31 しずかの気付き
佐川が続けた。
「ちなみに、お姉様がこの写真の男を見た日は、いつだったか覚えていらっしゃいますか?」
「ええ? 日にちですか? 私がこのような方がいらっしゃった日にちを覚えていると?」
正子は「心外だわ」と、驚いて見せた。皮肉と抗議が入り混じった態度だ。
「確か、三月の――。お彼岸の時期だったと思います」
しずかが助け舟を出した。それに呼応して一夫も思い出した。
「あっ、そうか。月曜日だ。土日はお彼岸の墓参りが多かったなっていう話をしていたので」
佐川が慌て手帖を見る。
「と言うことは――三月二十二日の月曜日ですね」
「まあ、そうなんでしょうね。私がここに来るのは、人が多い週末ではなくて、専ら平日ですからね」
正子が自慢げにそう言った。週末の人混みの緩和に貢献しているとでも言いたいのだろうか。佐川がもう一押しした。
「ちなみに、お時間とかは分かりますか? 午前か午後かだけでも」
しずかが答えた。
「午後でした。正子さんがお持ちになったパウンドケーキを切り分けようと思ったところでしたから。十四時半とか十五時とか――それくらいでしょうか。三千代さんはお客様のことは何も仰らなかったので、慌てた覚えがあります」
佐川はメモをめくって何かを確かめていた。過去の証言などを見返しているのだろうか。
特に不審な点はなかったのだろう。佐川が「そうですか。どうも――」と、謝辞で締め括ろうとしたところに正子が割って入った。
「本当に仕方のない子。お客様にお茶の一つも出さないなんて、こちらが恥をかくことが分からないのかしら。まあでも、あの方は、あの子が招いたお客様っていう感じでもなかったですけどね」
佐川は「ありがとうございます」を言わせてもらえなかった。
「そう言えば、あなた方も何か召し上がる?」
正子が刑事たちに冷たく尋ねた。
「招いていないのでお客様じゃないけれど、飲み物くらいは出してあげてもいいわよ」というような、上からの言い方だ。
さすがに刑事たちが「お願いします」などとは言わないと思うが、素直にそう言おうものなら、逆に礼儀知らずだと一層馬鹿にすることだろう。
「いえ、結構です」
佐川が被せ気味に答えた。
「あら、そう?」
意外に思われたことが佐川の癪に障ったらしい。
「ちなみに、事件当日、十一日の午後ですが、皆さんは佐藤を目撃されていないんですよね?」
また蒸し返されてしまった。ここは自分が答えた方がよいだろうと、一夫がすぐさま答えた。
「ええ。それにしても、その犯人ですが、どうやって三千代の部屋に入ったのですか? 私たちの前を通らなければ階段を上がれませんし、窓はしまっていましたし――」
一夫の問いかけに佐川は唇を噛んだ。
「まだ捜査中でして。佐藤の自供と裏付け捜査が終わりましたら、ご報告できるかと思います」
「そうですか」
一夫はすぐに引き下がったというのに、妹尾が、「もう一つよろしいでしょうか」と口を開いた。
「三千代さんを発見されたときのことです。当日も、警察から確認されたと思いますが、皆さん、現場で何かに触ったり、物を動かしたりしていませんか?」
これには正子だけでなくしずかまでもが「またか」とげんなりした表情を見せた。
「まっ! あなた方警察は何度同じ質問をすれば気が済むのですか! 誰も何も触ったりしませんよ。あの場にいた全員がショックを受けて固まっていたんですから。警察の中で情報共有されてないの? あなた方は家に来るたびに同じ質問ばかりなさっているわよ。もういい加減にして頂戴」
正子がこの場にいる高木家の獣人を代表してクレームをつけた。
「それは申し訳ありませんね。ただ、意外に時間が経ってからの方が、正確に思い出せたりするものなんですよ」
妹尾は一夫としずかの様子を伺っている。正子は眼中にないようだ。
「つい癖で窓を閉めたりノブを回したり。汚れを見つけたらすぐに拭いたりと、今思い返せば、やっていたかもしれない、なんていうことはないですかね?」
「そう言われても――」
妹尾にじっと見つめられて不安になった一夫は、しどろもどろに言葉を濁した。
「あの場には若い方がもう二人いらっしゃいましたね。彼らはどうです? 何か気になる動きはなかったですか?」
一瞬だけしずかの目が泳いだが、正子を見て目を伏せた。
それを見逃さなかったらしい妹尾が佐川にアイコンタクトをし、佐川が正子に声をかけた。
「すみません。本当に申し訳ないのですが、代表してお姉様に、三千代さんのお部屋をもう一度だけ見ていただきたいのですが。本当にすみません」
正子は大きなため息をついた。
「見たからって何も変わりませんよ」
「それでも念のため、警察の手続きにお付き合いください。すみません」
「仕方ないわね」
どうやら妹尾の目論み通り、佐川が正子を一夫たちから引き剥がすことに成功したようだ。
それにしても、しずかは何かに気がついていたのだろうか?