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8 推理オタクのイケメン

 駅に近づくにつれ、両側の道沿いに飲食店が増えてくる。

 吉岡はコーヒーショップの看板が目に入ったようで、「ここでいい?」と形式的に優里に尋ねた。

 本気の質問ではない。もうここに決めるけどいいよね、相当な理由がない限り反対しないでね、の「ここでいい?」だ。


 勝手に決められて少しムカついたが、ここで大人気なく反抗して何になるというのだ。「フン」と鼻を鳴らして優里は先に入店した。

 店内は空いており、好きなところに座れそうだった。優里、吉岡の順で、そのままレジに並ぶ格好になってしまった。


(あ、しまった!)


 普通は、男性、女性の順で並び、男性が注文するときに女性に飲みたい物を聞き、そのまま男性が奢るというのがセオリーなのだが、それが崩れてしまった。

 後ろの吉岡は、わざわざ「ここは僕が」などと言いそうにない。

 本当に不愉快極まりない。いつもならこんなミスはしないのに。


「ご注文はお決まりですか?」


 仕方なくブレンドのMを注文する。確か、このチェーン店のSは大手の半分くらいの量だったはず。

 吉岡は一人で来店したような顔でアイスコーヒーを注文した。

 受け渡しカウンターの方へ移動し、先にブレンドを渡された優里だったが、カップの小ささに舌打ちしそうになった。


「あの、Mサイズを注文したんですけど」

「はい。こちらがMサイズになります」


(何だとー! これでMなの!? んもう! 何なのよー!)


「そうですか」


 何とか取り繕って、店の奥の方のテーブルを探す。ソファー側に座ると吉岡が向かいに座った。


「随分イライラしているね」


(お前のせいだろー!)


 優里はブレンドを口にする前に、吉岡に噛み付いた。


「あなた、ホテルにもいたでしょ。ずっと私のことを盗み見ていたよね。こっちは気づいていたんだから」

「いやあ、ほんと相変わらずだなあ」


 やれやれというように呟いて、吉岡はアイスコーヒーにシロップを入れた。彼のマイペースな様子が優里の神経を逆撫でする。


「まさか私のこと、ストーカーしていたの? なんでホテルにいた訳? っていうか、その後どうやってあの屋敷までついて来たの?」


 吉岡は、「ん?」と瞬きしただけで、ストローでアイスコーヒーを吸い上げた。


(ムカつく!)


 優里が爆発しそうになっているのを感じ取ったのか、吉岡は、


「だから違うんだ。ストーカーなんてしていないってば」


 とだけ言って、またストローを咥えた。


「何が違うのよ。どうして、私が行く場所にあなたがいる訳?」

「それは僕に聞かれても困るよ。僕の行く先に君がいた訳でもあるし」

「はあっ? なっ。何よ、それ!」


 優里の行儀の悪い右足がテーブルの脚を踏んでしまい、少しだけ浮いていたテーブルがガタンと音を立てた。テーブルの上の食器が揺れる。


「君ってさ――。もしかして、男全般を嫌っている? なんか恨みでもあるの?」

「えぇ?」


 吉岡はやっとストローから口を離し、背もたれに背中を預けた。


「今日のアレ、中学のとき以来だね」


 その話だけは絶対にするもんかと、優里は歯を食いしばった。


「また冤罪だったけど」

「じゃ、弁明してみなさいよ」

「説明してほしいってこと? ただ、そこにいただけなんだけどな……。ホテルで僕を見たなら、同じテーブルにもう二人いたのも見たよね。大学院の博士論文の共同研究者さ。男同士でもホテルで会食くらいするさ」


 確かに吉岡は一人ではなかった。が――。


「まあ、僕も君に気がついて、もしかしたら同じ中学だった子かな、くらいは思ったよ」


 聞き捨てならない発言だ。優里は中学一年の時点で、すでに相当目立っていた。いったい何人に告白されたと思っているのだ。


「その後、あの高木邸で会ったときは、こっちも驚いたけどね。なんでこんなところに来ているんだろうって」

「私はあの家に招かれて伺ったの。あなたはどうしてあそこにいた訳?」


 吉岡は優里の詰問を無視して、またアイスコーヒーをゆっくり飲んだ。


「そう言われてもね。共同研究者の一人が地方在住だから、夕方からの会議に間に合うよう、二時間くらいで帰って来られる観光地に行きたいと言ってね。それで、恩賜公園に行くことになったのさ」


 吉岡は、優里が反論しようとするのを遮って続けた。


「なのに、ホテルを出た途端に、そいつが研究室に呼び戻されることになってしまって――。じゃあ、まあ、また今度でいいかって解散したんだけど。僕は暇だったし、日頃の運動不足解消にもいいと思って、そのまま一人で来たという訳」


 「もう分かっただろう? 皆まで言わせたい?」と彼の顔に書いてあったが、優里は返事をしてやる気にはなれなかった。


「改札を出ると、駅に向かって来た人たちがあの屋敷の話をしていてね。耳に入るとやっぱり気になるじゃないか。それで流されるまま、あそこに辿り着いたのさ」


 「はい、おしまい」と、またしてもストローを咥える。


(本当に? そんな偶然があるの?)


「何だか、僕が気まぐれを起こしたことを責められているみたいなんだけど……」


 優里も負けずにコーヒーカップを口に運んだ。


「それより、招かれたってどういうことなのかな。君、もしかして事件現場にいたの? そっちの話も聞かせてよ」

「ただのお見合い相手よ」

「え? お見合い?」

「そ。ホテルで私と一緒にいた人があの家の息子なの。実家に連れていかれて両親に会わせられたの」


 やはり思い出すと腹立たしい。いきなり対面させられるなんて――。


「ってことはさ、君、事件に遭遇したってこと?」


 なぜ、その話をこの男としなければならないのだろう。優里がおし黙っていると、吉岡はスマホを取り出し、何度かタップすると、「おっ」と声をあげた。


「もしかして殺人事件? 亡くなっているところが発見されました、だってさ。でも庭を捜索していたってことは、庭から侵入した痕跡があったってことなのかな?」


 吉岡はネットニュースを見つけて目を輝かせている。人が亡くなっているというのに不謹慎な奴だ。まあ――人のことは言えないけれど。


 ああそうかと、優里は思い出した。洋子は吉岡のことを、「有名な推理オタクなんだって」と言っていたではないか。そしてこう付け加えた。「オタクでも、やっぱり格好いいよね」と。

 スマホを操作している吉岡の顔を見てみれば、なるほど、整った顔立ちをしていると言えるかもしれない。

 中学のときは、こんな風にマジマジと顔を見ることなんてなかったから気がつかなかったのだろうか。

 身長はそれほど高くなく、いわゆる中肉中背の体格だが、すっかりイーグルらしい凛々しさを纏った吉岡は、まぁ控え目に言ってもイケメンだ。

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