48 吉岡と優里と刑事たち②
注文した品が運ばれてくると、心なしか堤が居住まいを正したような気がした。
もう店員に邪魔されることがないので、本題に入れるということなのだろう。
優里が先んじた。
「それで、私の質問ですけど」
「ああ、吉岡君ね。いやあ、彼とは佐藤の自宅付近でたまたま会ったんだよ。報道されていない事実を知っていて驚いたよ。まあ君が喋ったことはこの際忘れるとしよう」
「あははは。悪い。君の名前出しちゃった」
吉岡は、これっぽっちも優里に悪いとは思っていないようだ。
「君の彼氏はなかなか面白いね」
吉岡は既にカプチーノに夢中で何も言わない。
「だから、彼氏じゃありません」
立川がニヤニヤしながら優里と吉岡を見ているのも不愉快だった。
「今日は、刑事さんが私に会いたいから呼ばれたんでしょうか」
「うん――。正確には我々三人かな。君に確認して初めて、事件は解決する気がしてね」
堤の言葉に優里は戸惑った。
(どういうこと? 犯人は逮捕されているのに?)
「警察ではね、事件の全貌がほぼ解明できたので、犯人の身柄を検察官に送致したんだ。もうニュースにはなっていないけどね。この後、起訴されて公判が開かれ判決が言い渡されるんだ」
堤はじっと優里を見つめた。優里の苦手な目だ。
「それならもう、刑事さんたちの仕事も終わったっていうことじゃないんですか?」
「うん、まあ、そうなんだけどね」
堤は優里を待たせてブレンドを一口飲んだ。
「お、なかなか美味しい」
立川まで慌てて口をつけている。
「あ、本当だ。値段だけのことはありますね」
優里は焦らされながらも、相手の意図を懸命に探っていた。
「刑事っていうのは因果な商売でね。常に、何故? どうしてなんだ? って、自問自答する癖が染み付いているんだ。だから、分からないことを分からないままにしておけないんだよ」
堤はそう言うと、また一口ブレンドを飲んだ。
「今回の事件についてはね、ほぼ解明できたと思っているんだけど、九十九パーセントの自信しか持てていないんだ。今日は残りの一パーセントを埋めに来させてもらった」
「何ですか、それ? いったい私が何だって言うんです?」
「ああ、そんなに構えないで。今日は聴取じゃないから調書も作成しない。他愛のない会話だ。オフレコだと思ってもらえればいい」
立川がピクンと反応した。「え? オフレコですか?」と顔に書いてあった。
「君の代わりに私が話すから、間違っていたら教えてくれないか?」
「話すって、何を?」
「君が遺体を発見したときの話だよ」
優里は耐えたつもりだが顔を曇らせたようだ。
「ああ、リラックスして。さ、さ、カフェオレを飲みながら聞いてくれたらいいんだ」
そう言って、堤はまるで見てきたように、あの日のことを話し出した。
「君はしずかさんと一緒に三千代さんの部屋に入った。あの日、君も『密室』って言っていたよね。そこに、あのダイイングメッセージだ。君は三千代さんが自殺することで、正子さんに消えない傷を残そうとしたと、そう思ったんじゃないか?」
(その通り。現場を見た限り、当て付けで自殺したように見えた)
「君もあのメッセージには共感しただろう。直前に正子さんから、相当嫌な思いをさせられただろうからね」
(それも正解。もう少しで殺意を抱くところだった)
「君としては、正子さんが糾弾されるよう、三千代さんには覚悟を持って、きっちり自殺してほしかったんじゃないのかな?」
「どういう意味ですか?」
堤が吉岡に目配せをした。吉岡は、とうとうきたかと観念したようにスマホを取り出した。
「何よ、急に」
吉岡は優里の非難に構う気はないらしい。
彼は手元のスマホを何度かタップし、テーブルの中央に置いた。
スマホの画面には、動画を再生する赤い三角ボタンが表示されている。道長が撮影した事件現場の動画だった。優里が吉岡に送ったものだ。
吉岡が再生ボタンをタップし、今更見たくもない映像が流れた。十数秒経過したところで、吉岡が慌ててタップした。
「今、見た? 君が写っていたところ」
吉岡が優里によく見てみろと、少し戻してから再生した。
「ほらっ。今のところ。君の手元と思われる付近で、一瞬光ったよね?」
(まさか、そんな――)
僕の出番はここまでとばかりに、吉岡はスマホをしまった。
「畑野さん。現場にいたあなたなら分かりますよね。ここには子機があったはずなんです。子機が一瞬光っているんですよ。三千代さんの息は絶えていたと思われます。では、なぜ光ったのか。それは、あなたが子機のボタンを押したからですよね?」
吉岡は手元のカップに視線を落としている。堤と立川が真っ直ぐ優里を見ていた。
あのとき――。
優里は確かにボタンを押した。無い方がいいと思ったからだ。誰も見ていないと思っていた。
まさか道長が動画を撮影していたとは驚いたが、優里の手元は写っていなかったので安心していた。
まさかこんな小さな光を見つけられるなんて――。
「もう一度言いますが、あなた方の調書を含め証拠は全て揃えてあります。佐藤を有罪にできるだけの証拠です。これからあなたが話すことは、証拠として追加採用されることはありません」
堤は、ただ謎を解明したいだけだと言いたいのか。
優里が言おうが言うまいが、ここにいる三人には、既に優里がしたことがバレているのだろう。
「もしかしたら、触っちゃったかな、とは思いました。でも、怖くて確かめられませんでした」
余裕を見せていた堤が、少し興奮して聞いてきた。
「そうだね。そうなのかもしれない。それで、子機に触って光った時、何か見たかね?」
もう優里は観念していた。
「多分――ですけど。186119」
「やっぱりー!」
立川がガッツポーズをせんばかりに叫んだ。
「コラッ! 場所を弁えろ!」
そこは堤がしっかり叱るらしい。
「つまり三千代さんは、自分で救急車を呼ぼうとしていたんだね。186ということは非通知設定を解除して、番号を通知するっていうことだね。固定電話から住所を特定できるように!」
堤もついつい興奮してしまった。
「多分――ですけど」
「そうか。子機にはそんな表示は残っていなかったから、君は“切“ボタンを押したんだね?」
「もしかしたら――ですけど」
「君のその話で、我々の推論は補強されたよ。ありがとう。これで自信を持って戦えるよ」
優里はその表示を見たとき、「これでは興醒めだ」と思ったのだ。
堤が言うように、正子を追い込むには、確固たる意思での自殺が必要だと思ったのだ。
あれでは、狂言か何かのつもりが、うっかり深く刺さったくらいに思われるだろう。それでは三千代が可哀想だ。
だから良かれと思って、余計な情報の119番を消したのだ。
正子に辛い思いをさせられた者同士、同じ獣人を憎む仲間として、三千代の希望を叶えてやりたいと思ったのだ。
「その点は、裁判で論点になることはないと思うよ」
だからオフレコでいいと言ったのか。
刑事は二人とも、それと吉岡も、聞きたいことを聞けたとばかりに、カフェを堪能している。




