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オルカーネイション-血塗ラレシ啓示  作者: ミカエラ・マンサニージャ
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Vの子、ヴィクトル

彼の名はヴィクトル。

平民の家に生まれながら、神の意志に選ばれた少年。

その力は、燃える――

この世界に刻まれた“罪”という名の炎を喰らいながら。


運命は告げる。

やがて彼は堕ち、そして昇る。

神を超え、人を赦す者として。


これは、世界が“正しさ”を問われた時代に生まれた、

一人の少年の物語である。

冬の夜、安価なガス灯の明かりがゆらゆらと揺れ、白い吐息が風に溶ける。

「はぁ、ふっ、はぁ、」

(今必死に駆けている。何故かって?愛する妻アンナから、子が産まれると知らせが届いたからだ。)

彼の名はアーサー・スミス。

かつて平民から身を起こし、異能と鍛錬によって「勇者」となった男。

「アーヴィス、駆けろ、もっと速く。」

(間に合ってくれ、頼む。)

彼が駆るのは、機械の国ヴェルディス工廠連邦(通称ヴェルディス)から輸入された物で帝国軍も用いる魔馬アーケインホース――名はアーヴァス。

脚には風の魔法を宿す蹄鉄、体には軽量化と持久力強化の魔導刻印が施されている。

荒れた石畳を風のように駆け、蒸気と魔力の煙が尾を引いていた。

額から汗が滴り落ちる。

焦り、不安、そして――喜び。

愛する妻、アンナとの間に生まれた2人目の子。1人目が産まれた際は丁度忙しい時期でありまた出産予定日より早く産まれたため、出産日に終に間に合わなかった。

今回も間に合わないかに思えた。

しかしそんな事実を尻目に、彼は祈りよりも必死に、魔道産院セント・アナスタシアの門を駆けくぐった。

「ついたぞ。」

最近になり都市部で広まった、魔道産院セント・アナスタシア

今回は田舎に住む人では珍しい施設分娩であった。

そのため予定日も正確であった。そのため彼は....


「絶対に間に合ってみせる!」

アーサーは鞍から飛び降りた。

魔馬アーヴァスを置き去りにして、施設の扉へ駆ける。

魔導式の自動開閉扉が彼の魔力反応を認識し、静かに開いた。

ローブ姿の助産師が、気配を察して振り向いた。

淡く光る治癒魔法の霧が背後の廊下に漂っていた。

とても神々しく、厳かな空気を感じさせた。

一方、彼の髪は汗で乱れ、コートには道中の雪がまだ残っている。それは、場に似つかない姿であった。


「奥様が――」

魔道医がそんな彼に声をかけたとき、彼女は苦しげな中に安堵の笑みを浮かべる

そう、間に合ったのだ。

すぐさま彼は彼女の側に寄り、震える手で彼女の手を握った。

「間に合った……!」


「ええ……、来てくれるって、信じてたわ」


助産師が声をかける。


「もう少しです、奥様、旦那様……!」


アンナが叫ぶ。アーサーはその手を強く握った。

部屋に魔導灯の光が優しくともり、鼓動が一つ、二つ、世界を染めるように響いた。


そして――


赤子の産声が、静かに空間を震わせた。



アーサーは言葉を失い、ただ、胸を押さえた。


それは戦場で剣を振るった時よりも、

国を救ったときよりも、

遥かに重くて、愛おしい。


産声のあと、静かな時間が流れる。

アーサーが赤子を抱き、その顔をじっと見つめたあと、アンナの耳元で囁く。


「名前を決めよう……ヴィクトル。勝利、そして――」


「平和」

アンナが微笑む。細い声だが、確かにそう言った。


「この子が、“何かに打ち勝つ”だけじゃなくて、

“誰かを救い、何かを守れる”ような人になるといいわ」


アーサーは頷き、赤子の額にそっと口づけた。

「――ヴィクトル・スミス。お前の名に、俺たちの願いを込めよう。」

彼の瞳は潤み、誇らしく笑った。


その日産まれた男の子こそ、

サタナエルの知を宿し、世界の秩序を問いただす者。


その名は――ヴィクトル・スミス。



一人の少年がこの世界の「正しさ」に向き合う物語、

そして、神々の歴史の裏で蠢く意志たちの断片を、少しでも感じてもらえたのなら幸いです。


ヴィクトルは正義の体現者でありながら、正しさそのものが“毒”にもなる世界で生きています。

彼の“炎”はただの力ではなく、罪を裁き、清め、そして問うためのもの。

それは、私たち自身が抱く「何が正しいのか」という問いと、決して無関係ではありません。


本作の裏には、聖書、神話、歴史、そしていくつかの現代社会の歪みがあります。

そしてこの物語は、ただのフィクションではなく、私たちの中に宿る“サタナエル”への問いでもあるのです。

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