広げられていた。そんな中、アールスロウは中央で鮮やかな剣技を振るい、国軍兵を次々と斬り伏せていく。
解放軍の右側面では、サキが、剣先に取り付けた鏡で敵の注意を引きつけ、素早く死角に入りこむ鏡の剣技。それを使って、剣兵を一人、また一人と斬り伏せていく。
そして解放軍の正面にそびえ立つウォールズ・ヘルズベイ本体。そこの入り口を入ってすぐの広間では、占拠を狙う解放軍と、基地を守る国軍の激しい戦いが繰り広げられていた。広間には待ち構えていた国軍の銃兵隊の弾丸が乱れ飛び、解放軍兵たちを次々と襲っていた。
そんな中、クロコは風のように駆け、広間を縦横無尽に跳び跳ねて、次々と銃兵を斬り伏せていく。
「く……あの剣士を仕留めろ!!」
すぐに銃兵たちの注意がクロコへと向かう。
クロコへ向かって次々と発砲されるが、全く仕留められない。
その隙に解放軍兵たちが一気に進行し、広間を守っていた国軍をあっという間に切り崩していった。
ウォールズ・ヘルズベイ広場、解放軍左側面では、アールスロウが次々と国軍兵を斬り伏せていた。立ち塞がっていた銃兵部隊を斬り伏せた時だった。正面から一人の国軍人がゆっくりと近づいてきた。
それを見た瞬間、アールスロウの表情に緊張が走る。その国軍人は白い将軍服を着ていた。六本の鍵爪を付けた奇形槍ギサイアを構え、ファイナス少将が姿を現した。
ファイナスは不敵にほほえむ。
「また会ったな。『千牙の狼』ファイフ・アールスロウ」
「『剣封』ジン・ファイナス……」
互いに武器を構え、二人は静かに向かい合っていた。
二人のすぐ横で爆炎が上がった直後だった。
ファイナスが素早くアールスロウに突進する。
ヒュンッ!!
ファイナスの斬撃を、アールスロウは素早くかわす。ファイナスは次々と斬撃を放ってくる。
ヒュンヒュンヒュンッ!!
「く……!」
アールスロウは紙一重で斬撃をかわしていく。そんな中、アールスロウはファイナスの斬撃の一つを見切った。 ファイナスの斬撃の軌道を見すえ、受け流そうとしたその瞬間、その斬撃の軌道が変化した。
ガッ!
鍵爪の一つが、アールスロウの剣を引っかけた。その直後、アールスロウの剣は無理やりに逸らされた。次の瞬間、
ヒュンッ!
ファイナスの斬撃がアールスロウの脇腹をわずかに切り裂いた。
「く……!!」
アールスロウは素早く後ろに跳び、距離を取った。
ファイナスは追わず、足を止め、余裕の笑みを浮かべた。
「どうした、また逃げるのか?」
その言葉を発したファイナスを、アールスロウは鋭く見つめる。
「いや……」
アールスロウは再び剣を構える。
「悪いが、今回はその気はない。正面から倒させてもらう」
「ほう……面白い」
二人は再び向かい合って武器を構える。
一方、解放軍の右側面では、サキが必死に剣を振るっていた。目の前に大柄の剣兵が立ち塞がったが、死角に入りこみ、素早く斬り伏せた。
「フゥ……」
サキが疲れた様子で、小さく息を吐いた時だった。
目の前に一人の国軍人が現れた。その軍人の来ている将軍服を見て、サキは驚く。
剣を構えたロイスバード少将がサキの前に現れた。細い眼でサキを鋭くにらむ。
「さて……この剣で復讐を果たすときが来たようだ」
「く……!」
サキは素早く剣を真上に上げて構えた、その直後だった。
サキの懐に一瞬でロイスバードが入った。
ヒュンッ!
サキの左肩が裂けた。
「な……速い!!」
サキは後ろに飛んで距離を取ろうとするが、ロイスバードが一瞬で距離を詰める。
ヒュンッ!!
サキの脇腹が切り裂かれた。
「うう……」
(鏡の剣技を使うスキがない……)
サキは素早く斬撃を放つ、あっさりとかわすロイスバード。
「センスはいい。だが、私の相手ではない」
ロイスバードの鋭い蹴りがサキに直撃した。
「ぐ……あ……」
サキの体が止まった。
ヒュンッ!!
サキの全身が裂け、血が噴き上がった。
「あ…………」
サキはヨロリと、その場でひざをついた。そのサキに向かってロイスバードが鋭い一撃を放った。
ヒュンッ!!
ギィンッ!!
ロイスバードの一撃は、素早くあいだに入ったフィンディによって止められていた。
「ったく、ギリギリだな……」
フィンディはヒヤッとした様子だ。
「フィンディさん……」
ロイスバードはその名を聞いて、素早く後ろに跳び、距離をとる。
フィンディは、ロイスバードをにらんだまま、サキに話しかける。
「こいつはオレが引き受ける。おまえは早く下がれ」
「す、すみません、ボ、ボク……」
「フォロー専門のくせに無理し過ぎだ。あとは任せろ」
「は……はい……」
サキはよろめきながら後ろへと下がっていった。
向かい合うフィンディとロイスバード。
ロイスバードは笑みを浮かべながら見つめる。
「『狂舞の悪魔』フィンディ・レアーズか……」
ロイスバードはフィンディの様子をじっと観察する。フィンディはわずかに息を乱し、体に数か所の浅い傷を負っている。
「万全とは言えん状態だな。それで私に勝つつもりかね?」
「当たり前だろ」
フィンディは強気に笑って見せる。
ロイスバードも笑みを見せる。
「言っておくが、私はラズアームのようにぬるくはないぞ」
「知ってるよ。『絶影』ジェス・ロイスバード。セウスノール三剣士『雷神』デュラン・ランバートを一対一で破った男」
「ふ……懐かしい名だな。グレイ・ガルディアも死に、セウスノール三剣士は全て死んだな」
「まだオレたちがいるさ」
「主力が、狂った剣士に、女の剣士……。それでグラウド国軍に勝てると思っているとはな……哀れになるよ」
「ふん、うっせーよ」
フィンディは剣を構えた。
「年寄りが前線で出しゃばんな」
ロイスバードも剣を構えた。
「何も知らない若造が。あまり調子に乗るなよ」
二人は鋭くにらみ合った。