4 事情聴取
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堤がメモを見ながら整理した。
「ええと。それでは、こちらのお屋敷には、ご当主の一夫さんと、妻のしずかさん、それに長男の道長さん、一夫さんの妹の、亡くなった三千代さんがお住まいだったのでしょうか」
「いいえ」
「いえ」
「いえいえ」
「違います」
一夫、しずか、道長、正子が一斉に否定した。そして、正子が食い気味に続けた。
「この家に住んでいるのは、一夫としずかさん、三千代の三人ですわ。道長と頼通は、それぞれマンションを借りて住んでおりますから。ああ、頼通というのは道長の弟でして、歳は――」
正子もさすがに甥っ子の歳までは即答できないらしい。しずかが口を開いた。
「二十八歳です。四井物産に勤めております。今は米国に出張中でして、戻りは月末になると申しておりました」
「はあ、そうですか。それでは、三千代さんのご遺体を発見された経緯を教えていただきたいのですが、最初に見つけられたのはどなたですか?」
堤は五人の顔を見渡した。
「ここにいる全員です。みんなで三千代の部屋に入りましたから」
正子はどうしても主導権を握っていたいらしい。
「ええと、なぜ全員で部屋に入ることになったのです?」
堤の鋭い目つきに、正子の育ちの良さが反応した。
「まっ」
この私をそんな目で見るのですか、と非難したいのだろう。それでも家長を自負しているだけのことはあり自制して続けた。
「そちらのお嬢さんがお見えになりこの部屋にお通ししたとき、私が三千代の部屋までいきドア越しに伝えましたのよ。『お客様がいらしたので、下りていらっしゃい』と」
「それで返事は?」
「ありませんでした。あのときは、何が気に入らないのかしらと、嫌な気分になりましたわ」
「それで、返事がないまま放っておかれたのですか?」
「ええ、まあ。あの子が返事をしないことなんて、それほど珍しくもありませんし。気が向いたら下りてくるだろうと、私はこちらに戻りました。下りてこなければこないで別に構いませんしね」
正子は、はなっから三千代の意見など聞くつもりはなかったのだろう。
「それでも二階に上がられたのですよね? 全員で」
「ああ、それは多分、私がきっかけです」
道長が申し訳なさそうに申し出た。
「どういう意味ですか?」
「あ、結局、三千代叔母さんがいらっしゃらないまま、今ここにいる五人でお茶を飲んでいたのですが、そろそろ帰ろうかっていうことになり、せっかくだから挨拶だけでも、と思って、私がもう一度呼びに伺ったんです」
「ほう。それで?」
「そしたら、やっぱり返事がなくて。私は普段こちらにいない分、この家に寄ったときはいつも叔母さんに挨拶をしていたものですから。今まで無視されたことがなかったので、ちょっと心配になりまして。それで、しつこくノックして呼び続けたんです」
「なるほど。それで?」
堤はメモを取りながら促す。
「それでも返事がないので心配になりました。まだ六十代とはいえ、急な発作でも起こしていたら怖いと思い、下にいるみんなを呼んだんです」
ん? と不思議そうな顔で堤が道長に尋ねた。
「そのまま部屋に入らなかったのですか?」
「鍵がかかっていたんです。それで――」
またしても正子がしゃしゃりでた。
「道長が心配だから部屋に入ってみようと言うので、慌てて合鍵を探しましたのよ。まさか蹴破る訳にはいきませんでしょ。一夫ったら、どこにしまったのかうろ覚えで。『困ったときは金庫でしょ』と開けてみれば、やっぱりそこにありましたわ」
正子のドヤ顔に堤の呆れ顔。構わず正子は突き進む。
「それで私が鍵を開け、一夫と道長と一緒に部屋に入ったのです。あ、順番でいえば、正確には、私、一夫、道長の順ですわ」
「なるほど。三人の方がほぼ同時にお部屋に入られた――」
「それで開けたら、ああなっておりましたの。私もすっかり慌ててしまって。それでしずかさんを呼んで――。そしたらそちらのお嬢さん――ええと、ごめんなさいね。お名前を伺ったのに」
正子はそう言って、優里に取って付けたような笑顔を見せた。
「まあ、とにかくお嬢さんも一緒にいらっしゃって。結局、全員がこの部屋に入って――」
「ええと。正子さんに呼ばれて、しずかさんも二階に上がられたのですね。畑野さんと一緒に?」
堤は正子の話をこれ以上は聞きたくなかったのか、しずかに確認した。
「ええ。畑野さんも心配されておりまして。呼ばれたときは、畑野さんと顔を見合わせて、もしや本当に倒れられていたのかと慌てました。それで私たちも急いで階段を上がりました」
「――で、結局、ここにいる五人全員が部屋に入ったのですね」
五人とも頷いた。
「119番に通報されたのは――」
「私ですわ」
「私です」
正子と一夫が同時に名乗り出たが、正子は一夫を一睨みで黙らせた。
「一夫が通報したのですが、ろくにしゃべれないものですから。私が応答いたしました」
「なるほど。一夫さんと正子さんの声は録音されているでしょう。通報を受けたのが十五時二十一分です。我々が到着したのが十五時四十分頃になりますが、その間、ご遺体に触られたりしていませんね?」
「もちろんです。ナイフが刺さったままですし。怖いじゃありませんか」
正子が代表して、誰も触っていないと証言した。
「部屋の中はいかがです? どなたか、何かに触られませんでした?」
「いいえ。誰も何も触っておりません」
正子は確かめもせずに断言した。堤はそれを無視した。
「重要なことなので、もう一度皆さんにお聞きします。一夫さん、ご遺体や部屋の中の物に触れていませんか?」
「触ってないと思います」
「そうですか。ではしずかさんは?」
「私も見ているだけでしたから」
「なるほど。道長さんは?」
「私も触っていません」
「ふむ。では畑野さんは?」
「私も触っておりません」
「そうですか」
正子は、自分にも念を押して然るべきではないかという顔つきで、堤に訴えかけたが、堤が正子を見ることはなかった。
「それでは、一夫さんとしずかさんにお聞きしたいのですが、三千代さんはいつも部屋のドアに鍵をかけていたのですか?」
一夫はおどおどして言い淀み、しずかの方を向いて助けを求めた。しずかは誰とも目を合わせようとせず真っ直ぐ前を向いていたが、一夫の視線に気づき、どう応えようか迷っているようだった。
その様子を見ていた正子が、家長の務めを果たすべく果敢に申し出た。
「今に始まったことではありませんのよ。いかがわしい者を呼びつけたときなどは、たいてい鍵をかけておりましたわ。そんなことをしなくても誰も近づいたりしやしないのに」
「ええと、いかがわしい者とは?」
「この家に相応しくない者という意味です」
正子は、それ以上は教えるつもりはないという風に言い切った。無論、そんなことで怯む警察ではない。
「具体的に教えていただけますか」
「まっ」
正子は、ここは察して黙るところでしょう、と目で訴えた。堤はその訴えを即座に退け、視線を外さずに正子の返事を待っている。
こういう空気には慣れているらしい一夫が、仕方なく沈黙を破った。
「あのう、三千代はアンティークドールの収集が趣味でして。その趣味を通じて知り合った何人かに、どうもお金を貸していたようです。その、たまに三千代を尋ねて来られる方もおりまして――その」
一夫が言いにくそうにしている内容を、しずかが口にした。
「返済が遅れていることを、三千代さんが口汚く罵っているのを聞いたことがあります」
これまで口を挟まなかったしずかがいきなり割って入ったので、部屋にいた全員が驚いた。
「お茶をお持ちして、ノックしようとしたタイミングで聞こえたことがあるのです」
「なるほど。金銭トラブルを抱えていたかもしれないと。そういうことですか」
「それは当人同士でないと分かりません」
しずかは相変わらず表情らしい表情がないままだ。
「今日は、そういうお客が来ていたのですか?」
「まさか」
またしても正子が答える。
「今日は道長のお見合いの日ですよ。しかもお相手をお招きするというのに、そんなことあるはずがありませんわ。三千代本人も、そちらのお嬢さんに会うつもりでおりましたしね」
「三千代さんが、そう仰ったのですか?」
「ええ。少し前に道長から連絡が入ったとき、三千代も下の部屋に一緒におりましたから。あのホテルからなら三十分くらいで着くだろうって、みんなで話しておりました」
「ええと、それは大体何時くらいか、分かりますか?」
「あ、私の発信履歴で分かります。ええと、十四時四分ですね」
道長がスマホを見ながら答えた。
「では、十四時四分の時点では、三千代さんは皆さんと一緒にいらっしゃったのですね。その後、三千代さんとお話しされた方はいらっしゃいますか?」
正子と一夫はお互いに顔を見合わせて、「いないでしょ」と、確認し合っている。しずかは相変わらず心ここに在らずといった感じで、あらぬ方を見ている。
「その後はどなたもお話しされていない?」
堤が質問を繰り返す。
「三千代は、『二人が到着したら教えてほしい』と言って、部屋に上がりましたから」
確かそうだったと、思い返しながら正子が呟いた。
「なるほど」
堤はメモに見入っている。