花祭り②
村の広場で行われている花祭りは、もう終わりかけていた。みんな一通り告白を終え、成就したカップルが一度は踊り終えたところだろう。各々、あちこちに散らばって二人並んで座り、なにかを語り合っている。
途中、メアリーを見かけた。しかし彼女は花冠を被っておらず、広場の外側に並ぶベンチにひとりで座って、他人の踊りを眺めているだけだった。
「メアリー! ブーケで花冠を作らなかったの?」
あたしが声をかけると、可愛い顔をこくりと頷かせた。
「うん……たくさん届いてはいたんだけどね。わたしが好きな人からは無かったから……」
「えっ、メアリーが片想いしてるってこと? 嘘、信じられない」
メアリーに好きと言われて断る男なんているはずない。だってメアリーは本当に綺麗な女の子だもの。女のあたしが言うのは何だけど、間違いなくこの村で一番の、いや唯一の美少女と言っていい。
「わかった、きっとそいつメアリーのこと高嶺の花だと思って、挑戦もせずに諦めたんだ。花束持って家まで行って、山積みになってるのを見て引き返したのよ」
あたしが言うと、メアリーは黙ってあたしを見上げた。
「……そうかしら」
「間違いないって。先週からあたしが何度『メアリーの髪に似合う色の花をくれ』って言われたと思う? リューゴだって――」
「おい行くぞ、ジーナ」
話している途中でいきなりグイっと腕を引っ張られる。リューゴが横暴なのはいつものことなので、あたしははいはいと頷いて、メアリーに手を振った。メアリーもベンチに座ったまま微笑んで、手を振ってくれた。
花祭りは佳境を迎えていた。ダンスの会場となる、広場の中心には櫓が組まれ、色とりどりの花や蔓で飾られている。櫓の頂上には村長が立ち、花びらを盛大に巻いていた。
降りしきる花吹雪の中、手を取り合って踊る男女。今日、このお祭りで成立した者だけでなく、もともと付き合っていたカップルや熟練の夫婦も踊っている。
田舎の村では収穫祭の次に賑わうのがこの花祭りだった。みんな普段着に造花をくっつけているだけという、王宮の舞踏会に比べればひどく素朴な衣装だけれど、笑顔は満開。
田舎の村らしいシンプルなダンスを、それでもみんな楽しく踊っている……はずだった。
しかし……。
「……なんかあそこ、騒がしいな?」
広場に近づくと、リューゴが首を傾げながら目を細めた。
例年ならほとんどの村人がマイペースに踊っているだけの広間に、なぜか人だかりができている。その中心にいる人物に気付いて、あたしは「げっ」と声を漏らした。
人混みの中、ひょこっと頭ひとつとびぬけた長身の男がいた。サラサラの金髪が風になびいて輝いている。
色とりどりの花冠を被った女性達は、みな彼に釘付けになっていた。男子たちは、せっかくダンスに誘えた彼女が突然自分のほうを見なくなったことに戸惑っている。
あたしにはその理由がわかる……この闖入者は、でたらめに顔が良い。それはもう、童話から飛び出してきた王子様のごとく。全然例えになっていないけども。
あたしはがっくりと肩を落とし、頭を抱えて呻いた。
「なんでここにいるのよ、エリオット王子……」
「あっ、ジーナ!」
あたしの呟きは独り言くらいに小声だったはずなのに、なぜかエリオットはすぐに聞きつけ、振り向いた。
いい感じの棒を見つけた犬のような笑顔で駆け寄ってくるエリオット王子。
あたしはもう一度同じ質問をした。
「どうして王子がこんなところにいるんです?」
「もちろん、ジーナを待っていた」
王子は胸を張って即答した。
あまりにあっさり言われたので一瞬たじろいでしまってから、追及するあたし。
「なんか馬のイベントがあるとか言ってませんでした?」
「ああ、午前中までね。どうしても抜けられなかったのでひとまず花束だけ送って、披露会のあと早馬で駆けてきた」
「ああ、それでそんなキラキラの王子様スタイルで……ブーケよりあなたの衣装のほうが花束みたいですよ」
「その頭の花冠、私が贈った花で出来ているね。とても嬉しい」
「……やっぱりそうだったんですね。まあ正直、そんな気はしてました」
「とても似合うよ。そしてそれを着けているということは、私の求愛を受けてくれたということ、だよな」
「いえ、これはただ父親が勝手に作った……それも他の人からのものだと思い込んでたせいです。誰から贈られたのか分からなかったんですよ。名札が無くて」
「名札? そうか、そんなものが必要だったのか」
またあっさりというエリオット。彼が調べた文献とやらにはそれは書いていなかったらしい。書いてなくても考えればわかることだと思うんですが。
「ミモザは私の象徴花で、私の誕生を記念して隣国の王から苗が譲られたことで我が国にも広まった花だから、これを贈ればすべて伝わると思っていた」
勘違いのスケールでかいな!? そういえば教科書で習ったわ、分かるわけないでしょとツッコミにくいわ!
あたしと王子がそんな惚けた会話をしていると、ずっと横で黙っていたリューゴが突然大きな声を出した。
「お、おいっ、なんなんだよおまえっ! この村のもんじゃねえだろ、王都の人間かだな? いきなり横からしゃしゃり出てくるんじゃねえ!」
おっと!? リューゴ、エリオット王子のことが分かってない!?
そうか、高等学問を受講することなく王都に出たこともなければ、王族の顔を知る機会がないものね……。
あたしは驚きのあまり、リューゴを窘めるのが遅れたが、当の王子は特に気にした様子もなく。何の敵意もない表情で、首を傾げた。
「村の人間でなくても参加はできると文献にあった。念のため村長殿にも、直接、許可をいただいたが……」
リューゴはグッと呻いて黙った。はい残念。村長は、村長の息子よりも偉いのだ。
「ジーナ、おまえはどう思ってるんだよ。花冠を作ってなかったってことは、こいつからも受けるつもりはなかったんだろ」
「ん、うーん。まあ……そうね」
「王都のヤツは鼻持ちならなくて、カップルになるなんてありえない、だろ!?」
『ありえない』――それはそうなんだけど……。
正直それは、リューゴも同じ。こいつとカップルになるなんて絶対にありえない。それに鼻持ちならないウンヌンは、リューゴにだけは言われたくない。
エリオットは確かに市民の気持ちがわからない、天空人って感じだけれども、居丈高な人間ではない。ただちょっと世間知らずなだけだ。村人Aであるリューゴにも父にも、エリオットはいつでも丁寧だった。
イケメンへの嫉妬か、顔を真っ赤にして大騒ぎしているリューゴを見ていると、ちょっと愉快な気持ちになる。だってリューゴはあたしのこと、『誰からも誘われるわけがない女』とかってさんざん揶揄して来たからね。ちょっとくらい鼻を明かしてやりたい、なんて考えたりして……。
あたしはわざとおどけたように肩を竦めた。
「別に、花祭りで踊ったら婚約成立なんて厳密なもんじゃないし。遠路はるばる都会から遊びに来たひとに、地方観光を楽しませてあげてもいいんじゃないの」
そう言って、あたしはエリオットの手を取った。
「せっかくだから、踊りましょうか、エリオット様」
「ちょっ――」
「心配しなくていいぞ、少年」
エリオットはリューゴの耳元に口を寄せ、そっと囁く。
「まだまだ、口説いている最中だ。今日いきなり攫って帰ったりはしないから」
リューゴの顔色はいよいよ赤を通り越して赤黒くなり、やがて蒼白になる。
「うわーん、覚えてろ!」
あ、また急にキレてどっか行った……なんなんだあいつ。
視線だけでリューゴを追っていると、エリオット王子があたしの顎を優しく掴み、自分のほうをクイと向かせた。
視界にはエリオットの顔だけが映る。
「私と踊っている間は、他の男を見ないで、ジーナ」
エリオットはあたしの腰に手を回した。
際限なく流れ続ける音楽に、タイミングを見て足を載せ、踊りに入る。とたんに上空から花吹雪が舞い降りてきて、視界は花びらでいっぱいになった。
村の広場が美しい色彩に溢れる。
あたしは驚いた。あたしは最初、王都の学校で学んだ上流階級向けのワルツを踊るつもりでいたのだけど、エリオットの踊りは、宮廷の者ではなくこの村の花祭りで踊られてきたものだったのだ。
踊りながら問うてみる。
「エリオット様、どうしてうちの村の踊りを知っているの?」
「学んだのさ、もちろん。君と踊るために」
さらりとそう言ってのける。
「いったいどうやって……?」
「文献に書いてあった。ただ図解も師もいなかったから、宮廷舞踏家と相談しながらの独学だ。ゆえにまだ手習い程度。君はとても上手だな、ジーナ」
そんなことはない気がするけど……。
「それじゃあ、あたしがリードをしてあげましょう」
あたしはクスッと笑って、エリオットの腰に手を回す。あたしのリードで、エリオットはとても楽しそうに踊っていた。
不思議、それがなんだかとても嬉しくて、楽しい。
王宮で話した時はエリオット王子がとても遠い存在に思えたのに、今は全然緊張しない。まるでずっと同じ村で暮らしてきたみたい。
きっとエリオットが心から踊りを楽しんでいるからだ。王太子として貼り付けた微笑みではなく、無邪気な子どものように笑っている。きっとこれが本来の彼の、自然に零れた笑顔なのね。
彼の笑顔につられたのか、あたしの表情もほころんでいく。
あたしとエリオットは手を取り合って、楽しい時間を過ごしたのだった。




