表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/49

39 優里①

 優里は昼前に会社のトイレで嘔吐してしまい、しばらくそこから出られなかった。

 異変に気づいた先輩社員が心配して呼びかけてくれたのを機に個室から出たものの、気分は最悪で、とても仕事など出来そうになかった。

 呼びかけてくれた社員は、姉御肌で面倒見のよいことで有名なカンガルー先輩だった。先輩は優里の姿を一眼見ただけで異変を察してくれた。


「大丈夫? 無理しちゃダメよ。あなた経理部の畑野さんでしょう。その様子じゃ、今日はもう帰った方がいいわ。その顔じゃあ――ううん、ちょっと。職場には戻らない方がいいかもね」


 優里は、涙と鼻水でメイクがぐちゃぐちゃになっているのを感じた。メイクポーチを持っていないので応急措置もできない。


「ちょっと待ってて。荷物取ってきてあげるから。あと、もう早退した方がいいと思うけど、どうする? 帰るなら私から課長に伝えてあげるけど」

「すみません。お願いします。ちょっと無理そうなので」

「そうよね。OK。任せなさい!」


 彼女からは、「そういうことってあるある」くらいの軽さを感じた。

 優里が、彼氏からのお別れLINEにショックを受けて泣き崩れた――というような推理を働かせたのかもしれない。それはそれで優里には好都合だ。

 先輩が戻ってくるまでの間に、数人の女子社員がトイレに入ってきたが、皆、一様に驚いて「大丈夫?」と声をかけてくれた。


 「気分が悪くて」とだけ答えたが、変な噂が流れるかもしれない。だが今は、そんなことを考える気力もない。






「お待たせ!」


 先輩が本当に優里のバッグを持ってきてくれた。


「私、萩原課長とは同期なんだ。体調不良でトイレで吐いたことにしたから、話、合わせといてね。机の上のものは、谷崎さんていう女子が片付けてくれたから心配しないで。今日は、このまま帰って大丈夫よ」

「本当にありがとうございます」

「いいって、いいって。女子は色々大変なんだから、助け合わないとね!」


(マジで助かった。ちゃんとお礼をしなきゃ。えっと、この人の名前なんだっけ?)


「エレベーターまで一緒についていってあげようか?」


 優里がぼんやりした顔をしていたので心配をかけたようだ。


「あ、いえ。大丈夫だと思います。さっきよりはマシになりました」

「分かった。じゃあ、気をつけてね。昼休憩が始まる前に帰った方がいいよ。じゃあね」

「失礼します」


 優里は軽く会釈をして、ハンカチで鼻を抑えながらエレベーターホールへ急いだ。






 会社を出たものの、こんな時間に帰宅すると母親が心配するのは目に見えている。駅のトイレでメイクを直してから、そのまま丸の内線に乗った。

 行き先を決めていなかったが、しばらくして新宿駅に着いたので、なんとなく降りた。

 特に新宿が好きという訳でもなく、乗り換え駅でもないが、人混みに紛れたい気持ちが働いたのかもしれない。


 優里は地下街を歩きながら、飲食店の前に行列ができていることに気がついた。スマホの画面には12:49と表示されている。

 どこもだいたい一時半くらいまでがランチのピークなのだ。

 お腹は空いていなかったが、座って落ち着きたい気がした。食後にまったりできそうなところを探して列に並んだ。




 二十分くらい経って、優里はようやく席に案内された。

 メニューを選んでいると、珍しく母親から電話がかかってきた。いつもはLINEなのに、どうして電話なのかと不安になった。

 店内は、それぞれのテーブルから出てくる会話がいい感じに混ざり合い、ざわざわとした騒音に変わっていた。

 優里は店外に出ることなく、テーブルに突っ伏すような姿勢で、口元を手で覆って電話に出た。


「もしもし、優里? 今話せる?」


 母親の口調がピリピリしている。


「あ、今、ランチでカフェにいるところ。LINEじゃ駄目なの?」

「あのね、さっき刑事さんから電話があって、今夜うちに来るって言うの。あなたと話がしたいって。早めに帰って来られる?」

「え? どうして? 何の話?」

「それが分かんないの。とにかく話が聞きたいとしか言わないの。もう。犯人は逮捕されたって言っていたのに――」

「分かった。今日はそんなに忙しくないから、半日有給とって、三時か四時には帰るようにするから」

「本当? 会社は大丈夫なの?」

「うん、平気平気。じゃ、切るね」


 隣のテーブルの中年サラリーマンが優里を睨んでいる。電話するなら外でしろと言いたいのだ。

 優里は知らんぷりをして注文することにした。


(家に帰る前にこの顔をどうにかしないと。あとでホットマスクを買って温めるか……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完結しました!
『追放された悪辣幼女の辺境懺悔生活 〜チート魔法と小人さんのお陰で健康で文化的な最高レベルの生活を営んでいます〜』

カドコミで『転生した私は幼い女伯爵』のコミカライズ連載中です‼︎
フォローよろしくお願いいたします‼︎

『転生した私は幼い女伯爵3 後見人の公爵に餌付けしながら、領地発展のために万能魔法で色々作るつもりです』
⭐️⭐️⭐️⭐️アース・スターノベルから3巻発売中!⭐️⭐️⭐️⭐️
あらすじや口絵イラストはこちらの特集ページをご覧ください。
ご購入はこちらから。amazon 楽天紀伊國屋書店ヨドバシカメラなど
i988178

『転生した私は幼い女伯爵2 後見人の公爵に餌付けしながら、領地発展のために万能魔法で色々作るつもりです』
コミカライズ企画も進行中です!
各サイトで発売中amazon 楽天紀伊國屋書店ヨドバシカメラなど
i928141

①巻はこちら
あらすじ等はこちらの特集ページをご覧ください。
amazon 楽天 紀伊國屋書店ヨドバシカメラ
i901832

『私が帰りたい場所は ~居場所をなくした令嬢が『溶けない氷像』と噂される領主様のもとで幸せになるまで~』
DREノベルスから2巻発売中!
i929017
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ