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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短篇集

魔法がとけるまで

他の作品と名前が被っていたので名前を「シルバーナ」と「アーレンド」に変更しました。


北にシルバーナの国(スペイン語っぽい言語)があり、南にアーレンドの国(フランス語っぽい言語)があります。両国は長く戦争していたためシルバーナはアーレンドの国で人種差別を受けています(それが堪えていたかは別)。

「ニーナ、子どもは好き?」


エドガーが唐突な質問をするのはいつものことだけれど、『子どもが好きか』とは思いもよらなかった。


「好きでも嫌いでもないかな」


好き嫌い以前に、私の身近にいないから分からない。



「友人に子どもたちのナニーを探してほしいと頼まれているから、よろしくね」


……“よろしく”?


「ちょっと、エドガー? 好きでもないって言ったよね?」


なにを聞いていたの?


「『エドガー』じゃなくて()は『エディス』よ」


エドガーは男性だけど、心には女性もいる。心が男性のときは『エドガー』で一人称は『僕』、心が女性のときは『エディス』と名乗り、一人称は『私』。


「それなら髭を剃りなさいよ」

「……ニーナじゃなければ見えない(・・・・)のに」


悔しそうなエディス。どうやら認識阻害魔法を使っていたらしい。認識阻害魔法は緻密なイメージと繊細な魔力操作が必要なもの。そんなものを使うより、私は髭剃りを選ぶ。髭、生えないけど。



「認識阻害は思い込みと錯覚で脳に幻視させるのよ。だから『ここにいるのはエドガー』と分かっている人には効かないのよね」


脳に作用する魔法だから取り扱い要注意。もしいまエドガーが私にエディスだと認識させたいなら、脳の記憶域とかを弄ることになるんだとか。簡単に言うと記憶喪失になる。認識阻害が解ければ自動に記憶も戻ってくるらしいが、いやだ、怖すぎる。


「ねえ、いま私の脳ってどういう状況?」

「え?」


そんなに驚くこと?


「エドガーがエディスに見えるように私に魔法をかけているってことでしょう?」

「あ……、そういうこと」


どういうこと?


「私の認識阻害は効いていないのだから、魔法のむだ打ちしている状態ね」

「それなら解いたら? いまは私たちだけなんだし、魔力がもったいないじゃない」

「ニーナほどじゃないけれど馬鹿みたいに魔力あるから大丈夫よ」


「それなら私はなんなのよ」

「化け物よ、あなたは。だから、はい、これプレゼント」

「……何、これ?」


エディスがぱぱっと手首につけた腕輪。プレゼント……これ、ただの装飾品ではない。だって急に息苦しくなった。


「私が作った魔力制御の腕輪」

「魔力制御? なんでそんな? すっごく苦しいんだけど、どのくらい制御したの?」


「半分の、半分くらいかな」

「四分の一、えげつない!」


「いつも通り魔力を巡らせようとするから苦しいのよ。ゆーっくり細ーく、チョロチョロッて垂れ流す感じにして」


垂れ流す……垂れ流す……。落ち着いて、呼吸。ヒッヒッフー。……なんでラマーズ法?


「上手じゃない。似合ってるし、デザインもニーナ好みにしてみたのよ。どう?」

「可愛いわ、すっごく好み。でも苦しい、苦しすぎる。ちょっと外して……え? いや、ちょっと外れない!」


なんで?


「むだよ。つけた私が外すか、この腕輪に使った魔石を壊すしかないわ」

「なんの魔石を使ったの?」


「何年か前に討伐した古代竜。使い道がなくてタンスの肥やしになっていたからちょうど良かった」

「死ぬ気で頑張らなきゃ無理じゃない」


「絶対無理じゃないのが怖いわ。大丈夫、すぐに慣れるわ。だんだん苦しくなくなっているでしょう?」


確かに……。それなら、かわいい腕輪でいける……思い込めば、なんとか……いや、無理でしょ!


「大丈夫。それをつけていても並の魔法師くらいの魔力はあるから。暴漢に襲われても問題なしよ」

「騎士や上級魔法師に囲まれたらどうするのよ」


エディスがため息を吐く。


「戦地に送り込まれたり、一流の暗殺者に襲われる予定でもあるの?」

「予定も心当たりもないわよ。 ……と、いうか一流の暗殺者に襲われる予定のある人ってどんな人? 国王様?」


「意外と身近で起こってるかも。恋愛沙汰とか、男の浮気とか女の嫉妬とか」

「男が浮気したから暗殺者を雇う? ないわ、自分でやらなきゃ気がすまない」


「ニーナならそうよね。それでナニーの話なんだけど」

「忘れてた」


「忘れないで。子どもは二人で二歳と一歳。上は男の子で名前はアルバートで『アルト』、下は女の子で名前はブランシュで『ブラン』。どっちも大人しいいい子よ」

「いい子ならエディスがナニーをやりなさいよ」


「私も忙しいの……やってみたいって思わない?」

「やってみたいなんて思うわけ……」


ん?


「……あるかも」


自分でも、分からない。でも、胸がドキドキする。息苦しい……のは、腕輪のせいかもしれない。



「自分のことって意外と分からないものね。私、子どもが好きなのかも。その子たちについて、ほかに知っておくべきことは?」

「二人ともコレヴィル侯爵家の子どもよ」


貴族の子ども? しかもコレヴィル侯爵? まだ若い二十代後半の侯爵で、彼の愛人になりたいという女性の列で王都がぐるりと一周できてしてしまうと言われるほどのイケメンな侯爵の子どもってこと?。


その人の子どもたちのナニーなんて面倒の予感しかしない。


「やっぱり無理」

「最後まで聞きなさい。二人は現当主のアーレンド・コレヴィル侯爵の実子として戸籍に登録されているわ。アルトは最初の奥さん、であるシルバーナ夫人との子ども……大丈夫?」


「大丈夫って……大丈夫、話は理解できてる」


エディスは安堵する。私、これが理解できないほどだと思われてる? エディス(エドガー)ほど頭よくないけれど、頭は悪くはないわ。


「ブランは二番目の奥さんの子どもだけど、実は侯爵の子どもではないの。浮気がバレた奥さんが子どもを置いて出ていっちゃったの。現在も行方不明。行方不明から半年で貴族は離婚できるでしょ?」

「新聞だと病気で死別って」

「内緒の話に決まっているじゃない。ちなみに、ここまで聞いたらナニーになるしかないから」


最後まで聞きなさいと言って、勝手に最後まで話したのはエディスなのに?


「採用されなかったら?」


……目をそらさないで!


「侯爵家で働くには身分とマナー教育が私には足りないと思う」

「マナーは問題ないけど、心配ないわ。アーレンドは屋敷を出て子ども二人とアパルトマン暮らしだから」


「アーレンド?」

「アーレンドとはお友だちなの、私たち」


侯爵はエディスともエドガーとも良い友人らしい……多分いい人、気が合いそう。どうせナニーにはなるんだからとエディスが教えてくれた侯爵の住むアパルトマンの場所も悪くない。貴族街と商業街の混じり合う地域、結構好きなところ。


それにしても……。


「侯爵が子連れで家出かあ」

「アーレンドは昔から母親と折り合いが悪くてね。排他的で、血統至上主義。最初の奥さんはアイシアのお姫様で、北の蛮族と蔑んで虐めて……終いには二番目の奥さんと共謀して暗殺者に姫を襲わせたの」


「本当にあるんだ、怖い話!」

「驚きよね。そうとは知らず二番目の奥さんと再婚しちゃったから、アーレンドはそれはもう自分を責めて……使用人を含めた家中の裏切りにすっかり人間不信。その中でも特に女性はだめなんだけど、ニーナなら大丈夫でしょう」


その自信はどこから?


「見極めと性格かな。ニーナは無理と分かったら引くじゃない。諦めがよすぎるところは友だちとしてかなりじれったいけど、アーレンドの場合はそのほうが絶対にいいの。一緒にいれば三秒で分かるわ。アーレンドはまだシルバーナ夫人を愛してる。これからもずっと愛していく。アーレンドはきっとその思いと彼女が残したアレクがいれば満足なのよ」


アイシア王国。


アイシア王国は、三年前にほとんどの王族が行方不明となり、所在がわかっている王族も全員が王になるのを拒んだため歴史から名を消した国。そんな国のお姫様。


「亡国の姫君か……」


故国を思って泣いて暮らす姫君。慰め、慰められているうちに二人は恋に落ちたとか? それ、素敵。


「ニーナの妄想の中にあるような儚げな姫じゃないからね。儚さ一切ないから」

「お姫様よ?」


「姫といっても血だけ。先の先の戦いで負けたアイシア王国にこの国は王族を人質として要求し、アイシア国王は庶子の彼女を差し出した。それで、どうしてチャンスと思ったか分からないけれど、人質がいるのにアイシア王国はまたうちに宣戦布告」


え……。


「それじゃあシルバーナ姫は……」

「逞しい彼女は自分を捨て駒にした祖国に見切りをつけて、図々しく国王陛下に直談判してうちの魔法師団に入団したわ。アイシア戦には進んで従軍。アイシア人だから最初は差別されたけど、いつの間にかみんなに受け入れられて、参謀と飲み友達になって戦略にも口を出していたわ」


内容は悪口だけど、口調もシルバーナ姫を想う瞳も優しい。エディスと彼女はいい友だったのかもしれない。


「彼女がアイシアで姫として扱われたなら、アイシアという国はまだあったかもね。人心掌握術にたけていたし、人を馬車馬のように使うのも得意だったし。アーレンドもいいように転がされていたわ」


当時を思い出したのか、エディスは楽しそうに笑う。


「幸せそうに転がされていたわ……彼女を殺した暗殺者を雇ったのが母親たちだと分かると、アーレンドは二人を嬲り殺そうとしたわ。それを子どもたちが見ちゃってね」


嬲り殺す……ヤバイ。そんな父親のヤバい姿を見ちゃったのか……。


「幼いから詳しくは覚えていないようだけど、かえって深層心理に恐怖が残った感じで。アルトもブランもアーレンドを怖がって、子どもたちに怖がられてアーレンドも落ち込んで。だから次にアレクが暴れたときには瞬時に昏倒させることができるナニーを紹介すると約束したの」


……それはナニーの仕事? いや、待って。


「それなら何で魔力を制御したの? むしろ全力全開でいかなくちゃ」

「うっかりアーレンドを返り討ちにしたらまずいじゃない」


家族はいない。友だちも目の前のエディスだけ。


「エディスに迷惑かけるだけなのに」

「それが困るから腕輪をつけたの、馬鹿者」


……なるほど。


「とりあえずやってみるわ」

「そう言うしかないとしても、そう言えるニーナが好きよ」


ははは……。


「仕事はいつから?」

「これから」


……は?


「急いで準備してきて。出勤前にアーレンドの書斎にニーナを飛ばしておくから」



 ◇



「なるほど。それが君が私の書斎に突然現れた理由か」


朝出るついでにごみを捨ててくると同じ感覚で飛ばされた。そんな非常識な行為を、多少説明したとはいえ納得した侯爵……様、いや、閣下……うん、閣下にしよう。閣下をみて、彼がエディスの友人だということは理解した。


「荷物は?」

「住み込みだと説明されたのが飛ばされる直前だったんです」


「つまり?」

「家に帰ってきたとき私がいなかったら『採用された』と判断して、こちらに送ってくれるそうです」


おそらくここ(・・)に。


「送り先は私の書斎(ここ)だな」

「お手数をおかけします」

「いや、それがエドガーだしな」


エディス。頼むから、ちゃんと荷物は鞄に入れてね。下着がむき出しで突然閣下の目の前に現れたら恥ずかし過ぎるから。


いや、採用されなければその心配はない。でも首から上が胴体にくっついていられるかの心配が生まれる。



「君を子どもたちのナニーとして採用したい」


職を得た。

命も繋がった。


渡された契約書に描かれていた仕事は、家事を除く子どもに関わること全般。家事は通いの使用人がいるからやる必要はないらしい。


「護衛は?」

「この家はエドガーの結界魔法で守られている。害意のある者は入れないし、許可をしていない者は結界内で魔法を使うこともできない」


窓付近がもやもやするのはそのせいか。


「侵入者がくると警告が流れるが無視してくれていい。嫌でも慣れるだろうけど」

「そんなに頻繁に侵入者が?」


閣下の口元が皮肉気になる。


「全裸にコートを羽織るだけの姿で突撃訪問」


そんな恰好で町を歩いてきたの?


「家の侍女のお仕着せ姿で媚薬入りワインを持ってきた者もいるな」


……最初のほうがインパクトあったかな。


「誰かの胤を仕込んだ体でやってきて私に襲われたと訴えようとした者もいたな」


優勝! この彼女が優勝に違いない、なんて破廉恥。狂気の沙汰。そこまで狂う女が怖いのか。それとも狂わせる目の前の男が怖いのか。


「怖がらせるのはここまでにして、子どもたちを紹介しよう」


やはりわざと怖がらせていたのか。私がそんなことをするとでも……ま、必要か。流石にそんな女性たちと接していれば警戒するよね……めちゃくちゃ気の毒。



「子どもの名前は?」

「アルバート様とブランシュ様と伺っています。あの、お二人から許可を得られたら愛称でお呼びしても構いませんか?」


「え?」

「私、『シュ』の発音がちょっと苦手なんです。苦手どころか次の音のとき舌を噛みますね」


私は早口言葉が苦手だ。どうも舌がまわらない。


それでも魔法の発動には影響はない。魔法師にとって長い詠唱はただロマンだけ。『着火』とか『爆破』でも同じ威力の魔法が発動する。エディスにはもっと詩的にと言われるが、舌を噛んで悶えていたらロマンとやらは台なしだと思う。


「結界を気にしていたから魔法が使えるのだろう? エドガーの推薦だから元魔法師だと考えていたのだが」

「魔法は使えますが魔法師ではありません。ニート……魔女?」

「それは面白い」


ニートが?

魔女という職業名が?


「落ちこぼれか。まあ、詠唱中に舌を噛むならそうか」


それでも魔法は発動するんだってば! ふん、閣下も長い詠唱を好むロマン派ね。



「お父様」


子どもたちが遊んでいるという部屋に案内されて閣下と中に入ると子どもが二人いた。大きいほうの子、アルト様が顔を上げて私は思わず息を飲む。いや、そんな格好よくない。きっといま、私はカパーッと口を開けて驚いている。……いや、間抜けだからやめろって話。でも……。


「アルト様は天使ですか!? 白銀の髪に可愛らしくも美しく整った顔立ち。あ、でも瞳の色は紺青(こんじょう)色……閣下と同じですか……」

「おい、なぜそこで落ち込む? 紺青でもいいだろう。天使など想像でしかないのだから。実際に見たことでもあるのか?」


そんなメルヘンな体験はない。


「目の色以外は妻に似たんだ」


『妻』と口にすると、閣下の雰囲気が一変して柔らかいものになった。瞳も優しく、甘ささえ見える。


―― 一緒にいれば三秒で分かるわ。アーレンドはまだシルバーナ夫人を愛してる。


三秒よりはかかったけれど、エディスの言葉の意味が分かった。



「お父様?」


閣下の気を引こうと上着の裾を引っ張るアルト様……その小さな手も表情も可愛らしくて尊い。画力はないけど絵に描いて残しておきたい。


「アルト。彼女はナニーのニーナだ」


閣下の言葉にアルト様は無垢な瞳を丸くする。キョトンとした顔、可愛すぎるし、楽しそうに笑った顔はには悶えそうになる。分かる。面白いよね。


「ナニーノニーナって、魔法の呪文みたいですよね」


やだ、閣下。子ども心が分かってない。『はあ?』って顔をして……いやだわ。絵本では呪文が一般的なの。閣下だって子どもの頃は詠唱ではなく呪文といっていたでしょう? それで十四歳頃に『詠唱』に変えたに違いないわ。ガキっぽくてかっこ悪いとか言いながら。


きゃあっと笑ってアルト様が駆け寄ってきて、抱きついてきた。え、ここ天国? ……そんなわけないか、閣下いるし。


また『なんで』って顔しているし。閣下の辞書にはシンパシーって言葉がないのね。私とアルト様はまさにいまそれ、シンパシーを感じているのよ。



「アルト様、それがどんな魔法かを考える前に小さなレディーを紹介してくださいますか?」


アルト様が『あ』という顔をして、閣下を見る。確かに怖がっているみたい。反応を伺うような目をしている。うん、これはよくない。


「お前がニーナに紹介してやりなさい」

「アルト様、お願いします」


背を押す意味を込めて頼んでみれば、アルト様はお絵かきをし続けていた女の子に肩を叩いた。そういえば、なぜこの状況でお絵描きを続けていたのかしら。こんな近くで人が話しているのに、気にした様子もなかった。


「ブラン」


ブラン様が顔をあげる。


「ナニー、の、ニーナ、だよ」


ブラン様に一音一音ゆっくり話す……ブラン様が幼いからだろうか? でも、それにしては……。


「ニーナ、妹のブランシュ。僕たちはブランと呼んでいるんだ。ニーナもブランって呼んでね」

「ニーナです。よろしくお願いします、ブラン様」


アルト様に倣ってゆっくり話しかけつつ、ブラン様の容姿に内心首を傾げる。閣下と同じ黒髪。閣下の紺青色より黒に近い勝色(かついろ)の瞳。ブランシュ()の要素がない子どもにつける名前として違和感がある。



「エドガーからこの子について何を?」

「……首がおさらばするところまで、ですね」


アルト様がいるので言葉に悩んだ。悩んだ結果がそれでいいのかは、後の祭りだから悩まない。


「この子の髪色は白に近い金色なんだ。それを隠すために生まれてすぐに黒髪に染められ、赤子に魔法薬を使ったせいで定着してしまった、成長すれば徐々に色は戻るらしい。あともう一つ、気づいたかもしれないがブランは少し耳が遠い。言葉をかけても気づきにくいから、アルトのように触れてから話をするようにしてくれ」


髪色を変える魔法薬は子どもの肌には刺激が強い。いくら色持ちがいいにしても、生まれて直ぐに使うなどあり得ない。そして耳が悪いこと。先天性のものにしては、悔やむような閣下の表情が気になる。閣下のとんでもない母親か元妻がなにかしたのかな?



 ◇



アルト様とブラン様のナニーになって半年たった。ナニーは私の天職に違いない。毎日がすごく楽しい。ここでの仕事が終わったら次もナニーになろう……と思っていたが、いまはもう思っていない。


昨日会ったエディスにそう言ったところ「子どもと環境がいいのよ」と言われ、エディスに聞いた普通のナニーの労働環境を聞いて、ここ以外のナニーは無理だと思った。


子どもが呼んだら直ぐに駆けつける。子どもが泣いたら直ぐに駆けつける。子ども以外が呼んでも直ぐに駆けつける。二十四時間ずっと待機。何もしない一日というのは結果論で、ずっと待機だから実質休みなし。過酷。私には無理。


ここの労働環境はいい。事前に言えば昨日みたいに一日休みが取れるし、夜泣いたときは自分が対応すると閣下に言われている。おかげで毎夜よく眠れている。それなのに、一般的なナニーよりも給金が高い。貰い過ぎかと思ったけれど、侯爵家の普通だと言われたので貰っている。


私、前世でとてもいいことをしたのかな。

その徳なのかな。



「どうした?」


ついでに、仕事終わりには侯爵家にあるお酒を飲ませてもらっている。閣下の晩酌のお相手だけど。ナニーと雇用主の関係が、この時間だけは少しだけ距離が友だちっぽくなる。


最初に晩酌の相手を求められたときは違和感しかなかった。閣下だって男性だから肉体的欲求はあるだろうと、多少警戒もした。でも、ただ飲んでいるだけ。会話は主にアレク様とブラン様のことで、用意されたお酒が終わったら終了。『おやすみ』と呆気なく終了。


子育て中は外に飲みに行けないからかな。通いの使用人は夕食の準備をしたら帰宅。子ども二人は未成年。消去法で私だったというだけのこと。


そしていまに至るのだが、慣れとはこわい。そして、慣れると油断する。


「今日のワインは軽め、と思いまして」

「君は重めが好きなのか」

「比較的?」

「それなら今度は重めのものを、比較的多めに買おう」


……これ、素なの? そんなに楽しそうな顔をされたら、勘違いしそうになってしまうというのに。


「シルバーナも重めのワインが好きだったんだ」


……きっかけはいつも閣下。ドキッとすること言う。多分それは無意識で、あとから気づいて期待を持たせないように『シルバーナ』で牽制してくる。


油断すると、こうして窘められる。


閣下が私とこうして飲むのは、私に最初の奥さんの影がみられるからかも。だっていつも「シルバーナもそうだった」と言うから。だから、閣下が楽しそうなのは『私と』だからじゃない。私のどこかに『シルバーナ』を感じ、その『シルバーナ』と閣下は飲んでいる。


『シルバーナ』と聞くと私はさあっと頭が冷める。ぐらついていた私の何かがピシッと正される。……憎たらしい。きっと閣下はここまで考えてやっている。


私が線を越えないことに毎回満足するなら、そんな目で見るなと言いたい。閣下が見ているのは誰であれ、その目に映っているのは私だ。勘違いする私がいけないって、なんて理不尽。……バカ閣下。


「閣下は……」


話したければ奥さんの話を聞きますよ……とはならない。閣下にとって、どんな女性だったのか。聞きたい気もするけれど、聞いてはいけない気もする。


だって、閣下は二番目の奥さんとすぐに再婚したから。その事実が閣下の表情と声に矛盾して、私はいつも聞くのをやめる。奥さんに向ける表情と声は本物っぽい、でもそれは本当に愛情? それとも罪の意識? ……バカバカしい、それを知ったところでどうなるっつーの。



「閣下は、お友だちが少なさそうですね」

「何だ、突然。不敬だぞ」


「処罰したいならどうぞ。飛ぶ首は私のとエディスのだけですし」

「エドガーのやつ、とばっちりだと騒ぐぞ」


閣下は楽しそうに笑う。私も笑う。口の中の苦みをワインで流し込む。ちゃんと飲み込める。


ああ、美味しい。

そして、世界は美しい。


このアパルトマンのベランダから見える王都の風景は美しい。人々が生きているから音があって明かりがある。生を楽しんでいる。そんな人々を、私を、月が見ている。今日は満月。なんてロマンチック。


「エドガーの文句は長いし、あいつは早口言葉が得意だから早くて何言っているのか分からないし」


でも会話の内容はロマンチックではないね。


奥さん、子どもたち、そして友人。閣下の口から出るのはそれだけ。魔法にロマンを求めて、多分だけど長い詠唱を好むであろうに、会話にロマンチック要素はなんにもない。


「シルバーナもよくエドガーが煩いって文句を言っていたな。子どもたちは早口言葉が上手ですごいというが、あっという間にあいつを冷たい目で見るに違いない」


私、ロマンチックを求めてた? 


だって閣下は奥さんの名前を出した。恋はするなと……分かりやすい牽制だ。自惚れないで。あなたになんて恋をしない。


愛でも後悔でも、この人の思いは奥さんだけに向いている。エディスの言った通り、この人は奥さんへの思いを抱えて死ぬだろう。


「閣下、昇給してください」

「なんでこのタイミングでその要求なのか分からないが、何か昇給に相応しいことをしたのか?」


奥さんの話を聞いてあげていますが? ……なんてね。


「アルト様とブラン様の絵です」


連日可愛い二人を見ていたら、抑えきれなかった絵を描きたい欲。それを余すことなくぶつけた大作。お仕着せのポケットから取り出した絵を閣下に差し出す。


「差し上げます。お礼は昇給という形でお願いいたします」

「惜しい。君の画力で描かれた絵でなければ交渉成立だった」


丁寧に向きを変えられて突っ返された。解せない。大笑いを堪えている様子の閣下も解せない……いや、悔しいから解したくない。


「全く、君は昔から下手の横好き……」


……え? ……昔から(・・・)


「閣下……?」


……なんでそんな反応するのかな。口元を覆って顔を背けるなんて、言ってはいけないことをしたと白状しているものじゃない。


「……すまない、シルバーナと間違えた」


……奥さんと?


「シルバーナはそれはもう絵が下手で……いや、描いてあるものは分かるのだから下手とは違うのだろうな……前衛的?」


……なんだ、そういうことか。そんなところまで奥さんと……ん? 私の絵も前衛的という意味か?


「閣下……」

「す、すまない」


謝ったということは事実と認めたのと同義だというのに……仕方がない。


「月が綺麗な夜ですものね」


月に惑わされての失言、ということにしておいてあげよう。そんなことを思いながら夜空で輝き王都を照らす月を見た。


今夜の月は本当にきれいだ。


とても大きくて、空から降ってきているようにも見える。こんな月を前にも……どこかで……。



「そうだな、今夜は月が綺麗だ」


―― 月が綺麗だ。


閣下の声に、閣下の声が重なった。ガラスを通して聞こえたような、重なった声はくぐもって聞こえたけれど、確かに閣下の声だ。


いつ、それを聞いた?


閣下の姿に、軍服姿の閣下が重なる。私、軍服フェチ? いやいや、違う違う。周りを見なさい、私。王都の風景が人っ子一人いない荒涼した暗い都市の風景になっているじゃな……これ、見たことがある。


本で? ……いや、乾いた風の感触も風に混じる香りも覚えている。


この国ではない。乾いた風が吹くここは……そして、この風景を一緒に見たのは……。


「トーロ……」


冷めた目で、世界を斜めに見るひねくれ者。いけ好かない男。気に入らない男。気になる男。気になっちゃう男。好きになっちゃった男……そして、愛した男。


いま、その男は目の前にいる。


あの日も、この男はこうして私の前に立っていた。そして、「好きだ」や「愛している」も言わず、月の美しさだけを褒めて口付けし、あれよあれよという間に私は純潔を彼に捧げていた。


「ニーナ!」


違う、私はニーナじゃない。


窓ガラスを見る。そこに映るのは、見知らぬ女性。ううん、知っている。本来そこに映るべきは平凡な茶色の髪をした『ニーナ』だと頭は言うのに、目は白銀の髪をした女を見ている。これは――私だ。


視界が白くなる。まるで月に飲み込まれたみたい。視界いっぱい、白一色。


「駄目だ! 違うっ、やめてくれっ、思い出さないでくれ! 頼む…………シルバーナ(・・・・・)!!」


白い世界にアーレンドが『私』を呼ぶ声だけが響いた。


 ◇


「シルヴィ!」


顔を上げるとエディスがいた。いや、いまは男の恰好だからエドガーか。魔法師団長の格好のまま……彼は王城にいて、アーレンドにつかまったかな?


「アーレンドが会議に乗り込んだのでなければいいけれど」

「ギリギリ大丈夫……というか、大丈夫か?」


エドガーが私の手首にぶら下がっていた壊れた腕輪をそっと取る……なにが魔力制御のための腕輪だ。



「記憶が戻った衝撃で魔力が溢れたんだけど、それを使ったんだね。この腕輪にあちこち飛ばされまくった。ワイン飲んでいたし魔力も切れて……とにかく気持ち悪い」

「そうだと思った。魔力ポーションを持ってきたから飲んで。酔いは我慢して」


魔力ポーションは美味しくないけど我慢するしかない。


「よくここが分かったわね」

「その腕輪に君の現在地が分かるように陣を仕込んでおいたんだ」


「怖っ」

「そう言うと思って黙っていたんだよ。備えあれば憂いなしだったね」


そう笑ったエドガーは魔力を込めて腕輪を完全に壊してしまった。「念のため」というエドガーの疲れた姿に、慌ててアーレンドから逃げてきたことが分かる。


「ごめんね、迷惑かけた」

「気にしないで。こうなると分かっていたし、今さらだし。あのアーレンドがそう長く素知らぬ振りを続けられるとは思っていなかったから」


そういうこと。


「彼、いつから知っていたの?」

「ニーナがシルバーナに似ているって話が出たのは割とすぐ。でも死んだ君を恋しく思っているがゆえの錯覚だと思っていたみたい。ただ認識阻害って思い込みだろう。ニーナはシルバーナかもしれない、そう一瞬でも思えばニーナは消える」


どうしてそれを教えてくれなかったのかと言いたかったが黙ることにする。エドガーはまだ私が知る段階ではないと判断したのだろう。『シルバーナ』の記憶を封じるようにエドガーに頼み込み、そのあたりは彼に丸投げしたのだから文句は言えない。言わない約束。


それにしても、記憶が戻る条件がまさか……。


「エドガー、趣味悪い」

「ロマンチストだと言ってほしいね。また恋をすると同時に記憶も戻るなんてロマンチックじゃないか」


「またこんな男に恋しちゃったと後悔したら? 夫が自分が死んですぐ他の女と結婚したと知れば、どう計算したって自分と結婚している間に子どもを作っていたと知れば、そんな男と思わなかったと百年の恋だって冷めるわよ」

「その自覚があったからアーレンドは必死にけん制したんだろ。君に好かれたくって堪らないのに、自分は君に愛されていないし愛される資格もないと思っていたから」


……あの見た目で、なにをビビっているんだか。


「どうするつもりだったのかしら」

「さあ……君に関してはいつもアーレンドは上手くできない。いつも後手に回って、可哀そうなくらい君に振り回されてる。……で、これからどうするの? ずっとこの穴倉に隠れているわけにはいかないだろ?」


エドガーが『穴倉』と呼ぶここは、暗殺されかけた日に瀕死の重傷を負った私が逃げ込んだ場所。


一か八かの賭けにでて暗闇で崖下に向かって飛んで助かったけど、下が大きくて深い川だったことは幸運でしかなかった。寝ては魔力を回復させ、自分に治癒魔法を使っては魔力切れを起こして意識を失う。細々と命を繋ぎ、ようやく動けるまで三ヶ月以上かかった。


敵か味方か分からなかったけど、エドガーに賭けた。裏切られても逃げられるように体を戻すのに時間がかかった。結局、エドガーに連絡したのは暗殺未遂から二年後。駆けつけたエディスに遅いと叱られたけど、大泣きする彼女に安心できた。


アーレンドがグレンヴィル侯爵令嬢マルグリットと結婚し、二人の間に子も産まれると聞いたのもそのときだった。


 ◇


アーレンドと最初に会ったのは、私の生国アイシアとの戦争の前線基地だった。


私は自分を裏切り捨てた祖国をこっちからも棄て、唯一の武器ともいえる魔力を仕事にするためこの国の軍人になった。復讐して何が悪い。全て自分で決めたことなのに、アーレンドはそれを『とち狂った姫君の酔狂』だと鼻で笑った。


キレた。


私はアーレンドに決闘を申し込み、「面白い」と笑う将軍たちの前で決闘となった。当時のアーレンドの位は少将だったから、彼に勝ったら自分を少将にしてほしいと約束を取りつけた。将軍になれば個人で天幕が使えるからね。


将軍たちにワインの瓶を片手に観戦されながらの決闘。私にはアーレンドのような剣の腕はないけど、魔法師団長のエディスが『化け物』という魔力だから物量で押し続けた。夕方から始まった決闘は深夜を越え、エディス(当時はエドガー)が顔を引き攣らせながら「引き分けにしよう、引き分け!」と言って終わりになった。


こんな始まりだったから、当然仲良かったわけではない。普通に話していることのほうが少なく、基本的にけんか腰で話しをしていた。



戦争はそれなりに長く続いた。


私はときどきアーレンドに助けられた。私もときどきアーレンドを助けた。助けたり、助けられたり。なんとなく傍にいて、周りもそれに慣れてきて、なんとなくニコイチで扱われることが増えた頃、我が憎しい故郷の城を落として戦争は終わった。


――シルバーナ、よくも裏切ったな!


縛り上げられた父王とその家族はいろいろ言ってきたけれど裏切ったのはお互い様。私が負ければあの人たちは私を嗤いながら私の首を切っただろう。


あの人たちは私を散々罵倒し、叫ぶだけで何もできないことに気づくと方針転換。助命するよう頼んでほしいなんて私に猫なで声ですがってきた。予想通りの展開、想像通りの反応に復讐心が冷めた。


復讐を果たせば満足すると思ったのに、もうどうでもよくなった。


燃え尽き症候群の私とは裏腹に、軍は勝利に沸いていた。功労賞という感じで子爵位をくれるという。凱旋したら爵位の授与があると当時上官だったエドガーは自分のことのように喜んでくれた。エドガーはこの国で生活基盤がない私のこの先を心配してくれていたから。


でも私は燃え尽き症候群の真っ最中。全てがどうでもよかった。


––– 月が綺麗だ。


全てが煩わしくて、月を眺めながらこのままどこかに姿を消してしまおうかと思っていたときだった。振り返るとすぐ後ろにアーレンドがいた。


アーレンドは、最初は月を見ていたけど、目と目が合って、私は近づいてくるアーレンドの唇を避けずに受け入れた。


重なった唇は温かかった、他人の熱に『生』を感じた。生きている熱をもっと感じたくて、アーレンドにもそんな私の熱が移ったのだろう。月の光も届かない暗がりに隠れて抱き合った。


力強く揺さぶってくる男の、(はだ)けたシャツのすき間から触れた背中は汗ばんでいて、私はしがみつき遠慮なく爪を立てた。


そのあとの私たちの関係は……我ながら言葉にしにくい。『恋人』ではない。抱き合った男を『友人』と言える性格でもない。


あの一回で終わりなら気分が盛り上がった『つい』で終わっただろうが、そのあとも野営地から二人で抜け出しては肌を重ね続けた。


関係に名前は要らないのかも。同じようなことをしている人は多かったし、あれらもそう、よく言われる『割り切った関係』というやつだ。私たちもそれ。特にアーレンドはそれだと……思っていたのになあ。


だって、アーレンドはマルグリットと婚約していた。戦争から戻ったら結婚する予定だったから。


私とは『結婚する羽目になった』になっただと思っていた。避妊に失敗して私が妊娠したから。


……でも、アーレンドと『ニーナ』の会話にはシルバーナがたくさん登場。「シルバーナは」「シルバーナが」って、甘ったるい目で優しい声で。あれ……アーレンドの目にはニーナじゃなくて『シルバーナ』だったわけでしょう……いや、そうなるとさ……いやでもさ……。


やっぱり、マルグリットが気になるのよ。


王都に帰還した日、大勢の兵士が家族に迎えられる中で一際煌びやかなドレスを着たマルグリットがアーレンドに抱きつき「お帰りなさい」と口づけた……隣でそれを見ちゃったからなあ……当時のアーレンドがどんな反応していたか分からないんだよね。私が殴り飛ばしたから。


いや、飛んでないよ。あんな筋肉の塊は飛ばせない。でも軍生活で私の体術もそれなりになったから、アーレンドの左頬を殴り、がら空きになった腹に拳をめり込ませた。お腹押さえて蹲ったら顔は見えないよ。


妊娠がわかったときは……ショック受けてた。それ見て自分は意地が悪いって思った。これでアーレンドは私のものって。ショックだろうが望んでいなかっただろうが関係ない。『戦女神』や『姫将軍』と呼ばれアイシア戦勝利の旗印となっている私をコレヴィル侯爵は無碍にできないだろう、責任とって私と結婚するだろうって。


だからエドガーからアーレンドとマルグリットの話を聞いたとき、ショックだったけど安堵もしていた。偽善だけど、あの日アーレンドの無事を喜んでいたマルグリットにずっと申しわけない気持ちもあったから……いまはないけど。


マルグリットがアルトを大事にしてくれていたなら私はあのまま姿を消したと思う……今となっては分からないけど。


マルグリットが義母と共謀して私を殺そうとしたことは許せなくても、アルトが彼女たちを慕うなら我慢したと思う。とりあえずアルトが物事を判断できるようになるまでくらいは我慢したと思う……今となってはもう分からないけれど。



アルトの様子を探るため、体がほぼ治ったところで穴蔵を出てエドガーの家に転がり込んだ。それから知ったことは驚きの連続だった。


私は姫時代の婚約者の男と駆け落ちし、道中の事故で運悪く死んだことになっていた。婚約者などいないというのに、どこから降ってわいたのかと調べたら婚約者(偽)は私を訪ねて侯爵邸にきたアイシア人の男の容貌にヒットした。


私の婚約者(偽)はマルグリットとの授かり婚を正当化するためのアーレンドの作り話だと思っていたが、マルグリットが出産後すぐにアーレンドは子ども二人を連れて家出。マルグリットに離婚をもう渡そうとしたときにはマルグリットは行方不明。アルトは大丈夫かと不安になった。


通いの使用人のおかげで家事の心配はなさそうだが、ナニーが頻繁に代わる。心配過ぎて外からの情報に満足できず、エドガーに内側のことを教えてもらおうとしたら「ナニーになれば?」と言われた。認識阻害を使って、記憶も弄れば別人としてアルトの傍にいけると。


そうしてニーナの誕生。何も知らない『ニーナ()』はアーレンドに恋して、アーレンドがいまも愛されている(・・・・・・)シルバーナ()』に嫉妬した。



「エドガー、死んだ人間ってどうやったら生き返れるの?」

「『実は生きていました』でいいんじゃない? 普通は本人証明が大変だけどシルヴィの見た目とその化け物みたいな魔力量ならみんな簡単に納得するでしょ」


軽い! 

でも今回はありがたい。


「爵位と死んだときに持っていた個人資産は?」

「爵位も君の個人資産も全てアルトが継げるようになっている。君のもとに戻す手続きをすればあっという間にシルバーナ・マジフォード・コレヴィル侯爵夫人になる」


あ、そうそう。


「死亡前に離縁しているからシルバーナ・マジフォード子爵よ」

「離縁が先だったのか。アーレンドも前途多難だな」


なぜかシルバーナはアーレンドの妻のまま死んだことになっているけれど、離縁した日に死んでいるのよね。妻のまま死んだことにしたのはどうしてかな。前はそのほうが自分の浮気がバレないからだと思っていた。ブランを早産ということにすれば妻の死後に関係をもった、なんなら妻の死を慰められていたときについそうなったと言えるだろうしって思っていたけれど。



「参考までに、何で離縁したの?」

「売り言葉に買い言葉で」

「あ、そう、まあ、君たちだもんね、そうだよね。もうどっちでもいいや、とにかくハッピーエンドだし」


ハッピーエンドねえ……それって、誰の?


「あなた、愛するアーレンドに甘すぎじゃない?」

「アーレンドを愛しているのは彼女(エディス)だ。彼女は愛するアーレンドに幸せになってほしい。(エドガー)が愛しているのは君だ。愛する君には幸せになってほしい」


「浮気者! さ、王都に戻って色々手続きして生き返らないと」

「それで片づける君が好きだよ。さて、忙しくなるね」


「想像するだけで疲れるわ。でも、もう少しここでバカンスってわけにもいかないでしょ?」

「やめてあげて。あいつが待ちくたびれて侯爵邸の地下にいる母親と元妻を殺害しかねない」


あら、やっぱりアーレンドが隠していたのね。元妻、行方不明なんて都合がよすぎると思ったのよね……侯爵邸の地下、か。



「アーレンドに会わなくちゃ。あっさり殺してあげるもんですか」

「……僕もアーレンドもこんな女のどこを愛しているんだか」

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。アーレンド目線の短編(https://ncode.syosetu.com/n5550je/)あります。

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