表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/49

48 吉岡と優里と刑事たち②

 注文した品が運ばれてくると、心なしか堤が居住まいを正したような気がした。

 もう店員に邪魔されることがないので、本題に入れるということなのだろう。

 優里が先んじた。


「それで、私の質問ですけど」

「ああ、吉岡君ね。いやあ、彼とは佐藤の自宅付近でたまたま会ったんだよ。報道されていない事実を知っていて驚いたよ。まあ君が喋ったことはこの際忘れるとしよう」

「あははは。悪い。君の名前出しちゃった」


 吉岡は、これっぽっちも優里に悪いとは思っていないようだ。


「君の彼氏はなかなか面白いね」


 吉岡は既にカプチーノに夢中で何も言わない。


「だから、彼氏じゃありません」


 立川がニヤニヤしながら優里と吉岡を見ているのも不愉快だった。


「今日は、刑事さんが私に会いたいから呼ばれたんでしょうか」

「うん――。正確には我々三人かな。君に確認して初めて、事件は解決する気がしてね」


 堤の言葉に優里は戸惑った。


(どういうこと? 犯人は逮捕されているのに?)


「警察ではね、事件の全貌がほぼ解明できたので、犯人の身柄を検察官に送致したんだ。もうニュースにはなっていないけどね。この後、起訴されて公判が開かれ判決が言い渡されるんだ」


 堤はじっと優里を見つめた。優里の苦手な目だ。


「それならもう、刑事さんたちの仕事も終わったっていうことじゃないんですか?」

「うん、まあ、そうなんだけどね」


 堤は優里を待たせてブレンドを一口飲んだ。


「お、なかなか美味しい」


 立川まで慌てて口をつけている。


「あ、本当だ。値段だけのことはありますね」


 優里は焦らされながらも、相手の意図を懸命に探っていた。


「刑事っていうのは因果な商売でね。常に、何故? どうしてなんだ? って、自問自答する癖が染み付いているんだ。だから、分からないことを分からないままにしておけないんだよ」


 堤はそう言うと、また一口ブレンドを飲んだ。


「今回の事件についてはね、ほぼ解明できたと思っているんだけど、九十九パーセントの自信しか持てていないんだ。今日は残りの一パーセントを埋めに来させてもらった」

「何ですか、それ? いったい私が何だって言うんです?」

「ああ、そんなに構えないで。今日は聴取じゃないから調書も作成しない。他愛のない会話だ。オフレコだと思ってもらえればいい」


 立川がピクンと反応した。「え? オフレコですか?」と顔に書いてあった。


「君の代わりに私が話すから、間違っていたら教えてくれないか?」

「話すって、何を?」

「君が遺体を発見したときの話だよ」


 優里は耐えたつもりだが顔を曇らせたようだ。


「ああ、リラックスして。さ、さ、カフェオレを飲みながら聞いてくれたらいいんだ」


 そう言って、堤はまるで見てきたように、あの日のことを話し出した。


「君はしずかさんと一緒に三千代さんの部屋に入った。あの日、君も『密室』って言っていたよね。そこに、あのダイイングメッセージだ。君は三千代さんが自殺することで、正子さんに消えない傷を残そうとしたと、そう思ったんじゃないか?」


(その通り。現場を見た限り、当て付けで自殺したように見えた)


「君もあのメッセージには共感しただろう。直前に正子さんから、相当嫌な思いをさせられただろうからね」


(それも正解。もう少しで殺意を抱くところだった)


「君としては、正子さんが糾弾されるよう、三千代さんには覚悟を持って、きっちり自殺してほしかったんじゃないのかな?」

「どういう意味ですか?」


 堤が吉岡に目配せをした。吉岡は、とうとうきたかと観念したようにスマホを取り出した。


「何よ、急に」


 吉岡は優里の非難に構う気はないらしい。

 彼は手元のスマホを何度かタップし、テーブルの中央に置いた。

 スマホの画面には、動画を再生する赤い三角ボタンが表示されている。道長が撮影した事件現場の動画だった。優里が吉岡に送ったものだ。

 吉岡が再生ボタンをタップし、今更見たくもない映像が流れた。十数秒経過したところで、吉岡が慌ててタップした。


「今、見た? 君が写っていたところ」


 吉岡が優里によく見てみろと、少し戻してから再生した。


「ほらっ。今のところ。君の手元と思われる付近で、一瞬光ったよね?」


(まさか、そんな――)


 僕の出番はここまでとばかりに、吉岡はスマホをしまった。


「畑野さん。現場にいたあなたなら分かりますよね。ここには子機があったはずなんです。子機が一瞬光っているんですよ。三千代さんの息は絶えていたと思われます。では、なぜ光ったのか。それは、あなたが子機のボタンを押したからですよね?」


 吉岡は手元のカップに視線を落としている。堤と立川が真っ直ぐ優里を見ていた。


 あのとき――。

 優里は確かにボタンを押した。無い方がいいと思ったからだ。誰も見ていないと思っていた。

 まさか道長が動画を撮影していたとは驚いたが、優里の手元は写っていなかったので安心していた。

 まさかこんな小さな光を見つけられるなんて――。


「もう一度言いますが、あなた方の調書を含め証拠は全て揃えてあります。佐藤を有罪にできるだけの証拠です。これからあなたが話すことは、証拠として追加採用されることはありません」


 堤は、ただ謎を解明したいだけだと言いたいのか。

 優里が言おうが言うまいが、ここにいる三人には、既に優里がしたことがバレているのだろう。


「もしかしたら、触っちゃったかな、とは思いました。でも、怖くて確かめられませんでした」


 余裕を見せていた堤が、少し興奮して聞いてきた。


「そうだね。そうなのかもしれない。それで、子機に触って光った時、何か見たかね?」


 もう優里は観念していた。


「多分――ですけど。186119」

「やっぱりー!」


 立川がガッツポーズをせんばかりに叫んだ。


「コラッ! 場所を弁えろ!」


 そこは堤がしっかり叱るらしい。


「つまり三千代さんは、自分で救急車を呼ぼうとしていたんだね。186ということは非通知設定を解除して、番号を通知するっていうことだね。固定電話から住所を特定できるように!」


 堤もついつい興奮してしまった。


「多分――ですけど」

「そうか。子機にはそんな表示は残っていなかったから、君は“切“ボタンを押したんだね?」

「もしかしたら――ですけど」

「君のその話で、我々の推論は補強されたよ。ありがとう。これで自信を持って戦えるよ」


 優里はその表示を見たとき、「これでは興醒めだ」と思ったのだ。

 堤が言うように、正子を追い込むには、確固たる意思での自殺が必要だと思ったのだ。

 あれでは、狂言か何かのつもりが、うっかり深く刺さったくらいに思われるだろう。それでは三千代が可哀想だ。

 だから良かれと思って、余計な情報の119番を消したのだ。

 正子に辛い思いをさせられた者同士、同じ獣人を憎む仲間として、三千代の希望を叶えてやりたいと思ったのだ。


「その点は、裁判で論点になることはないと思うよ」


 だからオフレコでいいと言ったのか。

 刑事は二人とも、それと吉岡も、聞きたいことを聞けたとばかりに、カフェを堪能している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完結しました!
『追放された悪辣幼女の辺境懺悔生活 〜チート魔法と小人さんのお陰で健康で文化的な最高レベルの生活を営んでいます〜』

カドコミで『転生した私は幼い女伯爵』のコミカライズ連載中です‼︎
フォローよろしくお願いいたします‼︎

『転生した私は幼い女伯爵3 後見人の公爵に餌付けしながら、領地発展のために万能魔法で色々作るつもりです』
⭐️⭐️⭐️⭐️アース・スターノベルから3巻発売中!⭐️⭐️⭐️⭐️
あらすじや口絵イラストはこちらの特集ページをご覧ください。
ご購入はこちらから。amazon 楽天紀伊國屋書店ヨドバシカメラなど
i988178

『転生した私は幼い女伯爵2 後見人の公爵に餌付けしながら、領地発展のために万能魔法で色々作るつもりです』
コミカライズ企画も進行中です!
各サイトで発売中amazon 楽天紀伊國屋書店ヨドバシカメラなど
i928141

①巻はこちら
あらすじ等はこちらの特集ページをご覧ください。
amazon 楽天 紀伊國屋書店ヨドバシカメラ
i901832

『私が帰りたい場所は ~居場所をなくした令嬢が『溶けない氷像』と噂される領主様のもとで幸せになるまで~』
DREノベルスから2巻発売中!
i929017
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ