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46 公判維持に向けて

 これには堤も参ってしまった。


「なぜ今になって、そのようなことを仰るんです?」

「犯人が逮捕されて解決したと思っていたんです。こんな瑣末なことは、わざわざお伝えしなくてもよいものだとばかり。それがあなた――。警察では困っているんですって? 犯人が裁かれないかもしれないなんて。だから、今、必要なことを申し上げました」


 堤は返答に困った。一夫は驚きを隠していないが、しずかは相変わらずだった。


「急にそんなことを仰られても、すぐには信用できません。一緒にいらっしゃった皆さんは、そんな証言をされていませんよ。一夫さん、しずかさん、お二人はいかがです? 三千代さんを発見してから警察が到着するまで、正子さんのご様子はどうでした?」


 正子が一夫を睨みつけている。一夫はあっという間に降伏した。


「私たち夫婦は、自分が見ている範囲のことしか証言できません。ずっと三千代を見ていたので、部屋の中の様子については、よく思い出せません」


 一夫たちは所詮、正子の言いなりだ。

 堤は偽証をさせる訳にはいかないと、正子を翻意させるため、他の目撃者を引き合いに出した。


「道長さんはいかがです? ここにいらっしゃる皆さんと同じご意見でしょうか?」

「もちろんです」


 正子が自信満々に言い放った。道長は家族の空気を読むのがうまそうだった。肯定も否定もしないかもしれない。


「ご家族以外にも、畑野優里さんという部外者がいらっしゃるんですよ。そんな主張が通るとお思いですか?」

「通していただくほか、ありませんわね」

「なんだとー!」


 立川が声を荒げた。


「まっ。なんですか、今のは。そんな口の聞き方がありますか!」


 これは仕切り直すしかなさそうだ。堤はいったん引き上げることにした。

 ちょうど石田と山田が階段を下りてきたところだった。石田は手に何か持っている。


「正子さん。もう一度、ゆっくりお考えいただけますか。道長さんも交えて、ご家族でよく話し合ってください。明日もう一度お伺いいたしますので、それまで、よく思い出してみてください。それでは」


 堤は石田に顎で合図し、玄関へ向かった。

 玄関を出る時しずかが見送ってくれたが、その表情からは、相変わらず感情が読み取れなかった。






 外へ出るなり立川が頭を下げた。


「主任、申し訳ありません」

「いや、いい」


 車に乗り込んだ堤に続き、三人が乗車した。運転手は立川だ。

 堤が早速、助手席の石田に声をかけた。


「石田、どうだった?」

「はいっ。見つけました。雑巾などの清掃道具はなかったのですが、人形の山の中に布切れがたくさんありまして」


 振り返った石田が、ビニールに入った布を掲げて見せた。


「人形用と思われる小さなクッションが一緒にあったんで、多分、その材料の端切れだと思います」

「よし、帰ったら鑑識に回せ」

「はいっ」


 ほくほく顔の石山二人と違い、立川は渋い表情でつぶやく。


「それにしても主任。あれじゃあ、俺たちが偽証を強要したと思われませんか」


 立川は、その場にいなかった先輩二人に正子の証言の話をした。

 驚いた石田は目を向いて、ぼやいている立川を見た。


「まさかなあ。すごい婆さんだよ、本当に。困ったなあ」


 堤は本当に困っていた。こんな都合のいい話を誰が信じるだろう。


「まさか、調書を修正したりしませんよね?」


 運転席の立川が、ルームミラー越しに後部座席の堤に訴えかける。


「こんなこと、捜査会議で報告しようものなら、いい笑い物っすよ」


 山田が不貞腐れたように呟く。


「いやあ、完全に、あの婆さんを読み切れなかった俺のミスだ」


 堤は正子にしてやられたのだ。

 あの調子なら、証人として出廷したとしても、さも事実のように言い切ってしまうだろう。それが家長としての務めだと言わんばかりに。

 家名の前では、正義や真実さえも都合よく捻じ曲げられるものなんだろう。


「これは上の判断次第だな」


 堤はそう言うとスマホを取り出し、大野係長の名前を探した。


「堤です。係長に至急報告したいことがありまして――。ええ、はい。分かりました。よろしくお願いします」


 車内の沈黙をよそに、神楽坂の街は陽気に比例するように一段と賑わっている。

 本来ならばあの高木家でも、次期当主の縁談という晴れやかな話題で持ちきりだったはずなのだ。


(そういえば、お見合いはどうなったのだろう)


 堤は、昨夜の優里の顔を――口を真一文字に結んで鋭い視線を投げてよこした顔を思い浮かべて、やるせない気持ちになった。






 堤は高木邸から捜査本部に戻ると、その足で係長のところへ行き、正子の件を報告した。話しているうちに、大野の顔が歪んでいくのが分かった。


「そりゃあまずいだろう」


 開口一番、大野が天井を仰いで言った。


「はい。ただ、あの様子だと、引っ込める気はなさそうで。私の手落ちです。申し訳ありません」

「参ったな……」

「はい――」






 結局、大野の手にも余る話だったため、十七時に岩井刑事部長とのミーティングがセッティングされた。岩井には大野から事前に概略が伝えられ、関係各所と調整がなされたらしい。


 十六時五十八分に、大野と堤が刑事部長の部屋に入ると、近藤と妹尾が先に来ていた。大野が岩井の横に座ったので、堤は近藤と妹尾の横に座った。

 近藤と妹尾には、事前にインプットしておきたかったが、二人とも外に出ていたため話ができなかった。刑事部長の前で初見の話というのは、不意打ちを喰らわせるようなものだ。二人は相当反発するだろう。


「進展があったらしいな」


 岩井の嫌味な一言で始まった。熊だけに優しい口調でも威圧感がある。

 近藤と妹尾は注意深く様子を窺っているが、既に目つきは相当鋭い。


「はい。ちょっと妙な方向に話が進んでおりまして――。堤」

「はい」


 大野に促されて堤が報告を行った。


 三千代の部屋にあった布切れに付着していた汚れは庭の土によるものだったと、鑑識から報告があった。

 監察医の証言と合わせて、密室状態については、ほぼ堤たちの推論で間違いないだろうと岩井は結論付けた。

 近藤と妹尾は、ひたすら驚きながらも納得の表情を見せた。

 だが正子の話をした途端に、案の定、近藤がキレ気味に食ってかかった。


「堤さん、相手がそう言い出すと見込んで、そんな話をしたんじゃないですよね?」


 妹尾も黙っていられない。


「下手すると強要とも取られかねませんよ」


 大野は黙ったままだった。岩井から今後の方向性について相談があったはずだと堤は睨んでいた。

 大野が賛成しかねる方向なのだろうか……。


「妹尾、お前もその高木正子と会っているんだったな。堤が言うように、陪審員の前でも堂々と自説を披露すると思うか?」


 大野の問いかけに、妹尾の脳裏に一瞬、ふんぞりかえる正子の姿が浮かんだのだろう。「ちっ」と小さく舌打ちをしてから認めた。


「まあ、そう言うと決めたなら、誰がどれだけ反論しようと、『自分がやった』の一点張りでしょうね。虚偽だなんだと否定されたら、『この私に向かってなんて口をきくんだ』と、逆ギレするでしょう」


 岩井は感心した様子で「ほう」と面白そうに笑った。そして誰もが驚く内容を告げた。


「これで全て解明できた訳だ。スピード解決じゃないか。一時は公判が維持できないんじゃないかと心配していたが、よくやった」


 上層部は、正子の主張をそのまま通すつもりなのだ。

 佐藤は十二日に身柄を確保され、取り調べで三千代殺害を自供したため、十八時四十分に逮捕されていた。

 十四日の十八時四十分まで――送致までの四十八時間内に、どうにか格好をつけたかったのだ。

 大野の顔つきからは、まだ承伏しかねる気持ちが覗いていた。それでも岩井には逆らえない。


「堤、あとは畑野優里だ。こいつは高木家の一員じゃないからな。正子の主張に対して馬鹿正直に否定するかもしれんぞ。どう思う?」


 岩井は質問をしているのではない。命令しているのだ。堤も腹を決めるしかない。


「畑野優里とは私が話をしておきます。多分、反論することはないと思います」

「言い切れるのか?」


 大野が、「大丈夫か」と言う代わりに、言い直すチャンスをくれた。

 堤は胸の奥底にゆらゆらと揺れていた優里に関する推論を話した。


「……そうか。分かった。お前に任せる。しくじったら終わりだぞ」


 岩井はもう、後戻りする気はさらさらないようだ。


「はいっ」


 そう返事をしながら、堤は、あの青年にも協力してもらう必要があるなと、整った顔立ちを思い浮かべていた。

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