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36 吉岡の取材③

「まあ、この辺で聞けば、だいたいみんなおんなじことを言うと思うけど。子供が小さい頃はねえ、まあ普通の勤め人っていう感じで、近所とのトラブルもなかったし、ほんと、どこにでもいる家族って感じでしたよ」

「ええと、ご家族がいらっしゃるんですか?」


 佐藤容疑者の個人情報は検索済みだが、家族の情報はなかった。


「昔の話よ。あのアパートを借りにきたときは、1Kに夫婦で住みたいって、二人入居の相談を児島さんにしていたのよ。旦那さんの方はちゃんとした会社の正社員だったし、奥さんもパートに出るっていう話で、児島さんも別に構わないってことで契約したんだけど」


 けど? 何かが起こったということか。


「入居後、何かあったんですか?」

「いえね、しばらくは何もなかったんだけど、子供が生まれて幼稚園に上がったときだったかな? あれ? 年長さんだったっけ?」


 女性が正確に思い出そうとしているので、吉岡は続きを促した。


「お子さんが幼稚園に通っているときに、どうされたんですか?」

「そうそう。幼稚園に上がったっていうのに、旦那さんが鬱になっちゃって。ずっと会社を休んだ挙げ句、リストラされたって話よ」

「ああ、なるほど」


 鬱を発症して休職したものの、復帰できずに退職となったのだろう。


「そっからよー。奥さんに暴力を振るうようになったのは」


 女性は、どうやら話し相手を渇望していたらしい。相槌だけでどんどん話してくれた。


「え? DVですか」

「そ! DV! 隣の部屋の住人からも、『夜中に大声で喧嘩している』とか、『子供の泣き声が聞こえる』とかの苦情が入るようになってね。通報すべきなのかなって、よく、みんなで話していたのよ」


 梶原というオーナーは相当話好きだのようだ。


「奥さんは駅前のスーパーで働いていたんだけど、夏なのに顎の下まで隠れるようなシャツを着たり――」

「ああ、ハイネックシャツですね」

「そういう呼び名なの? ま、なんか明らかに変だったのよ。前はよくスカートを履いていたのに、急に履かなくなったし」

「へえ」

「どうしたんだろうね、おかしいよねって言っていたら、とうとう、ある晩、パトカーが来て、それはもう大騒ぎよ」


「何があったんですか?」

「だから、旦那が奥さんを殴ったのよー。それで大怪我しちゃって。結局、警察が救急車を呼んで、奥さん、何日か入院したはずよ。それなのに、自分で怪我をしたと言い張って」

「あ、じゃあ、旦那さんは警察に連れていかれなかったんですか?」

「いったんは連れていかれたのよ。でも、すぐに出てきちゃったの! 奥さんが退院したら、また暴力を振るわれるんじゃないかって、みんな、それはそれは心配したんだから」


「えっと、幼稚園に通っていた子供は――」

「そうなの! あの男、子供にまで手を出して! 『言うことを聞かなかったから、ちょっと叩いただけ』って。ひどいと思わない? 子供にちょっとでも暴力振るったことが分かったら、もうすぐに逮捕しなくっちゃ。子供が可哀想よ!」


 女性がすごい剣幕で興奮したので、これも母性というやつかと吉岡は口を挟まないことにした。


「子供の頃の虐待って、相当な心の傷になるでしょ。何て言うんだっけ? 心的――」

「心的ストレス。心的トラウマ」

「そうそう、そんなの。大人になってからも辛いって、テレビで言っていたわ」


 幼少期に親から虐待された子が抱える問題は本当に深刻だ。

 吉岡は、知り合いの神経外科医との会話を思い出した――「児童虐待は、子供の脳の発達に深刻な影響を与える」と。


「とにかく、児童相談所だっけ? 奥さんが入院して、その子は一時的に預けられたんだけど。奥さんが退院して引き取ったって聞いたから、大丈夫かなって心配していたわけ」

「確かに。繰り返されたら危ないですよね」

「そうなのよ! でも、奥さんは入院して正解だったみたい。お医者さんと話すことができて、やっと正常な判断ができるようになったって聞いたわ。しばらくすると、奥さんと子供さんを見かけなくなったから、ああ離婚したんだなって、みんなで喜んだわね」


「なるほど。離れるのが一番いいですもんね」

「そうよー。遅すぎたぐらいよー」

「ちなみに、今の話っていつぐらいの話ですか?」

「え? ええと――。もう四、五年くらい前になるかしらねえ」

「それからは、ずっと一人暮らしなんですか?」

「そうねえ。一人でいるところしか、見ていないらしいから……」

「なるほど」


 吉岡が会話を締め括ろうとすると、まだ言い足りないらしく、慌てて持論を展開してきた。


「やっぱりね、あの時、警察が逮捕しとけば、今回の事件だって起きなかった訳でしょ」


 さすがにそうとは言い切れないはずだが、反論すると却って火に油を注ぐことになりかねないと判断し、黙って聞いた。


「あなたもせっかく取材しているんなら、ちゃんとそのことを発表しないとダメよ。えっと――何ていう雑誌だっけ? 私の話、ちゃんと載せてくれる? いつ発売のものか教えてもらえるの? もしなんだったら、児島さんを呼んでこようか?」


 危ない危ない。吉岡は急いで撤退することにした。


「すみません。私の方で内容をまとめてみますが、編集長に聞いてみないと何とも言えないので。お忙しいところ、ありがとうございました」


 「あ、ちょっと」と、呼び止められたが、吉岡は振り返ることなくバックルームを飛び出し、そのまま店を後にした。


(ふう。危ないところだった)


 想像していた以上の事情通で、なかなかの収穫だった。吉岡は優里にもLINEで一報を入れておくことにした。


「佐藤容疑者がDV男だったことが発覚! 四、五年前に離婚したらしいけど。奥さんは数日入院するほどの怪我で警察も来たとか。でも逮捕はされず。幼稚園に通っていた子供も暴力を振るわれていて、児相に預けられたらしい。ホント、ひどい話」

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