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普通の村娘ですが、なにか


「ジーナ! ジーナ・モビール!」



 窓枠がビリビリするほどの大きな声で、あたしの名前を呼ぶ輩がいる。

 あたしはため息をつき、作業を一旦中断した。立ち上がって、窓を開けようと思ったけど、その前に何度も何度も名を呼ばれる。


「おーいジーナ! ジーナってば! オイラが呼んでるんだぜ、さっさとその色気無い顔出せよ。どんぐり目のそばかすペチャパイ、木綿屋の母無しっ子!」


 ムカッ。


 腹が立ったけど、怒鳴り返したりはしない。相手は誰だかもうわかっている。このフツウ村の村長の息子、リューゴだ。デリカシーって何それお菓子の名前ですかがデフォルトの田舎でも、こんなに無礼な口の利き方をする男子はこいつしかいない。


 王都の学園を卒業し、三年間過ごした寮を引き払ったあたしは、実家の木綿問屋に帰ってきていた。今日は、父親が街まで商品配達に行っているので、あたしひとりで店番をしている。よりによってこんな時に……と思ったけれど、そういえばリューゴって、父親がいない時に限ってよく来る気がする。

 あたしは足音を忍ばせて近付くと、窓枠を掴み、いきなり勢いよく窓を開けた。外にいたやつは飛び上がって絶叫した。


「痛っってえ!」


 窓枠で指を挟んだらしい。


「あらごめんなさいねえ」


 と、あたしは言った。窓辺にしゃがみこんで悶絶している少年を見おろして、


「まさか、村長のご子息ともあろうお方が玄関の扉をノックすることもなく、窓から人を呼びつけるなんて品の無いことをなさるとは思ってもみなかったので、大変失礼いたしました」

「てめえ、庶民のくせに……いつか見てろよ!」


 八重歯の目立つ奥歯を噛み締めて、村長の息子リューゴが唸り声をあげる。

 リューゴ・ヘンダーソン。人を罵れるほど大した身分ではないが、一応この村の領主であり、村一番の金持ちの家の子ではあるには違いない。ついでに言うと、村で唯一、あたしと同じ歳の男。世間一般には幼なじみってことになるのかな。そのせいか、彼はまるで友達でも訪ねるようにしょっちゅうあたしの家に来てはよくわからない煽りをして帰っていく。どこそこへ行くのについてこいとか、これをやるから礼を言えとか、おまえの大事な物をよこせだろか……きっとあたしのことを子分か何かと思ってるんだろうな。

 しかし偉いのはこの男の親であってリューゴではない。あたしはリューゴを無視し、さっさと窓を閉め切ろうとした。が、その隙間にちょいと何かが挟まれた。白い紙の封筒である。


「何これ?」

「郵便だよ、郵便。わざわざ持ってきたんだから礼ぐらい言えよな」

「ふうん? まあありがとう」

「礼を言えってのは、茶ぐらい出せってことだぜ。わかってねえな」


 そう言ってリューゴは勝手に玄関の扉を開け、あたしの部屋に入ってきた。

 あたしはもちろん無視した。


「……手紙ねえ。珍しい」


 王都から遠く離れた辺境の田舎村であるここには、手紙なんて滅多に来ない。なので各家にはポストなんてものはない。村内に宛てられた手紙は全て村長のもとに届き、それを週に一度、お手伝いさんが各家に配って歩くのだ。

 つまり手紙が届くのは最頻でも週に一度。今日は配る日ではないはずだが——。


「急ぎ便って書いてあったから急いで持ってきてやったんだよ」


 食卓に座り、靴を脱ぎながら、リューゴが偉そうな口調で言う。あたしは手紙をひっくり返してみた。確かに彼の言う通り「急ぎ便」というハンコがついている。同時に送り主は……王都王宮、エリオット・シューバッハ!?

 あたしは首を傾げた。

 はて、なんで王子様からお手紙が?

 うちは木綿問屋という商売をやっているから、たまには公的文書ってものがくる。でもそれなら送り主は役場の担当者の名であるはずだ。王宮から、それも王太子の個人名とはどういうことだ。


 新しいマグカップに勝手にお茶を入れながらリューゴは言った。


「あーあ、やっちまったな。王宮からの手紙ってのは、都で身内が逮捕されたとか莫大な税金を踏み倒してたとか、なんかすげえ悪いことした時に来るもんだ。おまえ王都で3年間も何やってたんだよ?」

「別に何も。真面目に学生やってたけど」


 リューゴは肩をすくめた。


「うそこけ。木綿問屋の後継ぐだけなら、別にわざわざ王都の学校まで行く必要もなかっただろうに。村を出たのはただ遊びたかっただけだろ?」

「違うわよ。経理以外にも学びたいことあったし、成績優秀な子には学費が出るって言うから」

「だからうちに通えば、オイラの家庭教師に頼んでやるって言ったのに」

「嫌よ。あんたと一緒に机並べて勉強なんてできるもんか」

「いじっぱりなやつ。おふくろさんも泣いてるぜ、墓の下で」


 リューゴはグイッとお茶を飲み干すと、勝手におかわりを注いでまた飲んだ。あたしの分までからっぽにして、大きなゲップをひとつ。


「おふくろさん、亡くなる前においらに言ったもんさ。うちの娘は器量が悪いくせに気が強いから、男っ気が無くってしょうがないって。ろくでもない男に捕まる前に村長の坊ちゃんにもらってもらったら、どんなに安心かってね。そう言って、オイラの手を握りながら、息を引き取っていったんだよ」

「嘘ばっかり」


 あたしははっきりと一蹴した。


 母は確かに5年前に亡くなっているが、死因は突然の事故。荷積みの最中に固定紐が切れて、積み荷の下敷きになってしまった。即死ではなかったけれど、あたしと父に一言遺したのがやっと。その場に居もしないリューゴの手を握りながら……なんてのは大嘘だ。リューゴもバレバレなのは分かっていて、冗談のつもりで言っているのだ。

 それに母が、あたしのことをそんな風に称したり、ましてやリューゴを推すだなんてありえない。むしろ母は生前からリューゴを好ましく思っていなかった。


「いつかあんたの良さを分かってくれる人が現れる。だからあのボンクラ息子みたいなのに焦って引っかかるんじゃないわよ」


 と、あたしにたびたび言い聞かせてきた母。あたしはいつも「言われるまでもなく」と返していた。


 リューゴはおそらく極悪人ではないし、大嫌いとまでは言わないけれど、それなりに嫌いであり、性格の悪いやつだと思っている。こんな男と結婚するくらいなら生涯独身上等だ。

 その後もリューゴは後ろでなんやかんや言っていたけれど、あたしは無視して封筒を開けることに専念した。

 内容については楽観視していた。王子様からの手紙、あの日のことの、お詫びか何かだろうなと。



 あの日――盛大な人違いと婚約破棄をされた卒業式。自分の誤りに気付いた王子エリオットは、途端に蒼白になった。平民のあたしに膝まで着いてお詫びをし、身に着けた装飾品を毟って賠償しようとし始めた。

 それをあたしは丁重に断った。まあびっくりはしたし悪目立ちで恥もかいたけど、あたしに実害があったわけじゃないからね。


「気にしないでください、それほど丁寧にお詫びをくださっただけで十分です」


 そんな風に言ったあたしに、王子はさらに良心が痛んだらしい。


「こんなに欲が無く、正直で善良な少女に、私はなんと無礼なことを」


 そう言って、頭を抱えて懊悩していた。

 ……真面目な人間である。

 そんな彼だから、改めて詫び状を出すくらい、十分考えられることだった。あたしは平常心で、手紙を読み始めた。

 


『ジーナ・モビール様。先日はたいへん失礼な言動を向けてしまい、申し訳ありませんでした。改めて深く謝罪を申し上げたく、筆を執らせていただきました』


 あ、やっぱり詫び状だ。本当に真面目なひとだねえ。


『あの場面で、まさか人違いをしてしまうとは……思い出すと恥ずかしくて顔から火が出る思いです』


 あたしもだよ、共感性羞恥ってやつで。

 そういえば王子様、なんであんなトンチキな勘違いをしたのかしら?


『――親が決めた婚約者で、アステリア嬢とは会ったことがありませんでした。そのため私は、調査員からの報告書の、文面に書かれた特徴だけでアステリアを探してしまったのです』


 いやなんでだよ。本物のアステリア嬢とあたし、ちっとも似てなかったじゃん。

 あちらは、中身はともかく絶世の美少女で、ゴージャスピンクブロンドの縦ロールの巨乳で――。


『私が理想の妃として考える通りの外見、学園で一番美しい女性であると。私はそれだけの情報をもとに、卒業生のなかにあなたを見つけ、てっきりアステリアだと――』


 …………ん?


 一瞬、思考が停止する。その隙に、


「――だからさおまえ、女の十八ってそろそろ行き遅れだぞ。いい加減、身を固めたっていいんじゃないかって。オイラだってそろそろ嫁さん貰えって親父からチクチク言われてるしさ」


 リューゴの声が鼓膜に届いた。彼は食卓に足を上げ、そこにあったあたしのお菓子を勝手にぼりぼり食べながら、肩を竦めて笑って言った。


「だからさ、まあ要するにあれだ。来月の花祭り、オイラがペアになってやるよ。どうせお前みたいなやつ、王都に三年もいたところで彼氏なんかできもしなかっただろうし。親父さんよりはオイラが隣にいた方がまあ格好つくってもんだろ? だから」


 あたしは続きを読み始めた。


『――ということで、今回のお詫びとして。明後日に催される王宮での舞踏会に、貴方様を招待したく、お誘い申し上げます。それほど畏まった場ではございません、美味しいごはんと楽しいダンスのために、遊びに来てください。当日こちらから馬車でお迎えに上がりますし、ドレス等もご用意いたしますのでご安心を。

 ただし名目上、新たな王子妃を選び出すための社交界、という催しになっておりますので……その旨ご覚悟のうえ、お越しいただければ幸いです。  エリオット・シューバッハ』



 …………え、っと……?



 あたしはしばらく無言で目をぱちぱちさせ、手紙を見つめた。最初から終わりまで、顔を動かして何度も何度も読み直した。

 内容を暗記するほど読み直したのち、封筒を取り出し、宛名を確認する。そこに書かれているのはあたしの名で間違いないか。

 何度も何度も確認した。が、やはり宛名には『ジーナ・モビール様』と書いてある。間違いなくあたしの名前、あたし宛てだ。人違いではない。

 

「……。今度は、文章の書き間違え、かな?」


 あたしはそう言って、頬を伝う汗をぐいと拭った。



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