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9 一緒に捜査

 それにしても身に付けている物は、ユニクロか、よくて無印といったところだろう。しがない大学院生では仕方のないことだろうけど。


「ねえ、君ももしかして死体見た?」

「なっ、何を急に――」

「ああ、その顔は見たんだね。でもその様子だと、ふーん」


 今度は吉岡の方が優里をジロジロと観察し始めた。


「君、死体を見て怖くなかったの?」


 吉岡は、まるで優里が不心得者だと非難しているような言い方をする。普通なら、泣いたり取り乱したり、落ち着いてなどいられないよね、と。

 吉岡はスマホに視線を落とすと親指でスクロールした。


「おっと、刃物のようなものが刺さった状態で発見、だってさ。君、血とか平気なんだ」


 「随分変わっているんだね」とでも言いたげに、彼は一瞬だけ優里に視線をやり、またすぐにスマホの画面を食い入るように見つめた。


「君ってさ、今でもミステリーはよく読むの?」

「はあ? 何よ急に――」

「だって、中学のときは、図書室のミステリー小説をよく借りていただろ? 新刊のミステリーがそろそろ入っているかと思って借りに行ったらさ、何度か言われたんだよね。『もうすぐ畑野さんが借りに来るから駄目』って。図書委員が勝手に取り置きして迷惑していたんだよね。まあ君の知らないところでやられていたことだろうけどさ」

「何それ……」


 優里は本当に知らなかった。その図書委員の顔も名前も覚えていないのに。何を勝手なことしてくれてるの! 人の名前を出してまで!

 それよりも、ミステリー好きが吉岡にバレていたことの方が恥ずかしい。友達にも言っていなかった趣味を、ずっと前から知られていたとは! 思わず赤面しそうになる。

 ずっと事件には関心がない体で話をしていたのに、無関心なフリを装っていただけだと、最初から見破られていたのだ。

 ……恥ずかしい。吉岡がスマホ画面から目を離さないのがせめてもの救いだ。


「へえ。代々続く名家。華族ねえ。ふうん。なるほど」


 ネットには被害者の名前や、高木家についての情報が拡散しているのだろう。


「そういや中学のとき、君のことを『ドケチ』って、いじめていた奴らがいたよね。君っていかにも金持ちの娘って感じだったのにね」


 この男には思いやりや配慮といった感情が欠けているらしい。優里がなかったことにしたい過去をえぐってくるとは、どういうつもりなのだ。


「ま、君は可愛いってチヤホヤされていたから、やっかみ半分だったんだろうけど」


 進学した私立中学で絡んできたのは、小学校から同窓の、あの二人だけだった。嫌なことを思い出させる男だ。

 気がつけば、優里はコーヒーカップを持ったまま固まっていた。吉岡はそんな彼女を興味深げに見守っている。目が合うとしつこくせがんだ。


「せめてさ、報道されている事実についてだけでも教えてよ。できれば家族構成とかさ」


 ニュースで大きく取り上げられてしまうと、嫌でも個人情報は暴かれていく。それでも、お見合い相手として知り得た情報を教えるのはルール違反気がするな。


「ねえ、君は犯人が誰か気にならないの?」


(犯人! 殺人事件のような響きだ)


「まだ、殺人と決まった訳じゃないでしょ」


 吉岡は驚いた様子で、


「え? どういうこと。殺されたんじゃないの?」


 と聞き返してきた。


「それは――。警察はそんな発表してないでしょ」

「へえ。もしかして現場を見た刑事が『事件性はない』とかって言った?」

「そんなこと――言ってなかったけど」

「じゃあ、なんて言っていたの? ねえ、ねえ」


 子供がねだるような言い方だ。


「もしさ、もし、家族の中に犯人がいたらどうする気? さすがに結婚しないでしょ。二人で協力して探してみない?」


 二人で――というのは言葉の綾で、明らかに吉岡が単独で探したいだけだ。優里のことは単なる情報屋くらいにしか思っていないことは明白だ。


(確かに気にはなるけど、道長にあれこれ探りを入れるような真似はできない。まあ事件のことを話せる相手がいてくれた方が助かる気はするけど――)


「あなた、ネットにあれこれ書き込んだりしないよね?」


 吉岡がストローを咥えたまま吹いたようで、グラスの中で空気がボコっと音を立てた。


「そんなの当たり前だよ。ネット上で意見を戦わせているのって、本当に極々一部の獣人だけだよ」

「なんでそんなに気になるの?」

「何でって――。普通にニュースを見ただけでも気になる事件なのに、知り合いが捜査現場に居合わせたんだから、そりゃあ気になるよ」


(なるほど。本物の刑事が彼のオタク心に火をつけたということか。ま、マスコミじゃないんだし、ちょっとくらいならいいか)


「うーん。でもなあ」


 優里も自分のスマホでネットニュースを見たが、概要は既に発表されている。


「あんまり言うつもりなかったけど、僕に冤罪をかけたの、今日で二回目だからね」


(む! 私のことを前科者みたいに!)


 吉岡は、「はい、僕の勝ちー」とキメ顔を見せた。


「まずさ、この亡くなった女性の家族を教えてくれないかな」


 優里は観念した。


「あの家にはね、高木一夫さん――もうリタイアされているんだけど――としずかさんご夫妻と、一夫さんの妹の三千代さんの三人が住んでいたの。ちなみに、一夫さんの長男の道長さんが私のお見合い相手。道長さんには弟さんがいて、その頼通さんは今、海外出張中。兄弟は二人とも独立して都内のマンションで一人暮らしをしているの。今回亡くなったのは、道長さんの叔母様の三千代さん。ちなみに三千代さんは独身だったんだって」


「へええ。じゃあ今日、あの家には、一夫さんとしずかさんの夫婦と、その息子の道長さんと君、あと被害者の三千代さんがいたんだね」

「あ、もう一人、一夫さんと三千代さんの実姉である正子さんも来ていたの。私を値踏みするためにね」

「ふうん。それぞれの人柄についても聞きたいな。どんな人だった?」


 優里は正子の言動を思い出しながら、どこまで言おうかと言い淀んでいたが、結局、吉岡の相槌に負けて、とんでもないでしゃばりの仕切りたがり屋で、そのおしゃべりには周囲の獣人が辟易させられていると、思っていたことを一つ残らずしゃべってしまった。

 所々声色と口調を真似しながら会話を再現してしまったほどだ。

 話しだすと止まらなくなり、気づけば遺体の様子や警察とのやりとりまでしゃべっていた。


「ええっ? 密室だったの? なにそれ! マジで? そんなことが現実に起きるんだ――。聞いたことがある? ニュースでさ、アナウンサーが真面目な顔で、『密室状態で、誰々さんが殺されているのが発見されました』とかさ!」


 はしゃいでいる吉岡を見て、自分も「密室」と叫んだときは、こんな顔をしていたのかと優里は恥ずかしくなった。


「ね! ね! もう一回、その窓のノブについて教えて」


 吉岡は嬉々として、文字通り身を乗り出している。もうアイスコーヒーは飲み尽くしており、氷が溶けた分だけ濁った色がグラスの底の方に溜まっている。


「こんなやつ」


 優里は動作で示しつつ、ノブが九十度下に回されて、きっちりと窓が閉まっていたことを説明した。もちろん誰も触っていないことも付け足しておいた。


「でもさ、庭の木に足跡らしき土が残っていたじゃん」

「本当に足跡なの? 見間違いじゃなくて?」

「じゃなきゃ、何であんなに熱心に警察が証拠を集めていたと思う?」

「だいたい、三千代さんの部屋がどこかも分からないのに」

「いや、それならあそこからでも分かったよ。窓越しに部屋にいる捜査員の影が動くのが見えたから。あの木の枝が伸びている窓だったよ。見るからに、枝から窓に、いい具合に飛び移れそうだったし。犯人はあの木を使ったんだと思うね」


(どんだけ観察していたの!)


「あと、近所の人たちがさ、『あれだけ性格が悪いと、そりゃあ恨んでいた獣人も一人や二人じゃないだろう』ってさ。そのへん、なんか聞いた?」


 その話はさすがに――。全くもって気の早いことだが、身内の恥をさらすような、やるせない気持ちになった。


(いや、いや。身内とかって――。何を恥ずかしい想像してんの!)


 優里は耳に入ってきた情報のさわりの部分だけを話した。


「人にお金を貸して、なかなか返済してもらえないと、貸した人と、その――。言い合いになることもあったらしい」

「ふうん。それで今日は?」

「え?」

「今日も、誰かと言い争いをしていたの?」

「いや、確か、誰も来ていなかったって」

「ふうん。ま、その辺は警察の方がしっかりと調べるだろうね。ああ、何とかして捜査情報を聞けないものかな……」


 そう言って吉岡は、優里が何かを言うのを期待して待っている。


「無理でしょ。そんなの。私たちは部外者なんだし」

「いや、君は関係者じゃないか。現場にいて遺体を発見したんだし。何より警察に事情聴取までされているんだからね。それに、勝手に家に連れていかれて、こんな迷惑をかけられたんだから、もっと強気に出ていいんじゃないかな。あれ? もしかして割と本気で結婚するつもりだった?」

「別に、そんな……。今日会ったばっかりだし」

「でもさ、普通にさ。巻き込まれたら、やっぱりその後どうなったかくらいは、誰だって聞くんじゃないかなあ」


 今日の出来事は、「迷惑」などという一言では収まらない。こんな気まずい事態になって、見合い話が継続するとも思えず、優里はこの話は終わったと感じていた。


(まあ、つい習慣で道長にLINEだけは聞いておいたけど)


「警察も親族には捜査の進捗状況を話すんじゃないかな。ニュースで続報が流れたら、それきっかけでさ、それとなく聞いてみてよ」


 確かに。それなら自然と聞けるかもしれない。


「分かった」

「よかった。じゃあさ、僕たちもLINE交換しとこうか」


 吉岡はニヤリと笑い、優里にスマホのQRコードを見せた。

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