5-9 誇りを背負う者
ウォールズ・ヘルズベイ基地の西に広がる薄茶色の大地、そこに待機している解放軍の軍勢。その一角に立つクロコとアールスロウの前に、フィンディ・レアーズが姿を現した。
クロコはその姿を見て驚く。
「フィンディ……なんで、おまえが……」
フィンディはクロコの様子を見て笑みを浮かべる。
「援軍として来たんだよ。ケガも治って、調子も戻ったからな。まあ少し遅れちまったが」
クロコは戸惑った様子で口を開く。
「でも、おまえには、もう……」
「戦う理由ならあるさ」
フィンディはクロコを見つめる。
「この戦場で、忘れ物をしちまったからな」
「忘れ物……?」
「命の恩人を、戦場に置き去りにはできないだろ」
フィンディは優しくほほえんだ。
「おまえを助けに来たんだよ、クロコ」
「…………!」
クロコは驚いた。
「フィンディ……」
フィンディはアールスロウの方を見る。
「話は戻りますが……オレなら、ライトシュタインの軍勢を正面から切り崩せる。その自信はあります」
しかし、アールスロウの表情は曇ったままだ。
「君の対集団戦の技術は認める。しかし、たとえ君でも、ライトシュタインの軍勢を正面から切り崩せるとは思えない」
その言葉を聞いて、フィンディは余裕の表情を見せる。
「そうですか?」
フィンディは自信に満ちた笑みを見せた。
「言っときますけど、オレの戦闘能力は集団戦最強です。たとえグレイ・ガルディアと比べたって、二倍は早く敵陣を切り裂ける自信はある。加えて、オレは前のように、人を殺すだけの剣技は二度と振るわない。相手の動きを止めるだけなら、さらに二倍早く切り裂ける。これで四倍。加えて、スタミナの温存も一切なしで、目の前の敵陣を切り裂くことだけに全力を懸ける。これでさらに二倍、つまり八倍。そして最後に……」
フィンディは目をギラッと光らせた。
「死ぬ気で切り開く。これでちょうど十倍」
フィンディはそう言って軽く笑みを見せたあと、アールスロウを見つめる。
「グレイ・ガルディア十人分の速度。ライトシュタインの計算を上回るには、十分でしょう?」
アールスロウはあきれるようにため息をついた。
「ずいぶん都合のいい計算だな。集団戦最強というのもあやしい……」
アールスロウはそう言ったあとフィンディを真っ直ぐ見つめる。
「だが、それに賭けるしかなさそうだ」
フィンディはニヤリと笑う。
「決まりですね」
ウォールズ・ヘルズベイ基地から北、そこに広がる荒野に、解放軍は展開した。後ろで備えていた軍勢も加わり、全戦力の70000で、再び横三つに分かれる。
ウォールズ・ヘルズベイの、北の巨大な城門の前にも、国軍の40000近くの軍勢が横に大きく展開していた。その中心には、ライトシュタインが馬にまたがっている。
解放軍の三つの内の中央に位置する軍勢。その前衛には、フィンディ、クロコ、サキ、アールスロウの姿があった。
パンッ!!
一発の信号銃と共に、三つの解放軍の軍勢が動き出す。
クロコたち四人は、先頭を駆ける。基地の城門が近づくと共に、ウォールズ・ヘルズベイの北の空中砲台から、砲撃の雨が降ってきた。クロコたちは目の前に立ち塞がる爆炎の壁に向かって、迷わず突進する。
強烈な砲撃の嵐をくぐり抜けると、今度はすぐに、城門と連結している砦の砲撃の壁が立ち塞がった。クロコたちはひるまず突破を図る。後方からは味方の叫び声が次々と上がる。クロコたちは前だけを見て駆け続けた。
その砲撃の壁を抜けてすぐに、要塞からの砲撃の壁が現れた。その壁に飛び込むと、クロコの隣のサキが爆風でわずかによろめいた。
「サキ!」
「大丈夫です!」
サキはすぐに体勢を戻し、クロコの隣に戻ってくる。
三つ目の爆炎の壁を抜けると、今度は、国軍からの砲撃の壁が目の前に立ち塞がった。
砲撃の嵐の連続で、クロコの表情も険しくなる。
「クソ……!!」
すぐにアールスロウがクロコに呼びかける。
「ひるむなクロコ。これで最後だ」
クロコたちは、四つ目の爆炎の壁を抜けた。
そのまま一気に、国軍の軍勢に向かって突き進む。間もなく、左右から、同じく爆炎をくぐり抜けてきた解放軍の部隊か姿を現し、三つの軍勢が一つの横陣へと姿を変えた。
解放軍はそのまま国軍へと突進する。
国軍の布陣の中心、そこでライトシュタインは突進してくる解放軍の様子を見る。
「やはり横陣で来たか。私の存在に気づいたようだ。だが思ったよりも横に広がっていないな。とはいえ、予測の範囲内だ。予定に狂いはない」
解放軍の横陣が、待ち構える国軍の横陣にぶつかろうとしていた。
解放軍の前衛、アールスロウは走りながら声を上げる。
「予定通り、フィンディを中心に中央突破を図る。クロコ、サキ、二人はフィンディの側面をフォローしてくれ、後方にはオレがつく」
するとすぐにフィンディが声を上げる。
「必要ありません、下手なフォローはかえってジャマです。サキ一人だけでいい」
「分かりました」
サキはアールスロウの方を向いて口を開く。
「アールスロウさん、集団戦でのフィンディさんの動きは独特です。たぶんボクしかフォローできない」
「分かった、なら俺とクロコはフィンディの切り開いた場所を広げることに徹しよう。分かったか、クロコ」
「ん? ああ……」
ライトシュタインは信号銃を構える。
「ただ牛の様に突進するだけならば、まずは側面を囲ませてもらおうか」
国軍の両翼の一部が動き出し、横に長く広がっていく。
そんな中、解放軍はついに国軍とぶつかった。その瞬間だった、先頭に立つフィンディは、そのまま一気に国軍の剣兵の群れに突進する。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
フィンディの嵐のような斬撃が、国軍の剣兵たちを襲った。剣兵たちの群れは、まるで強風にでもあったかのように、次々と体を傾かせて、地面に倒れていく。
「はああああッ!!」
フィンディは掛け声を上げて、戦場を風のように駆ける。体を高速で動かし、力強く剣を振り回す。フィンディが剣をひと振りするごとに、一人の剣兵が地面へと倒れる。恐ろしく正確なその斬撃は、剣兵たちの脇腹や足をピンポイントで切り裂き、確実に動きを止めていく。
フィンディの側面を守るサキは、その動きについていくのがやっとだった。
「すごい……」
サキは思わずフィンディの戦いに見入ってしまう。
(クラット基地で見たどの戦いとも違う。ゲームと例えた戦いじゃない。決死の覚悟で戦ってるんだ……)
フィンディの回りの敵兵たちは将棋倒しのように倒れていく。
国軍の巨大な軍勢、その中央前衛が徐々に崩されていく。
その様子に国軍の中心にいるライトシュタインは気付いた。
「ふむ……中央が押されているな。ということは、作戦は中央突破……私に正面から挑むつもりのようだな」
ライトシュタインは信号銃を構える。
「いいだろう、受けて立とう」
国軍の布陣に変化が生じる。両翼の戦力が徐々に中央に向けて集まろうとしていた。
フィンディは解放軍の先頭に立ち、高速で剣を振り回す。口を開き、わずかに息を乱している、それでもフィンディの動きは全く衰えなかった。目の前に立ち塞がる国軍兵をあっという間に斬り伏せていく。
そんなフィンディの前に、銃兵部隊が立ち塞がる。
「構えー!」
十丁の銃が一斉にフィンディの方を向く。次の瞬間、フィンディの姿が消えた。
「なに……!?」
銃兵隊の隊長は驚く。すると、目の前の国軍兵の群れからフィンディが飛び出してくる。
「な……!?」
ヒュンヒュンヒュンッ!!
フィンディの斬撃は銃兵隊をあっという間に斬り伏せた。
続けて、国軍の大砲部隊がフィンディを狙う。遠くからフィンディに照準を合わせようとする。しかし……
「早く照準を合わせろ!」
砲兵隊の隊長が兵士たちに命令する。
「ダ、ダメです! 撃てません!!」
フィンディは、国軍の剣兵の後ろに隠れるように移動していた。
「クッ……他の砲撃部隊も全く撃つ様子がない。どうなっている? ……まさか、こちらの位置を完全に把握しているのか?」
「み……見失いました!」
すると突然、砲兵たちの目の前にフィンディが現れた。
「うわあああ!!」
ヒュンヒュンヒュンッ!!
フィンディは一瞬で砲兵部隊を斬り伏せた。
フィンディは異常な視野の広さで、周りの敵の動きを一瞬で把握し、変則的に戦場を駆け回る。サキはそんなフィンディの動きをなんとか読んで、あとに付いていく。
フィンディの攻撃によって、国軍の布陣が切り開かれていく。そこへ解放軍の剣兵がなだれ込む。
サキはフィンディの側面の剣兵を斬り伏せ、クロコとアールスロウも前線で剣を振るい、フィンディの切り開いた道を一気に広げていく。
国軍の巨大な軍勢は分断される方向でどんどん切り崩されていく。
その様子をライトシュタインは見つめる。
「早いな……まさかここまで早く陣形が崩されるとは。とはいえ両翼のフォローがあれば、そうそう崩されはしない」
フィンディはひたすら剣を振るっていた。次々と国軍兵を斬り伏せていく。全ての力を込め、暴風のように剣を振るい続ける。
「ハア……ハア……ハア……」
息を大きく乱しながら、それでもその勢いは全く衰えることはなかった。中央に徐々に国軍の戦力が集めっていくが、それよりも速くフィンディは陣形を切り崩していく。
国軍の陣形の崩れは止まることはなかった。徐々に徐々に、巨大な軍勢に裂け目が入っていく。
その様子をライトシュタインは静かに見つめていた。
「中央突破の対策は十分に立てている。中央が崩れることはない」
フィンディはどんどん国軍兵を斬り伏せていく。大きく息を乱しながらも、その剣の勢いは衰えることはなかった。敵の群れへと特攻し、捨て身で敵兵を斬り伏せる。すでにフィンディの体は斬撃をいくつか浴び、数ヶ所の切り傷を負っていた。フィンディはできるだけ早く敵陣を切り裂くことだけに集中していた。
そのあまりの速さについにサキが置いていかれた。フィンディは単独でどんどん敵兵を斬り伏せていく。
剣も、銃も、大砲も、何もフィンディを止められない。人知を超えた速さで、国軍の陣形は崩されていく。
国軍の布陣を切り裂く解放軍の進撃は、止まることはなかった。
解放軍の群れは、徐々に徐々に、ライトシュタインへと近付いていく。
その光景を目の当たりにしたライトシュタインは、初めて緊迫した表情を浮かべる。
「早い……早過ぎる。これではフォローが間に合わない。何が起こっている……?」
フィンディは独り先頭に立ち、国軍の陣を突き進む。すでにゼイゼイと息を乱していた。それでもフィンディの勢いは止まらない。
次々と目の前の剣兵を斬り伏せ、次の群れへと一気に突進する。
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
フィンディはあっという間に剣兵の群れを斬り伏せていく。
(あと少しだ……いける……中央を切り崩せる……!)
フィンディがそう思った瞬間だった。
ヒュンッ!
フィンディの放った斬撃が、初めて空を切った。剣兵の一人がフィンディの斬撃をかわしたのだ。フィンディは驚いた。
(しまった、わずかに剣先が狂った!!)
フィンディは剣兵に懐に入られた。
ヒュンッ!!
突然、クロコが横から現れ、剣兵を斬り伏せた。
「ク、クロコ」
驚いて思わず声を出すフィンディ。
「おまえ、ハア……ハア……アールスロウさんの話聞いてたのか?」
「いや、聞いてなかった」
「しょうがねーやつだな……ハア……助かったぜ、クロコ」
「行け! フィンディ!!」
「ああ!!」
フィンディは一気に直進した、目の前の剣兵の群れを斬り伏せ、道を切り開いたその瞬間だった、目の前には、馬にまたがったライトシュタインの姿があった。
ライトシュタインはその光景に我が目を疑っていた。
「なに……!?」
フィンディは迷わず突進し、一瞬で斬り込んだ。
ヒュンッ!!
ギィン!!
ライトシュタインは素早く小剣を引き抜き、フィンディの斬撃を受け止めていた。
驚くフィンディ。
「なに……オレの斬撃を止めた!?」
「く……!」
ライトシュタインは険しい表情で、素早く馬から跳び下りた。フィンディとライトシュタインのあいだに馬がさえぎり、フィンディは動きを一瞬止めた。その隙にライトシュタインは国軍兵の群れの中へと姿を消した。
「チッ!」
(逃したか……だが、もう指揮系統は機能しないはず。いまはとにかく……)
フィンディは再び駆け出した。
「この陣を完全に分断する!!」
フィンディは再び剣を振るい、国軍兵を斬り伏せていく。サキが何とか追いつき、再びフィンディをフォローする形で剣を振るう。
クロコとアールスロウもどんどん陣を切り崩していく。
国軍の巨大な布陣は、ついに左右に分断された。
国軍の布陣は、中央へなだれ込んでいく解放軍兵によって、徐々に崩れていき、やがて囲まれるように押されていった。
国軍陣の中で、ライトシュタインはその様子を呆然と見ていた。
「まさか……私の指揮する軍が、正面対決で敗れる日が来るとはな……」
ライトシュタインは口元をわずかに歪め、その場で目を閉じた。しかしすぐに目を開け、いつもの冷静な表情に戻った。
「…………だが、最低限のノルマは果たした。あとは彼らに任せるとしよう。歴戦の戦士たちに」