想いの理由①
人生2度目の王宮訪問である。
前回、いきなり攫われた時とは違い、今日はあたし1人での訪問だ。
家中のクローゼットをひっくり返し、なるべく新しくきれいな服を着ては来たけれど……王宮に出入りする貴婦人たちとは比べ物にならない。
ゆえに、明らかに地味な一般人であるあたしは、城門前で止められていた。
「――だから、あたしは王宮の中の人に呼ばれてきたんですってば!」
そう言っても、門番はあたしの全身を上から下までジロジロ見ては、鼻で笑うだけ。
「そんなわけないだろう。ジーナ・モビールなんて王侯貴族の名は聞いたことが無い」
「あたしは平民です。それでも招待されたから来たのっ!」
あたしは姫からの手紙を取り出して、門番の前に掲げて見せた。
「ほらこれ、お姫様からの手紙。リーゼロッテって名前も書いてあるでしょ」
「偽造だろこんなもん」
差し出した手をパシッと叩かれた。
「痛っ……」
この――クソ門番っ。
さすがに腹が立ってきた。手紙の内容に関係なく、お姫様から直々の招待とあっては行かないわけにいかないとえっちらおっちら馬車を乗り継いでやってきたのにこの仕打ち。
大体お姫様だか何だか知らないけれど、用があるならそっちから迎えの馬車でもよこせと言いたい。
ああもう本当に帰っちゃおうかな……門番に叩かれながら、それでも入れてくれと粘る義理は無いわよね?
その時だった。
「何をやっているんだ、平民」
威圧的な声が門番の後ろから飛んでくる。門番が慌てて振り向くと、そこには銀髪の美少年が立っていた。とたんに門番が硬直する。
「ジュリアン殿下……!?」
あたしはひょいと体を傾け、門番の後ろにいる人物を確認。そしてヤアと手を上げた。
「ひさしぶり、ジュリアン。お邪魔するわよ」
「第二王子を呼び捨てにするなっ!」
怒鳴りつけられたが、あたしもすぐに言い返す。
「だったらそっちも平民呼ばわりはやめてよね。あたしにはジーナ・モビールっていう立派な名前があるんだから」
「立派か?」
「モブみたいな名前はお互い様でしょ」
「伝統的と言えっ!」
顔を赤くして怒鳴るジュリアンを、指さして笑うあたし。門番は青くなっていたが、正直知ったことではない。ジュリアンも今更あたしを不敬罪だなんて言わないでしょうし。
「そんなことより、ちょうど良いところに来てくれたわ。この門番さんを説得してくれない? あたしがここに呼ばれてきたって、いくら言っても信じてくれないのよ」
「呼ばれて? 兄上にか」
「いや……なんか、お姫様に……」
あたしは手紙を指に挟み、フリフリ振ってみた。そこに書かれた名に、ジュリアンは眉をひそめた。
「……たしかに、リーゼロッテ様の署名……筆跡も似ているような気はする」
「えっ」
門番が小さく声を上げたが、あたしもジュリアンも無視をした。
「これがおまえの家に届いたと? なぜ?」
「知らないわよ、あたしが聞きたいくらい」
「……中を読んでもいいか?」
意外にも丁寧に確認してくるジュリアン。あたしが頷くと、彼は文面を確認し、みるみる渋面になった。
「……脅迫状だな」
「そうね」
「なぜ、おめおめと顔を出した? 危害を加えられる可能性があるだろう」
「無視したら家に火を着けられそうだもの。それならまだ、警備の騎士もエリオットもいる王宮で顔合わせした方がマシ」
それは確かにと納得したらしい、ジュリアンは黙ったが、表情は晴れなかった。
「……なぜ姫がこんな手紙を……そもそもおまえの名や住所をどうして知っているんだ?」
そう言われてみて、あたしも首を傾げた。確かに、平民は王女の名を教科書で習えるけれど、王女が平民の名を覚える機会は無いだろう。あたしを呼びつけた理由も謎だ。エリオットか、あのアステリア公爵令嬢あたりが絡んでいそうな気はするけど。
二人で顔を見合わせから、やがてジュリアンが肩をすくめる。
「とにかくお会いして、ご本人に真意を確かめよう。姫は確かに今、この王宮に滞在されている。案内してやる」
「あっ、ありがとー。助かるわー」
歩き出したジュリアンのあとをついていく。途中、青ざめたままの門番の前を通ったけれど、今度は引き留められはしなかった。
今度は明らかに、あたしは『賓客』に違いなかったからね。
ジュリアン王子が門前までやってきたのは、たまたま通りがかったから、のわけがない。
門前であたしが名乗った時、万が一本当に賓客だったら事だと考えた人間が、念のためお伺いに行っていたのだろう。
あたしの前を歩きながら、ジュリアンはククッと笑う。
「姫はおまえとの面識は無いようだな。おまえがこれほど地味な平民顔だと知っていたら、ドレスのひとつも同封して送っただろう。まさか王族の来賓だと言っても信じてもらえず、門前払いを食らっているとは」
侮辱的な物言いに、あたしはムカッと――は、来なかった。
まず、ジュリアンの言うことはそのままその通りだと思う。だからこそ彼は、自ら足を運び、あたしを迎えに来てくれたのだ。
平民相手に王族が、ずいぶんと丁重なおもてなしだ。たぶんそのことを、ジュリアンは自覚もしてないようだけど。
やっぱりこの男、居丈高な態度はわざとだな。本来はエリオットの言った通り、根っから真面目で気配りのできる、市民にも優しい王子様なのだ。そして顔も可愛いので愛され系……思わずふふっと吹き出す。
「何がおかしい」
睨みつけてくるジュリアン。そんな仏頂面をすると逆に幼く見えてなおのこと可愛らしい。あたしより年下だし、そんなふくれっつらをされても怖くもなんともないのである。
それは口に出さなかったけれども、なんとなく自分が笑われていることは理解したらしい。ジュリアンは顔を赤くして、「さっさと中に来い」と言い捨てるなり、勝手に自分が前を歩き始めた。
「リーゼロッテ姫は今、兄上と共にサロンにいるはずだ」
「……ねえ、ジュリアンは何か聞いてない? お姫様があたしに何の用事かって」
尋ねてみたけれど、ジュリアンは本当に知らないようで、首を傾げるだけ。あたしはさらに質問してみる。
「お姫様って、どんな人?」
「……お美しい女性だよ」
ジュリアンはそれだけ答え、あとは何も話さなくなった。
なんだか嫌な予感がする。それでもあたしは足を止めなかった。
文面から漂う、なんとも言えない嫌な感じ……きっと姫は、あたしと仲良くお茶する気なんてないだろう。
でもその場にエリオットもいるということだから、そんなにひどいことにはならないだろうし……。
なにより、あたしは姫の話を聞きたかった。
――エリオットがあたしに惹かれた本当の理由――。
あたしも、本当はずっと気になっていて、仕方がなかったんだ。
エリオット本人曰く、あたしに執着する理由は、「外見が理想的で、一目ぼれしたから」とのこと。それは一応、信じてあげることにしている。だってそんな嘘をつくメリットがないし。
だけどそうなると、それはそれでまた別の疑問が湧いてくる。
エリオットは何でこんな地味な顔が好きなんだ? ――と。




