【番外編】竜王陛下に、愛の告白を
ご無沙汰しております!
他サイト様で番外編のリクエストをいただきましたので、その後のお話を投稿します!
ディーンの婚約者になった一か月後には妃教育のためにヴァレリア王国へ居を移して、慣れない土地での新生活に緊張していた。
けれど、ディーンが度々会いに来ては、私の好きそうな話題を話してくれたり、花畑に連れて行ってくれたり、時に剣の鍛錬に付き合ってくれるから、忙しくも楽しい毎日を送っている。
「愛しのウェンディ、そろそろ休憩してはどうだ?」
そう言い、ディーンが私の執務室に入ってきた。
ちょうど礼儀作法の授業を終えて先生に挨拶をしていた時で、あまりにもタイミングが良い。
礼儀作法の先生も竜人で、ディーンより五百歳以上も年上らしい。
それでも外見は人間で言う四十代ほどに見え、美しく結い上げた髪は白髪がない。礼儀作法の先生は扇子を広げて口元を隠すと、緑色の目でちらりとディーンを一瞥する。
「あら、どちらかと言えば陛下が休憩したいのではなくて?」
「バレてしまったか。三時間もウェンディと離れてしまったせいで、ウェンディが不足している」
「竜は番と離れると不安になると言いますものね。先々代の竜王も番を王妃に迎え、政務のお時間以外は片時も離れなかったと聞きます」
「ああ、どうも落ち着かなくなってしまうから、自分の手の甲を抓った痛みで気を紛らわせていた」
ディーンは私に歩み寄ると、はにかんだ笑みを浮かべて見つめてくる。
礼儀作法の先生は、「あらまあ、陛下ったらお幸せそう」と笑うと、私たちに優雅な礼をとって退室した。
◇◇◇
ディーンの婚約者になってから三か月後経った。
私は毎日、朝から夜まで勉強漬けだ。
幸にも、竜騎士になったときに隣接しているヴァレリア王国の風土や歴史を学んでいたため、ゼロから知識を詰めるわけではない。
(だけど、礼儀作法の授業がどうも上手くいかないんだよね……)
貴族は幼い頃から練習して気品のある所作を身に着ける。それを短期間で習得するのはなかなか困難だ。
毎日練習して、ディーンにも見てもらっている。ディーンはいつも、私の所作は完璧だとベタ褒めしてくれているけれど、礼儀作法の先生曰く、「竜人の男のは番への溺愛フィルターがかかっていて、番の言うこと成すことなにもかもが素敵に見えているから、参考にならないのですわ」らしい。
かくして私はディーンからの称賛を励みにしながらも、礼儀作法の先生に認められるべく実践に励んでいる。
礼儀作法の先生を見送った私は、ディーンの手を取る。
「ディーン、まずは怪我の手当てをしましょう」
抱きしめられる前にちらとディーンの手を見ると、抓りすぎて青痣ができていた。
竜人は自己治癒力が高いと言われているけれど、もしものことがあってはいけない。
小さな怪我が大怪我に繋がる事だってある。
北の砦で騎士をしていた頃に、領主様もとい今回の結婚のために私の養父となったアデルバード様からよく言われていたことだ。
ディーンは私から体を離すと、どこか期待に満ちた眼差しで私を見つめてくる。
「手当……してくれるのか?」
「当り前です。小さな怪我が大きな怪我に繋がるかもしれないので、放っておいてはいけません」
私は側に控えていた侍女に言いつけて、救護セットを持って来させた。
そうして、部屋の中にあるソファにディーンを座らせて、その隣に腰かけて手当てを始めた。
消毒するためのアルコールで痣付近を綺麗にしてから、ガーゼを当てて、包帯を巻く。
ディーンは自身の爪で抓ったようで、爪の痕があったから、念のため消毒をした。
それから魔術を使って氷を作り、布に巻いて包帯の上に置いた。
「冷たくないですか?」
「ああ、問題ない。それに、氷からウェンディの魔力が微かに感じられて、とても心地いい」
ディーンはうっとりとした声で答えてくれた。どうやら竜は、番の魔力さえも好きになってしまうらしい。
「ウェンディに休んでもらいたかったのに、手当てをさせてすまない。ウェンディに触れてもらえるのが嬉しくて、つい己の欲望に負けてしまった」
「……心の声が駄々洩れですね」
私が指摘すると、ディーンは照れくさそうに頬を赤く染めた。
「こうしてディーンと話すと息抜きになるので、気にしないでください」
初めは、竜王陛下を相手に何を話していいのかわからなかったのに、いつの間にかディーンとの会話が楽しみになった。
私はディーンと過ごすうちに、すっかりディーンに惹かれてしまった。
国王として真摯に政務に向き合うディーンはカッコいいし、いつも真っ直ぐな愛情表現を向けてくれる。
そのうえ、私の気持ちを尊重して、私に強引に触れようとはしない。だから、彼への好感はすぐに好意へと変わった。
だけど、まだディーンにこの気持ちを伝えられていない。なかなかタイミングが合わなかった。
(ディーンの誕生日に伝える? でも、それだともう少し先になるなぁ……)
心の中で溜息をついていると、ディーンが怪我をしていない方の手を私の上に重ねてきた。
「ウェンディ、浮かない顔をしているが、なにかあったのか?」
「い、いえ! 少し考え事をしていただけですよ?」
慌てて笑ってみせても、ディーンはどこか落ち着かない様子だ。
そういえば、礼儀作法の先生の話によると、竜は番の幸せを一番に考えるから、番に元気がないと竜も気落ちしてしまうらしい。
(告白を我慢しているせいでディーンを不安にさせたくはないよ……)
いつか伝えたいと思って、先延ばしにしてしまったのだ。
もしかすると、ディーンの誕生日にもタイミングを逃して言えなくなるかもしれないのだから、今言うしかない。
「あの、ですね。私、ディーンに伝えたいことがあります」
「伝えたいこと……?」
ディーンはますます不安そうな顔になる。
そんなディーンを安心させるために、私はディーンの腕をそっと撫でた。
「私、気づいたんです。私はもう、すっかり――ディーンのことが好きだなって……」
「……っ!」
ディーンの黄金色の瞳の中で、瞳孔がキュッと細くなった。
あっという間にディーンの端正な顔が近づいてきたかと思うと、唇にふにっとディーンの唇が触れた。ディーンとの初めてのキスだ。
ディーンは私から唇を離すと、蕩けるような笑みを浮かべて私を抱きしめる。
「ああ、不意打ちでこんなにも嬉しい言葉を聞かせてくれるなんて、なんと愛おしい! ウェンディが告白してくれた今日という日を絶対に忘れない……! 国の記念日にしよう!」
「そ、それはあまりにも職権乱用です! 二人だけの記念日にしましょう!」
「せっかくウェンディが告白をしてくれた日だから盛大に祝いたかったが、二人だけの記念日も甘美な響きでいいな」
鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌なディーンは、私を軽々と持ち上げて自分の膝の上に乗せると、今度は私の頬にキスをした。
「愛してるよ、ウェンディ」
そうして、次の会議が始まるまで、ディーンは私を膝の上に乗せて抱きしめたまま、愛を囁いていた。
二人の記念日にしようと言ったものの、そばに控えていた使用人たちはバッチリ私の告白を見ていたため、使用人たちの間で私がディーンに告白した話が広まり――祝福しようと張り切った使用人たちのおかげで、今夜の晩餐はいつも以上に豪勢になった。
その後も、何年たっても使用人たちは私がディーンに告白した日に豪勢な晩餐を用意して、祝ってくれるのだった。